おそく起きた戦士

北澤有司

第1話 ここはどこ?あなた…だれ?

 目を開けると周囲は闇に包まれていた。

何があった?

よく思い出せないが、確か、近所のスーパーで土日限定のお掃除バイトをしている途中だったような。来年度から他県の大学に進学する娘の仕送りのため、職場に内緒で副業してたんだっけか?睡眠不足だったんだよね俺、このところ。

 軽く手足を動かしてみると、身体には特に支障はないようだ。痛みもない。起きてみるか?

「うお、よっこらしょ」

掛け声が無いと起き上がれなくなって既に20年くらい経つ気がする。

年取るってそういうことさと納得するしかない。体が固く、重くなっていくんだよね、日々、坂道を転がるように…


 立ち上がると、周囲はどうも洞窟状らしく、ヒカリゴケでも生えているのか、ほのかに明るい場所も所々にある。

あれ、昔、裏山探検していて防空壕に落ちたって漫画読んだよな?

そんな感じ?

ふと振り返ると、小さくも強い光が遠くに見える。

とりあえず行ってみるか。

とぼとぼと歩いて行くと、光は段々と強くなっていく。

出口か?出口なのか?

とにかく何かに襲われるとかないと良いな。

そんなことを考えながら俺は光の中に飛び込んだ。


 広くて何もない場所に俺は出た。

すると、眩しくてなんだかわからない煌めく「存在」がいた。

ほぼ金色だが、時折、銅のように鈍い色に見える部分もあり、その色差が煌めきを感じる原因なのかもしれない。

妙に巨大な光の塊。こいつは…なんだ?


「よく来たな」

光の「存在」がしゃべった。どうしようか迷ったが、話しかけられた以上、何か返事をしないと失礼かと思い、頭に浮かんだことを口にする。

「あのー、ここはどこですか?」

先ずは今いる場所がわからないとね。


「ここはここだ。さっきまでお前のいた場所とは違うと思え」

なんだよ、いきなり命令形かよ。それってどういうこと?場所の呼び名が無いってことかい?ちょっとむかつくが、こいつ以外頼る相手がいないからな。とにかく質問しまくるしか今は手がない。

「あのー、よくわからないのですが、私は死ぬか何かしたのでしょうか?」

単刀直入。今一番訊きたい質問を金色の奴に投げかける。

「まあ強いて言えばそうだ。だが心配するな。今からお前に使命を申し渡す。それを達成すれば元の世界に戻してやれるからな」

金色の何かから高らかに響く声はそう言った。


「けっこうです」

そういうのいらないからさ。

「は?生き返りたくないのか?」

なんか戸惑ってるぞ。

「はい。せっかく痛みもなく死ねたみたいですし、それならそれで特に思い残すこともないので、このままあの世まで案内してもらえたらありがたいです」

俺は率直に今の気持ちを伝えることにした。

「何故だ?このまま死ねば、家族にも二度と会えないのだぞ?」

金色の奴、動揺してるみたいだ。

「契約時の死亡保険で住宅ローンも自動的に完済となりますし、子供たちも大きくなったから、あとは共済保険のお金が入れば特に困ることもないと思います。私、父親としてやれること、大概はやりつくしたので、思い残すこと無いんです」

夫としてやれることには目を瞑って俺はそう言った。どうも金色の奴、神様っぽいから、とりあえず手を合わせておけば希望を聞いてくれるだろう。俺は神社でやるように二礼二拍手して頭を下げた。


「…では使命を申し渡す」

金色の奴はしれっとこうのたまった。俺の話は完全無視かよ。

「いや、そういうの遠慮させていただきたいんですよ!」

使命も元の世界もいらないからさ、頼むよ。

だが金色は聞き耳を持つことなく言葉を続けた。

「これからお前は新たな物語世界に置かれることとなる。期限は現地の時間で一年間とする」

「一年ってなんですか?放射能除去装置でも取りに行けって言うんですか?残念ですが私はエンジニアじゃないんで、部品をもらってもそんなもの作れませんよ」

地球を救うとか、そういう柄じゃないってわかってくれよ、頼むから。

「お前はそこで戦士としての経験を積むのだ。心配するな。経験は数値化されるから目標を立て易い。お前が求められる数値はたった10万、その単位はmojiだ。表記するならばmjとなる。つまり100,000mjの経験値を築くことがお前の使命なのだ」

何言ってんの?やらないって。わからないかな?これまでの人生に戻りたいなんてこれっぽっちも思ってないの。

「いやです。やりません。あの世へお願いします」

俺って結構意地っ張りなんだよね。

「…、心配しなくてもお前には案内を付けてやる。これを持っていけ」

何か長方形の物よこしてきやがった。…って、これ、スマホにしか見えないんだけど。

「それはスマーホという。中には生命体が込められている。何か分からないことがあれば、そいつに聞けば良い」

なんだよ、それって単なるAI機能付きスマホじゃないか。そんなんでこちらが簡単に引き受けるわけないだろう。

「心配なわけじゃなくて、やりたくないだけなんです。すみませんがお断りします。もう充分に生きたので、早くあの世に行きたいです。正直言って、スーパーの掃除もうんざりなので、その方が助かるんですよね」

「それではお前には特別にチート能力を授けてやろう。それなら良かろう?」

「チ?って。いりませんっ!それより早くあの世へお願いします」

俺は光に向かいもう一回お辞儀をして、手をすりすりしながら言った。

「最後だ。質問に一つだけ答えてやろう」

この金色野郎、また無視しやがった。

「さっきから勝手なことばかり言いやがって、あんたいったい何なんだよ?」

俺はかっとなって思わず口走ったが、それが質問であることに気付き、慌てて口を押さえた。

「わしはカドッカワーだ。この世界の神と言ってもよい。では転送するぞ」

「え?ちょっと、待ってよ!そんな…じゃあ、せめてあと一つだけ教えてくれー!」

金色野郎の有無を言わさぬ物言いを聞いて俺は慌てた。

「目覚めよ!」

声が響いた。

 最後の最後までこちらの話を無視すると、「存在」は何も無かったかのように消え、周囲に黒い波が壁のように立ち上がったかと思うと瞬時に崩れ、渦となって俺の身体を包み込んだ。


「チ、チートって何ですか?」


 光が消える直前に俺の口から出た疑問は当然のことながら受け取る相手もなく、そっと闇の中へと消えたのだった。

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おそく起きた戦士 北澤有司 @ugwordsworld

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