ヒツマブシの暇潰しは世界征服
花野井あす
講義記録
諸君。ヒツマブシという、神に等しい
ひとつ断っておくが、このナゴヤ帝国なるものはけっして愛知県名古屋市を指していない。なぜならば、その場所には小倉あんトーストや味噌カツといった、愛知県人ならば愛して止まない郷土料理がいっさい存在しない。ではこのナゴヤ帝国とやらは何処にあるのか。実を言えばわたしも詳しい所在を知らない。だが、この日本のどこかに必ず存在すると言われている。
その発端はナゴヤ人の概念暴走にある。
おっと。これはとても重要なことなので繰り返し伝える。ナゴヤ帝国が愛知県名古屋市ではないのと同様、ナゴヤ人は愛知県民ではない。では誰のことなのか。それはヒツマブシという概念を保有する
話を戻すとしよう。
その日、ナゴヤ人のなかで渦巻くように
ヒツマブシという概念は当初、ナゴヤ人のなかで「今日も好い天気ですね」などと語り合って穏やかな日々を送り、何となしに人間観察をして暇潰しに明け暮れているような、そんな呑気で優雅なものだった。だがしだいに、小倉あんトーストやら味噌カツやらへ目移りしてしまいには、マカロンだのタピオカだのマリトッツォだのと
暇潰しの人間観察から始まった布教活動だが、ヒツマブシという概念は物足りなさを感じるようになっていた。人間観察のし過ぎで、彼らにも欲というものが生まれつつあったのである。きっとそのうち彼らの間でも七つの大罪について説かれる日が訪れるだろうが、それはまた後日語ることとする。よってまずは帝国建国までの歴史についてを語ることとし、話を続けよう。
「ヒツマブシ、最高!人生、最高!」のキャッチフレーズが各所に蔓延するようになった頃、次々と農地や工場が唐突に意思を持って製造物のデフレーションを起こし、農家や工場の経営者は頭を悩ませるようになっていた。
それは人間観察をし過ぎたヒツマブシという概念にも当てはまり、彼らはTKGに勝っただけでは満足できなくなっていた。パンがなければケーキを食せばいい、ではいけないのだ。ヒツマブシが無くともヒツマブシを食わねばならない、として、世界の頂点に君臨せねばならない。
そういうわけで、彼らはヒツマブシ愛好者、否、ヒツマブシ信奉者となった一般庶民たちに「ヒツマブシは生活において絶対であり、人生においても絶対である」といった風の歌を作らせ、各所にばら撒いた。それは某大型家電量販店などでエンドレスで流れ続けるBGMのごとく人々の記憶に深く刻まれやすい特徴を持った歌なのだが、Y◯utubeやAmaz◯nPrimeを再生すると流され、列車の発車ベルや飛行機の機内音楽でも使用され、ハトが悪ガキの浴びせる豆鉄砲を食らっても口ずさまれた。それは公共交通機関をどこかしらで使い、かつネット社会に適応しつつある政治家や会社役員たちの間でも知られるものとなり、とうとう人々は寝ても覚めてもヒツマブシ。デイヴィッド・ウェリントンの小説に登場する、人々を狂気で満たす病原体バジリスクも驚きの感染力であり、知らずうちにヒツマブシという概念は神と肩を並べるようになったのである。こうなれば独立宣言も目前、秒読みである。
ヒツマブシという概念は市場も家庭も政治も、そして信念をも支配して、すべての人は起きてヒツマブシを食い、学校や職場でヒツマブシを称える歌を歌い、素晴らしいヒツマブシと十数枚の半紙に習字し、ヒツマブシに感謝しながら学び働き、ヒツマブシを食って寝る。小倉あんトーストや味噌カツだけではなく、ずんだ餅も草加せんべいも駆逐して、ヒツマブシの概念は侵略を進める。そうして手強かったウナ重を屈服させ、彼らは唯一無二のチャンピオンに輝いた。もう誰も彼らに戦いを挑んだりはせず、争いは世界から消える。そう、世界平和が築かれたのだ。
そしてヒツマブシという概念たる彼らはナゴヤ帝国独立宣言を発表し、拍手喝采で採択された。
これがナゴヤ帝国建国の歴史である。
質問のある者はあるだろうか。……そこのきみ、どうぞ。なんだって?暇潰しがなぜ侵略行為にまで発展してしまったのか?そもそもナゴヤ帝国はどこにあるのか?そんなことはヒツマブシという概念に直接聞きたまえ。他の質問は無いようだし、今日の講義はこれまで。次回はナゴヤ帝国の芸術と文化について講義しよう。
ヒツマブシの暇潰しは世界征服 花野井あす @asu_hana
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