第10話

 放課後、オレが昼間の件を打ち明けると、意外にも三人の反応は好意的だった。糾弾されるかと覚悟していたが、その心配は杞憂だった。中でもゴトウは好反応だった。

「いいんじゃねえの。華やかになるじゃないか」

 硬派なゴトウは女子の加入に反対すると思っていたので驚いた。

「人が多いほうがいいね。楽しくなればそれでいいよ」キョーイチは相変わらずだった。

 一方で、ナベは女子加入よりも、情報がどこから漏れたのかを気にしていた。

「オレたちはメンバー間の接触を減らして、話し合いも四人だけに限定していた。なのにどうして漏れた? 盗聴器でも仕掛けられているのか? お前ら、オレ抜きで連絡取りあったりしてないよな?」

 もちろんそんなことはなかった。どうして漏れたのか、心当たりはなかった。計画は徹底して口外せず、注意してきたはずだ。

「女子三人は、自分たちだけしか知らないって言ってたんだよな?」

「ああ。情報源は明かせないけど、それだけは確かだって」

「今はその言葉を信じるしかないな。もし教師に知られてたら、とっくに動いているはずだ。今のところ静かってことは、まだ気づかれていないと考えるべきだ」

 あるいは、そう信じるしかなかった。ナベはメンバーが増えること自体には何も異を唱えなかった。

 こうしてオレたちは男子七人、女子三人の計十人で計画を実行することになった。


 七月に入っても、四大課題——『学校警備の突破』、『一階のドアの封鎖』、『窓からの侵入防止』、『逃走ルート』——は解決を見なかった。

 そのうち、『一階のドア』だけは対策を固めた。ドアノブ型の扉は鍵を掛け、ドアノブを固定して回せないようにする、扉の下部に鍵がついているタイプは、鍵穴にホットボンドを入れて鍵を掛け、扉に突っかえ棒をする。どちらも机バリケードで二重に封鎖する。

 だが、残る三つの課題は依然として手詰まりだった。

 特に『逃走ルート』は、防御を固めるほど自分たちの出口も失われていくジレンマがあった。A棟背後の斜面を活用しようにも、そもそもどうやって校舎外に出るルートを残すかが問題だった。

「後詰のない籠城は、死と同義語だ」ナベは嘆いた。

『窓からの侵入防止』も難題だった。段ボールで窓を覆っても、光は遮るが防御力は上がらない。ガラスを割れば簡単に突破される。ベニヤ板を使う案も出たが、全校舎を覆うほどの量を確保するのは到底無理だった。そもそも段ボールすら集めきれるか怪しく、別の手段も考えておく必要がありそうだった。

 この問題の厄介なのは、敵はどの窓からでも侵入可能という点だった。二階の教室でも、三階のA棟でもいい。特に上階が突破されると、防火シャッターが解錠でき、それ以下の階はすべて制圧されることになる。オレたちは敵の動きを察知し、各窓を警戒しなければならない。昼夜問わず警備を続けるのは不可能な話だった。

 窓からの侵入は、消防車が用いられた形を想定した。オレたちに優位な点は、A棟の背後は斜面であり、B棟の背後は道幅が狭く消防車が入れないことだ。

「ということは、もしこの学校で火事が起きて、B棟裏の美術室に閉じこめられたら、脱出できないってことか……?」

 恐ろしい事実に気づいてしまった。この学校には重大な欠陥があるのかもしれない。

 そして最大の難関は、学校警備をかいくぐっての侵入だった。警備体制や、警備装置が作動すると具体的にどうなるのか、詳細はまったく不明で、ネットにある情報を断片的に集めるしかなかった。

「当たり前だ。そんな情報が広まってたら、夜の学校に入り放題だしな。もしかしたら詳しいことは校長クラスじゃないと知らないかもな」

 だが、デメキン校長を拷問して吐かせるわけにもいかない。

 一応の案はあった。夏休みに部活の練習で登校し、帰るフリをして校内に残る。日直当番の教師が警備をかけて校舎から出た直後にそれを解除する。だが不安要素が多すぎた。

「警備が作動するまでタイムラグがあるって話は聞いたことがある。曖昧なところではあるけど。でもそもそも警備を止めることなんてできるのか?」

「そこが問題だな。例えば暗証番号を打ちこまないといけなかったら、その時点で詰む」

「セキュリティ関係は調べても出てこないし、警備装置の仕様は会社によって違うはずだ」

 警備装置は職員室にある。オレは以前、職員室に呼び出されたときにそれらしきものを見た。だが詳しく調べることはできない。なんたって職員室は教師の本拠地なのだから。

「ここを乗り越えないと、何も始まらない」

 ゴトウは倉庫に運びこまれた段ボールの山の上に寝転がった。二つの山のうち、一つは天井に届くほど、もう一つは腰の高さほどに積み上がっている。

「どうしようかねえ、どうしようかねえ」

 タンクトップ姿のキョーイチは汗を拭きながら扇風機の風にあたっていた。キョーイチだけ夏を先取りしていた。オレたちにはわずかな風しか届かなかった。

「マズいよな、本当に」

 定期試験が目前に迫っていた。それが終われば、夏休みまであとすこしだ。いつもなら楽しみなはずの夏休みが、今回は一つの締め切りとしてのしかかっていた。試験勉強もしなければならない。キョーイチは英語のワークを開いて話し合いに参加している(とはいえ、問題はまったく解けていなかったし、ワークは汗でふにゃふにゃになっていた)。

 話し合いは完全に停滞していた。最近は進展するほうが稀で、沈黙に支配される日が多かった。時間だけが過ぎて、何の成果も得られずに帰宅する日々だった。この計画が楽しいのは間違いない。しかし乗り越えるべき壁があまりに高く、オレの中に、本当にできるのかという疑問が芽生え始めていた。口に出さないだけでみんな同じだった。ナベですら途方に暮れていた。誰よりも聡明だからこそ、誰よりも困難さを理解していた。

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