【第7部:逃亡と絶望、そして警告】

真実を知ってから、俺は逃げようとした。


でも簡単じゃなかった。


1回目は、美咲が実家に行ってる隙に。


深夜、俺は家を出た。車のキーは隠されてたから、徒歩で。K市駅に向かおうとした。でも30分も歩かないうちに、一族の車に囲まれた。


4台。前後左右から。


「どこに行くつもりだったの?」


美咲が涙を流してた。でも俺にはもう、それが演技にしか見えなかった。


「散歩だよ」


俺がそう答えると、美咲は首を振った。


「嘘ですよね?」


「本当に散歩だって」


「嘘ですよね?」


「なんで嘘だと...」


「嘘ですよね?」


同じ質問を何度も繰り返される。周りの一族も車から降りてきて、俺を囲んだ。


「家族を捨てるつもりだったんですか?」

「愛してないんですか?」

「そんなに私たちが嫌いですか?」


みんなニコニコしながら、同じような質問をする。


10人以上に囲まれて、俺は何も言えなくなった。


「ごめん」


結局、俺は謝った。


「もう、こんなことしません」


「分かればいいんです」


美咲はニコニコしながら、俺の手を握った。その手が、氷のように冷たかった。


---


## 2回目の逃亡


1ヶ月後、俺はもう一度逃げようとした。


今度は昼間、仕事中に。


「急用ができたので、東京に行ってきます」


俺は美咲にそう嘘をついた。


「本当に東京ですか?」


美咲が聞いてくる。


「本当だよ。クライアントとの打ち合わせで」


「本当に東京ですか?」


「だから東京だって」


「本当に東京ですか?」


でも美咲の目は、俺の嘘を見抜いてた。


家を出て10分で、美咲が追いかけてきた。どうやって分かったのか。


「どこに行くんですか?」


「東京だって言っただろ」


「本当に東京ですか?」


「本当だよ」


「本当に東京ですか?」


俺は諦めて家に戻った。


---


## 法的な檻


逃げられない理由は、物理的なものだけじゃなかった。


法的にも逃げ場がないことが分かった。


財産は全部美咲名義になってた。俺の給料も、美咲の口座に振り込まれてる。俺名義の口座は空っぽ。


もし俺が勝手に出て行けば「悪意の遺棄」になる。法律上、俺が悪者になる。


離婚しようとしても、理由がない。美咲は何もしてないことになってる。むしろ俺が「家族を大切にしない夫」として非難される。


社会的にも逃げ場がない。


東京の友人とは疎遠になった。実家にも迷惑をかけてる。K市では美咲の家族は有力者で、みんなから信頼されてる。


「あんないい家族に何を言ってるんだ」


俺が誰かに相談しても、そう言われるだけ。


そして何より、俺には帰る場所がない。


東京のアパートは引き払った。仕事もK市でのリモートワークが前提になってる。友人とも連絡が取れない。


「これが俺の人生なんだ」


その時、俺は半分諦めた。


でも完全には諦めなかった。まだ何かが残ってる。人間としての最後の意地が。


---


## 先輩たちの証言


ある日、一族の集まりで、義兄の一人がこっそり俺に話しかけてきた。


一番年上の義兄だった。目は死んでるけど、まだ少しだけ人間の心が残ってるような気がした。


「君はまだ間に合うかもしれない」


義兄が小声で言った。


「え?」


「俺たちはもう手遅れだ。でも君は、まだ完全には変わってない」


「どういうこと?」


「鬼化は段階的に進む。血を飲み始めて1年半くらいで、戻れなくなる。君はまだ1年ちょっとだ」


義兄は自分の手を見た。完全に鬼の手だった。


「俺は3年前に結婚した。もう人間には戻れない」


「じゃあ、どうすれば...」


「逃げるしかない。でも簡単じゃない。俺も何度も試したけど、全部失敗した」


「なんで?」


「あいつらは、何でも見てる。どこにいても、何をしてても、全部知ってる」


義兄は部屋の隅を指差した。


「あれが見えるか?」


俺は目を凝らした。何もない。でも、ほんの一瞬、何かがピクッと動いた気がした。


「あれは奴らの目だ」


「目?」


「鬼は自分の目を外して、独立して動かせる。アダムスファミリーの『ハンド』みたいに。それで監視してる」


俺は震えた。いつも見られてる感覚の正体がそれか。


