第4話 不思議な魔女


 目を閉じれば浮かぶのはおじさんとおばさんの顔、そしてエリーの悲痛な姿だった。


 ──最後には決まってラドウィックが醜悪に笑い、僕は恐怖と怒りで目を覚ます。


「っ……なんでだよ!? どうして!? 捨てるぐらいなら、初めから──」


「落ち着いて! 大丈夫……大丈夫だからね。ここには君を傷つける人はいないから、安心して眠っていいんだよ」


 何度も悪夢にうなされ、そしてその度に暴れる僕を、ネフィという女性はいつも優しく抱きしめた。


 彼女の髪から香る草花の様な匂いは、不思議と僕を落ち着かせた。


 悪夢にうなされ、満足に眠ることが出来ないまま僕は高熱を出した。


 すると、彼女は冷たい布を額に当ててくれて、咳が出ると背中を摩りながら薬を手ずから飲ませてくれた。


 彼女が介護してくれた甲斐もあって、僕は次第に体力を取り戻していった。


「……僕はアルベルっていいます」


 これだけ甲斐甲斐しく世話をしてくれている人に、自分の名前さえ伝えていないことに気づいたのは2日が経ってからだった。


「アルベル……アル?」


「あ……はい。親しい人は、そういう風に呼んでくれてたりもしました……」


「そっか……アル、アルかぁ。いい名前だね」


 そんな事を言われたのは初めてだったから、僕は思わず少し笑みが溢れた。


 ネフィが僕の名前を知っただけで、嬉しそうに笑ってくれたからだろうか。


 ――――――――――――


 それからというものの、見れば見るほどネフィという女性が不思議な人物だとわかった。


 彼女はいつも真っ黒なローブを着ていて、年齢は成人である18歳くらいに見えた。


 ネフィは見た目は大人なのに、どこか幼さが垣間見える時があった。


 そんな時、僕はチグハグな彼女に対して恐れを抱くこともあった。


 僕が誰も信用出来ない状態だったから、ネフィという人物が何を考えているのかわからない怖さを感じていたのかもしれない。


 彼女の住む家は温かみのある家で、部屋はたった一つだった。


 中は何に使うかわからない細々とした物で溢れていて、僕が寝かせてもらっているベッドの他には、寝具のような物は見当たらなかった。


 夜になると彼女は僕をたった一つのベッドに寝かしつけて、外に出ていたみたいだった。


 彼女がどこで寝ているのか気にはなったけど、居候している身として、訊ねるのにも勇気が必要だった。


 家の中でずっと寝たきりの生活に疲れ、僕はネフィに頼んで家の外へと連れ出してもらった。


「……森、ですね」


 どうやらネフィの暮らす家は森の一角が大きく切り取られた様な場所に建てられているらしく、どの方角を見ても緑に囲まれていた。


 穏やかで暖かく、太陽の光が強く差し込むが、どこか寂しい場所だと感じた。


「どうしてネフィさんはこんなところで暮らしているんですか?」


 そう聞くと、ネフィはニコニコと笑いながら答えた。


「私ね。巷では薬売りの魔女って呼ばれてるの。この森には珍しい薬草もあるし、材料の調達に困らないから住んでるんだ。あ、それと魔法の研究をするのにも、人が多い場所は危ないから」


 そう言ったネフィに、僕は興味本位で魔法の事を聞いてみた。


 すると彼女は、瞬く間に切り株を魔法で削り、猫の様な木像を作り上げた。


「凄いっ……でも、なんで猫?」


「可愛くない?」


 見ると少し不細工な猫だった。


 でも、よく見ると優しそうな顔をしていて、僕は好きだった。


「可愛いと思います」


 そういうと、ネフィは満面の笑みで僕の身体を抱き抱えてクルクルと回った。


 距離感がおかしいネフィに戸惑っていると、彼女は僕の手を引いて森の中を案内すると言った。


「この森は本当に楽しいところなんだよ!」


 ネフィは本当に不思議な人物だった。


 彼女は狭いところが好きみたいで、木の洞を見かけると、急に走り出してそこに膝を畳んで座り込んでしまう。そして僕に手招きをする。


 そのまま一緒に昼寝をさせられたり、高い木の上に実がなっているのを見ると、服が汚れるのも厭わずによじ登って僕のために取ってくる。


 猫じゃらしを見かけると優しくツンツンと蹴りはじめ、その時は集中しているのか、僕が声をかけても反応が鈍かったりする。


 鳥が飛んでいるのを見ると、即座に魔法で撃ち落とすのに、子連れの狼を見つけた時は、子供の狼が木の根に足が引っかかっているのを見て助けたりする。


 そのせいで助けた狼に引っかかれてネフィが腕を怪我した時、僕は思わず彼女の手を引っ張って家に連れて帰り、包帯を巻いてあげた。


 彼女はそんな僕を微笑みながら見て、怪我をしていない方の手で頭を撫でる。


 最初は恐怖心や警戒心から彼女に触れられる事を避けていたけど、いつのまにかネフィの手を拒絶することは無くなった。


 そうなると彼女も僕の拒否感が緩んだのを理解したのか、夜は一緒にベッドで抱き合いながら眠り、朝は彼女に髪の毛をむしゃむしゃと喰われながら目を覚ますようになった。


 涎まみれの髪の毛に文句を言うと、決まって彼女はこう言うのだ。


「アルの髪っていい匂いがするから」


 そう言われると僕は何も言えなくなってしまう。


 そんな生活を送りながら、気がついたら数ヶ月が経っていた。

 

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僕らを結界が分かつとき 新田 青 @Arata_Ao

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