灯が遅れる夜に

灯野 しずく

灯が遅れる夜に

夜更けの沿岸道路を薄い靄が水平に滑り窓ガラスの内側へ潮の匂いと鉄の味がじわりと移り住み港の赤灯が点滅するたび車内の影がわずかに伸縮しては戻る揺れを繰り返し、その規則よりわずかに遅れて鼓動が打つのを気味悪く感じながらアクセルを抜き街外れの舗装が剥げた岬の突端へ至る細道へハンドルを切ると、地図には名前が載っていない古い保養所の残骸が闇の中で海鳥の骸骨みたいに肩をすくめ、入口に立つ錆びた門扉が風の圧で数ミリだけ震えそれが鎖の輪をこすり合わせる乾いた音へ変換され耳の奥の柔らかい膜へ細い傷を刻む感覚が生まれ、そこへ来てはいけないなどと遅すぎる忠告を心のどこかが囁くのを無視して、持ち込んだ録音機材と薄い毛布と魔除けのつもりで握りしめてきた祖母の古い数珠を鞄に押し込み直し、鍵の折れた扉を肩で押し分けた。


そこはかつて潮療法と称して海水風呂と海風の吸入を売りにした宿泊施設だったと古い新聞の目立たない欄外に短く書かれていたが、廃止の理由はどの紙面でも触れられず、代わりに同じ年の夏から秋にかけてこの地域の海沿いで行方不明が続き捜索隊が夜ごと波打ち際に灯りを並べ、それでも足跡の続きを誰も見つけられなかったという記事の行間にだけその影が滲んでいるように思え、音を集めて記録する仕事をしてきた自分の職業的好奇心が火の粉のようにちろちろ燃え続けて消えないので、ここで一晩中マイクを回せば、人がいなくなった後の建物が吐く音の層から誰も拾わなかった位相差を抽出できるはず、と理屈を盾に不吉な予感を退けながら玄関ホールに三脚を据えた。


床板は湿り気でわずかに盛り上がり靴底の圧に応じて低く呻き、壁紙は海霧に含まれた塩でゆるゆるとはがれかけ、受付カウンターの上で白く粉を吹いた呼鈴だけが不自然なほど艶やかに見え、試しに指先で押すと澄んだ音は立ち上がらず代わりに階上から誰かが息をのみ込み舌を鳴らして次に続く言葉を選びかねている気配が降りてきて、それが風の通路と重なり合ううちひそやかな拍の列へ変質し、録音レベルメーターの棒が細かく揺れるのに気を良くした自分は、廊下の奥と海に面した浴場跡と山側の職員室跡とで同時に拾えるよう小型マイクを三方へ展開し、ケーブルを床の割れ目へ沿わせるように這わせながら、夜の中心へ向けて静かに準備を進めた。


夕暮れの残照が完全に失われ外界の輪郭が均一な濃度の墨へ溶けきった頃合い、遠くの漁港で作業用クレーンが腕を畳む油の匂いが風に乗って届き室内の湿った空気と層を成し、玄関脇の掲示板に今も残る注意書きの文字が目の端で泳ぐのをやり過ごしながらヘッドホンを装着すると、目で見るものと耳で掬うものが一致しない不快なズレが最初の数秒だけ喉の奥にざらつきを残してはやがて甘さへ変わり、それに気づいた瞬間、甘いという形容の選択を誰に強いられたのか自分で自分に問い直すほどに異様な柔らかさが舌の付け根に絡みつき、どこかの部屋で長年閉ざされていた瓶詰めがひとりでに蓋を鳴らし密閉をやめる場面を遠くの映画の一コマのように想像してしまい、胸骨の裏で小さな虫が脚を擦り合わせるみたいな不必要な連想が勝手に増殖した。


最初に確かな形を持った音として現れたのは海ではなく階段の踊り場に残された布の擦過で、誰かが夜着の裾を片手で持ち上げ引きずらぬよう注意しながら影を落とさない歩幅で上から下へ降りてくる動きが空気の粒子に与えるわずかな圧の偏りが、録音機の中で見事な精密画のようなテクスチャーへ転写され、耳は音を聞く器官である以前に体温を測る鱗であり迷いを振り落とす梳き櫛でもあるのだと勝手な哲学を挟みかけた途端、階段の一段目が呼吸を忘れたみたいに長く沈黙し、次いで二段目が余所余所しいきしみをわずかに響かせ、三段目だけがなぜか昔日の笑い声の残滓をまとったまま軽やかに返答し、それがかえって不均衡な和音となって胃のすぐ上で渦を巻き、吐き気に似た警告を生んだ。


録音を中断せず立ち上がり、懐中電灯を胸の前で斜めに構えて踊り場まで進むと、強い光で照らしていないのに白っぽいものが視界の端でひらりと動き、振り返ればどこにも見当たらず、床に落ちた塩の粒が足先で押し砕かれる微かな音だけが現実の手触りを保っていたので、落ち着けと心に言い聞かせながら掌を手すりの冷たさへ馴染ませ、上階へ一段ずつ足を運ぶたび、鉄の管の中を何かが逆流しているような湿ったざわめきが壁から骨へ移り、骨から歯へ、歯から眼窩へ、眼窩から音へ還流して、世界の輪郭が耳の中で描き直されていく。


二階の客室群はすべて扉が半端に開き、丁寧に片付ける途中で誰かが呼ばれそのまま席を外したまま数十年が経過したかのような、作業が未完のまま固定された雰囲気を漂わせ、ベッドのスプリングが軽く鳴って誰も座っていないのに沈みの中心が数センチ移動し続け、カーテンの裾の糸が一本だけ他の列より長くたれて床板の毛羽立ちへ引っ掛かり、微風もないのに左右へ擦れ、見なければよかったと後悔するのと同じ速さで、胸ポケットの中の小型レコーダーのインジケーターが一瞬だけ赤ではなく暗い藍色の点を結び、記録という概念の背骨が静かに軋む幻聴めいた軋音が意識の奥で発生し、しかし手は勝手にドアの縁へ触れてしまい、冷えと湿りの混合した粘りつく質感が指腹へ移ってそれが体内の水分配列を再配置するみたいな気持ち悪い感覚を連れてきて、身体が自分のものではない尺度で測られていると悟るのに時間は要らなかった。


一番奥の部屋だけは鍵がかかっており、錠の穴から薄い呼気のような蒸気が時折吐き出され、鍵がないと開かないのか、鍵があると開いてしまうのか、と意味のない思索が口の裏側へ広がったそのとき、背後の廊下で布の擦れる音が近づき、その歩みは金属と木の継ぎ目の苦い鳴音に遠慮しているのか、それとも見逃してほしいものが別にあるのか、進んでは引き、引いては戻り、同じ距離の往復を繰り返すうち、軌跡の上に透明な水路が刻まれていく錯覚が生まれ、ここを渡ったものだけが行方不明の列に加わらず済んだのではないかと背筋に薄い針が並ぶ。


