第7話
ずいぶんと話が長かったので、アリスの話の要点をまとめれば
・女性に対して効力を発揮する特殊な能力を持っていて、特殊ステータス持ち。能力をかけられると、異常に美しく見えて、あいつの事しか考えられなくなるらしい。
・日光下では、能力が弱まるが、夜になると
・何人も魅了によって従属させられていて、あいつ自体はそこまで強さは無い。
・近くの町『ファスタル』の高級宿の最上階に泊っており、魅了によってひどい扱いを受けていたりする。
・満月の際の記憶が毎回なくなっている。
とのことであった。
多分、月に関する能力なんだろうな。
詳細は分からないが、『調律の神の使徒』の中にステータス閲覧の効果が内包されていた記憶があるので、近くで見ることが出来たら詳細もわかるのではないだろうか。満月の夜の記憶がないというのも気になるな……。
しかし、酷い扱いの詳細を聞けばあいつに対する怒りが湧いてくる。
殴る蹴る等の暴力は当たり前。鞭で打ったり、目隠しをして、口に水を流し込み拷問まがいのことをして、愉しんでいると言う。
師匠は満月の夜の話が気になったらしい。
「満月の夜の記憶がないというのは、叩かれたりで気絶してっていう話なのか?」
師匠の言葉を通訳してアリスに尋ねてみる。
「いいえ?私はお気に入りだったみたいだから、殴られたりってことはなく、ただ触られて……ってくらいだったわ。それでも記憶がなくなっているのだから、満月の日に何かはあるんでしょうね」
「多分だが、魅了の能力が満月になると強化されるんだろう。時限での強化がされる能力は見たことがある」
とは師匠の言葉。
なるほど。そう考えると、あいつが襲撃してくる時間としてあり得るのは二日後。満月の夜だろう。
それまでに、どんなことがあってもあいつに勝てる様にも早く強くならねば。
特に話すことも無くなったようなので、通訳もいらないだろう。
何とか試行錯誤の結果を出しておきたい。
「師匠。修行に行ってきますね」
「わかったぜ。こいつのことは俺らが見ておくから、行ってきな」
「風はもう帰るね~。ユーリ君も帰るってさ。レプロ、一人で頑張ってね~!」
「え……。帰っちゃうの?」
目を見開いて、「言葉が伝わらない女と二人きり……?」と呟いている。
絶望顔だ。リプロは出てこれないし、本当に二人きりだろうな。
師匠頑張ってね!
俺は詩風たちと共に、逃げるように家を出た。
―――――――――
泉についた。
さて、俺が何を試しているかと言えば『魔力の利用』だ。
体が成長しきっていないころから、リプロの魔法とそれを使った料理を食べていたことによって、魔力が使えるようになっていたのだ。
俺が師匠と比べ、足りないことが何なのか?
それは魔力を活用できているかいないかだと考えたのだ。
そこで、俺は最近、魔力を体に循環させ木剣に流し込んで、マーキュリアの壁を切るのを試している。
これは、ユーリ君にアドバイスを求めたら、「魔力があるんだから使ってみたらどう?」と、言われたので調べてみたら、魔力が強くなっていることに気付いたのだ。
やっぱり、一番すごいのはリプロの料理なんじゃないか……?
兎に角、魔力の使い方をユーリ君に教えてもらった俺は、これを活用できないかと考えて試しているのだ。
今のところ成果は出ていない。
魔力を纏って壁を切っていれば、マーキュリアが久しぶりに話しかけてくる。
「あら?魔力が使えるようになったの?」
精霊は、見れば魔力を使っているかどうか分かるらしい。
「ええ、ユーリ君に教えてもらって使ってみてるんですけど……どうも効果が出なくて」
「そうなの?あと一歩に見えるんだけどねぇ?お姉さんが教えてあげましょうか?」
「いいんですか?できればアドバイス程度にしてくれると嬉しいんですが」
少し悩む素振りを見せる。
「う~ん、そうね?『魔力の流れは経路と加減が大事』ってくらいかしらね?」
経路?もしかして、特定の道筋を描く必要がある?
「ありがとうございます!ちょっと試してみます!」
「それがアドバイスになったならよかったわ。頑張ってね~」
マーキュリアはそう言い残してどこかへ去っていった。
では、思いついたことをやってみようじゃないか。
―――――――――
俺が思いついたことは、魔力の流れで陣を描いてみることだった。
俺の記憶の中で、魅了されていた時のアリスが、指で何かを描いていたのを覚えている。その陣を描いた後のアリスの動きが良くなっていたのだ。
何となく覚えていた、陣の形を体内で魔力を循環させることで描いてみる。
まず、体内の魔力がたまっている場所を中心に円を描く。
中に星を描いて空いている場所に、奇怪で複雑な模様を描いて最後にひし形で囲んで――――――――おお!
ものすごい力が湧いてくる。いつも以上に身体の動きが冴えているのを感じる。
しかし、剣には纏わせきれていない。
一度、描いた陣に魔力を流すのをやめて、剣にも繋げて陣を描いてみる。
ん?できたか?
