第4話 進化

 メクは『女神の間』をねめつけた。

 辺りには最早鉄屑かなにかのように扱われている硬貨が散乱し、

 王侯貴族か何かが口にするような豪勢な食事が食い掛けの状態にされている。

 

 メクは悲痛を噛み殺した。


「ふざッ、ふざけ、ふざけるな……ッ!! なんだこの有様は!」


 聞くに、メクは伝令役だったらしい。

 彼の村は焼け落ち、必死の思いで惨状を伝えようとしたが、災厄に追いつかれて死んだ。


 ──と、思われたが。

 偶然、その瞬間女神の降臨によって生き延び、そのまま王都に保護されたらしい。

 この塔の門番やら娼婦やらは大体王都の人間を雇っているので、すぐに拠点たるこの場所を見つけたのだろう。

 

「俺は……、貴様がこの世界を救ってくれると、信じて……」


 崩れ落ちるメク。

 ルーカスが初めて女神にあった時も、彼と同じような反応をした。

 今のルーカスは最早、女神と同じになってしまったのだ。


 ルーカスは、メクにどう言葉をかけたものか、悩んでいた。

 

「(まあ、そうだよな)」


 ルーカスはメクに反して、不思議と冷静だった。

 勇者になってからこれといった危機も、事態を解決する手掛かりも見つかっていない──それを言い訳にする気すらできなかった。

 自分が過ぎた力を手にしたこと、誰かの希望を踏みにじっていたことに、自覚的だったからだ。


「なあアルマ」

「は、はい!」


 ルーカスは冷めた表情で女神を呼ぶ。

 女神はこの事態にどう対処したものか困り果て、なるべく目につかない端の方に隠れていたが、

 呼ばれていそいそと顔を出した。


「勇者の役割って、誰かに譲れるのか?」

「無理です。貴方はもう主人公の座についた。お話は始まっています」


 女神の言っていることは相変わらずよく分からなかったが、ルーカスは構わず続けた。


「俺が死んだらどうなる?」


 女神は意図を察した。


「そ、そんな、駄目よ! だって、そしたら──」


 彼女が続きを説明しようとしたところで、メクの怒声が響いた。


「き、き、貴様あああああああッッ!!! 一度はその座を得ておきながら……!!!

 譲る!? 無責任すぎる!! じゃあ何故なった! どうしてこんなことをした!!」

「楽しかったからだよ」


 ルーカスはさらりと告げた。やけになっていたのだ。

 誰がどう見たって、ルーカスよりも、メクのほうが”向いている”。

 そんなの彼だって分かっていた。


「俺は村から出たことがなかった。女を抱いたこともねえし金もねえ。

 貧しかった。のに、世界にはこんな快楽があると知った。何をしても許される権利と財産があった」


 すぐさまメクは反論する。


「俺だって辺境出身だ。貧しさを貴様の人間性の言い訳にするな」

「──分かってるよッ!!!」


 ルーカスは怒気の籠った声で唸った。


 自分が何に怒っているのか分からない。

自分みたいな人間を勇者候補として召喚した女神?

眼前の『正しすぎる』人間への逆ギレ?

 どれも違う。ルーカスは自らの心の貧しさに対して怒っていた。


 快楽に溺れる中、ずっと常にもう一人の自分がこんなことすべきではないと叱責していた。

 明日から頑張ればいいと思っていた。

しかし実際に訪れた”明日”は今日と何ら変わり映えもなく、だから『まだ大丈夫』だと思っていた。


 このままではいずれ、『魔王』によって”明日”は来なくなる。

 それでも行動に移せないのは、自分に自信がないからだ。

 認められたことが、ないからだ。


 身も心も勇者になれたら格好つくだろう。

 だけど目の前のこいつのような、弓矢のように鮮烈な意志の強さを見せつけられると、諦めばっかり脳裏に浮かんだ。


「殺せよ」


 ルーカスはメクの手にした鉄剣のその刃を掴んで、自らの首にひっぱり寄せた。


「どうせ世界は滅びかけてる。近い未来に死んだって、今お前に殺されたって、同じだ」

「貴様の一言一言が気に入らない。やるなら俺と戦え。貴様の”勇者”としての力にやられるならそれまで」

「チッ……」


 ルーカスは舌打ちをして、女神に訊ねる。


「いいな」

「……決闘なら、許します。あなたはこの人に負けることはない」


 ルーカスはメクから距離を取ると、”強欲の剣”を手に取る。

 自らの攻撃力を大きく下げる代わりに、相手が貴重なアイテムを落としやすくする、という代物らしい。

侵入者相手には、ちょうどいいだろう。

 しかし、女神の続く一言により、ルーカスのペースは大きく乱される。


「だって今の貴方は、『勇者補正』で最強ランク──SSSランクに、強制進化させられているから」

「なッ──……」


「よそ見を、するなッ!!」


 鉄剣を手に飛び掛かるメク。

 ルーカスは乱れたペースのまま応戦しようとし、斜めに構えガードの姿勢を取ったところで──。


「は?」

 