廊下の隅、小さな台の上に置かれた帳簿に目を落とすと、宿泊者の名前が最後の数ページだけ異様に密で、書体は毎回同じなのに日にちだけが連続せず、夏の盛りと冬の底が交互に顔を出し、潮の満ち引きに合わせて人の来去が記録されたかのような不可解な並びが現れ、さらにその下に極小の字で「背表紙に触れる手を変えないこと」と追記があり、無意識に帳面の背を掴みかけた手を慌てて引き、代わりにページの端を二本の指で少しだけ摘んでめくると、紙の肌が人の皮膚へ変わる過程の途中のようなざらつきと滑らかさの中間の感触があり、読み進めるたび、書かれた名前が薄れていくのではなく、こちらの記憶の側のインクだけが抜かれているような目眩に襲われ、視野の周縁が黒い波で縁取られる。


一階へ戻って録音の波形を確認すれば、可聴域の中央にへこみができており、そこだけが周囲の騒音を吸い取って沈み、深い井戸の底へ落とした小石が数秒後に遅れて音を返すような遅延の尾が伸び、試しに自分の声で「ここにいる」と短く囁き、再生で聴き返すと、声は同じ高さで戻らず、わずかに低く、体の重さを増した後の腹から出た声に変換され、しかも最後の子音が誰か別の人間の息継ぎと絡まり合い、混ざりたくないもの同士がぬるい器の中で境界を失う瞬間の嫌悪が背筋を滑り落ちて尾骨の先に溜まっていく。


海側の浴場跡は壁一面が小さなタイルで覆われ色の抜けた水色が空間全体に冷たい明るさを強要し、湯船の底に溜まった枯葉が人の横顔を成す角度で重なり、照らす角度を変えるたび別の表情が立ち上がり、耳では聞こえないのに「呼んだのは誰」という意味だけが頭蓋の内側で成立し、香りのない煙が肩口を通過したと錯覚した瞬間、足首にぬらりとした圧が巻き付き、視線を落とせばそこには何もいないのに、皮膚の内側でひび割れた陶の粉が筋肉へと沈んでいく触覚が確かに残り、それを振り払うために階段を駆け上がると、上りきった踊り場の空気がひどく甘く、しかもその甘さは過去に病室で嗅いだ消毒液の中にうっすら混ざっていた果物の匂いに酷似し、何年も前の別の恐怖が現在へ合流する理不尽に、膝から力が抜けかけた。


職員室跡にだけ残っていた鍵束は塩で白く曇り、ひとつだけ黒い革の札が付いたものが他より重く、指に乗せると掌の中央へ向けて冷えが集中する感覚があり、黒札の裏に擦れて読みにくくなった文字が刻まれ、そこには「到着時刻は誰にも見せないこと」と奇怪な注意があって、到着という語に不意を突かれ、誰がどこからここへ来る前提の文言なのかを考えた瞬間、玄関の方角で空気の圧がわずかに変化し、見えない扉が内側から押される気配が起こり、現実の扉は動いていないのに、脳内の建物模型にだけ新しい部屋が付け足され、その部屋の床材がまだ乾かぬまま足跡を受け取る音が、録音機のメータに短い牙の列として刻まれ、ここで引き返す選択肢がまだ残っているうちに帰れ、とどこかが叫び、しかし足はすでに黒札の鍵を握り、奥の鍵穴へ挿し込み、回し、開く音を待つ態勢を整えていた。


重い錠が拒絶の姿勢を崩す際に発する低い鳴りが骨伝導で脳に届き、扉は内側に向けてわずかに引かれ、暗さが暗さを呼ぶように奥から深度のある影が押し出され、懐中電灯の円を差し入れても中心の黒は薄まらず、むしろ周縁の壁紙だけが古い花柄を見せて懐かしさを装い、奥に進むほど床が乾燥し、海に面した建物で乾きが強まるという矛盾に気づいた瞬間、乾いたものは水を喉の奥で待ち望む生き物であり、そこへ湿りを運ぶ者は誰であれ歓迎され、歓迎されるがゆえに戻してもらえない、という理解が無言で流れ込み、口の中がからからに渇いて唾を飲む行為ひとつがここでは供物に等しいと悟った。


部屋の中央に低い台があり、その表面には黒い砂が薄くまかれ、細い木の棒で描かれた螺旋が数重、同心円のようでありながら途中でわずかに途切れ、途切れの手前に米粒ほどの白い欠片が並べられ、それが歯の欠片であると認識した瞬間、足の甲に静かな痛みが走り、床板の隙間に埋もれたものが皮膚に触れたのだと遅れて理解し、靴裏へ乗り移った微細な固体が歩を進めるたびに重心の下で小さな悲鳴を上げ続け、その悲鳴と、録音機に現れる井戸のようなへこみと、三段目だけが軽やかだった階段の記憶とが、一本の糸で結ばれる音がした。


台の脇に置かれた瓶には色の付いた液体が三種類、青は遠雷の間の静寂、赤は血ではなく夕暮れの反射、黄は砂に落ちた光の名残だとラベルに書き添えがあり、意味のわからない詩的な説明に反射的な苛立ちが生まれ、それでも指は瓶の口を撫で、指先に吸い付く粘度が過去のどの記憶とも一致しないことに戦慄し、同時に自分の呼吸が螺旋の溝に沿って密かに配置されていく様を想像してしまい、想像した途端、誰か別の脈拍が胸の中へ入り込み、鼓動の数え方を奪い、数えられない鼓動はやがて名前のないものへ変わり、名前のないものはこの場所において最も栄養価の高い餌である、と理不尽な献立表が脳内で開かれ、閉じる術を持たないまま、ただ立ち尽くした。


背後で水の音がしたが、海ではなく建物の奥のさらに奥、図面に描かれない空洞へ注がれる細い流れの音で、誰かが持ち込んだものではなく、誰かから抜き取られたものが落ちていく音の高さであり、その高さは幼い子どもが遊ぶ鈴の音に近く、人の幼年期から切り離されずに残る音は自然に甘く、それゆえにここで聞く甘さは毒であり、毒は即死をもたらさず、歩幅を保ったまま日常の列へ戻したように見せ、しかし帰宅後に靴を脱ぐ動作の途中で影が一枚増え、翌朝の鏡に映る横顔の輪郭が他人の骨格を借り、数日後に椅子の背にもたれる角度が低くなり、さらに後に呼ばれても応えず、最後には呼ぶ声そのものが所在を失う、という遅効の図解が脳裏へ焼き付いた。


耳からヘッドホンを外そうとした指が途中で止まり、外してしまえば「こちら」の音が聞こえなくなる恐怖と、付けたままでいれば「あちら」の音に名札を奪われる恐怖が同時に喉を締め、どちらの恐怖が軽いかを秤にかける行為そのものが罠であると見抜いた次の瞬間、録音の中で自分の名を呼ぶ声が、正しいイントネーションで、正しい力加減で、正しい場面の記憶と紐づいた懐かしさを伴って立ち上がり、その懐かしさがすべて偽造であると理性が知っていても、知っていることが何の役にも立たず、足元の歯の欠片が一つだけ転がって螺旋の中心へ向かい、中心で止まらず、台の裏面の暗がりへ消え、消えた先から、扉ではない場所を通って、潮の匂いと一緒に、冷たい息が這い上がってきた。


