クマが因習村の祠を壊した!!

会澤迅一

インタビュー記録


 あれは間違いなくヒグマでした。

 そう、北海道以外にもヒグマは出るんですよ。牧場から逃げ出したって噂もあれば、サーカスに飼われてたって話もあります。どっちにしても、とにかく異様に大きなクマでした。肩の高さが私の胸ほどあって、立ち上がると三メートル以上……鼻先に乾いた血がこびりついてて、ものすごい血の臭いがしました。


 その日、私は地元の仲間三人と山菜を採っていたんです。少し奥まで入りすぎてしまって。最初は遠くで木が折れるような音がして、風かなと思ったんですが、地面がかすかに震えて、すぐにそれが近づいてくるのがわかりました。クマですよ、クマ。見えた瞬間、全員で逃げ出しました。もう完全にパニックでしたね。『背中を見せたらヤバい』なんて、完全に忘れてました。背負っていた荷物も、途中で全部投げ捨てました。なりふり構ってられませんでした。


 どのくらい走ったか覚えていません。気づいたら仲間の姿も声もなくなっていて、自分だけが残っていました。息が切れて、もうこれ以上は走れないというところで、ふと開けた場所に出たんです。そこに古い祠がありました。石段が三段ほどで、屋根は苔に覆われてて、長い間、誰も手を入れていない様子でした。私はその山の近くの村の出身でして、子どものころから「山の神様が祀られている」と聞かされていました。もう逃げる体力も残っていなかったので、必死に祠の前にひざまずいて、「助けてください」と繰り返し祈りました。


 そのときです。祠の裏から、重いものを引きずるような音が聞こえました。振り向くと、そこにクマがいたんです。祠なんて、巨大なクマの前ではただの石の塊にすぎません。クマはそのまま祠を踏みつぶしました。鈍い音とともに、瓦礫の下から何かが動く気配がしました。


 次の瞬間、信じられないものを見ました。


 祠の下から、触手みたいなのがウネウネ伸び出してきたんです。ものすごい本数で、ミミズみたいに細長くて、黒ずんで湿ってて、表面が脈打っていました。化学物質を燃やしたときみたいた異臭があたりに立ちこめて、私は恐怖と気持ち悪さで腰が抜けて、へたり込みました。声も出ませんでした。ただ、目の前のことを呆然と見つめるしかありませんでした。


 ええ、殺されると思いましたよ。人間なんてのは本当にちっぽけで……


 ……え?


 クマが殺されると思ったか、ですか?


 はぁ……。


 う〜〜〜ん……。



 やっぱり、あなたがた都会人は分かってない。クマという生き物のことを。


 そりゃ、どんな生き物も神様には勝てませんよ。普通はね。でも、クマは違うんです。あいつらには神も仏も関係ありません。


 クマは吠えました。地鳴りのような唸り声でした。

 次の瞬間、触手を次々に引きちぎり、祠の残骸ごと、祟り神を食っちまったんです。もう無茶苦茶ですわ。私がぼうっと眺めてるうちにクマはすべてたいらげて、気づいたときには、もう何も残っていませんでした。


 ただ、潰れた祠と、大きな足跡だけが残っていたんです。


 ……それが、クマという生き物なんですよねえ。

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