 声をこぼしたのは、ルーカスの側だった。

 踏み込みで、タイルが砕ける。

 そして泥のように柔らかい手ごたえのあと、メクの剣が、ルーカスの持つ剣の刃に触れたところから、真っ二つになっていった。

 飛び込んできたメクもまた勢いを殺しきれず、そのまま──。


「えっ、お、おい」


 メクは死んだ。どのように死んだのかは、語るまでもない。


 屠殺された鶏のようだ。……ルーカスは真っ先にそう想起し、口を押えた。

 そして、『自分がやったのだ』という色濃い現実味が彼を押し始めた。


「……おいおいおいおい、なん──だよこれ! おいクソ女神!! どうにかしてくれよ!!」

「可哀そうな人だけど……どうしてどうにかしなければならないの? だって彼、『敵』よ? あなたを殺そうとしたのよ?」

「そうじゃ……ねーだろッッ!!」


 ルーカスは勢いのままに女神をぶった。拳の先は宙を掻く。擦り抜けてしまうのだ。

「クソがっ……!!」


 女神は基本的に話が通じない人でなしである。

 そうルーカスは理解しているが、この時ばかりは言いたいことも分かった。


 彼は『魔王』の侵攻による被害者だ。

しかし客観的には、彼が門番を殴って突破してきたように、

『勇者』の拠点を襲撃し──ルーカスを殺そうとしてたのも確かだった。

 相対したから分かる。あれは”本物”の殺意だった。


「……なんで隠してたんだよクソ女神。勇者になった途端、滅茶苦茶に強くなってるなんて!!」

「勇者だから、ですよ。それ以外にありますか」 

「御託はいいんだよッッ!!!!」

 

 ルーカスはメクの遺体の前に崩れ落ちる。

 鉄の匂いがして、血が白いタイルを汚した。


「こいつどうにか生き返らせられねえのかよ! お前女神なんだろ? なんとかしてくれよ……!」

「……勇者殺しは大罪です。お話が止まってしまうから。お話が止まった世界は、停滞──世界の終わりと同じ。彼はそういうことをしたんです」

 女神は珍しく、シリアスな顔をしていた。それほどに、重大なことらしかった。

「それでも?」


ルーカスは咄嗟にこう、叫んだ。


「コイツみたいなやつがいないと──俺は終わっちまうんだよ!!」


 女神はなぜ勇者が怒っているのか終始理解できていないようだったが、その勢いに目を開く。


「(ああ……)」


 ルーカスは初めてここで、『勇者』となってからの、自らの本心に触れた、と思った。

 俺は、こう思っていたのか。当たり前のことだったが、なんだかすごく純粋で、手放してはならない感情な気がした。

 その本心の一端を掴んだまま、ルーカスは女神を言いくるめようとする。


「救世の女神なんだろ? 俺のなんでも使っていいから、お前の力でコイツの命を『繋ぎとめて』くれよ。

 俺はコイツを仲間にさせてくれよ!!」

「…………」

「こんなに真面目な奴が報われない世界なんか、終わってるも同然だろうが……ッッ!!!」


『女神の間』に静寂が満ちる。

しかし不意に、ルーカスの頭上にオーロラの光が満ちる。

それは集束していき、宝石の形を伴って、5つほどタイルに落ちた。


「石……。これって」

「……はい。これがわたくしの権能に必要な『石』」


 メクの乱入により遮られていた、説明の続きが始まる。


「石は、『誰かの美しい』によって生み出されるんです」

「……くだらねえ」


 ルーカスは吐き捨てる。


「人の本気を、『上の世界』だとかいう輩に美しいか美しくないかなんて評価されるのは、気持ち悪くて仕方がねえ」


 その言葉を聞いて、女神は愉快そうに『ふふ』と笑った。

 彼女の始めて見せるそぶりだった。


「足りるか?」

「足りるわ。世界中のどこかにつなげるより、人の体と体をくっつけるほうが、ずっと簡単」


 ルーカスは、体と体をくっつけるだけではなく、きちんと生命活動が続けられるようにしてくれるか、束の間不安におもったが──。

 その奇跡は、確かに目の前で行われた。


 まず、静寂が訪れた。

 そしてメクの分かたれた体が青白い燐光を伴いはじめ、そして引き寄せられて1つになっていく。

 やがて、彼はゆっくりと目を開けた。


「……なぜ、生きている……」

「女神がやった」


 メクはルーカスを睨みつける。

 女神がおそらく善意で、事実を補完した。


「正しくは、勇者くんが助けてくれたんですよ」

「死ね」

「死ね」


 ルーカスは勇者に、メクはルーカスにそれぞれ罵倒した。

 メクはいまだにルーカスを恨んでいるようだった。


「どうして!? 勇者くんが、初めて勇者っぽいことをしたんですよっ!」


 メクはよろよろと立ち上がる。


「俺に会った程度で勇者らしくなる勇者など、俺は認めない。だが」


 メクは半分になった剣を収め、ルーカスをしかと見た。


「礼は、言っておく。……ありがとう」


 ルーカスはしばらく照れくさそうにタイルを睨んでいたが、

 おずおずとメクに手を差し伸べた。


「俺と一緒に、世界を救ってくれ。お前みたいなやつがいないと俺ァダメだわ」


 メクはがっしりとその手を握る。


「ああ。……俺は初めから、こうすればよかったのだな」


 彼は目を伏せ、噛み締めるようにつぶやいた。


「てってれー! 『勇者殺し』メクが仲間になりましたー! 」


 話がひと段落すると見ると、女神が割って入ってくる。


「ちなみにメクさんはCランクですが……、今回の経験を経て、Aランク・アンデッド属性に進化しました~!」

「こいつマジでうるせえ」


「もしかして彼女が救世の女神なのか?」

「そうだけど……」


 メクは自らの血だまりで再度死の状態を再現した。


「神よ……この世界が終わる前に、私を天に導いてください……」

「コイツもコイツでアレかもしれねえ」


 言ってからルーカスは、自分も『アレ』方面だと気づいた。

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俺が勇者ってマジですか? ~世界滅亡まであと少し。召喚された俺はコモンレアだし木こり~ @mortal_

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