喉の奥に針金を曲げて差し込まれたみたいな痛覚が走り呼気が細くなるのを自覚しながら、それでも指は耳覆いの縁に貼りついたまま微動だにせず、皮膚と合成樹脂の間に生まれた汗の薄膜が体温と異素材の冷えを混ぜ合わせる過程を気味悪く意識し、視界の端で砂粒より小さな影がいくつも立ち上がっては沈む錯覚をやり過ごし、暗闇の密度がわずかに増していく速度と心拍のずれを数え、一拍ごとに名前という形の札が一枚ずつ剥がれて床へ落ち、落ちた先で見えない舌に舐められる音を、言葉にできない種類の聴覚で受け取ってしまい、後戻りの回数券を最初から持っていなかったと気づく。


背骨の中を誰かがゆっくりと指でなぞる行為に似た冷えが上下して、膝の皿の裏に柔らかい呼気が触れ、その呼気が自分のものではないと認識するまでに必要な短い時間が永遠の断片のように引き延ばされ、永遠という語がこの建物では単なる保存方法の一種にすぎないと悟るやいなや、ヘッドホンのパッドを押さえていた手が、自分の意志とは別の動機に従って圧を増し、眼窩の奥で光がわずかに弾けて、目を閉じても閉じないものが視野の中央に居座り、そこにかつて見た誰かの笑い皺が反転した形で現れ、皺の谷間から細い糸が数本、螺旋模様の中心で消えた欠片の後を追うように伸びてきて、鼓膜の内側で結び目を作ろうとする。


足元の黒い台の下から胎動に似たリズムが伝わり、床板がその拍に合わせてわずかに持ち上がっては降り、上がるたびに乾いた木の繊維が擦れて鳴る低音が腹部の奥に沈み込み、降りるたびに砂の粒子が互いに角をぶつけ合う微かな尖りが足指の付け根を刺し、刺された場所から古い記憶の塩分が滲み出る、記憶は液体だ、固体だ、気体だ、と相反する定義が同時に成立する居心地の悪さに耐えきれず、私はようやく一歩だけ後退しようとして、踵の下で小さく砕ける音が生じ、その音が世界の側で待機していた意味に即座に割り当てられ、割り当てられた意味が首筋から額へ、額から舌へ、舌から耳へ、耳から台の底へ戻り、閉回路になったことを直観した。


「こちら」と「あちら」の境界線が、音の高さではなく湿度の差で引かれていると理解すると同時に、境界は足音の速度に応じて移動する可塑性を持つとわかり、つまり動けば追ってくるし、止まれば飲み込むし、叫べば混ざるし、黙れば名付ける、そういう種類の場所へ私は自分の機材ごと沈みかけているのだと冷静に解析し、その冷静さがこの場にとって最も美味であるという感覚が舌に乗り、味覚と論理の両方が同じ皿に盛られている気持ち悪さに吐き気がせり上がり、吐いたものがどこへ流れるかを想像してしまった瞬間、胃の反乱が引っ込み、代わりに目の奥が熱を帯び、涙腺の上に透明な膜が張り、その膜の表面に港の赤灯が点滅する影が映り、建物の外側のはずの海が、今は内部のどこかで脈を打っていると知る。


私は意識の指先で糸を一本つまみ、耳の内側で結ぼうとしている結び目をほどき、ほどいた先を空気の薄い層へそっと預けるようイメージし、その動作がほんのわずかな自由を返す気配を確かめると、首を横に傾ける最小の運動でヘッドホンの片側だけを耳から浮かせ、浮いた瞬間、左右の世界が別々の潮位で押し寄せてきて、片方では子どもの笑い声に似た高音の無意味な連なりが、もう片方では調理場の流し台に残った水が夜通し細く落ち続ける粘り気を持つ連打が、それぞれ独立して脳の異なる部位を叩き、二種類の叩音が頭蓋の内側で交叉し、新しい通路を掘り始める。


台の裏から這い上がる冷気は、ただの温度差ではなく、人に触れたことのない指の感触で、触れていないのに触られたと確信させる厚みを持ち、その厚みが皮膚の表面に居座るうち、体毛が一本ずつ起立して空気の角度を読む働きを始め、角度の変化に合わせて聴覚が自分の形を少しずつ変え、耳介の縁が目に見えない筋肉で微かに収縮し、収縮のたびに遠い昔に聞いた誰かの寝息が復元され、その寝息は一度も現実に存在しなかった可能性を示唆し、存在しなかったものの欠落が今ここで埋められつつあるとすれば、何が代わりに欠けるのか、という問いが自動的に生成され、問いの重みで膝が折れそうになる。


私は床の節目を避けながら腰を落とし、黒砂の螺旋に近い位置まで顔を下げ、目の高さを台の縁と揃えると、螺旋の溝にだけ霜のような白さが宿っているのを見出し、その白さは粉末ではなく、無数の微細な文字の群れで、文字は言語の形をとらず、しかし意味の速度だけを持ち、速度の束が視神経を擦って、涙のほうが先に意味を理解し、涙が理解した内容を脳へ伝えるまでの遅延が、さらに新しい螺旋を刻んでいく過程に、どうしようもなく美しさが混じり、それが一層の恐怖を連れてくる。


ヘッドホンのもう一方をゆっくり持ち上げ、完全に外さず耳殻の外にわずかな隙間を作った瞬間、録音中の環境音に混じって、遠くのトランシーバー同士が交信するときのような乾いた起伏が挟まり、その起伏が規則を持ち始めると、聞き慣れた同僚の声色が生起し、彼女はいつもの冗談を言う直前の喉の準備をして、しかし冗談は発せられず、代わりに水深を告げる短い数詞を二度、三度、四度と繰り返し、そのたびに台の裏の暗がりから応答のように冷えが強まり、私は無意識に数珠を握り直し、玉の一つに指紋の油が薄く移る感触を得て、移った油はすぐに乾き、乾いた表面に目盛りのような微細な傷が浮かび上がり、傷は見覚えのある楽譜の一部と一致し、その一致が、失われた名前の代わりに私の体内で新しい名を育てようとしていると理解した。


階段の方から布の擦過が再開され、今度は一定の速度ではなく、こちらの呼吸の速さを真似し、真似るうち呼吸の主導権が逆転し、私は相手の手綱を握られている馬のように肺を動かされ、動かされるままに吸い、吐き、吸い、吐くたび、廊下の塩が湿って形を変え、塩が作る微小な地形が足首の周りへ寄り、砂丘の模型のように私の姿勢を限定し、限定された姿勢でしか考えられない種類の思考が頭の上から降ってきて、降ってきた思考が螺旋の中心へ落ち、その落下音が録音機のメータでは見えず、耳の内側にだけ針の数列として刻まれ、数列は途中で折れ、折れ目に私の旧い癖の一つ、指先で机の角を三回軽く叩く動作が暗示され、癖の所有者が私であった時代が急速に遠ざかる。


