【第6部:体の異変と真実の発見】
結婚して1年が経った頃、俺の体に変化が現れ始めた。
最初は爪だった。
切っても切っても、異常な速度で伸びる。昨日切ったばかりなのに、今朝見ると1センチも伸びてる。
「おかしいな」
そう思いながらも、最初は深く考えなかった。でも1週間もすると、爪は鋭く尖ってきた。まるで獣の爪のように。
それから夜目が利くようになった。
深夜にトイレに起きた時、電気をつけなくても部屋の中がはっきり見える。最初は「目が慣れたのかな」って思ったけど、真っ暗闇でも新聞の文字が読めるほどだった。
「これ、普通じゃないよな」
でも美咲に言っても「疲れてるんじゃないですか?」って言われるだけ。
力も異常に強くなった。
一族の行事で重い荷物を運ぶ時、20キロの米袋を片手で軽々持ち上げられる。昔の俺じゃ絶対無理だった。
「力持ちですね」
一族の人たちはそう言うけど、その目には何か期待めいたものがあった。まるで「計画通り」とでも言いたげな。
一番怖かったのは、味覚の変化だった。
ある日、美咲が作った夕食を食べてる時、ふと気づいた。肉の味が妙に生々しい。というか、生肉の方が美味しそうに感じる。
「この肉、もうちょっと焼いた方が...」
俺がそう言うと、美咲はニコニコしながら答えた。
「このままの方が美味しいですよね?」
「でも、ちょっと生っぽくて...」
「このままの方が美味しいですよね?」
「火をもう少し通した方が...」
「このままの方が美味しいですよね?」
結局、俺は半生の肉を食べた。そしてそれが、妙に美味しかった。口の中に広がる血の味。昔なら気持ち悪いと思ったはずなのに、今は違う。
もっと欲しい。そう思ってる自分がいた。
感情も変化してた。
昔なら怒りを感じるようなことでも、淡々と受け入れてる自分がいる。美咲に理不尽なことを言われても、一族に雑用を押し付けられても、何も感じない。
心が麻痺してきてる。
「これって、普通なのか?」
でも誰に聞けばいいのか分からなかった。
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## 義兄たちとの比較
ある日、一族の集まりで気づいたことがあった。
美咲の姉や従姉妹たちの旦那たち、つまり俺の義兄たちを改めて見ると、みんな似たような特徴があった。
爪が鋭い。目が異様に光ってる。表情が乏しい。
「あれ?前からこうだったっけ?」
俺は記憶を辿った。初めて会った時の義兄たち。確かもっと普通だったような気がする。もっと人間らしかった。
「○○さん、爪鋭いですね」
俺が一番年上の義兄に言うと、その人は自分の手を見た。
「ああ、これですか。最近こうなったんです」
「怪我でもしたんですか?」
「いえ、何も」
でもその爪は明らかに人間のものじゃない。鋭くて、まるで動物のような形をしてる。
別の義兄も同じだった。目が黄色っぽく光ってる。昼間なのに、まるで夜行性動物のような目。
「体調はどうですか?」
俺が聞くと、その人は表情を変えずに答えた。
「問題ありません」
でも声に感情がない。まるで機械のような返答。
「前はもっと...普通だったような」
俺がそうつぶやくと、その人は俺を見た。
「前?」
「初めて会った時とか」
「覚えてません」
本当に覚えてないのか、それとも覚えてないふりをしてるのか。でもその目には、何の感情もなかった。
その時、俺は理解した。
義兄たちは変わったんだ。結婚してから、段々と人間じゃないものになっていった。
そして俺も、同じ道を辿ってる。
自分の手を見た。鋭い爪。夜でも見える目。生肉を欲する味覚。
俺は、人間じゃなくなってる。
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## 隠し味の正体
ある夜、美咲が夕食を作ってる時、俺は台所を覗いた。
美咲は味噌汁を作ってる。でも鍋の中に、何か赤い液体を入れてるのが見えた。
「それ、何?」
俺が聞くと、美咲はニコニコしながら答えた。
「隠し味です」
「隠し味って何の?」
「企業秘密です」
美咲は小瓶を隠すように仕舞った。でも俺は見た。その液体が血のように赤くて、ドロドロしてるのを。
「ちょっと見せてよ」
「ダメです」
美咲は頑なに拒否した。でもその笑顔は、いつもより少し冷たかった。
それから俺は、美咲の作る食事を疑うようになった。特に最近の料理は、何か金属っぽい味がする。血の味に似てる。
「今日の味噌汁、いつもと違うね」
俺がそう言うと、美咲は嬉しそうに答えた。
「隠し味を増やしたんです」
「隠し味って...」
「美味しいですよね?」
美咲はニコニコしながら俺を見てる。でも俺には、それが「飲みなさい」と命令してるように感じられた。
俺は恐る恐る味噌汁を飲んだ。
確かに美味しかった。でも同時に、何か根本的に間違ってる気もした。
「毎日飲んでくださいね」
美咲がそう言った時、俺は確信した。
あの隠し味が、俺の体を変えてるんだ。
でも止められない。飲まなければ怪しまれる。そして恐ろしいことに、俺はその味を欲するようになってた。
体が求めてる。もっと欲しいって。
これが変化なのか。人間性を失っていく過程なのか。
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## 母親の料理の秘密
美咲の実家での食事も変わった。
母親の料理は相変わらずだった。たまにめちゃくちゃしょっぱい。
「今日のお味噌汁、またしょっぱいですね」
俺がそう言うと、母親は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、また塩を入れすぎちゃって。私、本当にドジで」
でもそのしょっぱさが、俺にはだんだん美味しく感じられるようになってた。塩辛い味を欲するようになってた。
あれは本当に塩なのか?
