第4話 来訪者と全裸の私

「なんとも立派な宝箱だこと……」


 宝箱の大きさは幅が60センチくらいで奥行きは40センチくらいだろうか。

 高さも50センチくらいはありそうだ。

 宝箱には大きな金属製の南京錠がかけられていた。


 私はさっきの部屋に鍵があるのではと思い、部屋に戻って机の引き出しを開けてみる事にした。

 引き出しは3段あり、まずは一番上の引き出しを開けている事にした。

 しかし、色々な文具が入っているだけで、鍵らしきものは見当たらない。


 次に2番目の引き出しを開けてみると、そこにはペーパーナイフの様なものが入っているだけで、他には何も入っていなかった。


 3番目の引き出しには鍵がかかっているのか、私の力では開ける事が出来なかった。


 私は一番上の引き出しごと抜き取ってしまおうと思ったが、引っぱり出そうとしても、引き出しが何かに引っかかってしまった様で、完全に引き出す事はできなかった。


 何が引っ掛かっているのかと、かがんで引き出しの奥を見てみると、何か金属の棒のようなものが机の天板の裏に引っ掛かっているのが分かった。

 私がその棒を倒す様にすると、カチッと音がして、一番下の引き出しが少しだけ動いた様に見えた。


(これが仕掛けになってた鍵が開いたのかな?)


 私はそう思って一番下の引き出しを引いて見ると、最初は少し重かったが、力を込めて引き出すとすんなりと開ける事が出来た。


 引き出しの中には大きなカギが10本くらい入っていた。

 大きさからして、これが宝箱の鍵なのだろう。

 しかも10本くらい入っているという事は、さっき見つけた宝箱の他にも沢山宝箱があるのかも知れない。


(これはちょっと、ワクワクするわね!)


 私は、さっきの宝箱の鍵がこの中にあると思い、引き出しの中にあった鍵を全部抱えて宝物庫らしき部屋に戻った。


 両手に抱えた鍵を宝箱の前に置き、1本ずつ南京錠に差し込んでみる。

 すると運の良い事に、2本目の鍵で南京錠を開ける事ができた。


 ガチャリという金属音と共に開いた南京錠は、鉄が錆びた様な臭いを放ちながら宝箱の蓋にぶら下がった。

 私がその南京錠を手に取ると、南京錠にはヒンヤリとした冷たさとズッシリとした重みがあった。


 私は南京錠を丁寧に外して床に置き、宝箱の蓋を持ち上げようとしてみた。

 が、これがなかなかに重たい。

 蓋を持ち上げるにも、南京錠が掛かっていた指をかけられる程度の金属の輪があるだけで、私の指をかけて蓋を開けるには重すぎる。


 少し考えた末、私は2階の物置にある余ったシーツを取りに行く事にした。


 4階の宝物庫に戻ると、持ってきたシーツを細くねじって宝箱の金属の輪に通した。

 そして、穴に通したシーツの先を、シーツの反対側に結んで大きなシーツの輪っかを作り、それを肩に掛けて担ぐ様にして持ち上げてみた。

 すると宝箱の蓋が少し持ち上がり、10センチくらいの隙間ができた。


 私はその隙間に両手を入れて、「ふんぬ!」と力を込めて蓋を開ける事が出来た。


「ふぅっ、何とか開いたわ」


 宝箱の中は薄暗くてよく見えないが、どうやら布の袋が沢山入っている様だ。


(何の袋だろう?)


 一番上に乗っている袋を持ちあげようとしたが、その袋は思ったよりズッシリしていて重かった。

 力を入れて袋を持ちあげると、ジャリッと音を立てて、中に金属製の何かが入っている様に思えた。


(これって……)


 私はそれがお金だと直感的に思った。

 人間とは不思議なもので、ただの金属の音とお金の音の違いを本能的に理解しているように思う。

 案の定、袋の口を縛っている紐を解いてみると、中から現れたのは、くすんだ銀色をした硬貨の様だった。


(おお!こんなにいっぱい……、これってどれくらいの価値があるお金なんだろう?)