私は逃げるためにではなく、残るために立ち上がることに決め、立ち上がる動作そのものに相手の欲望が絡みつかぬよう、筋肉と骨と関節の順序をいつもと逆に使う意識でゆっくりと重心を起こし、膝から腰、腰から肩、肩から頭へと静かに高さを戻し、戻す過程で視界が変化する瞬間ごとに写真を撮るつもりで目の前の陰影を記憶へ焼き付け、記憶という暗室で像が現れるまでの待機を自分の内側に確保し、確保した静けさの縁へ、外から来るものではなく内から滲む音を並べ替え、並べ替えた音列を足元の砂へ落とし、砂が受け入れたところで初めて、ヘッドホンの両側を一緒に外すのではなく、右、沈黙、左、呼吸、という順序でほどき、ほどいた直後に耳を塞がず、空気の形をそのまま通す。


世界が二度、軽く脈打ち、建物の壁がそれに合わせて目に見えない伸縮をし、伸びる瞬間だけ花柄の輪郭が明るくなり、縮む瞬間だけ花弁の陰が深くなり、陰の深さの中に人の横顔に似た谷が一瞬生まれて消え、消える直前にその谷がこちらを向いたと錯覚したとき、私は視線を逸らさず、逸らさないことがこの場の規則に反しない限りで視覚の主導権を握り直し、握り直した手でマイクの向きを数度だけ変更し、井戸のようなへこみの中心からほんの少し外へ焦点を移し、外れた位置で拾える雑音を選り分け、雑音の中からまだ名前を持っていない足音を取り出し、その足音を録音の新しい基準として上書きし、上書きの痕が私の輪郭とずれ始めた瞬間を、逃さず印す。


外では波が風向きを変え、港の灯りが一個だけ消え、消えた灯りの残像が窓の汚れに紛れて居残り、居残った点が星図の欠番のように天井の染みの中で位置を持ち、その位置が部屋の奥の空洞と見えない糸で繋がっている気配が濃くなり、糸の上を何かが移動する小さな振動が頬骨に伝わって、私はそれを合図に、黒砂の螺旋の縁へ指先でごく浅い傷を描き、傷を描くときにしか発生しない種類の音を意図的に作り、その音をここへ差し出し、差し出した代価として一歩だけ自由を引き寄せ、引き寄せた自由を使って、扉ではない場所に開いた冷たい息の通路から半歩退き、息の流れが誰のものでもないという現実を、はっきり受け入れる準備を整えた。


準備が追いついたとたん、録音の向こうで私の名を呼ぶ声はぴたりと止み、代わりに水位の数字が静かに増え続け、数字の区切りごとに塩の匂いが濃くなり、濃さは甘さの側へ傾き、甘さは舌の表面で薄い膜となり、その膜が破れるとき、私はようやく一歩を前へ出すのではなく横へ外し、外した足で螺旋の流れを断ち、断った線の上へ数珠の玉を一つ転がし、玉が止まった位置に、呼吸を置かず、名も置かず、ただ沈黙だけを静かに置き、その沈黙がこの場所にとっての異物であるならば、異物としての滞在権を得るだろうし、拒絶されるなら出口の方向が歪みながらも一瞬だけ明るくなるはずだと賭け、世界の次の脈を待った。


沈黙という石を置いた地点から空気の粒子が地表を探る昆虫の触角みたいにわずかに向きを変え、目に見えない角度の差が床材の木目を一本だけ明るく撫で、撫でられた線が通路の予告のように延び、そこへ合わせて呼吸を極限まで薄めてから足裏の圧を移すと、黒砂の模様は崩れずに内側で小さく収縮し、その収縮に応じて録音機の波形の井戸が縁から二ミリだけ浅くなり、浅さのぶんだけ遠い場所で誰かが水を止めた気配が遅れて届き、止水の直後に立つ微かな泡の連なりが耳孔を撫で、撫でられた部分に残る泡の輪郭が自分の名前に似た形へ変換されそうになる前に、私は舌の根元で極小の咳を抑え、咳に伴う衝撃がこの場の秩序を台無しにしないよう、喉の奥で別の音階を用意して押し流し、音を音で消す練習を、いま初めて臨時の技として採用した。


廊下の奥で布の擦過が唐突に別の質感へ変わり、それは綿でも絹でもなく乾いた藻の束が壁と擦れ合うざらつきに近く、ざらつきの合間に混じる短い湿りがひそやかな拍となって数珠の玉の位置と共鳴し、玉の真下で床の繊維が毛細管のように塩分を吸い上げる過程が視覚化され、視覚と触覚の境界が紙一枚分だけずれると同時に、螺旋の切断線から外側へ伸びる見えない裂け目が生まれ、裂け目の縁に沿って冷たい息が往復し、その往復の折り返し点で空気が不自然に厚くなり、厚さの中央に小指ほどの硬い抵抗が潜んでいると直感し、私はその硬さを目指して身体の向きを半身へ変え、肩甲骨の可動域を増やしてから懐中電灯の光を一点に細め、光の刃で壁紙の花弁の陰だけを薄く削るような角度で照らし、影の濃度を音へ換算した。


換算の完了とほとんど同時に録音の底で連続していた数字が一瞬途切れ、途切れの穴から砂を噛むような声帯の擦れが一言分だけ顔を出し、言葉にならないまま干上がった息が自分の耳介の内側へ貼り付き、貼り付いた温度が急速に低下し始めたのを合図に、私は右の足先で細かい三角形を描き、その微細な振動を床の割れ目へ送ってから左足のかかとを半枚だけ浮かせ、浮かせた瞬間に建物全体の支点が目に見えない位置で僅かに移り、移動先の支点が海側でも山側でもなくこの部屋の天井裏の暗い梁に決まったことを骨の中の音が告げ、梁が新しい荷重を飲み込みながら極小の笑いに似た軋みを漏らし、その軋みが私の名の不在を承認したと理解した。


出口という言葉を心内で組み立てる行為さえ餌になると学んだ直後の慎重さで、私は語の外側に立つつもりで「光の薄い方向を見ない」という命令を逆説的に実行し、視線を床面と平行に保ちつつ斜め後方へ耳を開き、耳の孔を狭めたり広げたりする小さな筋の動きで周波の帯を換え、帯域が切り替わる瞬間だけ現れる縞のうねりを拾って、その縞が先ほど私が浅い傷を付けた砂の端へ集まり、集まったうねりが沈黙の石に弾かれて左右へ分岐し、分岐線のひとつが壁の模様に偽装された細門の位置を示すのを見届け、偽装の境目に合わせて三脚の足をそっと押し当て、機材の重さをスイッチとして使う。


三脚のゴムが壁紙の下に隠れていた別素材の冷たさへ触れた瞬間、建物の呼吸がわずかに乱れ、乱れはやがて整い、整う過程でどこか別の階に置き去りにされた湯呑の縁が乾いた拍で鳴り、鳴音に応答して台の裏の胎動が一段沈み、沈んだぶんだけ井戸の縁がさらに浅くなり、浅さの数ミリが現世の側へ押し返され、押し返された余白に入るべき足場が一瞬だけかたちを持ち、その一瞬を逃さないよう靴の前半分だけで地面を掴み、重心の角度を針先みたいに尖らせ、尖らせた姿勢のまま身体を紙のように薄くし、薄さを保ったまま、壁でも扉でもない境目をすり抜ける運動を、速度を殺した泳ぎの要領で実行した。


