『ましろとこころ』〜ハロウィンの白い花嫁ゾンビは狂会の霊廃堂で黒ミサを開催してで現代社会に蔓延る生きた屍たちの彷徨う魂を解放する〜

かごのぼっち

こころのおとしもの

「ゾンビだ!」

「ゾンビが来たぞ!」


 子どもは残酷だ。


 口にした言葉に、致死量の猛毒が含まれているとも知らずに、鋭い言葉の毒刃で切りつける。それが、悪気もなく、冗談だというのだからたちが悪い。


 クラスメイトに『白銀しろがねましろ』と言う女の子がいた。

 彼女は『眼皮膚白皮症』と言う病気で、肌や体毛が白く、瞳は色素がなく青白く見える。

 弱視が強く、メガネやコンタクトでは矯正出来ないのだと言う。免疫力が低く病弱で、紫外線に当たると皮膚が炎症を起こすので夏でも肌を見せることはない。


 目が見えにくいことから、手探りに歩くため、動きがゾンビのようだと、心ない男子生徒がからかった。


 そのうち一人は僕だった。


「ましろちゃん、まっしろ!」


 その言葉を引き金に「う、うわああぁぁ⋯⋯」彼女は泣いた。


 泣かせるつもりはなかった。しかし結果的に泣かせてしまった。後悔した。だが遅かった。


「こころ君ひどい!」


 僕の名前だ。他の女子が僕を責めるが返す言葉もない。


「ちが⋯⋯」一度出した言葉は飲み込むことが出来ない。


 白銀さんは何も持たずに教室を出て行った。

 僕は白銀さんを追いかけることも、謝ることも出来なかった。


 のばした手が空をきる。


「こめん⋯⋯なさい」


 届かなかった。


 翌日、彼女は学校を休んだ。

 明くる日も、次の日も、白銀さんは学校を休み、そのままお父さんの仕事の都合で大阪に転校した。



 歳月が過ぎ、奇しくも僕は大阪の大学に受かり、キャンパスの近くに引っ越した。



 ある日。


 SNSで、ハロウィンイベントで盛り上がっている映像の中に、白い花嫁ゾンビを見つけた。白い。まつ毛まで白い。心臓が跳ねた。


「まさか⋯⋯」


 心がざわつく。

 「まさか」の言葉には期待も込められていた。このハロウィンゾンビの花嫁が『白銀ましろ』なら、僕は。


 気がつくと僕は、彼女がいるであろうテーマパークへと向かっていた。



 場内は人で溢れていた。この中から彼女を探し出せるのか。いや、彼女は花嫁の格好をしている。ならば行くべき場所は。


 教会だ。


 教会に近づくにつれ、ゾンビの数が増えてゆく。

 爆音のBGMにあわせて体を揺らすゾンビ。その中にはきっと。


 うおおおおおおお!?


 ゾンビどもがざわめく。いっそう激しさを増す音楽。熱狂し、踊り狂うゾンビたち。


「白ゾンビだ!」

「ハロウィンゾンビの花嫁だ!」


 デジャヴを観るかのように、彼女が教壇に姿を顕した。純白の花嫁衣装をまとったゾンビ・白銀ましろ。間違いない!


「黒ミサが始まるぞ!」


 ゆらり、体が揺れて、止まる。うなだれた首から伸びる白く長い髪。


 さらり髪を掻き上げ、顕になるかんばせ。純白ドレスが鈍く濁って見えるほど、一切の血の気を感じさせない。


「よく来たな。生きとし生ける亡者ども。死にぞこなった荒ぶる魂のレクイエムを聴け!」


 高く振り上げた白い手が、パイプオルガンの鍵盤を叩き、会場の空気を震わせる。


『スクリャービン、ピアノ・ソナタ第9番』


 どくん。


「世の中にはびこる魂の腐った生者ども。奴らの生き血で、今宵の月を染めあげよ!歌え!踊れ!狂え!そして感じろ!魂のヴァイブスを!」


 どくん!


 彼女の声が、腐りきっていた僕の魂を切り裂いた。


「うおおおおお!」


 俺は声の限り猛り、四肢が千切れるほど踊った。


 彼女が引っ越したあと、後悔と罪悪感、自責の念、そして彼女の喪失感に沈んでいた。何気なく大学へ進学するも、将来は見えず、ただ動くだけのゾンビのように過ごしていた。


 それが今、この黒ミサに参加することで僕の魂は解放された。


「白ゾンビ!」


 僕は彼女を呼んだ。振り向く彼女。


「僕に懺悔の機会を!」


 ヴェールの下の表情は窺い知れない。


「いいだろう! 腐りきった過去を洗いざらいぶち撒けよ! 貴様の血で収穫祭を血祭りに変えるのだ! さすれば貴様にナイトメアを魅せてやる! な悪夢でヒリつく魂の激痛を悦べ!」


 っ!?


「うおおおおおお!!」


 僕は黒ミサの空気に毒された。


 狂喜乱舞する礼拝堂。気づけば、彼女の姿はない。だが。


 えっ?


 ハロウィンゾンビの、落とし物? 


 彼女がいた場所に赤い心臓ハートが転がる。


 僕はそれを拾い上げると、中にメモを見つけた。


『教会の裏 ましろ』


 彼女のメッセージだ。



 教会の裏へ行くと、黒いローブに身を包んだ怪しい人影をみつけた。


「白銀⋯⋯ましろ、なのか?」

「赤井こころ君?」


 彼女は僕の名前を覚えていた。


「まさかとは思ったけど、会わないうちに大きくなったね? こころ君」

「ううん。僕はあの頃のまま。小さな『こころ』のままだよ。ましろちゃん」


 僕は跪き、胸に手を当てた。


「僕の懺悔を受け入れてほしい。あの時、君に酷いことを言ってごめん。ずっと後悔してたんだ!」


 外灯のもと、淡白く発光したましろちゃんが僕に視線を落とした。


「じゃあこころ君、私と友だちになってよ? そしたら許してあげる!」

「よろこんで!」


 あの日おとした僕のこころは、彼女によって救われた。


 そして


 彼女はあの頃のまま、まっしろなましろちゃんだった。





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