 中から硬貨を一枚取り出してみると、大きさは500円玉くらいのものだと分かる。

 少し黒くくすんだ銀色の硬貨の片面には、ティアラを付けた女性らしい横顔がかたどられていて、反対側の面には長方形が一つと、その横に三角が二つ並んだ図の様なものが描かれていた。


(何だろう、これがこの世界の数字なのかな?)


 同じ袋に入っていた他の硬貨も調べてみたが、どれも同じ図柄で、この袋に入っている硬貨はこの1種類だけの様だった。


 私は宝箱の中にある別の袋を取り出し、同じ様に口を開けて中身を見てみると、今度は茶色い硬貨が入っている事が分かった。


 硬貨の大きさは銀色の硬貨より少し小さい。

 10円玉と500円玉のちょうど中間くらいの大きさに見えた。

 色は10円玉みたいな茶色で、恐らく銅か何かの金属で出来ているのだろう。


 硬貨の片面には先ほどと同じ人の横顔が描かれていて、反対側の面には、やはり先ほどと同じ図柄が描かれていた。


(って事は、これは数字ではないのかも知れないな……)


 色が違う硬貨なのに、さっきと同じ図柄が描かれているという事は、きっとこれは数字ではないのだろう。

 もしかしたら、何か紋章もんしょうみたいなものなのかも知れない。


(でも、銀色と銅みたいな色の硬貨があるって事は、金貨みたいなのが出てきても良さそうよね)


 金貨なんて今まで実際に触れた事も無い。

 ラノベの世界では当たり前の様に出て来るが、日本では金貨なんて一般には流通していなかったからだ。


 私は少しワクワクしながら別の袋も取り出してみた。

 その袋は他の袋よりも軽く、ジャリンという音も、あまり沢山の硬貨が入っているような感じではなかった。

 袋の口を開けてみると、今度はキレイな銀色の硬貨が出てきた。

 大きさは500円玉よりも少し大きく、厚みは3ミリはあろうかという、分厚い硬貨だった。

 両面の図柄はこれまでと同じだが、光沢のある銀色で光沢があり、もしかしたらプラチナとかそういう金属なのかも知れない。

 枚数を数えてみると31枚しか無く、見た目と希少さから、きっと高額な貨幣なのだろうと思わせた。


 私は次々と宝箱から袋を取り出し、中身を確認していった。

 すると、底の方にある袋から、ようやく金貨らしきものが見つかった。


 しかも、残りの4袋は全て金貨らしき硬貨で、奥の方に隠す様に入っていたあたり、金貨が高額な貨幣である事は間違い無さそうだ。


 金貨の大きさは、最初に見つけたくすんだ銀貨と同じく500円玉くらいの大きさで、両面ともに図柄はこれまでと同じものだった。


 全ての袋を調べてみたが、硬貨の種類は4種類しか無い様で、銅貨の袋が12袋、くすんだ銀貨の袋が一番多くて35袋、さらに金貨の袋が5袋、そして、光沢のある銀貨の袋が1袋といった具合だった。


 きれいな銀貨は31枚しか無かったが、他の袋にはそれぞれの硬貨が120枚ずつ入っていた。


 結果、この宝箱には「きれいな銀貨31枚、金貨600枚、くすんだ銀貨4200枚、銅貨が1440枚」のお金が入っていた事になる。


「うわー、お金持ちになった気分だな~」


 それぞれがどれほどの価値がある硬貨なのかは分からないが、これだけあれば、街に行っても当面の生活には困らないだけのお金はあるだろう。


 まだ本当に街があるかどうかも分からない現状で、このお金が使えるかどうかも分からないにも関わらず、私は目の前の大金を見て興奮していた。


(そうだ、他の宝箱も探さなくちゃ!)