境を越えた側は匂いの層が一枚減り、甘さと塩の混合が薄まり、代わりに錆と古紙の粉が鼻腔の奥で静かに崩れ、崩れる粉の音が砂時計の中ほどの狭窄を連想させ、狭窄のイメージに呼吸が引っ張られぬよう背中の広がりを意識して空気を受け入れ、受け入れつつも胸郭に残る異物感を数珠の玉でなぞり、なぞる行為でさえ記録の対象だと理解しながら、それでも手を止めず、細門の先の短い暗路を二歩、三歩と進むうち、左側の壁にだけ外界の黒が薄く染み込み、染みの奥で港の赤が一度だけ瞬き、瞬きの後に黒が沈静し、私は光の遺骸のようなその痕跡を背に回して暗路の端まで辿り着き、目の高さが急に下がる段差に合わせて膝を緩め、音を立てずに重心を落とした。


低い空間の中央に、先ほどの螺旋よりも古い円盤が据えられ、円盤の表面には水も砂もなく、代わりに鳥の羽軸だけを集めて放射状に差し込んだ痕が残り、軸の先端には微小な茶色の点が連なり、点は乾き切って硬質な匂いを持ち、その匂いが脳の古い箪笥の引き出しを勝手に開け、幼い頃に読んだ図鑑の挿絵の紙の舌触りを呼び戻し、呼び戻された感触がここでの武器になり得ると直感し、私は懐中電灯を消して視覚の支配を外し、代わりに掌を空気へ広げ、音と匂いと温度の勾配だけで空間を測り直し、測量の結果から円盤の縁に沿って指先で半円の軌跡を描き、その軌跡に自分の時間を薄く塗る。


薄塗りの時間が表面に定着した瞬間、録音機の中の数字列が再開されるが今度は減少の方向へ転じ、減るたびに甘さが剥がれ、剥がれた層の下から鉄味が姿を出し、鉄がさらに剥かれて石灰の粉が舞い、粉の嵐が私の輪郭を過去のある瞬間の形へ一致させようと試みるのを、私は数珠の玉を二つ同時に転がして妨げ、玉の衝突が小さな星図の構図を作り、星図は外ではなく内の天井に現れて、一箇所だけ欠けた位置が私の喉元に対応していると気づき、喉の欠番を埋める代わりに、足元の石の隙間へ声にならない音の断片を落とし、断片を落とすという行為自体を出口の資格にすり替え、すり替えに成功したかどうかを壁の温度で判断し、温度がわずかに上がったのを合図に、私は暗闇を背負ったまま、外気の薄い流れへ体を重ねた。


背後で台の底が一度だけ長い呼気を吐き、吐息に含まれる潮の粒が私の肩甲骨の間で粉になって散り、散った粉が衣服の縫い目へ沿って下り、腰骨のあたりで曲がって前へ回り、腹の表面に沿ってさらに下がり、靴の内側で溜まり、溜まりながら「ここではない」という意味を淡く発し、その発話の弱さこそが救いであると理解し、弱い声に合わせて私は一歩を外側へ踏み出し、踏み出す瞬間にだけ目を開き、懐中電灯を点けず、闇の濃度の変化を瞳孔の開閉で読み、読み取った差分を記憶へ刻み、刻んだばかりの生の印を頼りに、建物の内部に存在する最も古い夜と最も新しい夜の境目を跨いだ。


境を越えた先で、初めて風の形が単数に戻り、波の位相が整い、港の灯りが遠くで数を合わせ、合わせた数字が録音の目盛と一致し、機材のメータに裂け目のない線が一本通り、線の上に砂粒ほどの光点が等間隔で並び、光点のひとつが私の足音と同期し、同期の次の拍で薄い匂いの層が剥がれ、剥がれた裏から、扉という語を使っても罰にならないほど現世に近い出口の輪郭が、一瞬だけ、濡れた壁の表面に浮かび上がり、私はその一瞬を自分の時間で引き伸ばし、引き伸ばした刹那に体を差し込んで、湿気の縁を裂き、裂いた断面に沈黙の石をもう一度だけ押し当て、場所との取引を終わらせる印として、数珠の小さな玉をひとつ、境の向こうへ置いてきた。


外の空気は肺の内側を穏やかに撫でる温度へ戻っているはずなのに鼻腔の奥に薄い鉄粉が残り舌先で数えると奇数の感触だけが立ち上がり偶数の分が抜け落ちていてその欠損が歩幅の長さを微かに乱し乱れに合わせて港の灯りが一つおきに強弱を付け直し遠くの赤が二拍に一度だけ遅れを取りその遅れが録音機の内部で新しい基準線として採用されメータの針が安定したまま見えないところで別の針を増設する気配があり私は機材のケースを閉じる直前に微小なクリックがひとつ余分に響いた事実を忘れないよう頬の内側を軽く噛み紙片に記し後で確かめるつもりの印として胸ポケットへ差し込んだ。


門扉の鎖を肩でかわし車へ戻る途中アスファルトのひび割れに沿って潮が薄い模様を描きその縁にだけ夜光虫の粉をまぶしたみたいな青白い粒が点々と続き粒の間隔が波長のように規則を持ちその規則が先ほど砂の螺旋を断った線のリズムと一致することに気づいた瞬間胃の底で固まっていた重さが少しだけ形を変え背筋へ移動し移動先で冷えて固まり直しそれでも足取りは外へ向かって確かになっていくので私はハンドルに手を掛ける前に一度だけ振り返り建物の窓のうち一枚だけが夜の濃度を弱めているのを見つけ目を細めて観察しそれが自分の通過跡であると認めつつ視線を切りエンジンを回し街の方角へゆっくりと車体を滑らせた。


海沿いの直線を抜けると信号の列が秩序を取り戻しコンビニの看板が同じ高さで並びレジ前の雑誌の背が朝を待つ姿勢で沈黙しているのがガラス越しに見え安心と呼べる種類の感情が胸の表面を薄く覆いかけた途端フロントガラスの外側で水滴がひとつ逆方向へ移動し風向きでも重力でも説明できない軌跡を描いて端へ到達し消え消えた位置に小さな輪が残ってその輪が二重に揺れながら広がるのを私は見送りながらアクセルを緩め路肩に停め録音機の再生をかけて現実との整合を確認するためヘッドホンの片側だけ耳へあてた。


スピーカーの奥から出てきたのは廃墟の内部で拾ったはずの低い井戸音ではなくタイヤが濡れた路面を切る連続の擦過でありところどころに混じる信号の切り替わり前の電流の微かな唸りでありその合間を埋めるはずの自分の呼吸がなく代わりに誰か別の人間がハンドルを握るときの肩の動きまで含めて再現された衣擦れが控えめに続き音圧の小ささゆえにかえって輪郭が鮮明で私は無意識に肩をすくめ耳からヘッドホンを浮かせ録音を止めかけたが指がボタンに触れる直前に幼い童歌の最初の数音が遠くから混入し混入した旋律が港の灯りの規則と一致する形で拍を刻みはじめ一致の瞬間だけフロントガラスの上でまた逆向きの滴が走り眼前の世界のどこかがまだ開いたままだと悟った。


