信じるものがナンバーワン
snowdrop
喪失と選考の一か月
十月下旬、低く垂れ込む空が自室の窓の向こうに広がっていた。
「誇り高い~はぐれものよ~」
スーパー戦隊の主題歌を口ずさみながら、パソコンに向かい、キーボードを叩いていく。
カクヨム甲子園の中間選考作品の感想を書き終え、予約時間を設定した。
息抜きにSNSを覗くと、白泉社の『楽園 Le Paradis』が二〇二六年二月発売の第50号で刊行終了するニュースが目に入る。
約十六年の歴史に幕を下ろす漫画雑誌。購読はしていないが、親戚が連載をもっていて気になる。今後どうするのか聞いてみようとスマホに手を伸ばすも、野暮はよそうと引っ込めた。
画面の青白い光が手元を冷たく照らす。
ほどなくして、今度はスーパー戦隊シリーズ終了の衝撃ニュースが飛び込んできた。
ネットでは、夏のスーツアクターとの不倫騒動や制作費高騰、少子化やテレビ離れで視聴者減も影響との憶測が流れている。五十年の節目で終わるのか。胸の奥が冷え、指先が震えた。
ふと、『楽園 Le Paradis』の歴代作家の原画を一挙展示した十五周年記念『楽園展』を思い出す。
スーパー戦隊も、五十年の歴史を振り返る『全スーパー戦隊展』が開催中だ。人気コンテンツ終了前にはファン感謝イベントが大々的に行われるものかもしれない。
だが、公式からの発表はなされていなかった。
こんなとき、銀河英雄伝説に登場したバグダッシュの言葉を思い出す。
「世の中に飛び交っている情報には必ずベクトルがかかっている。つまり誘導しようとしていたり、願望が含まれていたり、その情報の発信者の利益をはかる方向性が付加されている。それを差し引いてみれば、より本当の事実関係に近いものが見えてくる」
情報とは単なる中立的な事実ではなく、常に誰かの意図や利益が反映されたもの。情報のベクトルを理解せず鵜呑みにすると操られやすくなるが、背後にあるベクトルを見極めることで真実に近づける。
メディアは速報性と特撮終焉のドラマチックさを狙い、「不倫スキャンダルが決定打」「シリーズ名が変わるだけ」「次はテレ朝オリジナルヒーロー」「レッドだけ残る新プロジェクト」などと煽る一方、ファンサイトは「公式発表待ち」「リニューアルかも」と希望に揺れていた。
「信じるものがナンバーワン、ということで」
ネット記事の閲覧をやめ、カクヨムU-24杯の選考に集中した。
十一月に入り、応募作品の選考に没頭していく。
カクヨム甲子園作品より一作の文字数が多い。メモを取りつつ、音声読み上げ機能を使って耳と目で読み進める。
そんな私の邪魔をしたいのか。追い打ちをかけるかのごとく、ゴジュウユニコーンを演じていた俳優が降板になるニュースが飛び込んできた。
オープニングのダンスシーンが削られ、予告編すら流れなくなった放送回を見たとき、胸の奥が冷え冷えした。
元気を分けてもらってきた毎週日曜の朝の時間が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
どんなに忙しくても名探偵コナンとスーパー戦隊は欠かさず見続けてきたのに。
当たり前にあったものがなくなる現実。万物流転、情報不変。
変わらないものなどありはしない。
あるがままの今を受け入れる生き方は、失ったとき傷つかなくてすむ。
だが、その考えは老年の思考ではないのか。
「人間は美しくあるために抵抗の精神をわすれてはなりません」と灰谷健次郎が『兎の眼』で書いていた。
だが、どう抗えばいいのだろう。打ち寄せる喪失感に頭の芯がぼんやりして、幼き日々に取りすがる。
小学五年生のときだった。
「いま~おまえ~は、希望の大地にー、踏み出す~」
休み時間の教室でクラスの人気者だった子が、聞き慣れない歌を口ずさんでいた。
気になって尋ねると、目をキラキラと輝かせて教えてくれたのが、スーパー戦隊だった。
私は交通事故にあって記憶を失くした。そのことは誰も知らない。忘れたことに気付かされたあとは途方に暮れながら知っているふりをし、過去を探して丸暗記していた。ただ、勉強を強いられてきたため教科書や参考書に載っていること以外は知らない子供だった。
黙って聞く私に彼は、五人の変身ヒーローが巨大ロボに乗って世界征服を企む悪の帝国と戦う物語の、どこが面白くてカッコいいのか、変身ポーズを見せてくれながら熱く語ってくれた。
「ところできみは、なにが好き?」
彼に問われたが、出てこない。
ちょっと考えると返せば、吹き出して笑われた。
「考えて出てくるものじゃない。話したくてたまらないものが、好きなものだよ」
「ふうん。そうなんだね」
「そうさ」
にやっと白い歯を見せる彼の言葉に、私は大きく頷いていた。
帰宅すると、さっそく勧められた番組を見る。
当時、夕方にスーパー戦隊が再放送されていた。あと五回で終わるタイミングだったため、物語はクライマックスで盛り上がり、怒涛の展開がくり広げられて大団円で終わった。