「だから逃げられない。パスワードを変えても、何をしても、全部見られてる」


義兄は深くため息をついた。


「俺からのアドバイスは一つ。もし逃げるなら、徹底的に準備しろ。そして一度きりのチャンスだと思え。失敗したら、もう二度とチャンスはない」


「分かった」


俺は頷いた。でも、どうやって準備すればいいのか分からなかった。


---


## 地元での評判


K市で暮らして1年以上が経った。


地元の人たちは、相変わらず美咲の家族を信頼してた。


「お父さんは本当にいい人だよね」


商店街のおじさんが言う。


「市役所の仕事も熱心だし、地域のイベントもいつも手伝ってくれる」


「お母さんも保育園で大人気」


別のおばさんが言った。


「子供たちがあんなに懐いてる先生、他にいないわよ」


俺は作り笑いで答えるしかない。


「そうですね」


でも内心では叫んでた。


「誰か気づいてくれ。この家族はおかしいんだ」


でも誰も気づかない。一族の外面が完璧すぎる。


そして俺が何か言えば、俺が悪者になる。


「家族を大切にしない薄情な男」

「東京から来て、地元を馬鹿にしてる」


そんな風に思われるだけ。


完璧な罠だった。


---


## 鬼化の進行


結婚して1年半が経った頃には、俺の変化はさらに進んでた。


爪はもう人間のものじゃない。鋭く、黒ずんで、獣のようになってる。でも鏡に映ると普通に見える。


夜目は完璧に利く。真っ暗闇でも、昼間のように見える。


力も異常だ。車のタイヤを片手で持ち上げられる。


そして味覚。もう普通の食事じゃ満足できない。生肉が欲しい。血が欲しい。


感情も、ほとんど残ってない。怒りも、悲しみも、喜びも、何も感じない。


ただ淡々と、日々を過ごしてる。


でも、まだ完全には消えてない。心の奥底で、小さな声が叫んでる。


「これは間違ってる」

「俺は人間だ」

「諦めるな」


その声だけが、俺を繋ぎ止めてる。


でもその声も、だんだん小さくなってきてる。


あと半年もすれば、完全に消えるかもしれない。


その前に、この文章を書いておこうと思った。


---


## 新たな犠牲者


最近、恐ろしいことが起きてる。


美咲の妹、麻衣がマッチングアプリを始めたんだ。


ターゲットは東京の商社マン。年収800万、一人暮らし、実家は九州の地方都市。


「今度はどんな人かしら」


美咲が楽しそうに話してる。次の獲物の話を。


「もうやり取りを始めてるの」


麻衣も嬉しそうだ。新しい獲物を見つけたことが。


俺は止めたい。でも止められない。


もし俺が警告したら、一族にバレる。そしたら俺も完全に鬼にされてしまう。まだ残ってる人間の心も、強制的に消される。


でも罪悪感が襲ってくる。


また新しい被害者が生まれる。俺と同じように騙されて、人生を奪われる男性が。


「○○さんはどう思います?」


麻衣が俺に聞いてくる。


「何が?」


「恋愛って素敵ですよね?」


麻衣はニコニコしながら言う。でも俺には、それが「狩りは楽しい」って言ってるように聞こえた。


「...そうだね」


俺は答えるしかなかった。


「○○さんも最初は素敵でした」


美咲が懐かしそうに言う。


「今でも素敵ですけど、もっと家族思いになってくれたらいいのに」


美咲は俺を見て微笑んだ。その笑顔の奥に、鬼の顔が透けて見えた。


麻衣のターゲットは、今度の土曜日にK市に来る予定らしい。初めてのデート。


俺と美咲と同じように、展望台で夜景を見るんだろう。


そして、俺と同じ道を辿る。


止めたい。でもできない。


この無力感が、俺を殺してる。


---


## 父親の正体


一族の中で絶対的な権力を持つのは、美咲の父親だった。


表面的には温厚で優しい市役所の課長。でも一族の前では完全に変わる。


「お前たちは分かってるな」


父親が低い声で言う。鬼の集まりの時じゃない。普通の昼間に、人間の姿で。


でも目だけが、鬼の目をしてた。


「獲物は大切に扱え。壊すな。長く使えるようにしろ」


俺たち義兄弟を家畜のように扱う。


「○○、お前はまだ反抗的だな」


父親が俺を見つめる。その目は人間のものじゃない。


「もっと素直になれ。さもないと...」


父親は何も言わなかったけど、威圧感が凄まじかった。


俺は何も言えず、頭を下げるしかなかった。


