フランケンシュタインの作り方

炉扇

第1話


 空はムラのない暗闇で、街灯のない歩道もまた暗闇だった。街から離れた倉庫の薄い明かりがアスファルトに反射して、血溜まりが光って見える。


「おい、なんとか言えよ」

 私を殴りたおしたばかりの男が屈み込んで声色を低くした。ただでさえ厳つい男の姿は、倒れ込む私から見て巨人と何ら変わらなかった。


 その横では背の低い太った男が何も言わずにこちらを見下ろしていた。私が鼻から血を流していることは無視する気らしい。


「あんたが盗んだのは分かってんだよ。被害者面してんじゃねえぞ」

 屈んだ男は身に覚えのある罪状を繰り返していた。横に立つ男がポケットから何かを取り出すのが見える。遠くの車のヘッドライトが当たって、一瞬姿を見せたそれは拳銃だった。


「おい、なんでそんなもん持ってんだ」

 男が男を見上げて、上擦ったような声で唾を飛ばした。拳銃を持った男は弾を詰めるような動作をしている。


「ただのBB弾だよ。血は出ないだろうが、失明くらいならするかもな」

 意外に高い男の声を聞いて私は咄嗟に目を瞑ったが、その時、近くで足音がして私は恐る恐る目を開いた。


「なんだ、お前」

 いつの間にか、屈んだ男を横から見下ろすように青年が立っていた。


「なんとか言えよ」

 男が立ち上がって青年の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。そのタイミングを悟ったように青年は後ろに引いて、足を上げた。


 その足が闇を捉えて、彼は階段を登るように上昇していた。青年の上昇に連れて二人の男が顔を上げ、ほぼ真上を向くような高さになったところで青年はこちらを見下ろした。


「ここまで来なよ」

 抑揚のない青年の声が、彼と私との距離を無視するかのようにはっきりと聞こえた。


 拳銃を持たない男が、歩道に転がる長い枝を拾って、上を見上げる。枝を持たない左手をぎゅっと握りしめると、大きく振りかぶって枝を投げた。枝は縦方向に回転しながら青年めがけて上昇し、青年の目の前でガラスを割るような音をたてた。


 想定外の音を聞いて私は腕で顔を覆ったが、次に腕を退けたときには、枝の当たった暗闇の壁にヒビが入っているのを見た。パラパラと何かが落ちる音を挟んで、割れた暗闇が真下に落ちてしまって、空いた空間に青空が広がっていた。


 私が呆然とそれを見つめていると、小さなスクリーンのように場違いなその青空から手が伸びてきた。


 最初は手だけだと思っていたそれは、腕が見え始め、膝や肩も出てきて、中世西欧風の彫刻のような女性になった。


 斜めに暗闇を下降してきたそれが枝を投げた男に近づき、対する男は呆けた顔で、自然な動作かのようにその手を取った。その瞬間から彫刻の天使は青空へ戻りはじめ、男は足と胴を闇にぶら下げて、やがては青空の穴に呑み込まれていってしまった。


 男の靴先までが完全に消えると、周囲の闇が浸透するように青空は小さくなって、暗闇と青年を残して閉じていった。


「ここまで来なよ」

 青年の繰り返す言葉に、残された男が体を大きく震わせるのが分かった。彼は両手で構えていた拳銃をゆっくりと上に向けて、五発の銃弾を撃ち込んだ。


 小刻みに揺れる手から連続して撃たれた弾はそれぞれにブレて、青年の手前に五つの小さなヒビをつけた。それらは丁寧に繰り返すようにパラパラと音を立てて、暗闇の落ちたその場所に小さな青空が現れた。


 ワンテンポ間を空けて、それぞれの青空から細い腕が伸びはじめた。近づいてくるにつれきめ細やかで、薄いクリーム色の手が暗闇に差し込む光のように映え、男の四肢と首を捕らえた。