 鍵はまだ他に9本ある。

 つまりは他に9個の宝箱があるという事なのだろう。


 私は机の上に並べた大金をそのままにして、他の隠し部屋を探す事にしたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 隠し部屋はすぐに見つかった。


 4階の廊下の突き当りの部屋に1部屋、2階には2部屋あって、そのうちの一つは何と、私が寝ていた部屋に隠し部屋への扉があった。


4階と2階には本棚は無く、壁の模様がそのまま扉になっていた。

 しかし、宝箱の中身はお金ではなく、剣などの武器が入っているものと、分厚い本が1冊だけ入っているものと、あとは何か装飾品みたいなものが沢山入っているものだった。


 装飾品にはキラキラした宝石がついたものも多くあり、指輪やブレスレット、ネックレスなども沢山あった。


(この世界でも装飾品は、地球と大して変わらないんだなぁ)


 などと思ったりもするが、これらの収穫から、ひとつ確定的な事を知る事も出来た。


 指輪やブレスレットのサイズからして、この世界の人間は、私と同じくらいのサイズである事。

 そして、この世界にも貨幣でのやりとりがあって、つまりは経済活動があるという事。

 そして、剣が沢山あるという事は、戦争みたいな殺し合いも行われているという事なのだろう。


 この古城も、もしかしたら戦争か何かに負けて陥落かんらくした国のものなのかも知れない。

 そして、金銀財宝などが他にもあって、きっとそれらは強奪されたのだろう。

 しかし、何故か隠し部屋は見つかる事は無く、これだけの財宝が残っていたのかも知れない。


(とはいえ、そうだとしても少し変よね……)


 そう、変なのだ。

 いくら陥落されて財宝が強奪された城だとしても、ここまで隠し部屋があるのだから、その後に誰かがこの古城に探索に来ていてもおかしくない。

 そしてそれらの探索者が、私でも見つけられた様な隠し部屋を見つけられないなんて事はあるのだろうか。


 さらに、3階の本棚に残された沢山の本もそうだ。

 この世界で本の重要性がどれほどのものかは分からないが、地球での過去の歴史だと、戦争に負けた国は、まず間違いなく色々な資料や書籍も強奪されて、その国の歴史や文化などを奪われていた。

 この世界の人々の価値観についてはまだよく分からないけど、とはいえ、これだけの本をそのまま放置しておくなんて事があるのだろうか。


(何かこの国の王様が残した日記みたいなものがあればいいのに……)


 とはいえ、今の私は文字の意味を理解できる訳じゃない。

 日記があっても、それを正しく解読するのは難しいだろう。

 けれど、「走る、食べる、笑う、泣く」みたいな動詞や、絵本で見た範囲の名詞を組み合わせれば、解読できる事はゼロでは無い。


 私は3階のお金を見つけた部屋の窓から見える、広大な森の方を見渡した。


 そうして見ていると、ひとつの疑問が湧きあがった。


(この古城は、本当に「城」なのだろうか……?)


 そもそもお城って、こんな森の中じゃなくて、街中にあるものではないのだろうか。

 多くの人々が生活をする街があって、お城がある街は城下町として栄えるのが普通だ。

 だけど、この城から見える景色は広大な森だけ。

 街があった形跡も無いし、この城以外に人工物らしきものなんて、バルコニーから見えた万里の長城みたいな長い壁だけ。

 お金は沢山見つけたけど、こんな森の中で経済活動が頻繁に行われていたなんて事は想像が出来ない。

 だけど剣はあるし、戦いは行われていた筈だ。


 ならば、この城の住人だった者達は、いったい


(ほんと、分からない事ばかりね……)


 私は頭を掻いて肩をすくめると、考えるのをやめて、1階のキッチンへと降りて行くのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 キッチンの釜土の火がずいぶんと小さくなっていた。


(やばいやばい! 火を絶やしちゃいけないわ)


