【第5部:支配の始まり】
結婚して2ヶ月目くらいから、美咲がお金の管理をするようになった。
「私の方が家計簿つけるの得意だから」
そう言われて、俺も「まあ、そうだな」って思った。女性の方が家計管理が上手いって聞くし。
でも気がつくと、俺の銀行のキャッシュカードも美咲が持ってた。
「え、これ俺のカードなんだけど」
「無駄遣いしないで済みますよね?」
美咲はニコニコしながら言った。
「でも、一応俺の名義だし...」
「無駄遣いしないで済みますよね?」
「自分のお金くらい自分で...」
「無駄遣いしないで済みますよね?」
結局、俺は月2万円の小遣いをもらう形になった。昼飯代込みで。
25万円の手取りから、2万円。残りは全部美咲が管理。
「これで十分ですよね?」
美咲がそう言うので、俺は「うん」って答えるしかなかった。
でも本当は足りなかった。1日700円以下。コンビニで缶コーヒーを買うのも躊躇するようになった。
「もうちょっと小遣い増やせない?」
ある日、俺はそう言ってみた。
「2万円で十分ですよね?」
美咲の笑顔は変わらない。
「でも、昼飯代考えると...」
「2万円で十分ですよね?」
「せめて3万円に...」
「2万円で十分ですよね?」
何度も同じやり取りを繰り返して、俺は諦めた。
それから、美咲の実家への仕送りが始まった。
「お父さんとお母さんに、仕送りしませんか?」
美咲が言い出したのは、結婚して3ヶ月目だった。
「仕送り?」
「親孝行ですよ。月に20万円くらい」
「20万円?」
俺の手取りは25万円。20万円も仕送りしたら、生活できない。
「でも、それじゃあ生活が...」
「親孝行は大切ですよね?」
美咲がニコニコしながら言う。
「大切だけど、金額が...」
「親孝行は大切ですよね?」
「せめて5万円くらいに...」
「親孝行は大切ですよね?」
結局、月20万円の仕送りが始まった。俺たちの生活費は5万円。家賃がかからないとはいえ、ギリギリだった。
でも美咲は「愛があればお金なんて」って言うんだ。ニコニコしながら。
「愛があればお金なんていらないですよね?」
「まあ、そうだけど...」
「愛があればお金なんていらないですよね?」
俺は何も言えなくなった。
---
## 過剰な干渉
結婚して4ヶ月目くらいから、一族の干渉が始まった。
どこに行くにも美咲がついてくる。コンビニに行くだけでも。
「一緒に行きます」
「近所のコンビニだから一人で大丈夫だよ」
「心配ですから一緒に行きます」
「でも、5分で戻ってくるし...」
「心配ですから一緒に行きます」
結局、コンビニに缶コーヒーを買いに行くだけなのに、美咲がついてきた。
もっとおかしかったのは、美咲の母親も一緒についてきたことだった。
「あら、お散歩ついでに」
母親がニコニコしながら現れた。3人でコンビニに向かう。
コンビニでも、俺が何を買うか、誰と話すか、全部チェックされてる感じだった。
「このお菓子、体に悪そうですね」
母親が俺の手からポテトチップスを取り上げる。
「代わりにこれにしませんか?」
差し出されたのは、見たことのない健康食品だった。
「でも、ポテチが食べたくて...」
「これの方が体にいいですよね?」
母親がニコニコしながら言う。
「でも、せっかく来たんだし...」
「これの方が体にいいですよね?」
「普通のお菓子が...」
「これの方が体にいいですよね?」
結局、俺は食べたくもない健康食品を買わされた。2万円の小遣いから500円。
庭の管理も勝手にされるようになった。
「庭のお手入れしますね」
ある日、父親が勝手に庭の木を切り始めた。
「あ、でも俺がやりますよ」
「心配ですから」
父親はニコニコしながら、電動ノコギリで枝を切っていく。
「せっかくの休日だし、俺もやりたくて...」
「心配ですから」
「でも、自分の家の庭だし...」
「心配ですから」
気がつくと、庭の木は父親の好みに剪定されてた。俺の意見は一切聞かれない。
「きれいになりましたね」
母親も現れて、勝手に花を植え始めた。
「これ、どこで買ったんですか?代金は...」
「心配しないで」
母親はニコニコしながら答えた。
「いくらかかったんですか?」
「お金の心配はしないで」
「でも、材料費とか...」
「お金の心配はしないで」
後日、ホームセンターの請求書が俺宛てに届いた。花代、土代、肥料代で3万円。
「これ、俺が払うんですか?」
俺が美咲に聞くと、美咲はニコニコしながら答えた。
「お母さんが心配してやってくれたんですから」
「でも、勝手に植えて、代金は俺が...」
「お母さんが心配してやってくれたんですから」
「おかしくないですか?」
「お母さんが心配してやってくれたんですから」
結局、俺が3万円を払った。自分の庭に、勝手に植えられた花の代金を。月の小遣いより高い。
---
## スマホの監視
結婚して半年が経った頃、スマホのことで変なことが起きた。
パスワードを変えても、なぜかすぐにバレるんだ。
「パスワード変えたでしょ?」
美咲がニコニコしながら言う。
「え?なんで分かるの?」
「夫婦なんだから分かりますよ」
俺は顔認証にしても、指紋認証にしても、なぜか美咲は俺のスマホの中身を知ってる。
まるで家中に監視カメラでもあるみたいに。
でも探しても何も見つからない。ただ、いつも見られてる感覚がある。
LINEの返信も、美咲が勝手にチェックしてる。俺が送ったことになってるメッセージが、勝手に友人に送られてる。
「なんで俺が送ってないメッセージが...」
「送りましたよね?」
美咲はニコニコしながら言う。
「送ってないよ」
「送りましたよね?」
