第40章 — 俺は道の前にあるすべてを破壊する

街全体が息を止めているようだった。

大通りからビルの屋上まで、全員がひとつの場所を見つめている――

リョクと影。

人間と怪物。

二つの存在が並び立ち、どちらも崩壊寸前。


サイレンが波のように迫ってくる。

装甲車が大通りに現れ、青い光が混沌を切り裂く。

ドローンが空で軋み、飢えた機械虫のように群れ飛ぶ。

そしてその後ろで怯え、混乱し……それでも激しく生きている群衆。


影がリョクの前に立った。

煙の刃のように長い腕。

金属的な瞳が輝く――

それは飢えではなく、決意だった。


「奴ら……おまえを殺す……」

影の声はひび割れている。

「おまえも……俺も……殺す……」


リョクは震える脚で立ち上がる。

焼けただれた身体は、今にも崩れ落ちそうだった。


「じゃあ、走るのか……?」

彼は小さく尋ねる。


影は首を振った。


「……ちがう。

 ……きょうは……走らない。」


ドローンが照準を合わせる。

部隊が前進する。

銃が一斉に並び、狙いを定める。


その瞬間だけ――

世界は静かになった。


リョクは自分の途切れた呼吸を聞き、

影の呼吸なき呼吸を感じた。


そして、内側の存在が最後の一声を絞り出す。


「なぁ……ガキ……

 ようやく気づいたか……

 “道”は救いなんて求めてなかった……

 求めていたのは“お前の継続”だ。」


リョクは目を閉じる。


母の笑顔――

不完全で、壊れた記憶。

それでもまだ温かい。


父の無理な強がり。

タケダがレンチの握り方を教えてくれた感触。

ミカが泣きながら走り去った背中。

カイゼンが必死に救おうとした目。

かつての自分。

そして、今の自分――化け物。


目を開く。


変わった。


逃げていない。

自分と戦っているのでもない。

戻ろうとしているのでもない。


“受け入れている”。


影が一歩下がり、

リョクが一歩前に出る。


ようやく役割が定まったかのように。


「おまえは……生きたいんだろ」

リョクは影に言う。

「だが……生きるってのは、ただ在ることじゃない。」


影は震える。

困惑した子供のように。


「……わから……ない……」


リョクは影の胸――

生まれたばかりの臓器のように脈打つ闇に手を触れた。


「生きる……とは、“選ぶ”ことだ。」


そしてリョクは、選んだ。


街を渡さない。

喰われない。

消えない。


影は――遅すぎる理解を得る。


「リョク……?」


そのとき、

ドローンが一斉に発砲した。


影が跳ぶ。


本能で。

約束どおりに。

リョクの前に立ち塞がった。


弾丸が影を貫き、

煙を裂き、

闇の肉を砕く。


影は、千の壊れた魂の声で叫んだ。


リョクは崩れゆく影を抱き止める。

震える身体。

消えかける光。

金属の瞳がゆっくりと暗くなっていく。


「……いっしょに……はしりたかった……」

影の声は小さく、かすれていた。


「わかってる……」

リョクは囁く。


影の指が、

闇の霧になりながら

リョクの頬に触れる。


そして――

消えた。


沈黙が残酷な刃のように落ちる。


リョクは一人で立った。

焼けた身体。

砕けた魂。

街中の銃口が――彼だけを狙う。


リョクは一歩踏み出す。


それだけで、

全員が後ずさった。


彼の眼差し――

片方は人間、

もう片方は漆黒――

その圧だけで人々を切り裂く。


リョクは息を吸う。


空気は煙の匂い。

爆発した車の残骸。

そして低く、弱々しく、

しかし確かに蘇った声。


「……選んだんだろ……

 ……なら……世界に……払わせろ……」


内側の存在が、

かつてないほど静かに囁く。


リョクは笑う。


人間ではありえない笑みで。


壊れた街を見渡す。

車。

建物。

光。

人々。


そして――幼い頃以来、

恐れも、罪も、迷いもない。


ただ――

“道”だけだ。


リョクは顎を上げる。


静寂が裂ける。


その言葉は、彼の中で

エンジンの点火のように生まれた。


「俺は道の前にあるすべてを破壊する。」


終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

果てしなき地獄への道 @4659

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画