 私は釜土に薪を足して、火が大きくなるまで見ていた。

 今日は隠し部屋と宝箱を調べる為に、かなりの時間を費やした。

 おかげで釜土の火の管理を怠ってしまったのだ。

 火が無くなってしまうと、再び火を起こすのは大変だ。


 勝手口から外を見ると、もう日が傾き始めていた。

 私は浴室の釜土にも火を入れて、今日もお風呂の準備をする。


(お風呂にはいれる様になったのはいいけど、やっぱ石けんくらいは欲しいなぁ……)


 できる事が増えて来ると、人間とは贅沢になるものだ。


 水を見つけただけで喜んでいた頃とは違い、今は温かいお風呂にも入れるというのに、それだけでは満足できない様になっている。


(大体、食べ物もあとどれくらいもつか分からない……、武器も見つけた事だし、そろそろ食べられる動物でも探さないといけないのかな……)


 とはいえ、私はまだ全裸状態。

 危険な狩りなど出来る状態では無い。

 そもそも食べられる動物がいるかどうかも分からないのだ。


 これまでと違うのは、武器がある事とお金がある事。

 狩りが無理なら、せめて買い物ができるくらいの言語習得と衣服を獲得しないとどうしようも無い。


 私は、浴槽のお湯が適度に沸いたのを確認すると、シーツをお湯に浸して丹念に身体を拭き、浴槽に寝そべって身体を温めた。


(ここに来て、かれこれ6週間くらいか……。 我ながら、よく一人でここまで生きて来られたものね)


 音の響きで空間が把握できるようになったおかげで、夜の暗さにおくする事が無くなった事も理由の一つだと思うが、そもそも他人との接点が無いという状態でここまで正気を保っていられる自分に改めて感心している。


 東京にいた頃の私が、こんな極限状態で孤独に耐えられるなんて到底思えないからだ。

 姿が少し変わった事で、精神的にも何かが変わったのかも知れない。

 この世界に転移する為の最低条件みたいなものが整えられていたとか、何かそういう事でも無いと説明がつかない気がするのだ。


 浴槽で充分に身体を温めた私は、立ち上がるといつも通りにシーツを身体に巻き付けて水気を拭き取る。


 キッチンへと戻って釜土の前で火にあたりながら身体が冷えない様にしつつ、濡れたシーツを乾かしていた。


 釜土の前で椅子に座りながら、日がまだ落ち切っていないのに随分と暗くなってきた屋外の様子を勝手口越しに見る。


(また、雨が降るのかも知れないな……)


 この世界に来て初めて雨を見た先週から、この1週間で2回雨が降った。

 1週間のうちに快晴だったのは1日だけで、あとは空に薄い雲がかかったままの日が続いた。

 雲が厚くて太陽の姿もあまり見えず、気のせいか太陽が小さくなっている様な気さえしていた。


 今日の朝は晴れていたので、日の光が建物の中を明るくしてくれて、宝箱探しには丁度良かった。

 しかし、この雲行きだと、今晩か明日には雨が降り出すのかも知れない。

 最初の1か月くらいは全然雨なんて見なかったのに、この1週間は晴れの日の方が少ない。


(もしかしたら、この世界にも梅雨みたいな雨季があるのかも知れないな……)


 日本の梅雨つゆといえば「夏の始まり」の風物詩みたいなものだったが、この世界ではどうなのだろうか。


 日が経つにつれて、だんだんと気温が下がっていくのを見ていると、もしかしたら冬に近づいていて、この辺りは雪が積もったりするのかもしれない。


(雪になると、さすがに全裸で外を歩き回る事も出来ないだろうし、この建物も窓を塞ぐくらいの事はしておかないと、吹き込む風で凍えてしまいそうね)


 この建物の窓には雨戸もガラス窓みたいなものも無い。

 ただ窓の部分に穴が開いているだけなので、冬になる前に木の板か何かで窓を塞がないといけないだろう。

 正面玄関の扉や部屋の扉は所々で残っているのに、窓の建具が一つも残っていない事に不思議は感じるが、おかげで風が通り抜けてカビとかは少ないし、外の光が入って建物内の探索には役立った。