「俺の記憶では送ってない」
「送りましたよね?」
気がつくと、俺の記憶が曖昧になってた。本当に送ったのか、送ってないのか、分からなくなる。
東京の友人とのやり取りも、気づいたら途絶えてた。俺の名前で「もう連絡しないでください」ってメッセージが送られてたらしい。でも俺は送った記憶がない。
「俺、そんなメッセージ送ってないよ」
友人から電話が来た時、俺はそう言った。
「でも、お前の名前で来たぞ」
「知らない。美咲が勝手に...」
「嫁さんがそんなことするか?お前、変わったな」
友人は呆れた声で電話を切った。
それから、友人からの連絡は来なくなった。
---
## 一族の行事
結婚して8ヶ月目、一族の法事があった。
「参加しますよね?」
美咲に言われて、俺は「当然だ」って答えた。
でも行ってみると、法事というより宴会に近かった。
俺は朝から晩まで雑用をやらされた。皿洗い、会場の準備、片付け、車の送迎。休む暇もない。
「お疲れ様」
一族の人たちは俺にそう声をかけるけど、手伝おうとはしない。みんなニコニコしながら、俺が働くのを見てる。
「ちょっと、これはおかしくない?」
俺が美咲に言うと、美咲の母親が割り込んできた。
「家族なんだから当然ですよね?」
ニコニコしながら。
「でも、俺だけが...」
「家族なんだから当然ですよね?」
美咲も同じことを言う。周りの親戚も「そうそう」って頷いてる。みんなニコニコしながら。
俺は何も言えなくなった。
それから月に2、3回はそういう行事があった。法事、誕生日会、なんでもない集まり。そのたびに俺は無償で働かされる。交通費も俺持ち。小遣いから出す。
仕事があるって言っても、「血の繋がった家族の方が大切ですよね?」って言われる。
会議中でも呼び出される。
「お爺ちゃんの病院の付き添いお願いします」
Zoomで会議してる最中に、美咲が部屋に入ってきてそう言う。
「今、会議中なんだけど...」
「家族の方が大切ですよね?」
ニコニコしながら。
「でも、重要な会議で...」
「家族の方が大切ですよね?」
俺は会議を中断して、病院に向かった。クライアントには「家族の緊急事態」って言い訳した。
でも病院に着くと、お爺ちゃんは普通に歩いてて、緊急でも何でもなかった。ただの定期検診だった。
---
## 実家への侵食
結婚して10ヶ月目、とんでもないことが起きた。
俺の母親に、美咲から電話がかかってきたんだ。
「お母さん、○○がいつもお世話になってます」
最初は挨拶かと思ったけど、違った。
「実は、お母さんにお願いがあるんです」
美咲は俺の母親に、5万円を要求した。
「○○のために、少しでもお小遣いをいただけませんか?」
俺の母親は困惑した。息子は結婚して自立したはずなのに、なぜ妻から金の無心を受けるのか。
「でも、○○君はちゃんと働いてるし...」
母親がそう言うと、美咲は電話越しでも分かるくらいニコニコしながら答えた。
「お母さんにお小遣いもらえませんか?」
「え、でも...」
「お母さんにお小遣いもらえませんか?」
また同じ質問。母親は戸惑った。
「少し考えさせて...」
「お母さんにお小遣いもらえませんか?」
結局、母親は5万円を振り込んだ。息子の妻からの執拗な要求に根負けして。
でも美咲はそれで終わりじゃなかった。
今度は俺の兄貴に電話した。同じように5万円を要求。兄貴も最初は断ったけど、結局は振り込んだ。
「あいつの嫁、おかしいぞ」
兄貴が俺に電話してきた。
「毎日電話してくるんだ。同じことを何度も何度も」
「毎日?」
「『お兄さんにお小遣いもらえませんか?』って。断っても断っても、また翌日電話してくる。同じ質問を、同じトーンで」
俺は美咲に抗議した。
「なんで勝手に俺の家族に電話するんだ?」
美咲はニコニコしながら答えた。
「家族なんだから協力してもらいますよね?」
「でも、勝手に電話して金を要求するのは...」
「家族なんだから協力してもらいますよね?」
「俺の家族に迷惑をかけるな」
「家族なんだから協力してもらいますよね?」
何を言っても同じ答えしか返ってこない。そして美咲は俺の家族への電話を続けた。
母親も兄貴も、最初は拒否してた。でも美咲の執拗さに負けて、月に1回は振り込むようになった。
「もう限界だ」
兄貴がそう言った時、俺は自分がとんでもない女と結婚したことをようやく理解し始めた。
でもまだ、完全には分かってなかった。
これが序章に過ぎないことを。
---
## いつも見られてる感覚
最近、変な感覚がある。
いつも見られてる気がするんだ。
でも振り返っても誰もいない。監視カメラを探しても見つからない。
ただ、たまに部屋の隅で何かがピクッと動いた気がする。でも見直すと何もない。
気のせいなのか。
でも、パスワードを変えてもすぐにバレるのは説明がつかない。美咲が俺の行動を全部知ってるのも不自然だ。
俺は徐々に、自分の行動を制限するようになった。
変なことをしたら見られてる。そう思うと、何もできなくなる。
スマホも触らない。友人にも連絡しない。外出もしない。
ただ、仕事をして、美咲の言うことを聞いて、一族に奉仕する。
それが俺の生活になった。
「俺が悪いんだ」
いつの間にか、俺はそう思うようになってた。
家族を大切にしない俺が悪い。愛情が足りない俺が悪い。一族の「心配」に感謝できない俺が悪い。
そう思わないと、やってられなかった。
でも心の奥底で、小さな声が叫んでる。
「これは間違ってる」
その声だけが、俺をまだ人間として繋ぎ止めてた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます