The little king

 ジョージは兵に囲まれ、再び白の塔に連れてこられた。目の前に立ったヘンリーにジョージは問う。

「叔父上。傀儡でなくなった僕は邪魔ですか?」

「ああ。邪魔だ」

「それが許されるとおもうのですか。叔父上」

「お前には傀儡が分相応だろう? 拒むのならば、この白の塔の亡者の列に加えてやるだけだ」

 ふてぶてしい笑いを見せた叔父に、自然に震えはじめた足を必死におさえ、胸を張ってジョージは言い返した。

「僕は街で、人々が困窮する姿をみた。それを助ける余裕もなく素通りする人々の姿も。治世が悪いせいで沢山の人が死んでいた。僕はこの国としての王だ。だから戻ってきた。あなたの言いなりにならない王になって、幸せにはみえなかった彼らを救うために!」

 こらえきれないというように腰を折って男は大声で笑いはじめた。

「はっ! おめでたいな。お前の父親の戯言と同じバカバカしい理想論だ。それを聞いた私が感銘を受けるとでも思ったのか? 戻ったところでなにも出来ないで終わるんだよ。ジョージ」

「お世話になった人にも言われた。僕もそう思ってる。でも、それでも戻らなきゃいけなかった。僕は王だから。この国の民を幸福に導くことが僕の務めだ」

 ジョージは叔父の言葉を受けとめて、自分に槍を向けた兵に視線を移した。

「君達もそれが、ばかばかしい理想論だと思う? 命をかけることは愚かしいと思う?」

 しばらく逡巡する姿をみせてから、兵達はおずおずと少年に突きつけていた穂先をおろす。

「なにをやっている! 誰がお前らを雇ってやっていると思っているのだ!」

 ヘンリーの声に、兵達はただ顔を見合わせた。

「こんな子供の言葉に惑わされおって! 殺せ! このガキを殺せ! 命令だ! お前達は俺の私兵だろう! 忘れたのか!」

「彼らはあんたの私兵である以前に、この国の民で王の臣下なんだよ。ヘンリー」

 笑い含みの声が牢に響いた。ジョージの声でも、とまどった顔の兵達の声でも、もちろんヘンリーの声でもない。

「リチャード!」

 ヘンリーの背後に浮かんだ姿にジョージの声が弾んだ。

「リチャード?」

 沈み込んだ記憶を思い起こすかのように、ヘンリーはその名を舌の上で転がし、恐怖と驚愕で味を付け、再びその名を呼んだ。

「リチャード!? まさか…まさか。ああ、だが、その声……。なぜだ! お前は死んだはずだ!」

「ああ。死んだよ。罠にかかってあんたの目の前で首斬られた。だからここにいるんじゃないか。こっちを向いて確かめたらどうだい? 亡者の列に加わった、可愛げのない甥のなれの果てを」

 ヘンリーの顔は青ざめて、見開き瞬き一つしない目は瞳だけが揺れ動く。

「どうした? こっちを向いて顔を見せてくれよ。親愛なる叔父上。あんたが命を奪うほど可愛がっていた甥っ子が十年ぶりにあんたの顔をしっかり拝みたいと言っているんだ」

 低い囁き声で煽る亡霊の声に、小刻みに震え始めた男はそれでも後ろを見ようとはしなかった。

「こっちを向けないのは罪の意識か? 祟りへの恐怖か? だが、あんたが僕を見たくなくても、僕はどうしてもあんたの顔が見たいんだ。叔父上」

 リチャードが暗く嗤った直後、その半透明の腕がヘンリーの背から突き抜け、その頭が贅肉を貯めた腹に捩じ込まれていく。

「あ……」

 リチャードがヘンリーの体の中でぐるりと拗れ回って、腹から生えた状態で男と向かい合うのをジョージは咳一つ立てられずに見つめた。

「叔父上。老けたな。十年ぶりに亡霊と化した甥の顔を見るのはどんな気分だ? どうだ? さあ、ヘンリー! 目を逸らすな! 俺の顔を見るんだ!」

 リチャードの表情こそ見ることは出来なかったが、ジョージはヘンリーの顔が歪み苦悶に引きつって泡を吹いて卒倒するのを目の当たりにした。

「叔父上!」

「気を失っているだけだよ。残念ながらね」

 くすくすと笑ってリチャードはジョージの方を振り向いた。

 その様子は最初に会ったときの闊達さのままで、先ほどまでの暗い声と同じ持ち主とは思えなかった。

「リチャード……兄上?」

「そう。お前は僕の姿を覚えていないよな」

 ふわりとジョージの前に立ったリチャードは、少年の頬をそっと撫でた。

 人の手と違う、しびれるような冷たさがジョージの頬に走る。

「大きくなったな。リトル・ジョージ」

「ごめんなさい。僕、なにも知らなかった」

「なぜ謝る? お前が何も知らないのは当然さ」

「……僕も憎い?」

 俯いたジョージにリチャードは首を振った。

「馬鹿をいうな。愛しこそすれ、憎むわけがない」

「叔父上はあなたを殺して、僕を王位につけた」

 少年の言わんことを察したのだろう。リチャードは穏やかな声で少年と視線を合わせた。

「ジョージ。言ったろ? 叔父が僕を罠にはめたと知っても、僕はあらがわなかった。自由になりたかったから逃げたんだ。だから、お前を恨むことなんてない」

「兄上……」

 リチャードは優しい微笑みを浮かべ、少年の手に己の手を重ね合わせた。

「お前は逃げなかった。生きて自由になる道もあったのに、戻って叔父と対峙した。王という重責に向き合った。俺はお前のことを誇りに思う」

 手放しに誉められて、ジョージは顔を赤らめ、頭を振る。

「みんな辛い思いをしていて、自分が戻ってがんばればなんとかなるなら、出来る限りのことをしたいと思っただけなんだ」

「たいしたことだよ。そうやって考えられる人間はそういない」

 リチャードは背を伸ばし、口の端を持ち上げて笑った。

「さ。こんなところにぐずぐずしてるものじゃない。お前はお前の場所に帰るんだ。じゃあな。キング・ジョージ。なりは小さくても、お前は立派な王だ。お前ならなせると信じている」

 空気に身を溶かしかけたリチャードをジョージは止めた。

「待って!」

「なんだ?」

「兄上。ありがとう。あなたがいなかったら、僕は生きてここに立ててない」

 心からの礼にリチャードは暖かな笑顔だけを残し、煙のように薄れて消える。

「兄上……」

 ジョージは浮かんだ涙をてのひらでこすって、呆然とした面持ちの兵達に話しかけた。

「ヘンリーを塔内の別の部屋に幽閉してください。後で裁判にかけます。それと、だれか僕を本宮に送って下さい。早く帰って仕事を始めないと。今の状態を立て直すのに、一刻だって惜しい」

「は……はい!」

 突き動かされるように兵達の一部がまだ昏倒したままのヘンリーを引き立て、残る数人がジョージを塔の出口へと導いた。

 そびえ立つ威容を振り返り、ジョージは小さく唇を噛みしめる。

 リチャードは自分のことを立派な王だと言ってくれたが、分かることは少なく、出来ることも多くない。街に住むスティーブに会って礼を言うことも出来はしない。

 皆が笑顔で迎えてくれるような、胸を張って会いに行けるような王にならなくてはいけない。

『リトル・キング』

 今でもそう呼ばれるのがふさわしい程度の力しかないけれど、いつか自分で自分を誇れるような大きな王になれればいい。

「僕、がんばるよ」

 ジョージは小声で呟いて、塔の中から見ているに違いない人に微笑んでみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リトルキング【改稿カクコン版】 オリーゼ @olizet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画