必ず、帰るから ~左頬の約束~

eternalsnow

第1話


「すまない。戦争が始まった。

 僕も軍務に……付くことになった」


 突然の言葉だった。

 生まれた時から、一緒に居た幼馴染で婚約者の何気ないお茶会。

 お互いに近況の報告会のようなものにはなっていたけど、

 

 私にとってかけがえのない時間だった。

 ……彼には苦手だったのかもしれないが、彼が頑張って言葉にしてくれていることを私は知っている。


「キミは待っていてくれ。必ず勝ってくるさ」

 目を伏せて絞り出すような声で彼は言った。

 戦争が始まった。


 我が国と、隣国との関係はとても良い状況とは言えなかった。

 小競り合い程度しか起きていないと報道されている。

 ましてや、まだ学徒としてまだ子供扱いされ、貴族の一員であるはずの彼が、出陣しなくてはならない事態とは思えなかった。

 じゃあどうして、あなたは行くの??


「なに、我が国は、かの国とは幾度となく戦っている。

 万が一にも負けることはあり得ないさ。

 安心できるよう、手紙も書く。だから、安心して待っていてくれ」


「どうして、そんなに苦しそうな顔で……」

 言葉にできなかった。左頬を掻く彼の姿が、胸を締め付ける。

 彼の癖、言いよどむ時や、何か隠すときの仕草。


 状況からみても、彼が戦いに赴かなければいけないほどの状況で、その言葉は気休めにはならなかった。

 それに、彼が軍務に付くのは初めてだ。

 新兵が生存する確率なんて、どれくらいあるのだろう?

 もっとも学園で魔法や剣に長けていても、経験はないはずなのに。

 自信満々の表情は余計に嘘のように感じられた。


 ――無言で抱きしめられた。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 言葉は震えていた。

 自分に言い聞かせるような、言葉だった。

 虚勢を張っている。

 私に、悟られないように?

 それとも、そうしないといけないほど情勢が悪いの?


「はい」

 震える声を絞り出すしか、できなかった。


 

 

 

「親愛なる我が祖国のために!」

「「「「「祖国のために!!」」」」」

 

 

 力強い言葉だった。

 だけど、どこか空元気のように聞こえた。

 伝え聞く情報は、全戦全勝であると報道されている。

 じゃあ、なんでこんなにも、学徒動員という荒業を使ってまで……兵士を欲しがるのだろう。

 ……情報を集めたらすぐにわかった。

 もう、我が国は危機的状況にある。

 もはや、前線は崩れて、首都の前の都市まで、敵軍は攻め入っている。


「じゃあ行ってくる。必ず帰ってくるから」

「うん、行ってらっしゃい。ご武運を祈っています」


 意地を張った。伯爵令嬢としての強い自分を演じた。

 じゃないと、すがりついて泣きつくことになりそうだったから。

 ……彼は左頬を掻きながら、この言葉を言ったのだから。

 嘘をついている。


 私の本音は、言えなかった。

 一緒に逃げようって。

 あなたは、辺境伯の息子として、責務を果たそうとしているのに。

 言えるわけが、なかった。

 

 

 

 

 

 

 あたりはお祭り騒ぎだ。

 戦争は無事勝利に終わった。

 苦しい日々も終わって、これからは素晴らしい日常が戻ってくると思っていた。

 戦勝パレードに私も浮かれていた。

 彼を探して、見つからない。


 祈らなかった日はない。

 彼が戻ってきてくれれば、それで十分だと思った。

 戻ってきてくれると思っていた。


 ――この紙が届くまでは。

「死亡、告知?」

 死亡告知書。そう書かれていた。

 元同級生の、彼の後輩からの告知だった。

『未明により、下記のモノの死亡を告知するものである』


 彼の、名前だった。


 戦勝パレードにもいなかった理由がわかってしまった。

 もういないのだ。もう、いないのだ。

 視界がじわりとにじんで、ポタポタと零れた。

 伯爵令嬢としての強い自分なぞ、演じれなかった。

 

 

 

 

 そして平和は来なかった。

 戦争は、終わらなかった。

 1度始まり、2度目が始まり、3度目が始まった。

 私は無気力に、ただただ待った。

 父様も彼の義父様も、帰って来ては下さらなかった。

 名誉だと、嘯いて伝えられた。

 枯れた目には、涙は浮かばなかった。

 

 彼の居ない墓標を抱きしめて、私は意識を失った。

 

 

 お願い。また彼に、会いたい。

 

 

 ――じゃあ、一回だけだよ?

