第3話


 拘置を解かれ、署を出た私の足取りはひどく重かった。それは、しかし今後問われるであろう死体損壊や放火などの罪のためではない。

 少女の部屋から日夜響いた、心を病んだ母親が娘に浴びせる罵声。それは、かつて無力な夫、あるいは父親として過ごした日々を私に思い起こさせた。とはいえ今回、母子は赤の他人でしかなく、その不幸に私は何の責任も持たなかった。そのはずだった。

 なのに。

 あの夜、鮮血でぐっしょりと濡れた少女が静かに流す涙を見て、気付くと私は決意していた。今度こそ救ってみせる、と――結局それも、己の無力さを再確認するだけの無駄な足掻きに過ぎなかった。その残酷な事実に、どうあっても足は重くなる。

 ああ、でも。


 ――高尾さんだけが、私を雨宿りさせてくれた。


 取り調べで、そう彼女は語ったらしい。であるなら、私の愚行も無駄ではなかったのだろうか。

 この世界は、君を叩く雨ばかりではないことを――ひととき雨宿りのできる場所も確かにあることを、あの子に伝えられたのなら。

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あまやどり 路地裏乃猫 @rojiuranoneko

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