第3話 進めた煤のその先は
「癌が発症した時、私はとても絶望しました。人生に先がないと分かり、今までの恐怖がまるで馬鹿らしく思えたからです。
なぜ挑戦するのを、何かに挑むのを怖がっていたのか、そんな思いでした」
北川さんは淡々と話し続ける。
「そんな絶望感に苛まれていた時、ある人と出会いました。名前は優とします」
「……優?」
「優さんは、何度もお見舞いにきてくれました。優さんと話していたときだけ、死の恐怖を、終わりが来る恐怖を考えずにすみました。
優さんは、私とは正反対で、進むこと、挑戦することを何も恐れない人でした。彼は言いました。
私はどうしたら貴方のようになれるのか尋ねました。
すると彼は適当に、もっと適当に、と言いました」
その言葉には覚えがある。いつかの日にある人に言われた言葉。その人は、
「それから私は、あえて現実を楽観視して、様々なことに挑みました。優さんと共に」
「北川さん、貴方は何者ですか?」
……その人は、私の兄だ。
私と比べるべくもないほどに優秀で、明るくて、立派な兄だ。
「東さん、こちらへ」
北川さんは玄関から出ていった。私もついて行くと、そこは私の部屋だった。
私は呆然としていた。意味がわからなかった。
「東さん、私は優さんから、ある人のことを聞きました。何もかもに恐怖し、助けを求めていると。
優さん、貴方のお兄さんは、救ってやってほしいと言いました。貴方をです。お兄さんは、そのために、そのためだけにこのゲームを作りました」
「北川さん、私は……」
「東さん、今から話すことは私の意見で、正解ではありません。でも、よければ」
北川さんは、私のベッドに座り話す。
「貴方は置いていかれてなどいない。無知でもいない。人形でもない。貴方は人間で、全力で生きています。その姿は、美しく素敵で、とても愛おしいです。
でも、恐怖という感情を捨てることはできません。生きている限り。でも、恐怖を思い出した時にこの言葉も思い出してほしい」
「その言葉は?」
「もっと適当に、です」
そう言って、北川さんは消えた。
北川さんという人は、ずっと昔に亡くなっていた。
10年後、私はまだ生きていた。
私は今でも何かに怯えているが、恐怖を思い出すと、10年前のあの時を思い出す。
あの時をずっと覚えている。北川さんが消えて、いなくなってしまったあの時である。
私はずっと覚えている。なぜなのかは分からないけど、分からないけど、ずっと忘れられない。
私は、時々VRゲームの世界に入って遊んでいる。
そんな時に、その世界の中でずっと何もせず歩いている人を見つけた。ずっとずっと歩いていた。何か目標とか目的とかもなく歩いていた。
女性かも男性かも分からない人。
このゲームを遊んでいる同じ世界にいる人。
私はその人に声をかけた。
「貴方はこの世界の人ですか?」
「貴方は誰ですか?」
私は答えた。
「私は、そうですね、北川と呼んでください」
黄昏時帰郷物語 @AsuAsaAshita
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