遺伝子

「…遺伝子にはそれ自体に自ら死を促す致死遺伝子と呼ばれるものが存在しているのです。例えば二十代になるとガンになる致死遺伝子を持っている人がいるとします。この人が子どもを持てば、この致死遺伝子は子供に受け継がれる事となってそれだけ早死にする人が発生する可能性がある訳です。」

S氏の視覚拡張ディスプレイの中でR博士が国連で発表している姿が映し出され、骨伝導を通じて発表の内容が聞こえる。

R博士が生きていた世界の200年後の世界を生きるS氏にとって、

歴史を学ぶ事のメリットは(未来から見れば単純な理由による)先人の間違いを知る事で今がそこからどれだけ進んでいるかというのを自覚できるという事だ。


「これを安く考えないで頂きたい。その子供は二十代で死ぬ事が決まっているのに子供を多く持てばそれだけ致死遺伝子に人類が汚染される事になります。僕はこの致死遺伝子を人類から駆逐したいのです。人類の遺伝子を管理し、安定に保ちたいのです。」

R博士のこの当時にしてはユニークな考えは拍手喝采で受け入れられた。


 S氏は首についているスロットからケーブルを外し、現実世界の学校の教室に戻ってきた。

「皆さんに聞いてもらったのは2055年に国連で行われたR博士の演説でした。」

教壇に立っていた先生は白板に2055年、国連、R博士、遺伝子管理思想と書いた。

「今となっては目新しくないかもしれませんがこの演説が後年、遺伝子管理思想の始まりでした。」

先生は赤ペンで遺伝子管理思想と書き、その内容を箇条書きしていく。


・致死遺伝子、不適格とした遺伝子の排除を目的

・人類を遺伝子として考える

・結婚の管理


S氏を含む生徒たちはノートに表を作り、白板の内容を写していく。

「この考えのおかげで人類の寿命は一時的に200歳を理論的に突破する事に成功する事となりました。」

その時、黙って授業を受けていたS氏はノートに白板の内容を書き写すのをやめた。それは他の生徒も同じだった

。今、科学的に考えられている人間の寿命は120歳が限界だとしているのに、それを200年も前に突破する考えがあった事に皆驚いている様子だった。

「どうして遺伝子管理思想は現在まで残っていないのですか?」

S氏は先生に質問した。

「理論上うまくいくはずでした。結婚年齢を40歳に引き上げる事で、40代未満で死んでしまう致死遺伝子が広まらずに平均年齢の上昇が可能性としてあり得ました。」

「なら、猶更よさそうに思えますが…。」

「実際のところ、結婚を禁止したせいで余計に恋が燃え上がったのです。」

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ショートショート集 No.1 手のひら宝箱 おもちちゃん @omoti-motimoti

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