ねこ(短くて怖い話)

薊野きい

第1話

 これは、朝方が肌寒く、日の出が遅くなった。そう感じ始めた冬の頭の出来事だ。


 僕の彼女は一人暮らしで猫を飼っている。橙の毛が美しい元野良猫だ。名前はまるという。


 確かに、まるという可愛らしい名前に似合い、元野良なのにとても人懐っこい性格をしている。しかし、対称的にまるという名前に似合わず甘噛みの仕方を知らず、噛まれるとかなり血が出る。


 まあ、そんな猫だ。


 まるの朝は早い。朝の五時半には起き出し、ニャーニャーと大声で鳴く。「朝飯をくれ」と「起きて構え」の両方を催促してくる。

 まるはとても賢い猫だ。朝が弱い彼女よりも僕の方が起こすことが容易だと学んでいる。そのため、鳴いてどちらも起きない場合、真っ先に噛まれるのは僕だ。


 その日も日が昇りきっていない内からまるは、僕に起きろと鳴いた。

 噛まれるのは嫌だ、と僕は渋々ベッドから起き上がった。すると、たったったっ、と軽快でご機嫌な足音がこちらに近づいてきた。こういうところがまるの憎めない所だ。

 足元に手を伸ばすとまるのふわふわな毛が触れ、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえた。


 しばらく撫でているともういいと言わんばかりにベッド下にシュッと入っていってしまった。


 もう少し撫でていたかったが仕方ない。僕はまるに朝ご飯をあげようかと立ち上がり、まるの名前を呼んだ。

 ——すると、まるのトイレが設置されている部屋から彼の足音が聞こえてきた。


 僕は固まった。まるはベッド下にいるはずじゃ—— 。

 思い返せば不思議なのだ。かなり目が悪い僕は眼鏡を掛けないとほんとに何も見えない。冬の朝の暗い時間なんて尚更。しかし、僕はベッド下に入っていく何かの姿を見た。普通見えるはずがないものを。


 きっと気のせい。それか、まるが僕の気が付かない内にベッド下から移動したのだ、と思うことにしている。


 だが、僕は未だ彼女にこの話を打ち明けることができていない。そして、この出来事以来、何があってもベッド下を確かめることができずにいる。

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ねこ(短くて怖い話) 薊野きい @Gokochi_Shigure

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