自宅に戻る道のりは普段より短く感じられ玄関の鍵穴に金属を差し込む角度まで身体が先に知っているはずなのに今夜だけは手の甲に薄い違和を感じその違和が鍵の歯の刻みにわずかに合わず一度で回らず微小な引っかかりを経て解錠された後廊下の明かりを点けたにもかかわらず足元の影が数ミリ厚く敷かれ壁に掛けたコートの袖口が風もないのにわずかに揺れ揺れが落ち着く前に録音機のケースの金具が単独で鳴って私は機材一式を作業机へ置き時刻をメモし窓を少しだけ開け湿気を逃しながら改めて再生の準備を整えた。


暗室の棚から取り出したノートには古い現場の記録と地名の断片と失敗した仮説が積み重なりそこへ今日の出来事を書き足す前に耳で確かめねばならない不可解が多すぎると判断し私はヘッドホンを耳にかけたまま片側を浮かせ昨夜と同じ過ちは繰り返さないと心内で短く宣言し再生ボタンを押し最初の数十秒を流すと廃墟の入り口で拾った鎖の微音が確かに存在し次に階段の三段目だけが軽やかに返答した特徴が再現されそれが終わると浴場跡の空気の厚みが重なりそこまでは記憶と一致していたが問題はその後であり境を越えて外へ出た後の走行音が記録に存在する理由がないにもかかわらず確かな強度で並び声なき声の笑いがその背後で極薄の紙をめくるみたいな摩擦として続いていた。


笑いと呼ぶのを躊躇うほど乾いた気配は母音を欠き子音の列だけで形を保ち一度も咽び返らない直線の揺れでありその直線の上をときどき小さな点が跳ねその跳躍の間隔が港の灯りの遅れと合致しているため私は再生を止め紙に図を描き点と点を線で結び結んだ形から見覚えのある螺旋を連想しかけ連想の入口で手を止め数珠の残りを数え一本欠けていることを確認した瞬間机の上のメモ紙がひとりでに端から丸まり巻物のような細い筒となって転がり床へ落ち床板のきしみを鳴らし私はしゃがんで拾い上げると紙の内側に砂の微粒が付着しているのを見た。


足裏で掴んでいた感触が微かに蘇り居間の隅に置いた靴の裏を覗くと溝に白い粉が薄く入り込んでおりそれを爪で払うと粉は塩でも石灰でもなく極めて細い文字の破片であり破片を指にのせ息を吹きかけると紙粉のように舞い散らず指先へ吸い込まれるように消え消えると同時に録音の奥で新しい音列が立ち上がり数を数え始め数字は昇りも降りもしないで同じ桁を叩き続け桁の持続が長引くほど甘い匂いが室内で濃くなり私は窓をさらに開け夜風を入れたが香りは外へ出ず逆に街の暗さを薄く招き入れた。


私は一度ヘッドホンを外し耳を素手の世界へ戻し機材の電源を切り壁のスイッチへ手を伸ばし照明を落とし窓の外の灯りと街の遠いざわめきだけに室内を委ね長机の上で並んだ機材の影を確認し数珠の玉を三つ指先へ転がし欠けた位置に人差し指の節を置いて空白の重さを測り測量の結果を胸の内に沈めてから録音機の蓋を再び開けメモリを抜いて別の再生機に差し込み同じ箇所を複数の系統で検査し誤差が現れるかどうかを確かめようと準備した。


外部再生機では問題の区間に入る前に唐突な高域のきらめきが発生しきらめきは数秒で消え内容のない白に戻りその白の中から自分の名が現れることはなく流れはただ淡々と塩の正体を忘れさせる方向へ薄まり続け元の機器で聴いた異様な連続とは似ても似つかず私は二台の間に挟まれた差異の温度を手の甲で測りちがいは記録媒体ではなく機器側に宿っていると結論し廃墟で被ったものが金具や接点を経由して居座っているのだと認めざるを得なくなった。


機材を分解して清掃するには夜が更けすぎているが朝まで放置する勇気もなく私は綿棒と無水アルコールを取り出し端子という端子を丹念に拭い埃を吸い取りバッテリを抜抜し空の状態で静置し同時に窓辺に小さな皿を置き粗塩をふたつまみ落とし皿の中心に残りの数珠を円形に並べその中央へ欠けている一本の空白をあえて開けたまま置き深呼吸で肺の容積を測り心拍を低く整え目を閉じ中空の一点にだけ意識を細く保ちつづけた。


そのとき居間の隅で時計が鳴るはずのない時刻に短い音を放ち振り子の長さが勝手に増したかのように遅い揺れを見せ遅延の谷で針がわずかに沈み私のタイムラインと部屋の時間が齟齬を持つ瞬間が通り過ぎるのを視界の端で見送り頭の中に積み上がった一日の描写の層から不要な段落を引き抜くみたいに余計な連想を抜き取り残った骨組みだけを胸に立て直し私は机の端に置いた古い呼鈴を指先で軽く弾き反応を測った。


澄んだ音は立ち上がらず代わりに木の内部で空洞が短く呻き音は一歩も進まずその場で沈んで消え消える直前に机の下面で細い爪が木目を横切る控えめな擦過が走り私は身構えたが次の波は来ず来ないのが合図だと理解するのに数秒を要し合図は侵入ではなく退去を告げているのだとわかった時点で初めて肩の力を緩め窓の外の暗さがわずかに浅くなったと感じられ時計の針が正しい速度へ戻ったのを耳で確認しようとした瞬間録音機の電源も切ってあるのにメータの窓の奥で針が一度だけ微かに震えた。


震えの意味を軽率に命名しないまま私は皿の塩の中央へ指先でごく小さな溝を引きその溝と同じ角度で窓の外の風が入り込み風は香りを運ばず温度だけを届け温度の揺らぎに合わせて数珠の並びが一粒ぶんだけ回転を試み回転しかけて止まり止まり切れない躊躇のような震えが残り私はそこへ息を向けず視線も送らず首だけわずかに傾け耳介の内側を広げて部屋の中心に生まれた極小の空洞に沈黙を流し込み空洞が満ちる前に椅子から立ち上がり寝室へ向かうための最初の一歩を床に置いた。


踏み出した足の裏で床の木目が一本だけいつもの方向と逆に流れ足指の関節が素早く状況を補正し姿勢の破綻は起きず私はそのまま廊下へ出て灯りを一つだけ残して消し寝具の皺を整え横になり瞼の裏に海の黒を呼び出さないまま呼吸を浅く重ね心拍の列を整列させ数えることをやめてただ並べるだけにしていると耳の奥で遠い波が一度だけ折れ折れた泡が消えるまでの時間が昼ではなく夜のものに戻りようやく眠気が体へ沈み始めその沈みの縁で私は最後にもう一度だけ数珠の欠けを心に触れ欠けを穴としてではなく通路として扱い直し意識の明かりをひとつずつ畳んだ。


夢の中で港の赤は正しい順番で点滅し灯りの数は欠けず潮位は安定していたが滑走路の端に似た黒い帯が水面に横たわり帯の上を見覚えのある三脚が誰も触れないのに数センチずつ動き動くたびに台の下から冷たい息が立ち上がり息は甘くも塩辛くもなく無味のまま私の名の輪郭を撫で輪郭は内側へ入る入口を閉ざしたまま外側にだけ新しい道を増やし私はその外側の道を歩いている自分の背中を遠くから眺める位置に固定され背中の肩甲骨の間に砂粒ほどの光が貼り付いているのを見て目を覚ました。


