ep.4 金貨 情報は時に、金よりも

 ノエルは、両手で抱えるように古びたノートを開いていた。リシア──ノエルの姉が記した、かけがえのない記憶の断片だ。姉の筆跡は、きれいで、どこか優しい雰囲気がにじんでいた。

 ページをめくるたびに現れるのは、懐かしい場所の名前ばかり。

 水面広場、月影の小道、、銀の橋、路地裏の古い石像。

 ──全部、リシアとノエルが一緒に過ごした、思い出の場所。

 メルはその様子を、黙って見ていた。ただ、その瞳の奥は冷静で、どこか鋭さを帯びている。


(場所の名前、出来事、順番……)


 メルの頭の中で、点と点が繋がり、一つの地図が浮かび上がった。


「ふふ……なるほどな」




 メルは軽く笑い、ノエルの隣に腰を下ろす。


「ノエル、その日記、よう見てみ。あんたの姉ちゃん、ただの思い出話を書いとるだけちゃうで」


 メルは懐から、ガラス細工のプレートを取り出す。光をかざすと、模様が淡く浮かび上がった。


「この紋様と、日記の思い出の場所……合わせたら、ペンダントの隠し場所、わかるっちゅうわけや」


 ノエルの目が見開かれる。

 二人は思い出の場所をめぐる。水面広場、月影の小道、帝都の水路をまたぐ小さな石橋。今まで巡った場所の配置とプレート合わせると、紋様の地図が少しずつ形になっていく。

 メルの脳内で、答えが浮かび上がった。


「路地裏の古い石像。あそこが最後の鍵や」


 人通りも少なく、古びた石造りの建物が無言で並んでいる。その一角──ひっそりと佇む、苔むした古い石像の前に、二人は立っていた。


「ここ……」


 幼い頃、ノエルとリシアは、この像の裏に隠れて遊んでいたという。「絶対に見つからない場所」──そう、リシアは言っていた。

 メルは像の周囲を見渡し、手の中のプレートをかざす。今まさにこの像の台座部分を指し示していた。


「ここやな……間違いない」


 メルはしゃがみ込み、像の台座を指でなぞった。古い石に苔が張りつき、わずかな隙間がある。メルは微かに笑い、懐から小さな道具を取り出す。

 カコッ……と、わずかな音が響き、石の一部が僅かにずれた。その奥に、細長い銀色のケースが静かに収まっている。

 メルはケースを取り出し、埃を払いながら手渡す。

中には、透明なガラス細工のペンダントが静かに輝いていた。それは、かつてリシアが「特別な細工に使う」と言っていたガラス片だ。


「姉さん……」


 ノエルの瞳から、静かに涙がこぼれ落ちた。

 メルは手を伸ばし、ポケットから細工用の小型ランプを取り出した。ペンダントを受け取り、メルは慎重に光を当てる。ペンダントの表面に、淡い文字が浮かび上がる。


「これ、姉さん……帝国の……」


「ほぉ……こりゃ、だいぶヤバいもんが隠れとったな」


「ふん、察しがいいな、小娘」


 低く、威圧的な声が路地裏に響いた。影から、数人の黒ずくめの男たちが現れる。

その中心に立つのは、がっしりとした体格、黒いスーツ、整えられた髭面の男──グレオ=バートン。


「……やっぱり、見とったか」


「よくやってくれたよ、ミルディアの小娘。おかげで探し物が見つかった」


「ふふん……あんた、うちのこと甘く見とるやろ」


 その瞳に、商人ではなく、情報屋としての冷酷な光が宿った。


「情報は時に金よりも価値がある──うちはその使い方、よう知っとるさかい」


「いやぁ、ほんま、グレオさんとこうやってお話しできるなんて、光栄やわー! それにしても、このペンダントな?」


 わざとらしく、ペンダントを掲げ、路地裏に声を響かせた。


「これが、帝国の獣人差別政策と資源搾取の証拠品やなんて、ほんまにえらいこっちゃな!」


「うちも命は惜しいからな、ちゃんと話の通じる人となら、取引してもええ思てるんよ!」


 「取引? 必要ない」


 次の瞬間、黒ずくめの部下たちが一斉に動き出す。メルは歯を食いしばり、瞬時に周囲を見渡した。