 寒さ対策で窓を塞ぐとなると、外の光が入って来なくなる。

 そうなると、昼間でも建物の中が真っ暗になってしまうだろう。


(電気とか蛍光灯が無いのは仕方が無いとしても、せめてロウソクとかが欲しいなぁ……)


 何か燃料があれば、それらしいものが作れる可能性はあるが、この建物の宝物庫にもそれらしいものは無かった。


(そういえば中学生の時に、理科の実験でアルコールランプとか使ったな……)


 と考えて、ふと気付いた。


「そういえば、食品庫にお酒があったよね?」


 そうだ。

 食品庫には大きな酒樽さかだるがいくつもあった。

 どれくらいの濃度のアルコールか分からないけど、どうせ私はお酒なんて飲めないし、それなら燃料にしてしまえばいい。


 私はキッチンの食器棚からお酒を入れられそうな器を一つ取り出し、地下の食品庫に向かった。

 真っ暗な室内だが、自分の足音を反響させれば樽の位置は容易に分かった。


 私は樽の前に立つと、どこかに蛇口の様なものが無いか探してみた。

 しかしそんなものは無さそうだ。


 樽の天板には直径10センチくらいの穴があり、そこに木の蓋が差し込まれて栓がされている。

 力任せに栓を抜くと、中から強いお酒の匂いが立ち上った。


(お酒には詳しくないけど、これってきっと、かなり強いお酒よね)


 何とかお酒を汲み上げようと試みたが、直径10センチ程度の穴には器は入らないし、組み上げる為のポンプみたいなものも見当たらなかった。


(さて、こういう時にはどうすればいいか、理系の私の価値が試されるわね)


 しばらく樽の前で腕を組んで考えた結果、シーツにお酒を染みこませる方法を思いついた。

 私は早速2階の物置から新しいシーツを持ってきて、シーツを強くねじって太いロープの様にすると、樽の口にシーツで作ったロープを押し込んだ。


 そのまましばらく放置していると、樽の口の部分までお酒が沁み込んできたのか、シーツで作ったロープは茶色く変わって来るのが分かった。


(これくらいで大丈夫かな?)


 私はお酒が沁み込んだロープを引き揚げてキッチンに戻ると、包丁のようなもので濡れていない部分を切り落とし、お酒が沁み込んだロープを壺の様な形をした容器に差し込んだ。


(これでアルコールランプの代わりになるかな?)


 私は釜土から火の点いた薪を一本取り出し、壺に差し込んだシーツのはみ出している部分に火を近づける。

 すると、ゆっくりとシーツの先が焦げてきて、やがて小さな炎がシーツの先にともった。


(やった! うまくいった!)


 おそらくお酒のアルコール濃度が高いのだろう。

 炎は安定して燃え続けている。

 シーツに沁み込んだアルコールが無くなるまでは、このまま燃え続けてくれるだろう。


 私は食器棚を漁り、同じような壺が無いかと探してみた。

 結果、10本の壺を見つける事ができ、私は同じ方法で、さらに10本のアルコールランプを作る事が出来た。


 試しにそれらのアルコールランプを、2階の廊下と階段の踊り場に設置していくと、今までは夜になると真っ暗だった建物内が、ほんのりと明るくなったのが分かる。


 手に持った壺を3階の部屋にも持って行き、本棚のある部屋のテーブルに置いてみると、小さな明かりにも関わらず、部屋の中が見渡せる程度には照らす事ができた。


「蛍光灯みたいにはいかないけど、お婆ちゃん家の裸電球くらいにはなったかな。今までは真っ暗だったんだし、とりあえずはこれで充分よね」


(それに、これなら窓を塞いでも真っ暗にならなくて済みそうだわ)


 私はほっと息をついて、壺を持ってキッチンへと戻った。


(さてと、今日も蕎麦みたいなご飯を食べる訳だけど……)


