宇宙の外側から

逆三角形坊や

宇宙の外側から

ビッグバンで誕生した宇宙は、今もなお、凄まじい速度で膨張し続けている。

その果てより先に、何が広がっているのか。

無限の無なのか、それとも循環の果てに同じ場所へ折り返す閉じた構造になっているのか。

どれだけ理論を積み重ねても、人類は観測の限界を越えられずにいた。


そんな中、それは突然やってきた。

膨張する宇宙空間がまだ到達していない、この世界の外側の領域から。


それは物質でもエネルギーでもなく、粒子にも波にも分類できない、既存の物理体系に全く属さない何かだった。

意図を持つ存在なのか、あるいはただの自然現象なのか。判断できる基準そのものが、人類の側に存在しなかったのだ。


それは「見る」という行為すら成立させないものだった。

観測した者ごとに、異なる姿を形取ったからだ。


ある者は、それを有る状態と無い状態が交互に点滅する幾何学模様と表現した。

またある者は、真っ黒であり、同時に真っ白でもある単色の風景と表現した。

中には、視界ではなく脳の中に直接浮かび上がる、卵のような像と表現する者もいた。


いずれの観測でも、それは形を記録できず、色や形状が確定していないものとして報告された。

「それを見た人の数だけ、違う表象が浮かび上がる」という前例のない事例だった。



異変が起き始めたのは、それが観測されてから数日が経ってのことだった。


言った言わないの些細な衝突。勘違いによる業務ミスの多発。

初めは、ただのコミュニケーションの齟齬として片付けられていた。


だがすぐに、それらは単なる誤解ではないことが判明した。


人々の「過去そのもの」が、物理的に変わり始めたのだ。


通常、思い違いは記憶のズレとして処理される。しかし、この現象は違った。

両者の過去の行動が、証拠ごと食い違い始めたのである。


たとえば、ある研究者は数年前に同僚とオランダへ出張したと主張した。

スマホには、空港で撮った写真も残っている。


しかし同行したはずの同僚のスマホには、同じ日に撮られた、家族との休日の写真が残っていたのだ。

どちらも偽物ではない。

片方の世界線では出張で出かけ、もう片方の世界線では家族と過ごしていた。


両者の記録は間違っておらず、記憶にも筋が通る。


この矛盾は研究員全員の間で報告された。

数日前の行動の微細なズレから、数年前のイベントの上書き。

さらには、学生時代に流行っていた漫画や音楽の内容まで違い始めたのだ。


皆が、別々の過去を経由して「同じ現在」に至っている。


時間は1本の線だという常識は、根底から崩れ始めた。

過去そのものが無数に分岐し、私たちがいる今この瞬間の世界は、

複数の異なる歴史が交わった収束点として存在し始めたのだ。


その構造の存在を露呈させたのが、「外側」から訪れたそれだった。


観測者によって姿が異なる理由も、

彼ら一人ひとりが、異なる歴史を辿ってきた結果なのかもしれない。



それは物質でもなく、エネルギーでもない。

時間や空間、共有された現実という前提にも属さない、

この宇宙の外側を理解するための、最初の接合点だった。

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