見終わった翌日、教室で彼に感想を伝えると、「そうだろ。あれは最高傑作なんだよ。ぜひ、はじめから見てくれ」また勧められた。
帰宅して見ると、今度は別のスーパー戦隊が放送されていた。
いろいろな種類があるのを知った。
その年のスーパー戦隊と再放送をあわせて見ると比較ができ、より楽しさが倍増した。
彼がよく歌っていたのは、音楽家の田中公平氏が最初に特撮に携わって作曲した挿入歌だった。
スーパー戦隊をきっかけに、田中氏が担当している特撮やアニメなど、他作品も興味を持つようになっていく。
だけど小学六年の一月、人気者だった彼が交通事故で亡くなった。彼が卒業文集に遺した将来の夢の欄には、作曲家になりたい、と書かれていた。
番組が終わり、また新しいスーパー戦隊がはじまる。
彼が帰ってくる、そんな期待を込めて見続けてきた。
「死者のための鎮魂とはその死に花を摘むことではなく、生きているものの負い目を水飼うこと」だと詩人の相澤啓三がいっている。生きている者の負い目を生き生きと自覚して生きることが、鎮魂のための最も本質的な行為といえる。
私にとって番組視聴は、供養みたいなものだった。
もう十分だよと言われた気がして、深い溜息がこぼれた。
青い光がパソコン画面からこぼれて指先を照らす。迷う選考と悲しい現実を伊右衛門の『濃い味』に溶かして、飲み干し、空いたボトルを積み重ねていく。
舌に染み入る冷たさと苦さが口いっぱいに広がる。
烏龍茶で育った私としては、緑茶の苦さは薬のごとく慣れない。
慣れ親しんだものは変わってほしくない。心は常に、とどまることを願っている。
十一月十日未明、日刊スポーツが後枠に令和版『宇宙刑事ギャバン』が来春始動すると報じた。
シリーズ化される番組は、今後を見据えた実験を番組内で行うことがある。
時代劇の水戸黄門なら、次期水戸黄門を演じる人を登場させテストしていた。
スーパー戦隊も、光戦隊マスクマンで六人目の戦士を一度登場させ、恐竜戦隊ジュウレンジャー以降は追加戦士が定番となっていった。
宇宙刑事ギャバンは海賊戦隊ゴーカイジャーとコラボし、映画も作られた。
手裏剣戦隊ニンニンジャーではジライヤが出てくるなど、過去作品とのクロスオーバーも時々行われてきている。
ひょっとすると布石を打っていたのかもしれない。
カクヨムU-24杯の応募締切日が過ぎた頃、暴太郎戦隊ドンブラザーズでオニシスター役を演じた俳優が代役を演じると発表された。
ドンブラザーズの脚本家の娘が、ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーの脚本を担当している。
スーパー戦隊のあとは『超宇宙刑事ギャバン インフィニティー』が放送される情報も流れてきた。
これもまた縁だと思い、放送を楽しみにしつつ応募作品を厳選していく。
当初は十一月中に二次選考を終え、十二月に最終選考するスケジュールを組んでいた。
与えられた締切日より早く選び伝えれば、年末にゆとりが持てるとの算段からだった。
一次選考をしているときから、「これは二次以降も進める」と見当をつけて良い作品を選んできたおかげか、予想以上に早く二次選考を終えることができた。
応募作品を比較しながら出来の良さで順番をならべていく。最終候補もすんなり決まる。
多くのカクヨム甲子園の作品を読んで感想を書いてきた私に、どれだけ箔をつけられるだろうか。
心の中では、終わっていくものの寂しさと、はじまる未来を天秤にかける落ち着きのなさが惑わす。
だが自信とは、「将来の燭光を見たときの心の姿です」と太宰治がいっているように、現在の自分にではなく、未来のいつの日かのあるべき姿に燭光を見出したとき湧き上がるものだ。
ゴジュウジャーの、潜入捜査のためテガソードに顔と声を変えてもらったが戻らなくなり新たな姿で登場する力技で乗り切った展開には、吹き出すほど心が踊った。
アオレンジャーとビッグワンと三浦参謀長、ミドレンジャーとバトルコサック、バトルケニアとデンジブルーとギャバン、ゴーグルブラックとダイナブラック、チェンジペガサスとドラゴンレンジャー、ニンジャレッドと黒騎士ヒュウガ、デカイエローとキョウリュウシアン、マジイエローとビートバスター、ボウケンシルバーとキョウリュウグレー、ゴーカイイエローとワシピンク、ゼンカイザーとゼンカイザーブラックは同じ俳優さんが演じられた。五十年の歴史は伊達じゃない。
オープニングで歌われているとおり、葛藤も、矛盾も、厄災も、不条理も、見事に乗り越えてみせたのだ。作品から感じられるライブ感もまた、スーパー戦隊の醍醐味。作り手の熱量がひしひしと感じられる。
私も負けじと、現代の青春やミステリーを鮮やかに描く彼女彼らの「伝えたい」熱意を未来へ繋ぐ役割を果たすべく、燭光を胸に選考を終えた。
十二月末の結果発表を、お楽しみに。
信じるものがナンバーワン snowdrop @kasumin
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