朝の気配は窓の外に薄く伸び街の音はまだ始まり切っておらず舌の上の鉄味は消え水だけが喉を通り胃まで落ちる過程が穏やかで私は寝室の戸を開け居間へ戻り塩の皿を確認し数珠は昨夜置いた円から一粒分だけ傾き欠けの位置は変わらず録音機のメータは静止したまま針の影だけが紙の細い線のように見え私は窓を全開にして風を通し机に座りノートを開き最初の行に場所の名を書かず地図にも載らない岬の彼方とだけ記し次の行に数珠を一粒失ったと書きその下へ井戸の音は浅くなったが消えないと記しさらにその下に外で拾った走行音の混入は機器の内部に付いた友好的でない付着物のせいと推定すると書き加えペン先を止めた。


止めた筆圧の余韻が紙の繊維に吸い込まれるのを感じつつ私は携帯の画面を起こし同僚からの未読に目を滑らせ昨夜の予定の共有に続けて早朝の短いメッセージが届いていることに気づきそこには海沿いの別の区画で未明に一瞬だけ停電があり港の赤が何度か不規則に明滅したが記録上は欠落がないと報せられ最後にあなたの機材の貸出履歴に謎の一本があり返却の記録がないので確認したいと書かれ私は胸のあたりで薄い寒さが立ち上がるのを感じ機材棚を振り返り型番ごとの列を目で追い一本だけ見慣れぬ古い規格のマイクが紛れ込んでいて黒い革の札が付いているのを見つけ札の裏を読む前に指先が冷え背中の皮膚が海風の角度を思い出した。


革の札の表面には擦れで読みにくい刻印があり光にかざすと小さな字が浮き上がりそこには到着時刻は誰にも見せないことと確かに彫られていて私はそれを声に出さず口の中で転がし転がすうち唾の味がわずかに甘く傾き指の腹に革の硬さが入り込み過ぎて痛みが生じ痛みは現実を確認させるには十分で私は机の上のノートに新しい行を作りこれは返すべきものだと書き窓の外の風向きを確かめてから静かに立ち上がった。


玄関の戸口に手をかける前に机上の機材を最小限へ絞り記録媒体は自宅に残し異常の起点となった本体だけを布で包み革札の付いた古い規格のマイクを別の布で二重にくるみ胸の前で交差するよう帯で固定し足元には昨夜の粉が入り込んでいない別の靴を選び靴紐の結び目の位置まで意識して左右の高さを揃え外気の温度が肺へ届く感覚を確かめてから鍵を回し戸を閉め表札を撫でず郵便受けを見ず短い廊下を抜け階段を降り道路へ出てから一度も時刻を見ないと決め懐中時計も携帯もポケットの奥へ押し込み視線は地面の縫い目だけを追い港へ向かうバスの停留所を二つ手前で曲がり人の流れと反対の細道に身体を滑らせるよう歩を進めた。


交差点の手前で横断の合図に頼らず車列の呼吸の隙間を読み車体の影が伸び縮みする間合いの最も柔らかい瞬間にだけ横切り橋の袂で風の匂いを嗅ぎ舌先に乗る味の変化が昨夜より薄くその薄さが油断の誘いに似ていると理解した時点で首筋へ意識の襟を立て喉を狭めすぎず広げすぎず腹の底へ空気を落としながら防波堤の上を歩き潮位の高さを目測で測りランプの列が一つだけ欠けていないことを確認しつつ海鳥の輪郭が一定の間隔で水平線を横切るのを視野の端に入れ続け足跡を残さぬよう砂利の少ない舗装の色を選びながら岬へ向かった。


保養所の正面に回らず裏手の崩れた塀の継ぎ目から敷地へ入り昨夜くぐった門ではない切れ目を選んだのは革札の刻印に従ったのではなく自分の気配が建物へ知らせを出さぬよう視線の触れ方を変える意図であり塩気を帯びた空気が背中へ押し寄せる角度を読みつつ膝をやや曲げて重心を低く保ち影の濃さが薄い場所だけを繋いで進み壊れた庇の下で一呼吸だけ止まり耳を開き内部の拍が昨夜の配列と一致していないことを確かめ「迎えられていない」側に立てているうちに手元の包みの結び目を緩め革の札に指を滑らせ文字の凹みの冷たさを再確認した。


鍵の折れた扉は朝の湿りを吸って重くしかし抵抗は拒絶ではなく合図の種類に近く掌で押せば少しだけ引き込まれるように開き玄関の陰が短く後ろへ逃げると同時に床材が圧の挨拶を返し私は踵から入らず足裏全体で触れて重さを分散し三脚の影が昨夜と違う位置に見える錯視をやり過ごし受付カウンターの鈍い光沢に目を止めず階段の方へ身体を向ける直前に呼鈴に触れたい衝動が喉の奥でふくらみそれを砂利を飲み込むみたいにやり過ごし一段目ではなく二段目へ最初の足を置いた。


踊り場の気配は薄膜を張り替えた直後のように新しく私の体温が接触する位置でわずかに冷えを生みその冷えが指先の感覚を研ぎ澄ましポケットから出した布包みの口を解いて黒い金具の感触を露わにし金具の重心が思っていたより中心から外れていることに気づき内部で何かが夜のうちに移動したと判断し皮革の札を薬指の第二関節で軽く叩き音が出ない素材であることを確かめからだの正面で水平に掲げて階段の影の濃い側へ向き直った。


昨夜鍵を開けた奥の部屋へ通じる手前の廊下は湿りの匂いが減り乾いた粉の匂いが増し床板の軋みが砂を噛む音に近づいていてその変化が歓迎ではなく受領の準備に似ていると理解し私は古い規格のマイクをその部屋の敷居にかからない位置へ置き先にはみ出さず後ろへも退かず境の線上から指を離し両手を空にして掌を少し上へ向け肩の力を抜き視線を下げ過ぎず上げ過ぎず呼吸が壁へ触れる深さを一定に保ち言葉にならない形式で返却の意思を差し出した。


返礼に相当する兆しはすぐには現れず代わりに壁紙の花弁が一枚だけほつれほつれの端が空気の流れを捕まえて揺れ揺れの周期が港の赤と合わないことがかえって安堵を呼び安堵が油断へ変化しないよう足指の先で木目を数えながら数珠の残りを思い出し欠けた一粒の空席を胸の中央へ描いて心の中の円をもう一度閉じ直した瞬間床の縁の陰から極細の風が湧き白い粉の列が線状に浮き上がり線はすぐに消えたが消えると同時に革札の裏面の刻印が一瞬だけ濃く読める光の角度を得て私はそこに小さな点が二つ増えているのを見た。


点は約束が履行された回数のようであり約束と呼びたくない種類の取引の記録に見え過去の持ち主たちが同じ盤上で石を置いた痕に思えそれでも私は細部を固定せず曖昧さのまま手を引き包み直すのではなくそのまま置き去りにする態度を選び敷居から半歩下がり音を立てずに踵を返し背を見せたまま数歩だけ離れその背中が吸い寄せられる気配をあえて測らず廊下の角を曲がる直前にだけ首をわずかに傾け空気の密度が戻ったと判断してから初めて階段へ視線を落とした。


