永久の愛を誓い転生した最強魔導士。なぜか候補者が五人も現れ、現代ラブコメの洗礼を受ける。

サイトウ純蒼

第一幕「五人のマリ」

1.マリと別れ、マリと出会う。

「マリ、愛してる」


「私もよ、クロード……」


 これが最愛の人マリ・アンジェラスと交わした最後の言葉となった。

 勇者アリアンと共に魔王を倒したクロード・マジシャス。最強魔導士の名を欲しいままにした私でも、最愛の人の命を救うことはできなかった。目にたくさんの涙を溜め、その白く冷たくなった手を握り言う。



「今から私もそちらに行く」


 私の口から発せられる禁断の古魔法。術者の命と引き換えに対象者を転生させ、そして自らもその世界へと転生させる。長き魔王討伐の旅の中、偶然見つけた古代魔導書を前に、私は思った。



 ――マリともう一度やり直せる


 不治の病に侵され、絶望と言う刃をその身に背負ってきた私達二人。すべての呪縛から解き放された私がゆっくりと禁術を唱え終える。

 来世でまた一緒になる。私はマリとの平穏で幸せな暮らしを夢見つつ、段々と意識が遠のいていくのを感じた。






(……あれ)


 目を覚ます。目に映る白い天井。明るい室内。



(上手く、いったのか……)


 まだぼんやりする意識を感じつつ思う。クロード・マジシャスの記憶は残っている。見たことのない景色は転生成功の証と考えて良いだろう。


(体は? 体も動く……)


 右手に力を入れ、その感覚、しっかりと動くことを確認。両目をしっかりと開け、起きようとした時その甲高い声が耳に響いた。



「あっ、起きた!!!」


(え?)


 私は突然発せられた声に驚き、体を起こしてその人物を見つめる。



「マ、マリ……」


 病室だろうか。私が横わたっていたベッドの傍に座るひとりの少女。その青く、くりッとした大きな目は、どう見ても永遠の愛を誓ったマリ・アンジェラスそのもの。少女が涙を流しながら言う。



「良かった、本当に良かった……、、すごく心配したんだよ……」



(マ、マリだって!? 今、『マリ』と聞こえた。だとすれば彼女は……)


 私は彼女が口にした名前を聞き、気持ちが大きく高揚する。嬉しい。こんなに早くマリに再会できるとは思っても見なかった。

 一方で、今のこの転生した状況が分からない。どうやらあの禁術では体の持ち主の記憶を共有することはできないようだ。

 いや、待て。そんなことよりもっと重要なことに私が気付く。



(彼女がマリである可能性は高い。ただ、この子は一体何歳なんだ!? これではロリコンになってしまうではないか!!!)


 長く艶のある茶色の髪。青く、くりッとした目はマリそのものだが、全体的に幼さが残りどう見ても十代前半。いきなり『ロリコン』と言う強烈な試練が私に突き付けられる。マリが言う。



、どこか痛むところはある?」



(は? お、お兄ちゃんだとぉおおおおおお!!!???)


 呆然とした。

 ロリコンですら見上げるほどの強大な壁なのに、彼女は私を『兄』と呼んだ。もし仮に、私が本当に彼女の『兄』であるとしたならば、すでにスタート地点にすら立つことすらできない。状況把握。私は落ち着いてマリに尋ねる。



「すまない。ちょっと頭が混乱していて整理したいのだが、なぜ私はここで寝ている? 病気か何かなのか?」


 私の言葉を、驚いた顔で口を開けて聞いていたマリが答える。


「お、お兄ちゃん。なんか別人みたい……、ま、まあいいんだけど。お兄ちゃんはトラックに撥ねられてここに運ばれたんだよ。怪我は全然なくて頭を打って昨日から目を覚まさなかったの」


(トラック? 人を撥ねるのだから馬車か、それとも大型の魔獣だろうか?)


