ツーマンセルハロウィン

藤泉都理

ツーマンセルハロウィン




 牛乳を入れるだけの簡単フルーチェ。

 ゼリー粉を溶かして中にフルーツを入れて冷やすフルーツゼリー。

 トースターで作るホットケーキ。

 火を使う干しぶどう入りの蒸しぱん。

 溶かしてドライフルーツやナッツを入れてまた冷やすチョコレート菓子。

 オーブントースターで作るプレーンとココアとチョコチップの二色のクッキー。

 スポンジから作る生クリームの黄桃と苺のショートケーキ。


 幼少期より順番に作って来た、本格的とは言わないながらも美味しい家庭菓子。

 振る舞って来た家族はもう近くに居ない。

 父母姉が暮らす実家から離れたところに一人で住んでいるので、振る舞える機会がグンと少なくなってしまったのだ。

 はい、ならば友人や職場の人間に振る舞えばいいではないかという意見も出て来る事だろう。

 残念ながら、それはできやしない。

 何故ならば。

 鬼軍曹と会話の末尾に必ずつけられるほどに、部下と同僚は元より上司からですら恐れられる魔界女性警察官になってしまったからだ。

 物理的にお菓子を作る時間がなくなってしまったからだ。


 一年に一回、ハロウィンの日に繋がる魔界との世界。

 この日の為だけに設立され魔界警察部署。

 この日の為だけに配属される魔界警察官。

 どのような魔物にも対応できるよう、ひたすら鍛錬を求められる。

 鍛えて鍛えて鍛え抜かれた猛者が誕生する。

 魔物に臆する事がないように、菜穂なほは鍛えて鍛えて鍛え抜いた。誰に強要されたわけでもない。自らが望んで鍛え続けているのである。


 トリックオアトリート。

 そう言う魔物に臆せず笑顔で手作り菓子を手渡す為に。

 そう。最初は魔物に菓子を手渡す為にここへの配属を望んだのだ。

 いつから。

 いつから変わってしまったのだろう。

 いつから鍛える事だけが目的になってしまったのだろう。

 そうだ、最近の魔物は暴力化してきているので、なおさら心身共に鍛えなければ命の危機すら感じる場面が多くなってしまったからだ。


 鍛えなければ死ぬ。

 その一点にすべてを注いだ結果、お菓子を作る事すら止めてしまった。

 もう、魔界警察官を辞めよう。いや、期待されている以上、辞めるわけにもいかない。人材不足で若手だから頑張ってくれよと言われているのだ。辞められるわけがない。

 ああ、だけれどもせめて、本来の目的であるお菓子を手渡す事ができれば。


(あれ? そう言えば。私。何で、魔物にお菓子を渡したいんだっけ)




 ハロウィン当日。

 人々が浮かれ騒ぐ中、魔界警察官は魔物と人間の間で、そして魔物同士で問題が起こらぬよう、問題が起きる前に解決できるよう、全身を尖らせては目を光らせていた。

 菜穂も同様に。

 今年も誰も心身共に怪我を負う事なく無事に終わらせる。

 それが最優先事項。

 否、それだけを考えればいい。

 それだけを。




「大丈夫ですか?」

「あ。いや。申し訳ない。埃が目に入ったようだ」


 菜穂は魔界側の魔界警察官であり、初めてツーマンセルを組む事になった綿秋わたあきからハンカチを受け取った。

 いつの間にか涙を流していたらしい。と初めて気づき、気が抜けている引き締めなければと思いながら、菜穂は綿秋にハンカチは洗って来年に返すと言った。

 魔界側の魔界警察官が人間界に居られるのは、ハロウィン当日の丸一日間と勤務に対する意見交換も含めた数時間のみでありハンカチを洗って返す時間はないと考えての提案であり、綿秋は快く了承して、では来年よろしくお願いしますと言った。

 綿秋は羊の人型魔物で、目元を隠すもこもこの髪型と湾曲した角が頭から二本生えている以外は、青年の姿形をしていた。魔物警察官の制服を着ていなければ、コスプレをした人間にしか見えないだろう。


「お疲れではないですか? 少し休憩を入れましょうか」

「いや。結構だ。まだまだ気を抜くわけにはいかない。ハロウィンが終わるまでは」

「では、腹ごしらえをしましょう」

「いや。結構だ。携帯食はある」

「いえいえ、遠慮は無用ですよ」

「いやだから、」

「どうぞ」


 綿秋の前に組んでいたツーマンセルの相手の魔物の季冬きとうは優秀で、寡黙ながらも仕事がやりやすかった菜穂。新人ならぬ新魔物の綿秋に、人間ながらも先輩として気を抜くなと指導すべきか思案しながらも、綿秋が差し出したビニール袋入りのクッキーを見た時だった。

 チョコチップクッキーである。丸い。何の変哲も特徴もないそんじょそこらに闊歩しているチョコチップクッキーである。

 なのにどうしてだろう。

 これは、私のクッキーだと、菜穂は強く思ってしまった。


「………覚えていませんか? これは、あなたが俺にくれたクッキーです。トリックオアトリートと言った小さかった俺に。初めて人間界に足を踏み入れた俺にあなたがくれたクッキー。に俺が似せて作ったクッキーです。トリックオアトリートって。いつか。あなたが俺に言ってくれた時に、渡そうと思っていたのですが、期せずしてあなたとこうしてツーマンセルを組む事になったので、こうして懐に忍ばせておきました。あなたに渡そうと………覚えていませんよね。もう、十年前ですから。俺も小さかったし。あなたは、学生でしたし」

「覚えている………覚えてる。私、そうだ。私は。もう一度、あなたにお菓子をあげたかったんだ」


 魔物が怖いとハロウィンの当日の夜は外出を控えていた菜穂だったが、魔物と交流を図ろうという課外授業の一環でどうしても参加しなくてはならず、家族に勧められるままチョコチップクッキーを作って、そうして嫌々行った課外授業で言われたのである。

 トリックオアトリート。

 そう。小さな羊の魔物に。


「あなたはあの時、まるっきり小さな羊の姿をしていた」

「ええ。人型になれるのは成年に達してからですので」

「そうか………そうか。大きくなったな」


 菜穂は高校から大学には行かず警察学校に行った。

 お菓子を渡した綿秋の満面の笑みを見て、人間だけではなく魔物も守りたいと思ったからだ。

 正しい知識を身に着け、対処方法を学び、心身を鍛え続ければ叶うと思ったのだ。

 それが、

 それがいつから鍛える事が目的になってしまったのか。


(………今からでも、)


 菜穂は綿秋からチョコチップクッキーを受け取ると、仕事が終わったら頂くと言っては、少し間を置いて言葉を紡いだ。


「仕事が終わっても、すぐに魔界に帰らなくていいんだろう。一緒に警察署に来てくれないか? 意見を交換しながら、あなたにまた私が作ったお菓子を食べてもらいたいんだ」


 目を丸くした綿秋は頬を紅潮させては相好を崩したのであった。


「はいっ!」


 仕事が終わり次第、もしよければお菓子を一緒に作らないかと誘ってみようと、菜穂は考えた。


(親睦も深めたい。これから私と綿秋は当分の間は相棒なのだから………季冬とももう少し交流を図ればよかったな)

(よおし。季冬さんみたいに心強い相棒だって頼ってもらえるように頑張ります!)


「さあ。気を引き締めるぞ。綿秋警察官」

「はい! 菜穂鬼軍曹っ!」

「鬼軍曹は不要だ。菜穂警察官と呼ぶように」

「はいっ! 菜穂警察官」











(2025.10.30)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツーマンセルハロウィン 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