「そうだ。それでいい」


父親は満足そうに頷いた。


一族の中で、父親だけは別格だった。美咲も母親も、父親の前では完全に従順になる。


恐怖による支配。それが一族の本質だった。


---


## 最後の抵抗


でも俺は、まだ諦めてない。


完全に鬼になる前に、この文章を書いてる。


誰かに伝えたい。次の犠牲者を止めたい。


俺にできることは、これだけだ。


美咲は隣の部屋にいる。俺がこの文章を書いてることに気づいてるかもしれない。


でも止めに来ない。


なぜなら、どうせ誰も信じないって分かってるから。


「マッチングアプリで知り合った美女の正体は鬼でした」なんて話、誰が信じる?


でも書く。書き続ける。


これが俺の最後の抵抗だ。


---


## 現在の状況


今、俺は一族の一員として生活してる。


外から見れば、普通の田舎の家族だ。


月に2万円の小遣いで、一族の雑用をこなして、美咲の顔色を伺って生きてる。


反抗する気力はほとんどない。でも完全に洗脳されたわけでもない。真実は知ってる。


体は確実に鬼化してる。爪は鋭く、力は強く、夜目は利く。生肉を欲する。感情も薄れてきた。


でも心は、まだギリギリ人間だ。


そして俺は知ってる。美咲たちの正体を。一族の目的を。次の犠牲者のことを。


あと半年もすれば、俺は完全に鬼になる。そして新しい獲物を狩る側に回る。


でもまだ今は、人間の心が残ってる。


だから書く。警告する。


---


## 最後の警告


だから言ってるんだ。


G県K市の、がしょうき一族には近づくなって。


特に、マッチングアプリでK市出身の女性とマッチしたら要注意だ。


最初はすごく優しくて、理想的な女性に見える。君の疲れを気遣ってくれて、癒してくれる。


でも同じ質問を何度も繰り返してきたら、それが始まりの合図だ。


「○○しますよね?」


ニコニコしながら、同意するまで同じ質問を繰り返してくる。それが一族の特徴だ。


もし結婚なんてことになったら、絶対にダメだ。K市に住むなんて論外だ。


あいつらは人間の皮を被った鬼だから。


現代的な鬼は角なんて生えてない。スマホを使いこなして、マッチングアプリで獲物を探して、愛情と家族の絆を武器に男を食い物にする。


そして最終的には、獲物を鬼に変えてしまう。俺みたいに。


もしこの文章を読んでる誰かが、K市出身の女性とやり取りしてるなら。もし「一緒に住みませんか?」って言われてるなら。


今すぐ逃げろ。


特に、相手が執拗に同じ質問を繰り返してきたら、絶対に逃げろ。


「素敵ですよね?」

「会えませんか?」

「愛してますよね?」


同じ質問を、ニコニコしながら何度も。それが始まったら、もう手遅れかもしれない。


でも逃げろ。俺みたいになりたくなければ。


そして、もう一つ重要なことがある。


一族は地元では「いい人たち」に見られてる。父親は市役所の課長、母親は保育園の先生。みんなから信頼されてる。


だから誰も信じてくれない。君が助けを求めても、「あんないい家族に何を言ってるんだ」って言われるだけ。


完璧な罠だ。


でも知っておいてくれ。外面がどんなに良くても、裏では人を食い物にしてる。


金にがめつく、人の物を平気で奪い、愛情と心配を装って支配する。


そして最終的には、君を人間じゃないものに変える。


俺には、もう逃げる力が残ってない。


体も心も、鬼に近づいてる。いつまで人間の心を保てるか分からない。


でも、君にはまだ選択肢がある。


逃げられるかな?君に。


俺には、もう...


---


※この話は実話です。G県K市のがしょうき一族は実在します。近づかないでください。


もし君が今、K市出身の女性と連絡を取っているなら。


もし「結婚しませんか?」「K市に来ませんか?」と言われているなら。


この文章を信じてくれ。


そして、逃げてくれ。


頼む。


俺と同じ運命を辿らないでくれ。


これが、まだ人間の心を持ってる俺からの、最後のお願いだ。

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がしょう鬼 サクライ @haikinn

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