第2話 惹かれ光れあの人へ

それは本当だろうか、本当に本当なのだろうか。


私の人生において、偶然にも縁のなかった出来事である死というものを、私は理解できずに、


「北川さん。失礼を承知で尋ねるけど、そのお話には何も嘘がないのですか?」


そう聞くと、


「失礼ではないから気にしないでください。

そして、今の話は本当、本当ですよ」


呆気に取られた。

その話自体にも、当人の態度にも、まるで緊張感がなく、明日の晩御飯の話をするようなその話し方にも。


「ともかく、私の話はともかく、貴方の話を聞きたいです」


北川さんはそう言った。私の話をしろと言われても私は、私の人生は、特に人に聞かせる類のものを持ち合わせていないと言うか、振り返った時に何かあるわけでもないので、私は何を言おうか困った。


「何でもいいですよ、貴方の話なら」


「わ、分かりました」



私は母のいない三人家族で、父、兄、私、あとはペットに犬がいる程度で、特別裕福とか特別貧乏とかそう言うわけではなく、平々凡々な育ちをしていた。


私は焦っていた。何かというと私以外の人はどんどん大人になっていっているということで、私はどんどん置いていかれていっているような気がして、そんなことはないのかもしれないけど、それがとても怖かった。


私は中学二年生になって、この世のこととか、人のこととか、全く理解せずに理解したふりをして、周りに合わせて、大人に合わせて、そうやって何も知らないくせにみんなに知ったような口を聞く人になってしまった。


本当は、本当は私は、

進むことも止まることもついていくことも怖い。未来が怖い。私がこのままただの出来損ないの不細工な人形として、社会に出てしまうのがとても恐ろしい。


誰かに、家族に、友達に悩みを打ち明けるのも、本心を打ち明けるのも怖い。笑われて、馬鹿にされて、世界から追い出されるかもしれないと考えると、頭が割れそうなくらいに怖い。


つまり、つまり私は、

ただ歩いていたい。誰か知らない人が作ってくれた道のりを、安全だと保証された道のりを、ずっと、ずっと歩いていたい。



北川さんは、私の、途方もなく無駄で、無意味で、それでいて私の全てをさらけ出した話を、根気強く聞いていてくれた。


「すみません。こんなことを話すつもりじゃなかったんです」


何故か北川さんには、何を言っても、話しても受け入れてくれると感じていた。


「何も謝らないでください。貴方の話は、とても共感できます」


「本当にそうですか? 北川さんはそう思ったことがありますか?」


「はい、私も何かをずっと恐れていました。その正体は分からなかったのですが、最近、不治の病に侵され、寿命残りわずかになったからこそ、その正体が分かりかけてきました」


「正体?」


「はい、私の場合ですが、それは、結局自分自身への恐れでした」


北川さんは話し続ける。


「私は、この体になる前は元気が売りの子どもでした。何もかも恐れず、皆と過ごしていました。しかしある時に、大きな失敗をしてしまいました」


「失敗ですか?」


「大したことではありません。ただその日から、私は私に対して疑問を持つようになりました。


挑戦しようとすると、上手くいくのか? 無様に失敗してしまうのでは? 笑われるのでは? 何もしない方がいいのでは? そんな考えが頭をよぎり、何もしない、できない人になってしまったのです」


「そうして、私は生きているだけのカカシとなり、その直後に、偶然にも癌が発症したということです」

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