 伸びてきたのと同じようにゆっくりと、腕は青空の穴へと戻っていく。次第にそれぞれの穴が広がって、一つの広い青空へと融合した。男の靴先までが完全に消え、青空までもが消え、暗闇と青年が残った。


 青年はそこにエスカレーターでもあるかのように、固まった状態で斜めに下降してきた。私は逃げようと、立ち上がろうと、腕に力を入れようとしていたのに、彼の顔が大きくなるにつれて彼にしか注意を払えなくなっていた。


 彼が目の前に来たときには私の背後と真横に壁ができていて、彼は表情を変えないまま私に手を伸ばした。私は自分の動きに抵抗することもできずにその手を掴み、立ち上がってみると青年と私の背丈はほとんど変わらなかった。


 青年の後ろには劇場の廊下のように狭く、暗い道が続いていて、天井は闇に隠れるほど高く、壁は深い赤が中心でそれを縁取るように山吹色の支柱が立っていた。


「歩きましょう」

 青年は私の手を離して先の見えない廊下を進んだ。足取りはゆっくりで、私は後ろを気にしながら付いていった。


 後ろには石垣のような灰色の壁が立っていて、おそらく私の血であろう薄い赤がこびりついていた。ふと手で口を拭うと、手の甲には鼻血がまったくつかなくて、私は何となく傷が治ったことを納得した。


 それからずっと黙って歩いていた。外の音は何もしなくて、壁の赤と同じ色をした床のカーペットに靴が擦れるザラザラとした音だけがローテンポに流れていた。前を行く青年の服装は黒一色で、服だというのに縫い目の一つも見えない。後ろを見ても、もう遠い暗闇だった。


「ここにドアがあります」

 彼が突然立ち止まる。間を空けて歩いていたので衝突はしなかったが、すこしつんのめる。さっきまで延々変わらなかった廊下の壁に、黒に近い茶色のドアが付いていた。それは左右どちらの壁にもあって、金色のドアノブは壁の支柱よりも明るかった。劇場の廊下のイメージが古い洋館に上書きされる。


「このドアを開けばあなたは家に帰れます」

 彼は左手で私から見て右側のドアに触れながら、まっすぐに私の顔を見て説明した。ほかに言うことはないようで、私は自分が質問しないといけないことを悟った。


「彼らはどうなったんですか」

「私たちが歩いている間、彼らは何もない青空の中を落ちていました。今は静止しているでしょう」


「彼らは戻れないんですか」

「あなたがここから出れば彼らも戻ってくるでしょう」

 青年は答を考えることもなく即座に説明した。私はすべてを自分から聞かないといけないことに苛立ちと焦りを感じていた。


「……私が出なかったら?」

「あなたが歩き続ける限り、彼らは落ち続けることになります。ドアはこの先にも現れます」


「私が、彼らの罪を決めるということですか?」

「お好きなように受け取ってもらって構いません」

 青年はちらりと手首に目をやった。私は頭の中に優先順位をつけて、今一番聞かなくてはならないことを慎重に探した。


「戻ったら、また彼らと出会うかもしれないんですか?」

「彼らが落ちている間に何を思ってどう行動するか次第です。彼らはあなたに近づいてくるかもしれないし、二度と近寄らないかもしれない。私の知るところではありません」


「時間はどうなっているんですか」

「客観的な時間には意味がありません。あなたが十分歩いたと思っても彼らは一時間落ちたと思っているかもしれないし、一分落ちたと思っているかもしれない。それも、私の知るところではありません」


「あなたと一緒に歩くのですか?」

「私の役目はこれで終わりました。あとは一人で歩いてもらいます」


 これを、最後の質問にしよう。

「来た道を戻ってもいいのですか?」

「方向は関係ないのです。どちらへ進んでもいずれドアが現れます」


 いや、やっぱり最後に。

「あなたは、誰」


 最後まで言い終わらないうちに背景が彼の侵食をはじめて、私が続きも言えない間に青年は消えていった。廊下と私だけが残されて、青空の中で止まっている男たちを思いおこす。