母親の作る半生の肉も、以前ほど気にならなくなった。むしろ生に近い方が美味しいと思うようになってた。
「お母さん、この肉...」
「あら、火が通ってませんね。ごめんなさい、急いでたもので」
母親は慌てて肉を焼き直そうとした。でも俺は、その半生の肉が食べたかった。
「いえ、このままでも...」
「ダメですよ、お腹壊しちゃいます」
母親は心配そうに言った。でも俺は、生肉の方が体に合ってる気がした。
これも変化の一部なのか。俺の体が、人間の食べ物を受け付けなくなってるのか。
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## 新月の夜の発見
自分の体の変化に気づいてから、俺は一族の行動を注意深く観察するようになった。
ある新月の夜、美咲は「一族の集まりがある」と言って出かけた。
「お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
いつものニコニコ笑顔で、俺にそう言った。
でも俺は眠れなかった。自分の体に何が起きてるのか、真実を知りたかった。
美咲が出かけてから1時間後、俺はこっそり家を抜け出した。一族の本家に向かった。
古い日本家屋の奥から、かすかに光が漏れてる。俺は庭に回り込んで、縁側から中を覗いた。
そこで見たものは、俺の理解を超えていた。
一族の人たちが円になって座ってる。でも、昼間のニコニコした人間の姿じゃない。
肌は青白く、手足は異常に長い。爪は鋭く伸びて、目は黄色く光ってる。口元からは牙が覗いてる。
人間じゃない。鬼だ。
そして一番ショックだったのは、美咲の姿だった。
昼間の清楚で美しい妻は、もういない。代わりにいるのは、他の一族と同じ鬼の姿。長い黒髪はボサボサで、美しい顔は歪んでる。
俺は震えた。声も出なかった。
「次の獲物はどうする?」
父親らしき鬼が言った。声も人間のものじゃない。低くて、うなるような声。
「妹の麻衣が東京の商社マンを狙ってます」
美咲が答えた。その声も、昼間の優しい声じゃない。
「年収800万円、一人暮らし、実家は地方。完璧な条件です」
一族の鬼たちが笑った。人間の笑い声じゃない。何か、鳥のような鳴き声。
「前の獲物たちはどうだ?」
「順調に鬼化が進んでます。あと2年もすれば、完全に仲間になるでしょう」
美咲が俺たち義兄弟のことを話してる。
「○○はどうだ?」
父親が俺の名前を出した。
「隠し味が効いてます。もう後戻りはできないでしょう」
美咲は自信満々だった。
「血の量を増やしましょうか?」
「いや、急ぐな。ゆっくりと確実に変えていけ」
俺は這うようにして、その場から逃げ出した。
吐きそうだった。恐怖で。絶望で。
隠し味の正体は、鬼の血だった。
俺は毎日、鬼の血を飲まされてたんだ。
そして俺の体の変化は、鬼になってる証拠だった。
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## 絶望的な現実
家に帰って、俺は混乱した。
見たものが現実なのか、夢なのか、幻覚なのか分からない。でも、あまりにもリアルだった。
美咲が帰ってきた時、俺は普通を装った。
「お疲れ様」
俺がそう言うと、美咲はいつものニコニコ笑顔で答えた。
「ただいま。調子はどうですか?」
その瞬間、俺は確信した。あれは現実だった。
美咲の目を見た。昼間はいつものような優しい目だけど、奥の方に何か冷たいものがある。鬼の目が。
「大丈夫だよ」
俺は必死に普通を装った。でも心臓が爆発しそうだった。
それから俺は、美咲の作る食事を警戒するようになった。でも食べないわけにもいかない。食べなければ怪しまれる。
そして恐ろしいことに、俺はその味を欲するようになってた。鬼の血の味を。
体が求めてる。もっと欲しいって。
これが鬼化なのか。人間性を失っていく過程なのか。
でも俺はまだ、完全には変わってない。心の奥底で、小さな声が叫んでる。
「これは間違ってる」
その声だけが、俺を人間として繋ぎ止めてる。
でもその声も、だんだん小さくなってきてる気がした。
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## 鏡に映る自分
ある朝、鏡を見た。
爪は鋭く、目は少し黄色っぽい。でも鏡に映る姿は、昔と変わらない普通の人間だった。
写真を撮っても同じ。スマホのカメラで自撮りしても、普通の俺が写ってる。
だけど、自分自身は分かる。体の感覚が、明らかに違う。
爪を切っても一週間で鋭く伸びる。真っ暗な部屋でも新聞が読める。半生の肉を見ると、唾液が止まらない。昔なら怒りを感じるような理不尽な目に遭っても、何も感じない。
それなのに、誰も気づかない。
美咲も「調子はどうですか?」って心配そうに聞いてくるけど、俺が変わってることには触れない。
近所の人たちも「元気そうですね」って言う。会社の同僚とのビデオ通話でも、誰も俺の変化に気づかない。
まるで俺だけが狂ってるみたいだ。
でも狂ってるのは俺じゃない。俺は鬼になってるんだ。見た目は人間のまま、中身だけが変わっていく。
これも一族の能力なのか。鬼になっても、他人には人間に見えるように仕組まれてるのか。
だから誰も信じてくれない。証拠も残せない。俺がいくら「体が変わってる」って言っても、「疲れてるんじゃないか」「ストレスかもしれない」って言われるだけ。
完璧な隠蔽だ。
そして俺は、ゆっくりと確実に、人間じゃないものになっていく。
誰にも気づかれずに。誰にも助けてもらえずに。
ただ一人で、絶望の中で。
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