第2話




 礼拝堂を出ると、広い草原が果てまで広がっている。


 リュティスは舌打ちをした。

 

まだ生きたいという意志がなければ【召喚呪法】は成立しないと、天使たちは言う。


「未練だと」


 未練など何もない。


【魔眼】という負荷を持って生まれ、

 それでも国の為に存在するという誇りがあれば、

 両親に疎まれたこともさして大したことではなかった。


 サンゴール王国の王子であるという誇りが魔術師としての道を進ませ、

 莫大な知恵と力を得れば何も恐れるものはなくなった。


 最後の最後まで自分の人生には――リュティスは未練などなかったのだ。


【天使】などと自称する、異界の魔術師の飼い犬になることを願ってまで、生き長らえることなど、当然望むはずもない。

 それこそ灰になって死んだ方がまだマシである。


 悔いなく死んだ。

 自分の持つ力の全てで、自分は運命に挑んだのだ。

 その結果に死があるなら自分はそれを抗う事無く受け入れる。

 死してまだ願うほどのものが自分の中にあるなど、考えられなかった。


 何故なら。



「リュティス」



 アミアカルバの声がする。


 頼まれもしないのにサンゴール王国に入り浸っていた、会った時から五月蠅く、がちゃがちゃと品の無い、目障りな女だと感じていたそのままの声で。


「ちょっと、あんた。四大天使かどうかはともかく、ウリエルは見た目女性なんだからあんまり苛めたりするんじゃないわよ。傍から見て気分悪いじゃない」

「うるさい黙れ」

「折角蘇ったんだからもっと人生謳歌しなさいよ。本当に根暗な男ね」

「貴様の脳は蘇っても腐ったままなのか。馬鹿が」

「ああ⁉ 男のくせにカリカリして嫌な奴ね~~~~っ

 どうせあんたが苛ついてんのは、あれでしょ?」



 アミアカルバは肩を竦めて歩き出し、

 そしてリュティスの背を通り過ぎるついでにバシッと叩いた。


「あんまり落ち込むんじゃないわよ」


 鐘の音が響く。

 天界セフィラに建てられた巨大な大聖堂から聞こえて来るのだ。

その奥に【天宮】と呼ばれる天界セフィラの最高行政区がある。


 白亜の巨城。



 ……リュティスは蘇ってから知ったのだ。



 天界セフィラから見下ろすその地上――エデンに、

 すでにサンゴール王国が存在しないことを。




(もうこの世にサンゴール王国は存在しない)




 自分はその国の王子だったのだ。

 磨いた魔術知識も全ては、

 国を守るため。

 国が滅んだのに王子だけ生きているなど、まるで道化だ。

 生前あったはずの誇りも挟持も、全てが失われて。


(俺には未練などない。だから願いも、ない)


 この世界にもうサンゴールが無いのと同じように。



 リュティスは礼拝堂の入り口に掲げられた、

 神への信仰を示す十字形と飾りを睨み上げた。


 仰いだその鼻先にぽつり、と雨粒が触れる。


『貴方は過去への想いが強すぎる』


 振り上げた拳を礼拝堂の石の壁に叩き付けた。

 痛みと共に血が流れ出す。

 だが死ぬほど血が流れ出ても、今はそれがきちんと死と繋がらない。


 この世界で人間の死は魂の消滅で決まるからだ。


 しかし痛みは存在するから、死ぬほどの痛みに耐えられないなら魂も傷つき消えることもあるだろうが、逆に言えば、魂さえ耐え得るのなら、あの四大天使の魔力に依存している限り死は限りなく遠ざかる。


 命を賭して国の為に戦って。

 まだ尚、運命の続きを背負わされるというのか。


 ……望みもしない、運命を。


 まるで呪いだ。

 死ぬことを決して許さないという。



(俺は神にはもう祈らない)



 雨が降り出した中、リュティスは深くローブを被り歩き出した。



(二度と祈らない)




【終】



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その翡翠き彷徨い【第72話 そこは聖なる地獄】 七海ポルカ @reeeeeen13

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