第11話
雨のニオイがした。オレは倉庫の扉を開けた。外ではしとしと雨が降っていた。雨音が倉庫全体を包みこむ。
「この問題を放置したまま実行することはありえない。これは計画の根幹に関わる。なら、問題が解決するまで延期するのはどうだ?」ゴトウが言った。
「夏にやるのを諦めるってこと?」キョーイチが訊く。
「今のままでは埒が明かないだろ? 時間をおけば新しいアイデアが浮かぶかもしれない」
「そうかもしれないけど」キョーイチがつぶやく。
「いやそれはムリだ」ナベが断言した。「この計画は、夏休みという教師も生徒もほとんど不在な時期だからこそ実現可能なんだ。学期中は休日でも誰かしらいる。それに、冬休みでは遅すぎるし、春になればもうオレたちはここにいない」
「やるならこの夏休み中しかないってことか」オレはパイプ椅子に深く座り直した。
「そういうことだ。多少ムリしてでも、夏ではないと成立しない」
ナベの言葉にゴトウも納得したようだった。今しかない、それは確かだった。
だが決意を新たにしたところで、アイデアが浮かばなければ何も進まない。ふたたび沈黙が倉庫を包んだ。
しばらくして、不意にキョーイチが口を開いた。
「ねえ、外から涼しい風が流れてくるよ」
キョーイチが倉庫のドアを開けると、雨上がりのひんやりとした風が流れこんできた。気づけば、雨の音はもう消えていた。外はすっかり暗くなっていた。
「ちょっと待て、今何時だ?」
時計を見ると、もう七時を大幅に過ぎていた。
「最終下校時間を過ぎてるじゃねえか」
いつもなら運動部の声で時間を察するが、今日は雨のせいでどの部活もグラウンドから引きあげていた。もっとも帰宅確認は本来顧問の仕事だから、カマタニの責任でもあった。
「マズいな。今、見つかったら面倒だぞ。この段ボールの説明がつかない」
「何かあったときのために、段ボールの言い訳は『この倉庫は冬になると寒くなるので、断熱用に備蓄してます』ってことにしよう」ナベが早口で言った。
オレたちは倉庫の明かりを消し、静かに外へ出た。グラウンドには人影もなく、空気はひんやりしていた。
「校庭側の門から出たら見つかるかもしれない。そこの家の庭を通って道に出よう」
倉庫の前の家には伸び放題の雑草で目隠し状態になっているフェンスがある。高さも低く、キョーイチでも飛び越えられそうだった。
荷物を背負い、息をひそめて、ゴトウ、オレ、キョーイチ、ナベの順でフェンスを飛び越え、民家の庭におりた。
「こんばんは。君たちは何をしているのか、わかっているのかね?」
縁側の明かりが灯り、黒い影が現れた。逆光でその姿は黒く染まり、異様な雰囲気をまとっていた。やがて明かりに照らされ、老人の姿が浮かび上がった。
「君たち、不法侵入だよ」
無言で逃げよう。相手は老人一人。しかも片足を引きずっているようだった。全速力で走れば追いつけないだろう。キョーイチは不安だが、キョーイチ自身も理解しているらしく、オレの隣から唾を飲みこみ、息を吐く音が聞こえた。
「今だ、行け」
オレは合図を出し、四人で一斉に走り出した。
「待ちなさい、軽音楽部の諸君」
次の更新予定
校庭隅のオレたち @k_nag
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。校庭隅のオレたちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます