放課後、体育館裏で告白してくれたはずの美少女が存在していない件について

I∀

放課後、体育館裏で告白してくれたはずの美少女が存在していない件について

 この物語は――俺の恋の物語だ。

 正直言って、読む人にはかなり退屈かもしれない……そんな愛の物語だ。


 俺は、「相川悠斗」十七歳。

 どこにでもいる高校二年生。

 少なくとも、“あの日”まではそう信じていた。


 登校して下駄箱を開けた瞬間、ふわりと一枚の白い封筒が落ちてきた。

 無駄な装飾のない、真っ白で薄く、どこか古風な手紙。


(……今どきラブレターって)


 そう思って苦笑したはずなのに、心臓は落ち着かなかった。

 封を切る指先は、わずかに震えていた。


『放課後、体育館裏で待っています』


「……ベタにもほどがあるだろ」


 呆れ混じりの声を出しながらも、放課後の俺はやっぱりその場所へ向かっていた。


 そして――目を疑った。


 そこにいたのは、現実味を欠いたほどの美少女。


 陽の光を吸い込みながら艶めく黒髪。

 宝石みたいに透き通った瞳。

 華奢な肩に、長い脚。

 “これは漫画の世界だろ”と誰もが思うレベル。


「……は? マジ? ドッキリ?」


 呟いた俺に、彼女は一歩近づく。

 その瞬間、ふわっとシャンプーの香りが鼻先を撫で、思考が一瞬止まった。


(……え、めっちゃいい匂い……これ反則だろ)


「相川君……来てくれたんですね。わ、私……二組の芹沢と言います。あの、廊下で見かけて……その、一目惚れしました。す、好きです。つ、付き合ってください!」


 美しい。完璧すぎる。むしろ不自然なくらいに。


(可愛い……いや、可愛すぎる)


 黙って固まる俺に、彼女が少しだけ膨れて見上げてくる。


「あ、いや……ごめん。急すぎて、頭が追いついてなくてっさ」


「い、いえ! 返事はまた今度でも……じゃ、じゃあっ!」


 顔を真っ赤にして走り去る彼女。

 伸ばした手は空を切り、俺はふと気づく。


(……“芹沢”? 二組にそんな美少女いたか?)


 いない。

 絶対にいない。

 いたら噂にならないはずがないし、廊下ですれ違って気づかないなんてありえない。


 胸の奥に、小さな棘のような違和感が残った。



 ◇


 翌日、昼休み。

 俺は二組の前に立っていた。


「あの……芹沢さんっていますか?」


「芹沢? あー、いるよ。呼んでくる」


 そして現れたのは――ぼさっと長い前髪の、細い体の男子。皺の寄った制服が妙に似合ってしまう、地味な男の子。


 けれど。


(……なんだ、この感じ)


 前髪の隙間から覗いた瞳だけが、驚くほど綺麗だった。


「……芹沢?」


「うん。俺だけど……どうかした?」


「……いや、ちょっと確認しただけ」


 自分でも意味がわからなかった。


 放課後、昇降口でその“男の芹沢”が待っていた。


「さっきの相川君……なんか気になって。

 よかったら一緒に帰らない?」


 俺は断れなかった。



 ◇


 それから――気づけば俺は、毎日のように芹沢と帰るようになっていた。


 芹沢といると、やけに自然体でいられた。


「相川君、今からカラオケ行かない?」

「いいね」


 カラオケでは、芹沢が驚くほど歌が上手かった。

 控えめな声なのに、心にすっと沁みてくる。


「相川君、歌うまいじゃん」

「いや、お前の方がすげえよ」


 暗いカラオケルームで笑い合ったとき。

 胸の奥で、何かがふっと溶けた気がした。


(あれ……俺、芹沢のこと……)


 自分でも信じられない感情。

 あの美少女の存在は、少しずつ霞んでいった。


 それより――今隣で笑う“この芹沢”が愛しくてたまらない。


 BLなんて興味なかった。

 男にときめくなんて思わなかった。



 ◇


 夕焼けの帰り道。

 芹沢が俺の名を呼んだ瞬間――


「相川君」


 空気が裂けるように、同時にもう一つの声が響いた。


 振り向くと、そこに“いた”。


 あの日の完璧美少女・芹沢。

 記憶に焼き付いた姿そのまま、ただ静かにこちらを見つめていた。


「返事……聞かせてくれるんですよね?」


 その声が妙に平坦で、まるで録音みたいに感情の揺れがなかった。


 隣の芹沢(男)が息を呑む。


 俺の喉が勝手に動いた。


「……お前……何者なんだ?」


 問いかけた瞬間。

 美少女の口元が――ゆっくりと、裂けるように吊り上がった。


 笑っている。

 けれど、それは“表情”ではなく“形”だけの笑みだった。


 背筋が凍りついた。


 反射的に横の芹沢(男)へ目を向ける。


 ――そっちの方が、もっとおぞましかった。


 前髪の隙間から覗いた瞳が、光のないガラス玉みたいにこちらを映している。

 男の芹沢も、同じ角度、同じ速度で、口元をじわりと引きつらせていた。


 二人の笑みが、まるで“コピー&ペースト”のように重なる。


「やっと……気づいた?」

「ずっと……見てたよ?」


 二つの声が同時に、音程まで完全に一致して響いた。


「やめろ……やめてくれ……っ!」


 逃げようと後ずさった瞬間――

 空気が、音もなく“裂けた”。


 バキッ。

 世界の真ん中に、大きなひびが走った。


 アスファルトも、校舎も、空さえも、

 ガラス板みたいにバラバラに割れていく。


 二人の芹沢の体も、縦に、横に、無数の線が走り――笑ったまま、ひび割れながら、崩れていく。


「いやだ……やめろ……っ!」


 裂け目の向こうから真っ黒な闇が吹き上がり――


 


「ああああああああっ!!」




 ◇


「……はっ!」


 ――汗びっしょりで、俺はベッドの上で跳ね起きた。


 呼吸が荒い。

 喉が痛い。

 夢のはずなのに、後ろ髪を掴まれたような恐怖だけが、現実に残っていた。


 汗ばむ手のまま学校へ向かう。




 一時間目。

 ノートを開いた瞬間、血の気が引いた。


 そこには見覚えのある文字列。


『芹沢(女):黒髪ロング、完璧美少女、謎の存在』

『芹沢(男):前髪長い、瞳が綺麗、歌が上手い』


「……これ……俺が……」


 震える手でスマホを開く。

 記憶が一気に戻った。


 そうだ。




 俺は――AIに小説を書かせていた。


 主人公の名前は俺と同じ「相川悠斗」。

 芹沢というキャラクターを二種類用意して。


 美少女も。

 地味な男子も。

 全部、数日前に俺がプロットとして入力したものだった。


 画面には、最初に送った一文が残っている。


『この物語は――俺の恋の物語だ。

 正直言って、読む人にはかなり退屈かもしれない……そんなの物語だ。

 ――この続きを、恋愛ホラーテイストで書いてください』


 その下に返ってきたAIの応答。


『よろしくお願いします。

 では“あなたの恋物語”を一緒に紡ぎましょう』


 俺はそっと画面に呟いた。


「……違うよ。これは――」


 自分でも驚くほど優しい声色で。


「お前の――AIの物語だ」


 その瞬間――物語は静かに幕を閉じた。

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