 私はしばらく考えた揚げ句、結局は塩味のおかゆの様にして食べる事にした。


(これからはどんどん寒くなってくるだろうし、おかゆみたいにして食べる事が増えるんだろうな……)


 私はそんな事を思いながら、今日も温かいご飯を食べる事が出来る事に感謝しながら食事を済ませたのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 翌日はやはり雨が降っていた。


 私は雨の日の決まり事として、飲み水の為に雨を集める様にしている。

 特にだんだんと寒くなってきた事を思うと、冬を越す為にもできるだけ沢山の飲み水を溜めておきたい。


 キッチンにある、ありったけの容器に水を溜めてゆき、いつでも飲める様にと蒸留水を作っていった。

 これまでに作った水だけでも、おそらく1か月は生きられるだろう。

 しかし、この世界の冬がどれくらい続くのかは分からない。

 屋外に出れない日が続くかも知れない事を思うと、この機会に出来る限りの飲み水を貯蔵しておきたかったのだ。


 雨はかなり冷たかった。

 準備運動をしておかなければ、下手をすれば心臓発作にでもなりそうな冷たさだ。


 私はいつでもお風呂に入れる様に浴槽のお湯を温めつつ、少しずつ減ってきていた浴槽の水を、この機会に補充しておく事にした。


(ここまで溜まれば、寝そべらなくても肩までお湯に浸かれそうね)


 飲み水を作る事と浴槽への水の補充。

 これだけでもかなりの時間がかかるのだが、私は平行して窓を塞ぐ方法も考えなくてはならなかった。


 窓を木の板で塞ごうと思うなら、木の板を作れるだけの木材が必要だ。

 建物周辺の木の枝は、これまでに薪を作る為に随分と折ってきた。

 キッチンにあった刃物で木の枝に傷をつけて、そして引きはがす様にして枝を採取してきたのだが、窓を塞ぐ板を作ろうと思うと、さすがに木の枝の様な細いものではダメだろう。

 できれば斧か何かで木を切り倒し、その木をノコギリか何かで切って板状にしていかなければならない。


 しかし、それはかなりの重労働だ。

 私の様な女の子の力でどうにかなるとも思えない。

 しかも、そもそも斧やノコギリなんてものが無い。


(どうしたものかしら……)


 少し考えれば分かる事だ。

 板が作れないのなら、元々板状の物を使うしかない。

 そして、この古城で板状の物なんて、各部屋にある本棚や机しか無いのだ。


(本棚は窓のところまで移動させればそのまま使えそうね。机は天板を剥がす事ができれば何とか……)


 とは思ったものの、机の天板をはがすの非現実的だ。

 というのも、机の天板はしっかりと固定されていて、天板をそのまま剥がせる様にはなっていないのだ。

 そもそも、宝物庫の鍵を隠す為の仕掛けを作れるくらいの職人が作った机なのだろうから、そう簡単に天板が剥がせる様な構造にはなっていないだろう。


(となると、全ての窓を塞ぐのは無理だなぁ……)


 本棚だけで窓を塞ぐとなると、本棚の数しか窓を塞げない。

 この古城にある窓の数は58個。

 そして本棚の数は24個。

 本棚だけでは、この古城の窓の半分も塞ぐ事はできない訳だ。


 ならば、寒さをしのぐ為に必要最低限の窓を塞ぐしかない。


 まず、冷気は低いところに集まるから、温かい部屋を作るなら4階か5階だ。

 しかし5階の大広間は部屋が広すぎて、アルコールランプで部屋を暖めるのは難しい。

 ならば5階に上がる階段への入口と4階の窓を塞げば、4階部分は冷気から逃れられるだろう。

 その為に塞ぐ必要がある開口部は、5階への階段の入口を含めて13か所だ。


(良かった。何とかなりそうね)


 私はほっと安堵のため息をついた。


(とりあえず、今日は飲み水を作るだけで限界だろうし、窓を塞ぐのは明日にしよう)