 私は三十秒くらいはドアの前で立っていたのだが、それは悩んでいる振りだったのかもしれない。私の両足はずっと廊下の奥を向いていた。


 この廊下がいつまで続くか、この夢のような今がいつ覚めるのかは分からないのだ。夢を夢と分かった上で自ら覚ましにいきたいような現実は私の中になかった。もう一度だけ悩んだ振りをして、私は前へ進むことにした。


 最初の二歩を踏みだしている間に、私は数を数えることにする。いつドアが現れるのか数えられるようにだ。


 一、ドアを過ぎても何も変わらない壁と暗闇を視界に入れながら、頭では青空を落ちていく自分を想像してみようとしてみる。百、それは数を数えながら落ちていく姿になってしまったが、男たちも何かの夢だと思って数を数えているのかもしれない。二百、もうやれることは尽くして、そのままの姿勢に身を任せて一日を振り返っているのかもしれない。三百、青空を落ちていくとき、自分がどのような姿勢になるのかも私には想像できなかった。四百、走馬灯のように振り返ってみても、私の人生には落下の経験なんて数えるほどしかなかった。五百、また落下する夢でも見たら、そこで私が自由に思考できたら、彼らのことを思い出してみたいと思う。


 六百を数えたとき、つい先ほどのドアが現れた。左右の壁に黒に近い茶色のドア、壁の支柱よりも光って見える金色のドアノブ。十分という時間は夢を過ごすには思いのほか短かくて、私は迷った振りもせず足を踏み出した。


 長くなってきたので、私は一から数を数え直すことにする。ドアが現れた回数を覚えておけば掛け算ができる。


 一、私は今日の出来事を振り返ろうとして、どんなに頭をひねっても男に出会う前のことが思い出せないことに気がついた。百、具体的な出来事は何も頭になくて、どうしようという焦りや、これで成功してくれという祈りや、なんで私だけという怒りや、どうにでもなれという諦めや、なんでこうなったという恨みや、そういう感情だけが整列もせずに渦巻いていた。二百、そのあとはむしろ出来事しかなくて、私が一方的に知っているはずだった男たちが私の名前を呼んできたことや、大学生のとき以来に全力で走ったことや、どこへ向かっても知らない景色しか無かったことや、どこまでも長く真っ直ぐな一本道が身近にあったのを初めて知ったことや、そういった出来事が順序よく史実正しく並んでいた。三百、男に殴られた頬は想像していたよりも瞬間的な痛みはなくて、倒れ込んだときに擦れた手のひらの方が神経の疼くドクドクとした痛みを感じたこと。四百、隣に立っていた小太りの男が私のことを追ってきたあとも息一つ切らしていなくて、彼が拳銃を取りだしたことよりもよほどその方が恐ろしかったこと。五百、十分前までそこに居た彼の顔がどこまでも普遍的で、本当に彼が居たのか分からなくなるほどにぼやけてしまったこと。五百四十、ドアが現れたこと。五百四十一、


 ドアが現れていた。左右の壁に黒に近い茶色のドア、壁の支柱よりも光って見える金色のドアノブ。先ほどまでと同じ、何ら変わらないドアが五百四十で現れていた。


 根拠もないのに、歩くペースが一定であることには自信があって、このような廊下を歩いていること自体がその根拠になっている気もした。私は自分で、自分は迷っている振りはしていないと思いながら、もう一度足を踏み出した。



 一、                十、                                                                                                                                                                                  







       百、  









                                                                                                                                                                 

          二百、









                                                                                                                                                                                  

               三百、









                                                                                                                                                                                  

                    四百、







                                                                                                                                                                   四百八十、ドアが現れた。

                                                                                            








   二百四十、ドアが現れた。

                  

            



                百二十、ドアが現れた。

                    