マーキュリアの壁をいつもと同じように切ってみる。
スッ
音もほぼ鳴ることもなく、切断できてしまった。今まで、ずっと切ることのできなかった四枚目をだ。
しかし、上がった身体性能を制御しきれず、地面まで切ってしまった。
「これは危ないな……」
制御の仕方を学ばねば。
その後、五枚目、六枚目と切っていき、八枚目になったところで、簡単に切れなくなったので、一度壁切りを止めて素振りをすることにした。
素振りですらも、いつも以上にスムーズに感じる。
楽しくなってやり続けて、1000を超えた頃。
気づくと、体がとてもだるいことに気付いた。
頭痛がして、気持ち悪い。腕も重く感じて上げることが難しくなってくる。
はたと気付いた。
「これが……魔力切れか……」
昔、魔力を持った生物は魔力を使い続けると、魔力がなくなって、体調を崩すことがあるらしい。
そりゃ、1000回の素振りの時間ずっと魔力を使っていたら入れるだろうな。
「あ。だめだこれ……意識……が……」
俺の意識はそこで途切れ、ぶっ倒れた。
――――――――――――――――――
「あらあら。成功したのが嬉しくて使いすぎっちゃったのね。あ姉さんが運んであげましょ……山羊カスに対する借りにもなりそうだし」
ボソッと呟いて、
「しかし、すごいわね。いきなり『魔力の体内循環による強化』を成功させるなんて。普通の人間は体外で陣を書いたスクロールを使うはずなんだけどねぇ。アリスって子も空中に描くだけで天才だとは思ったけど、この子も天才的だわ」
『何話してるんですか?』
横から
「いいえ?ただ独り言が漏れちゃっただけよ。ユーリ君も褒めてあげてね。ヴァンディール君、魔力の使用に成功したのよ」
いつもぽわぽわしている土精霊が、珍しく目を見開く。
『本当ですか!?魔力を知覚したのって最近の事でしたよね!?』
「そうね。一週間前ぐらいだったかしら」
期間で見ても、やはり天才的だ。
さすがに、あのヒントでたどり着けるとは夢にも思わなかった。
なのに成功させている。
レプロの所の、精霊――――――強化属性精霊の食事を二年も食べ続けていたとは言え、あまりに素晴らしい才能だ。
かの精霊が使う『才能強化』は元の才能との掛け算で効果が出ると聞いたことがある。元の才能の指数も大きかったのだろう。
『これは、襲撃者の相手も何とかなりそうですね!』
「ええ、そうだといいわね」
しかし、一筋縄ではいかないような気もするが……。
あの男の魅了――――――男自身にもかかっていたような気がしたが……気のせいだろうか。
杞憂であることを祈りながら、レプロの家へ向かう水精霊。
ふとレプロの言葉を思い出す。
―――――――――
「一つ、アリスの話には出てこなかった懸念点がある。それは、敵が転移をできるということだ」
『どういうことだ?転移系の魔術や能力は
「確かにそうかもしれないが、そうじゃないかもしれないと言う話だ。もし、場所ごとに
だとすれば……
「あんたは、いきなり敵が転移してきての奇襲が不安だって言いたいのね?」
「ああそうだ。キヒヒヒ!どうした?ずいぶん察しがいいじゃないか?え?」
「何よ!?そんな年取ってないんだからそんぐらいわかるわよ!」
「あ?ずいぶん年食ってんだろ?340年も生きてるやつを若いとは言わねぇよ」
「うっさい!具体的な数字を言うんじゃない!」
そこで、
「まぁまぁお二人さん!落ち着いてってば!大事なのは転移できちゃった場合の対処でしょ?多分複数人一気に転移できるよぉ?どうしよっか!」
『僕としては、一緒に戦われると大変そうですし分断できるといいなぁなんて……』
分断するのはいい案じゃないかしら。分断したなら、一対一にできそうね。
「ユーリ君の意見には賛成ね。転移してくる可能性のある場所の中で、アリスの場所に一気に転移してくるのが一番怖いと思うの。だったら、アリスを外に出しておいて、待ち伏せて分断するでいいんじゃないかしら?」
「ああ悪くないんじゃねぇの?多分能力で強化されているであろう奴さんたちは、強化の幅も分からないし、俺らが相手した方がいいだろう」
『じゃあ、ヴァンディールさんに本体を任せるってことですね?』
皆、一様にうなずく。
「ああそうなる。隠し玉があったりすると危ないが……これも経験だろうしな」
話はこれでおしまいだということで解散となった。
―――――――――
そうして、戻ってきてみれば、ヴァンディールが倒れていたというわけだ。
一瞬吃驚したが、朝にあれ程内包されていた、魔力がなくなっているのに気づいたので、落ち着くことが出来た。
隠し玉があっても、
レプロが居なかったので、リプロに事情を説明してからヴァンディールを渡して、私は泉に戻り、壁の八枚目から先を作ってその日を終えた。
いきなり固くなってたの、ヴァンディール君気付いたかなぁ?
標的は転生者 緑豆(グリンピース) @S-K-D
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