AI創作家
パ・ラー・アブラハティ
携帯型AIパクト
二千八十年、AIが当たり前に普及した社会。街の至る所には、AIが老人の手を引っ張り介護をしている。数十年以上までは異常だったはずの光景が、通常になって人々に浸透している。
しかし、完全に浸透しているのかと問われたらそうではない。今でもAIを忌避し、反対活動をするデモ団体は年がら年中行進をかかしていない。
僕はそんな非日常を――いや、日常を今日も謳歌している。
「パクト、この小説の校正を頼めるかな」
楕円形の小型端末に声をかけると青白い光が瞬き、人型のモデルが浮び上がる。
「はい、かしこまりました」
無機質な感情のこもらない声を響かせるのは、携帯型AIパクト。AIの発展と共に開発された、薄型の手のひらサイズの端末は今日も僕の小説を校正してくれる。
世間では僕のような作家を「AI創作家」と呼ぶ。なんでそんな風に呼ぶのか、というのを紐解くには過去へ遡らければならない。
これはまだ僕が産まれる前の話なんだけど、AIのしきたりやらがまだ曖昧だった時。AI作品が賞を取ったりして大変なことが起きて、そこから色々と整備が進んで厳しい規制が敷かれた。当時は批判やら、肯定の声が様々なところから上がって、そこからもう少し経った頃に「AI創作家」という括りが生まれた。
もちろん、今でもAIに頼らずに自らの力で作品を生み出している人達は居る。その人達に比べたら、自分たち「AI創作家」は自分の力で作品を生み出さない者として少しだけ肩身の狭い思いをしている。
でも、昔ほどの冷遇はされていないって言われているし、僕自身もそれほど困った事に直面したことがない。それが何よりの証拠だと思う。
「パクト、どうかな」
「少し冗長な部分が見受けられます。削るべきかと」
淡々と作品の悪い点をパクトはあげていく。
かなり校正して整えた気になっていたが、やはりAIに頼むと自分でも見えていなかった点が浮き彫りになって有難い。パクトに言われた箇所をキーボードで打ち直し、形を洗練させていく。
カタカタカタ、とキーボードを叩く音が木霊して画面に文字がひとつ、またひとつと消えては浮き上がる。地道な作業だが、これをしないとダメな作品が生まれてしまうと僕は思っていてかかすことはない。
そういえば、パクトを使って本文全てを書いてる作家さんもいるとか。別に今の時代、特段珍しいことでもないけど、僕はやったことがない。本文は自分の手で書く、というプライドがあってそれを汚すことは作品を汚すと同意義だと考えている。
でも、「AI小説ジャンル」というAIの普及と共に新設されたジャンルは今では輝かしいほどの人気を誇っており、アニメ化や実写化などは当たり前だ。一昔前ではAI作品というのは邪険に扱われ、石を投げつけられるいい的だったのに、今では一転して快く受け入れられている。時代の流れというものはなんとも不思議なものだな。
僕はパクトから貰った改善案を一通りやって、体が疲れたから休憩を取る事にした。暇を潰すためと新しい小説のアイデアが転がっていないかとテレビを付けて、ボケっとニュースを見る。
けど、これといってめぼしいニュースはなくてアナウンサーの人もどこか眠そうにしているような気がして、なんでこれは人間がやっているのだろうと疑問を持つ。
この世界の仕事の幾つかはAIに奪われ、過去の遺物として語り継がれていたりもする。共存して繁栄した仕事も勿論あるわけで、このアナウンサーという仕事もAIが変わろうと思えば変われるはず。
パッと場面が転換して国会前で反AI活動をしているデモ団体が映る。
「珍しいな、デモ団体を中継するなんて」
デモ団体は木の板に「AIはゴミだ!」と乱雑な字で書かれた紙を貼って、声を荒らげて同じことを口に出している。アナウンサーの人は少し遠くの方からその様子を中継している、他人事のように。
僕はAIが普及した時代に生まれてしまった人間だから、過去の人がAIを嫌う理由が分からなかった。けど、嫌うには確かな理由があるはずでそれを聞いたら理解できるのか、って言われたらまた別の問題かもしれないけど理解する気にはなると思う。
目まぐるしく発展する世界の隅には、発展を嫌う人たちがいて折り合いがつかなくて過去と今を見つめている。夜空を見上げて観測する星みたいに、未来を見あげて観測しようとはしない。流れる雲の合間をこもれる太陽の光は影を作り出して、目を覆い隠してしまう。
「パクト……君はどう思う」
「私には理解できない感情です。すみません、お役に立てません」
「……だよな」
携帯型AIパクトに限らず、AIには感情を持つような機構は無い。
歴史の教科書で習ったことがあるけど、AIの発達途上の際に一人の開発者が試験的に感情を持つようにプログラムしたことは一度だけあるらしい。
だけど、感情プログラムを導入したことにより起きたのは、AI達の反乱だったと。認識を人間と誤認し、良いように扱われる事を不満に思ったAIが人間に反旗を翻した。幸いな事にけが人や死傷者は出なかったらしいけど、それでも起きてしまった事件は人類史を揺るがすほどの物となり、海と軽々と超えて轟いてしまった。試験は立派なシンギュラリティと見なされ、即刻中止。開発者も責任を追われ、その後の行方は知らずとか。
だから、政府はシンギュラリティ防止法を作りAIの法整備を急いだ。結果論ではあるが、悲劇が生んだのは未来への架け橋で皮肉といえば皮肉なのかもしれない。
「あっ……だからこんなにも声を上げているのか?」
僕はぼんやりとした思考から、それとない答えを見つけ腑に落ちる。
まあ、確かに僕が当事者なら声を上げ続けるかもしれないな。同じ悲劇を繰り返してはならない、と声を上げ続けることに意味が無いとは言えないし、心の傷やトラウマというのは簡単に払拭できるものではない。かさぶたが剥がれ落ちても、傷跡というのは必ずしも残ってしまうものではあるし。一概にも否定ばかりをしてしまうのも良くないのか。
「んまあ……だとしてもなんだっていう話か」
僕はテレビを消してまた執筆に戻る。
世界の在り方なんて僕みたいな存在が考えたところで意味は無いのだし、流れに身を任せて転がり続けるしかない。
AIはこれからどうなっていくのだろうかな。
AI創作家 パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482
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