  六十、ドアが現れた。


           十、ドアが現れた。           九、ドアが現れた。   八、ドアが現れた。   七、ドアが現れた。  六、ドアが現れた。 五、ドアが現れた。四、ドアが現れ。三、ドアが現。二、ドアが。一、ドア。い、ドア。ドア。ドア。ドア、ドア、ドア、ドア、ドアドアドアドアドアドアドアどあどあどあどあどぁどぁどぁどぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁだぁ




 ──ドア、私は立ち止まった。左右のドアに黒に近い茶色のドア、ドアのドアノブよりも光って見える金色のドアノブ。壁なんてなかった。黒に近い茶色のドアと、どれも光って見える金色のドアノブ。


 奥の方は暗闇で、グラデーションのように手前は茶色と金色。後ろを振り返ると手前は茶色と金色で、グラデーションのように奥は暗闇。ドアとドアの間もなくてどんな設計かも分からなかった。


 次のドアで帰ろうと思っても、もう遅かった。ドア一面のドアでは今のドアも次のドアもなくて、ただひたすら時間を数え続けることでしか時間経過をはかれない。私はドアに挟まれドアしかないドアの前で立ちつくしてしまった。


 ドアを開けば帰れることは分かっていても、開くのはこのドアでいいのか、次のドアを開くのでは何か違うのか、何も変わらないのかも分からない。どこかに正解のドアがあるのかもしれない。そのドアにたどり着くまでにいくつのドアを素通りするのだろう。そのドアを見逃してしまったらどうなるのだろう。もしかしてもう見逃しているのだろうか。だからすべてがドアになってしまったのだろうか。


 それは今の私に分かるわけのない異次元の問題で、意味を考えるほどに意味のなくなるような問題で、私は力を振り絞って、振り切った足にすべてを託して投げだした。


 一歩進むごとに視界の左右で三個ずつ、合わせて六個くらいのドアが流れるように飛んでいって、私が進むことで、私の進む方向に時間が進んでいるような感覚がする。


 遥か過去へ無限に消えていくドアの前ではもはや、無限生成されるドアは壁と変わらぬ景色と化していた。ドアという予定調和の未来が永久に流れては、私という今という一瞬をすり抜けるように通過して、何も変わらないままの姿で過去へ流れていく。


 私の過去に誰かがいるとしたら、きっととうに退屈していることだろう。その無数のドアたちにありうべく可能性を、できるかぎり考えずに済むよう私は足を踏み出している。現れ続けるドアを無視し続けることで、ドアを無視することを日常としている。


 しかし、私はそんな退屈に耐えられるほど強靭に造られていなくて、


「ドアを開けばあなたは家に帰れます」

 次第にその言葉が脳を満たして、目から溢れでる。零れ落ちる涙のすべてに私が映っている。そのすべてと目が合ったとき、そのすべてが嗚咽を漏らしたとき、私はある可能性に気が付いた。


 私は右側のドアについたドアノブと、その左隣のドアのドアノブを両手で握りしめて、同時に引いた。私の眼前に、間違い探しのような画が二つ並んでいる。どちらも私の部屋だった。


 正面に見える窓から、今が真夜中だと分かる。右の隅っこに置いてある縦長の鏡は間違いなくこちらを向いているのに、まるで視力を失ったみたいに閉じた部屋のドアだけを映していた。


 私が見ていないときの、誰の観測も受けていないプライベートな一面を覗いてしまったようで少し申し訳ない。


 二つの私の部屋は何から何までそっくりなようでいて、その実ささいなところは無数に違っていた。机に置いてあるお菓子の種類、暖房の設定温度、本棚のマンガの数。同じ私でも日によって変わるであろうささいなことたち。


 私は何となくしょっぱいものが食べたい気分だったので、今選ぶのなら左の部屋だろう。けれども左の部屋には何とも看過しがたいことに、私の好きなマンガが置いていない。今後の人生を暮らしていく部屋選びにそんな場所は選べない。


