人はみな幸福な状態で終末を迎えたいと思うに違いない。自然な営みと時間の流れ、心身の平安は必要以上の干渉のない世界に訪れる極致であろう。
本作では争いや憎しみの全ての原因は、人々の心に生じる『不満』なのだと痛切に説く。
物やお金などの物質的な不満が泥棒や強盗を、思い通りにならない他者への精神的な不満が殺人を、信条的な不満が宗教間の軋轢へと発展させるだろうと。
世界を巻き込む戦争でさえ、その根底にあるものはどれも個人ひとりひとりが持つ不満が引き金となり得る。
確かな説得力、一理ある――しかし、問題はその先にあった。
では、その不満とやらを一切生じさせなくさせるウイルスが開発され、全世界の人々に感染したらどうなるだろうか。この問題提起は短絡的ではあるが『不満』がなくなれば争いや衝突はなくなるだろうという単一的な思考に基づいているが、一定の理解を得られると思う。
しかし、それらの『不満』がウイルスにより徹底的に排除された結果、完全な幸福社会が到来したらどうなると思いますか?
完全なフィクションですが、想像力を養うには非常に優れた作品だと感じます。
幸福の絶頂を迎え続けると人々に思わぬ『副作用』が現れることを、この小説を読んで思わず唸りました。
幸福があるから不幸がある。
正義があるから悪がある。
愛があるから憎しみがある。
あくまで一例に過ぎませんが、相反するこれらの二面性で人々の心身はある一定の恒常性が保たれ、世界のバランスを維持できていると考えます。
ひとたび片方の側面を完全に失えば、次第にその秩序は乱れ、競争社会の資本主義は崩壊し、惰性や惰眠を繰り返すのかもしれない。
人為的ではなく、ある種の副作用によってこれらがもたらされたら私たちの世界はどうなるのだろう?
きっと世にも奇妙な世界が待っていることでしょう。