 私はそんな事を考えながら、冷えた身体をあっためる為に、浴室へと向かったのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 翌朝、目を覚ますと、外の雨がかなり強く降っている事に気付いた。

 いつも通りに2階のベッドで眠っていたのだが、聞こえて来る雨音がまるで、滝の様な音だったからだ。


(キッチンの釜土は大丈夫かな)


 私は起き上がると急いでキッチンに向かい、釜土の火が消えていないかを確かめた。

 しかし、キッチンに入った途端に少し暖かくなった部屋の温度を感じ、釜土の火が消えていない事を知る事が出来た。


 勝手口の方を見ると、外が大雨なのが分かる。

 しかし、特に水が建物に入り込んだりはしていないし、キッチンが浸水していたりという事も無かった。

 私は胸に手を当ててほっと一息つくと、いつも通り釜土の火に薪を足しておいた。


(それにしても、こんなに強い雨はここに来て初めて見るな……)


 何か得体の知れない不安の様なものを感じながらも、私は窓を塞ぐ作業をしようと3階に上がった。


 3階の一番手前の部屋に入ると、まずは本棚の本を出して空にする作業から始めた。

 そして空にした本棚を、窓の場所まで動かそうとするのだが、これが重くてうまくいかない。


 床がスベスベとした石畳なので、もっと本棚がスムーズに滑ってくれると思っていたのだが、私の体重が軽いせいなのか、本棚を押そうとしても私の足が滑ってしまう。


(あっ、そういえば……)


 私はふと、学校でクラスメイトが話していた事を思い出した。

 そのクラスメイトは決して大柄な子でも無かったのに、引っ越し屋でアルバイトをしていたらしく、そこで重たい家具を運ぶ方法を色々教わったという話だ。

 確か、『大きなタンスなんかを運ぶ時は、薄い布団を下にかませて、布団を引っ張りながら引きずるといいんだよ』みたいな話だったか。


 なるほど、確かに摩擦係数を下げれば良い訳だから、それは良い方法かも知れない。

 女子高のさほど大柄でも無い子でも重たいタンスを運べるというのだから、ここの本棚も何とかなるかも知れない。

 幸い、2階の物置部屋にはまだ沢山の布団がある。


「よし、やってみるか」


 私は2階の物置部屋から、いちばん埃を被っている布団を選び、再び3階の部屋に戻って本棚の下に布団をかませてみた。

 独りでの作業は大変だったが、身体を本棚に当てて押し上げながら、何とか布団をかませる事が出来た。


 そして布団を引く様にしながら本棚の足元を引っ張ると、驚くほどスムーズに重たい本棚が動き出す。


(すごいすごい! 引っ越し屋さんのノウハウがスゴイ!)


 私は難なく本棚を窓のところまで移動させ、本棚の背を窓との隙間が出来ない様に、正面から押しながら、足元の布団を引き抜いた。


 すると、部屋には外の光が完全に入らなくなり、机の上に置いていた火のついた壺の明かりだけが部屋を照らしていた。


(よし、この調子で他の部屋も片付けちゃおう!)


 私は壺と布団を持って隣の部屋に入り、机の上に壺を置いた。


 その時、窓の外が一瞬明るく光ったような気がした。


(何?)


 と思って窓の方に目を向けると、しばらくしてゴロゴロゴロと空が鳴っていた。


(なんだ、かみなりか……)


 私は窓際から外の景色に目を向けた。

 遠くは強い雨のせいで真っ白に煙って何も見えない。

 視界はせいぜい30メートルといったところか。


 私が何気なく視線を落として地面の方を見ると、


「あれ?」


 とつい声が漏れた。


 何とそこには、服を着た人らしきものが倒れているのが見えたのだった……


※参考イラスト(宝箱を見つけたシーン)

https://kakuyomu.jp/users/gakushi1076/news/822139841035810319

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2025年12月12日 07:00
2025年12月13日 07:00

異世界の古城の裸姫 おひとりキャラバン隊 @gakushi1076

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