 

 

 ああ、冷たい。

 感覚が、なくなっていく。

 

 

 

「キミは待っていてくれ。必ず勝ってくるさ」

 気が付いた時には、彼が悲しそうに笑っていた。

 ああ、走馬灯というものなのだろう。


 だったら、言いたかったことを全部言おうと思った。

 何気なくそう思えた。



「本当に、勝てるのですか?」

「……ああ。勝つさ。勝たなくてはならない」


 目を伏せて言った。淡々とした言葉だったけど、最初に詰まったことは分かった。わかっていた。


「あなたは、帰ってくるの?」

「当たり前だ。帰ってくるさ。キミのもとに必ず」


 両手を握りしめて、彼は言った。

 だけど、死んだんだ。

 震える声もしっかり理解できた。


「行かないで……」

「すまない、それはできない。

 ここで行かなければ、僕はキミを守れない」


 首を横に振って、抱きしめられた。

 わかっていたことだ。

 彼は絶対にそうするだろうと思っていた。

 

 だけど、彼のぬくもりを感じて、何も。言えなかった。

 冷たい汗。

 震える手。

 死を覚悟したその瞳を、私は理解してしまった。

 

 

 

 

 

 長い長い走馬灯の中で、今回は自重しないと決めた私は、

 彼を説得し続けていた。

 行かないでほしいと幾度となくいっても、答えは変わらなかった。

 

 

 

「親愛なる我が祖国のために!」

「「「「「祖国のために!!」」」」」

 

 

 

 この時が来た。

 走馬灯だから、運命は変わらないらしい。

 ひどい話だ。

 

 

「じゃあ行ってくる。安心してくれ、必ず俺は帰ってくるから」

「いつまで、行くの?」

 

 

 

 抱きしめられながら、言葉を返した。

 彼は震えていた。

 それを隠すつもりはもうないらしい。

 

 

 

「わからない。だけど必ず帰ってくる。

 キミを置いては逝かない。

 這ってでも、

 血みどろでも、

 必ず、だ」

 

 左頬を掻きながら言った。

 多分、この時には彼は覚悟を決めていたんだと分かった。

 

 

「待てないよ。すぐ帰ってきてよ」

 わがままだってわかる。

 情勢では全戦全勝とか言っているけど、それなら、あんなことにはならなかった。

 理解しても、どうにもならなかった。

 情勢と、立場は、

 それを許さない。

 

 

「すまない。可能な限り早く終わらせて帰ってくる。

 大丈夫だ、伊達に僕だって主席じゃない」

 

 泣いた姿を見せても、変わらなかった。

 ただ優しく抱きしめて、ずるいことを言った。

 

 

 

 

 

 ああ、この時が来た。

 

 あたりはお祭り騒ぎだ。

 戦争は無事勝利に終わった、この瞬間。

 戦勝パレードを見ても、辛くおもって、家に引きこもっていた。


 怖かった。

 また、彼を失うと突きつけられると思うと、

 胸が押しつぶされそうだった。


 結局止めらなかった。

 わかっていた。これは走馬灯なんだから。

 何をしても変わらない。

 だったら、こんな幻を見せなければよかったのに。



「ただいま」

 家の隅から、聞きなれた声が聞こえた。

 掠れた、声ではあった。

 告知じゃ、ない?

 

「無事――とは言い難いけど、ちゃんと帰ってこれたよ。

 約束、ちゃんと守れたよ。

 だから、こっちを向いてくれないかな?」

 

 振り返ると、傷だらけで右腕を半分失った、困った顔の彼が立っていた。

 

「あ、ああ」

「遅くなってすまなかった。五体満足とはいかなかったけど。

 なんとか、帰ってこれたよ」

 

 涙があふれて、止まらなかった。

 飛び込んで泣きついた。

 ――帰ってきてくれた。

 たとえ、走馬灯でも、幻でも。

 あなたが無事でホントによかった。


「おかえりなさい、おかえりなさい。おかえり、なさい」

「ああ、ただいま。

 ただいま……」


 彼は照れくさそうに、左頬をかいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

必ず、帰るから ~左頬の約束~ eternalsnow @523516

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画