皆様お疲れ様です。
疲労感はまだ残っているものの、だいぶ体調が戻ってきました。のんびり作品を読んだり、レビューを書いたりしております。
最近は自主企画の「校正したい作品集」なども覗いているのですが、誤字脱字を見つけるとつい直したくなってしまいます。もっとも、誤字報告機能は文字数制限が厳しく、一度に伝えられることが少ないので、なかなかもどかしいところです。
そんなことをしているうちに、自分の読み方が少し変わってきたような気がしています。
先日、レビューを書こうと思って読んだ作品がありました。人間関係の描写も丁寧で、場面ごとの出来も良い。ただ、展開と展開のつながりが少し弱く感じられて、「もう少し流れが見えるようになったら、さらに良くなるのにな」と思ったのです。
ところが、それをレビューに書くべきなのか分からない。
感想として書くには少し踏み込みすぎている気もするし、コメント欄で具体的に説明しようとすると長くなってしまう。結局、何も書きませんでした。
以前なら単純に楽しんで読んでいたはずなのに、最近はどうしても「ここを直したい」「こうしたらもっと良くなるのに」という箇所が目についてしまいます。
批評をしているつもりはないのです。
ただ、そう感じたからそう思うだけで。
だからなのか、編集や校正の入った書籍を読むと少し落ち着きます。
この前も、ある作家さんのWeb掲載作品を読んでいて、「上手いのだけれど少し削りたいな」と思いました。もしかして作品固有の問題ではなく作者の癖なのかもしれないと思い、書籍化されている別作品も読んでみたところ、やはり似た印象を受けました。
推敲を続けていると、文章を見る目も変わってくるのでしょうか。
最近はそんなことを考えています。
来月からカクヨム甲子園が始まります。
今年も作品を読んで感想を書こうと思っています。
ただ、今の自分で大丈夫なのかしらん。
以前にも増して、改善できそうな部分に目が行ってしまうのです。指摘したいわけではないのに見えてしまうので。
感想を書こうとしているのに編集のような目で読んでいることがあります。
粗があるのは当たり前です。気になるところはいくらでも見つかるでしょう。
でも、大事なのはそこじゃない。
何を書こうとしたのか。
どんな場面を読んでほしかったのか。
どんな気持ちを伝えたかったのか。
そういうところを受け取って感想を書きたいのです。
推敲ばかりしてきた弊害なのか、しばらくは欠けている部分ばかり見てしまうかもしれません。
それでも、できるだけ作品が持っている良さを探して読んでいきたいと思っています。
ありがとうございました。