 これまでか──覚悟を決めたその瞬間。ズン、と重たい音が鳴り、視界の端に黒い影が現れた──アッシュ=ヴェルガス。


「……やるやんか、危機一髪やな」


 メルは笑いながらも、アッシュに警戒の色を見せたまま後ずさる。アッシュはそんなメルを一瞥し、低く呟く。


「交渉は成立だ」


「さすが、話が早い」


「おい……貴様、何者だ!」


 グレオが怒鳴り声を上げる。アッシュはポケットから小型の通信機を取り出すと、無造作にグレオへ投げた。

 グレオは警戒しつつも、地面に転がった通信機を拾い上げ、耳に当てる。グレオの顔色が、みるみる青ざめていった。


「こ、これは……」


「終わりやな」


 メルが軽く笑い、ノエルの手からペンダントを受け取る。


「助かったで、あんたのおかげや」


 そう言って、メルはアッシュにペンダントを渡した。受け取ると、まるで最初からそこにいなかったかのように、音もなく消えていった。


「ペンダント……すまんかったな」


 メルが申し訳なさそうに言った。ノエルは首を横に振り、目を伏せる。


「でも……よく、さっきの人が近くにいるって分かりましたね」


 メルは肩をすくめ、ニヤリと笑う。


「あいつ、前に会ったとき、グレオ=バートンの情報を集めとったんや。それに……うちの情報にも興味津々やったからな。だから、一か八かの賭けやったんや」


「でも……本当に助けてくれるなんて」


「まあ、あいつとは腐れ縁やし」


 メルは鼻で笑いながら、余裕たっぷりに言葉を続けた。


「あいつ、うちに惚れてるからな」


 その瞬間、どこからともなく、何か小さな物がメルの頭に「コツン」と当たった。メルが頭上を見上げ、地面に落ちた小さな紙片を拾い上げる。そこには、たった一言だけ。


《違う》


(……まだおったんかい)


 ノエルはそんな様子を見ながらも、どこか寂しげな瞳をしていた。俯くノエルの横で、メルはふと、紙片と共に手の中に残されたものを見つける。

 リシアが大切にしていた、あの独特の光細工の一部だ。


「……ふっ、あいつも気が利くやんか」


「ほれ、これ」


「これって……」


「もう一つの仕掛けや」


 メルはポケットから光細工ランプを取り出し、ガラス片に光を当てる。

 淡い光がガラスの内部を通り抜けた瞬間──浮かび上がったのは、柔らかく微笑むリシアと、幼い頃のノエルが並んで写る一枚の写真。ノエルの目に、涙がにじむ。


「あのペンダントには、二つ仕掛けがあったんや」


「一つは、型そのもの。もう一つは……大事な、あんたと姉ちゃんの記憶や」


 夕暮れの帝都に、温かな光と共に、静かな余韻が広がった。


「メルさん、本当に……ありがとうございました」


 ノエルは、深々と頭を下げる。


「ふふん、礼なんてええよ」


「……依頼の報酬、受け取ってください」


 メルはそれを見て、一瞬ニヤリと笑った。そして、ポケットから紙切れを一枚、ヒラヒラと取り出す。


「もう、報酬はもらっとる」


 紙切れには、帝国の極秘情報がびっしりとコピーされていた。


「……いつの間に……」


「情報は時として、金より価値があるからな」


 得意げに笑うその顔は、まさに守銭奴な情報屋のそれだった。

 ノエルは再度お礼を言って、背を向けて歩き出す。その背中を見送りながら、メルは一つ息を吐く。


「さあて、今日も稼ぐで」


 そう呟くと、メルはいつもの調子で人混みに紛れ、帝都の雑踏の中へと消えていった。太陽は高く、帝国の空は今日も変わらず騒がしい。

 けれど、そのどこかに、行商人メル=ミルディアの影は確かにあった。

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行商人メルの探偵談――消えたペンダントと帝国の秘密 @mariannusama

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