 知らない単語。ただマリのような不治の病ではないことには安堵した。体の痛みもない。続けて尋ねる。



「君は私の妹なのか? 本当に妹なのか?」


 随分失礼な質問である。マリは更に驚いた表情で答える。


「お、お兄ちゃん、一体どうしたのよ!? まさか頭を打って記憶喪失とか??」


「そ、そうだな。色々と思い出せない……」


 記憶喪失。それは都合のいい状態だ。幸い頭を打ったようなので怪しまれる必要もない。マリが答える。



「マジで~!? お兄ちゃん、大丈夫!!??」


「ああ、問題ない。それより……」


「あ、うん。私は田中たなか真凛まりん。13歳の中学生でお兄ちゃんの妹だよ。あ、私連れ子だから血は繋がってないよ」



「連れ子……、田中真凛……」


 私はその言葉を小さく繰り返した。彼女が連れ子と言うのならば有難い。ただ名前が微妙に違っている。マリではなく真凛。


「なあ、私は何と言うんだ?」


 真凛が口に手を当てて答える。


「お、お兄ちゃん。ちょっと冗談抜きでヤバイかも!? お兄ちゃんは、田中たなか玄人くろうど。高校二年だけど、覚えてないの……?」


「あ、ああ。すまない。覚えていない」


 玄人。この世界でもクロードを名乗っていいようだ。それにしても中学生、高校と言うフレーズ。意味は分からないが、恐らく学び舎を意味しているのだろう。いずれにせよ、こんなに早くマリに再会できたことはこの上なく幸せなこと。



(彼女は私のことを覚えていないようだが、徐々に思い出して貰えればいい)


「マリ……」


 クロードが真凛を見つめ名前を呼ぶ。


「マ、マリじゃないよ。真凛。お兄ちゃん、大丈夫……」


 私はそれにくすっと笑って応え、彼女の手を握り真剣な顔で言う。



「真凛、会えて嬉しいよ」


「ひゃ!?」


 思わず椅子から落ちそうになる真凛。顔を赤くしてクロードに言う。



「お、お兄ちゃん!? どうしちゃったの?? 先生呼ばなきゃ……」


 真凛が真っ赤な顔で病室を出ていく。私はひとり、愛しのマリに再会できたことを喜んだ。

 その後担当医師がやって来て診察。異常なしと診断されその日の午後には退院が決まった。駆け付けた両親も目を覚ましたことには安心したが、私が記憶喪失だと分かると母親は倒れそうになった。それについては遠方の大学病院の紹介状を渡されたので、後日行けば良いらしい。




「お兄ちゃん、心配だな……」


 病院の会計。事務手続きをする両親を待つ間、私はじっと妹の真凛を見つめていた。



(本当にこの青い目はマリそっくり。さて、一体どうやったら私を思い出してくれるのだろうか……)


 難題。記憶を呼び戻す魔法など聞いたことがない。どうするべきか。

 私が渡されたスマホを見つめる。とりあえず今すべきはこの世界を知ること。これは検索すればこの世界のありとあらゆる情報が手に入る便利な道具らしい。情報が死ぬほど欲しい私にとってはこの上なく便利なものであった。




(あれ?)


 ざわざわと騒がしい病院のロビー。多くの人が行き交うこの場所で、私の目にひとりの赤髪の女性が止まる。



「マリ……?」


 目を疑った。似ている。瞳と髪が赤いという以外、そのすべてが永久の愛を誓ったマリ・アンジェラスそっくりであった。



「マリ!!!」


 私が無意識にその名を口に走り出す。


「え?」


 その女性、赤髪の女性は勢いよく駆けてくる男に気付き立ち止まり、思わず後退りする。私は泣きそうな顔になって言う。



「マリ!! 私だ、クロードだ!!!」


 突然の事態に赤髪の女性が驚き、そして言う。



「え? な、なに!? 田中……!?」


 二人目のマリ。

 私の頭は混乱した。

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永久の愛を誓い転生した最強魔導士。なぜか候補者が五人も現れ、現代ラブコメの洗礼を受ける。 サイトウ純蒼 @junso32

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