 かといって右の部屋を選びたくなる積極的な理由も見当たらなくて、私は次のドアを開いた。やけに整った部屋が広がって、机の上に一通の封筒がある。目を凝らすと「遺書」という文字が見えた。これもパス。


 私は勢いのままに、片っ端からドアを開いていった。一目見ただけでは違いの分からない私の部屋を、端から端まで観察して差異を見つけ、また次のドアを開ける。次第にその速度は上がっていって、もはやスマホの画面をスクロールするのと何ら変わらない。そんなことを続けているうちに、自分が何かの焦燥感にとりつかれていることに気がついた。


 私はもう元居た世界には戻れないのだろうか。決して戻りたいわけじゃないのに、そんなことが不安になる。もう世界は消えてしまったのかもしれない。あの世界にあるべきだった物がたくさんこの廊下に来てしまったのだから。


 今ここにある私の部屋は、みんな私の帰りを待っている。ちょうど私を構成しているエネルギー分の余剰を空けて。空を落ちている男たちの分も空けて。


 なら私は、髪の毛を一本抜いてみた。目の前の部屋に髪の毛を投げ込んで、そっとドアを閉めた。


 それから何かを待つように、じっくり三分間、ドアの前で立っていた。それはかつてなく長い、永遠のような三分間だったけれど、ドアを開けるときの期待感はカップラーメンの蓋を開けるときのそれとは比べ物にならなくて、犬みたいによだれを垂らして、百八十、私の意思でドアノブをひねる。


 そっとドアを引いた先に、宇宙が広がっていた。それを実際に見たことがなくとも、嗅いだことはなくとも、それは宇宙で、太陽の中身で、ブラックホールの向こうで、ビックバンの始まりで、すべてのエネルギーがうねっている。


 バランスの崩れたジェンガ、ひび割れたガラスの水族館、ルールを失った思弁。そういったものがすべて内側からひっくり返されて、収束という形を求めてうねっている。


 そのキラキラとしたパワーを全身で味わった私は、片っ端から開いたドアに髪の毛を投げ込んで、その度にドアを閉めては開いた。


 私の開いたすべての可能性たちが、すべて私の空白という欠陥を抱えて、それを抑えきれずにはちきれた。私が今まで平然と、つまらなく生きてきた世界が、その力を存分にふるっている。その様に、高い山を登り切ったかのような感慨を受ける。


 私は髪の毛が減るのも構わずに世界を壊し続け、それでも飽き足らずに服をちぎった。幸い袖のところが毛量の多い素材になっていて、ちぎっては投げ閉めては開いた。靴紐もちぎった。皮膚を噛みちぎった。血を絞った。爪を剥いだ。指を折った。歯を抜いた。耳垢をほじった。唾を飛ばした。



 ──私はドアを開いた。ドアを開くのに最低限の部分を残そうとすると、もうあまり私が残っていなかった。


 不思議とあまり苦しくはないけれど、この廊下で、無限のドアに挟まれたこの場所で動けなくなることだけは避けたくて、私は死に場所を探していた。どこに行っても私の部屋だけど。


 片方しかない目玉で私の部屋を見つめていた。暗い部屋で間違い探しをするのはもう厳しくて、できるだけ大きな違いがある部屋を探していた。


 もう何度目か分からないドアで、見るからに散らかった私の部屋を見つけた。まるで強盗が物色したかのように、タンスは開けられマンガは退かされている。理想の部屋とは思えないけれど、この散らかり具合はちょうど良いかもしれない。どうせすべてが崩れ出す。私が引金となる。私は欠けたものばかりの体を引きずって、ドアを閉めながら部屋に倒れこんだ。私の体中で、何かが爆発した。







































 【怪奇】宇宙間フランケンシュタインの侵略⁉


 十一月十九日未明、多数の並行宇宙が謎の崩壊を遂げ、世間を騒がせている。被害を受けた宇宙同士が時空間的に隣接していたこと、どれも質量のバランスが崩れたことによるエネルギー暴走が理由と推定されていることから、ただの偶然とは思えない。


