青い瞳が視たもの

帆影

青い瞳

 青い瞳には、未来が視える。

 ――いや、正確には、死の瞬間が見える。


 小学生の頃、飼っていた鳥が外に飛び出して死ぬ映像を見た。

 だから脱走しないよう、戸締りを見直した。

 けれど、その日の夜、お父さんに踏まれて死んだ。

 

 中学生の頃、好きだった歌手が、事故にあう未来を見た。

 怖くなって、ファン掲示板に「休んでほしい」と書き込んだ。

 数日後、自宅で亡くなった。

 

 一年前、友達のお母さんが通り魔に刺される未来を見た。

 だからその日、友達に「外出しない方がいい」とSNSで送った。

 けれど家の中でつまずき、階段から落ちて亡くなった。


 死の瞬間を見ると、必ず死が訪れる。

 変えることはできない。


「香穂、帰りに服見ていかない?」


 放課後、玲奈と並んで歩いているときだった。


「いいけど……。服って駅前の?」

「そうそう! かわいいのあるかなー」


 その横顔は、とても楽しそうだった。

 玲奈ははしゃぐように小走りし、駅前の商店街に足を踏み入れた。

 私もその背を追いながら、段差に気をつけて足元を確かめた。


 ――また未来が見えたらどうしよう。

 小鳥のこと、歌手のこと、友達のお母さんのこと。

 あの時も、あの瞬間も、私は未来を変えられなかった。


「ねえ、これかわいくない?」


 玲奈が店先のワンピースを指さす。


「うん。よく似合うと思う」


 次々と違う服に目を奪われる親友の姿が、ただ微笑ましかった。

 今はただ、この穏やかな時間を噛みしめていたい。

 ――そう思った。


 ……なのに。


 次の瞬間、瞳の奥に焼きつく映像。

 玲奈が階段で足を取られ、倒れ込む瞬間だった。

 胸の奥に、冷たい絶望が満ちていく。

 ――また、誰かの番だなんて。


 未来は変えられない。

 変えようとしても、必ず別の形で死が訪れる。


「玲奈……」


 そんなの、嫌だ。


 胸の奥が焼けつくように痛む。

 何度だって失ってきた。でも、今度こそ――変えたい。


「ねえ、ちょっと遠回りして帰ろ?」

「えー? もう疲れたのにー」


 不満そうな声に、胸がちくりと痛む。

 それでも、笑ってみせた。


「お願い。少しだけでいいから」


 玲奈は少し黙り、こちらを見つめる。

 その目に、一瞬の戸惑いと……薄い警戒が見えた。


「……しょうがないなあ」


 その声に、わずかな安堵がこぼれる。

 けれど、次の瞬間――


「……ねえ、もしかして……」


 玲奈が小さく呟いた。

 少し震えている声に、胸がざわつく。


「ううん。やっぱりなんでもない」


 言いかけた言葉をごまかすように、玲奈が駆け出した。

 スカートの裾が、夕焼けの風に揺れる。


 少し先で、彼女が振り返り、笑いながら手を振る。

 その笑顔を見て、私も慌てて後を追いかけた。


 ふたりで並んで歩くショッピングモール。

 私は、玲奈が転ばないように視線を逸らさない。


「足元気をつけてね」

「もう、過保護すぎー」


 少しの段差があるたび、私は細心の注意を払う。

 大丈夫。今度こそ、変えられる。

 そう言い聞かせながら。


 ――そして、駅前の階段を降りようとしたとき。


 視界が、揺れた。


「玲奈、だめ!」


 階段の手前で、私は思わず腕を伸ばした。

 あの光景がまた――頭の中でよみがえる。

 赤く、冷たく、終わりを告げる未来。


「近づかないでっ!」


 玲奈が叫ぶ。

 その声に、恐怖が混じっていた。

 まるで私のことを、殺人犯でも見るように。


 次の瞬間、手がほどけた。

 ふたりの体が揺れる。

 重力が、ゆっくりと私を引きずり落とした。


 視界の端で、玲奈が立ち尽くしていた。

 その顔は、今まで見たことのないほど冷たかった。


 ――ああ。

 見えていたのは、玲奈の最期じゃなくて。

 私の、終わりだったんだ。


 死を招いていたのは、この青い瞳だった。

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