 宇宙間戦争の歴史に詳しい浜田信彦氏はインタビューでこう語っている。 


 浜田

「派手にやったな、という感想です。いや、事件であることは確実ですよ。他宇宙に外部から手を出そうとすると、侵入経路がバレやすい。このあたりじゃ技術も限られてきますからね。逆に、ここまで一斉にやれば捜査も進みにくくなります。崩壊した宇宙を挟んだ向こう側とは連携も取りにくい。バカな小悪党でも頭じゃ考えられることですが、実際にやってしまえるのは訳が違う」


 記者・柳生

「では、我々の住む宇宙にも危険が迫っているということでしょうか。崩壊が我々の宇宙の手前で止められたことにはどんな理由が考えられますか?」


 浜田

「しばらく慌ただしくなるでしょうが、まあ、時間の問題だと思いますよ。どれだけ頭と力を使った大悪党だろうが、現行の体制では、この辺で宇宙間戦争ができるようにはなっていない。今頃大目玉を食らっているのはもっと先進の連中でしょう。それよりも先進存在の仕業となれば、一周回って天災というか、税金のようなものです。幸福定義や平等定義の議論の種に一時費やされるだけでしょう。運が良かったと思って、神に祈るしかありませんよ」


 しかし、弊誌は独自の調査によって、攻撃の証拠になり得る怪事件の存在を突き止めた。崩壊が発生したわずか数時間前、F県M市の住宅で、現地警察による家宅捜索が行われていたことが分かっている。容疑者の実名は公開されていないが、H県で連日続いていた墓石詐欺の疑いがかけられているそうだ。その人物の行方が数日前から分からなくなっており、夜間に警察が容疑者の自宅を捜索した。目新しい情報は見つからず解散となったが、翌朝もう一度来てみると、血まみれの遺体が倒れていたようだ。


 記者の調査と聞き込みによると、宇宙の崩壊と近い時刻に亡くなっていることが分かっているものの、死因は公開されていない。加えて警察は、身元の特定が難航していると発表した。近隣住民の話からは、遺体の大部分は家に住んでいた女性のものと特定されたが、遺伝子情報が混在しており、四肢や体毛の一部、右の眼球などが別人の体と継ぎ接ぎになっているという恐ろしい情報を得た。右手はとくに異様で、人差し指だけが明らかに太く、皮膚も日に焼けたような色をしていたという。


 そして近隣住民をもっとも恐怖させているのが、首の左右に突き刺さった二本の握り玉型ドアノブである。金色に耀くそれは色合いこそ真逆だが、フランケンシュタインの首に刺さる二本のネジを思い起こさずにはいられない。そして、恐るべき被検体が独りではないと知れば、町中がパニックに陥るのも無理はないだろう。


 容疑者宅での発見から一時間後、数キロメートル離れた畑付近のアスファルトで、二体のフランケンシュタインが倒れているのを発見した。こちらは大部分が男性のものに見えるが、素材が不足したのか、木材で補強されている箇所が多かった。片方の被検体は右手の人差し指がそのまま木片になっていたようだ。もともと着ていたと推測される黒ずくめの衣装はいたるところが深紅の布で繋がれており、むしろヴァンパイアを思わせるような派手な服装になっている。


 フランケンシュタインはすべて警察に運ばれてしまい、これ以上の直接的な調査は難しいが、複数の宇宙が同時に崩壊した事件と何らかの関りを持つことは明らかであり、我々は決して警察に詳細を黙秘させてはならない。数多の宇宙を攻撃し、無惨な怪物を生み出したマッドサイエンティストを見つけねばならない。少しでも本件の情報を持つものがこの記事を読んでいれば、崩壊した宇宙のために、怯えるM市民のために、我々の宇宙のために、速やかに連絡を取っていただきたい。

 願わくは、哀れな被検体に祈りを。


             【月刊Q 増刊号】 了


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フランケンシュタインの作り方 炉扇 @Marui_Rimless

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