降りる歩幅は上りと異なる筋を使い同じ段を踏みしめないよう位置をずらし二段抜かしは避け重力の速度に寄りかからず自分の速度で降り切り玄関に近づくほど外の匂いが薄く濃く揺れるのを袖口で受け取り靴底が外界の粒度を取り戻す瞬間を逃さず門の外ではなく昨夜選んだ道ではない新しい角度から敷地を抜ける経路を選択しその選択自体を誰にも見せないため視線を地面の陰へ固定し続けた。


風の当たり方が海側から陸へ変わる帯の境界で私は一度だけ立ち止まり頭の中の時計が何時を指していても誰にも見せないという刻印に従い時間感覚を解像しすぎないよう努め息の数ではなく歩数でもなく足裏の温度差の回数で移動の単位を刻み堤防の角で波の音に背を向ける代わりに耳介の外縁で音圧の傾きだけを拾い同じ速度で街へ戻る流れへ合流しないよう一本手前の坂道を登った。


住宅街の薄い影の間を通り自宅に近づくほど音の層が増え洗濯物の揺れや宅配車の停車と発進の区切りが日常の目盛を示しその目盛の上で自分の気配が他と混ざるかどうかを確かめ混ざり切らない薄い膜がまだ残っていると確認した私は玄関を開ける前にポケットの中の鍵束に触れ革札の冷えが完全に失われていることを知り一瞬だけ視界が明るくなる錯覚を経てドアを開き中へ入り靴を脱ぎ廊下を進み机の前へ戻ってから窓を開け風を通し椅子に腰を下ろしノートを引き寄せ今日の行の続きに返却は完了と書きその横に二つの点を描き丸で囲まないままペン先を止めた。


静けさが部屋に広がり時計の針は規則を守りカレンダーの端が空調の弱い流れにわずかに揺れ皿の塩は昨夜と同じ形を保ち数珠は欠けを抱いたままで位置を変えず録音機の窓の奥は黒く沈み針は眠っているように見え私は両手を膝に置き目を閉じ喉の奥に残る甘さの名残が完全に消えたかどうかを確かめ耳の内と外の境界が一枚に合わさるのを待ちそれが整ったと感じられた瞬間あの場所で浅くなった井戸の音がもう一度こちら側の薄膜を叩く気配がしないことを確認しゆっくり息を吐き出し机の端に置いた呼鈴へ指を伸ばし触れずに引っ込めそれをもって最終の確認とみなし体の奥の緊張を少しずつ解いた。


解いた直後携帯に短い通知が灯り同僚からの連絡に目を通すと港の灯りの遅延は夜明け前以降発生せず停電の原因は調査中だが記録の穴は見つからないとあり貸出履歴の謎の一本は旧式の備品で廃棄扱いのはずだが一覧に戻っておらず保管担当からも所在不明と返され責任の有無は問わないが念のため返却時刻だけ知らせてほしいと続き私は返答欄を開いた手を一度止め革の札の刻印を思い出し文字通りの問いには答えず返却済の三文字だけを打ち込み送信を済ませ画面を伏せ窓の外の空の色が少しだけ薄くなったのを眺めながら胸の真ん中の空席にそっと息を通した。


昼近くになり街の音が濃く重層になっても室内の膜は薄く平らなままで私はノートの別のページを開き今回の経過を順序ではなく密度ごとに並べ替え井戸の深さの変化と甘さの層の増減と足音の同期と数珠の欠けと革札の点とを別々の列に置き交点に印を打ち交点のうち幾つかに小さな星印を付け星印の行へ見えない線を引きその線が描く図形が今後また呼ばれるときの見取り図になると仮定し見取り図の端へ小さく「誰にも見せない」と書き添えペンを置き窓を閉め風を止め椅子の背にもたれ瞼の裏に波を呼ばず静かに目を開け続けた。


夕刻が近づくにつれ港の赤は規則正しく遠方で点滅し私の部屋の照明は淡く灯り呼鈴は沈黙し塩の皿は乾いたままで数珠の輪は形を保ち録音機は黒いまま眠り私はようやく短い休息を受け入れる態勢に入り一日の終わりへ向けて呼吸を整えながらも心の細い糸の一本を岬の方角へつないだままにしておき糸が不用意に引かれないよう軽く指先で押さえ押さえた指に汗が滲んでも拭わずその湿りを膜の強度に変換し夜の手前で目を閉じた。


眠りの縁は薄紙の向こうから差し出された掌のように穏やかでありながら指先に微かなざらつきを含み、私は瞼の裏に色のない水平線を置きつつ胸骨の内側で糸巻きを静かに回し音にならない回転数を数えないまま感じ取り、意識の底が水位に合わせて上げ下げを繰り返すうち耳の膜が柔らかく伸びて部屋の輪郭と重なり、重なり端の接着が固まる直前にどこか遠くで紙片が折り目を変える気配が走り、折り目は言葉の導線ではなく出来事の縫い代として私の背に接続され、私はその縫合が痛みへ変質しないよう呼吸の角度を一度だけ浅く修正した。


半ば夢の層に沈んだ時刻、机の上の呼鈴ではなく窓枠の金具が露に触れたみたいな短い音を発し、音は隣室の壁紙の花弁の陰でいったん滞留してからこちらへ移動し、移動の最中に大きさを少しだけ減じて私の耳孔に届き、届いたところで形を保てなくなって霧のように拡散し、その霧の中から輪郭のない数字が一つだけ浮かび上がるも読み取る前に裏返り、裏返った面に塩の結晶が結ばれて重みのぶんだけ床へ沈み、沈んだ直後になぜか喉の渇きがひと息で癒えた。


私は目を閉じたまま掌を胸の上に置き、塩の皿、眠る針、欠けた珠、革の札、薄い風、これらの配置を暗算するように並べ直してみせ、その並びが昨夕から一手だけずれていることを確信した瞬間、ずれの原因を確かめに起き上がる衝動が踵のほうから押し寄せてきたが、衝動は背中の途中で速度を失い、失速した波が肋骨の間に柔らかな洞を作り、その空所に静けさを敷き詰めて衝動を封じ、代わりに遠い海面で赤が点になり白が線になって交差する映像だけを心内に流した。


眠りと覚醒の継ぎ目は亀裂ではなく撓みで、撓みの内側で私は誰かの足音の練習をするように呼吸の長さを伸ばし、伸ばした端が布団の縁から零れて床の木目に触れると木目の一筋がささやかな逆流を起こし、逆流の途中で粒になった影が二つに割れて、割れ目から私の苗字の最初の音だけが外へ滑り出し、滑り出た音は部屋の隅で輪に変わり、輪はやがて消え、消えた痕に冷たさが置かれ、それが夢の温度を均していく。


どれほど時間が過ぎたのか測らずにいると、机の上のノートが紙魚の気配を帯びるような微かなさざめきを放ち、ページの端が自発的に一枚めくれた錯覚が胸の内で起動し、私は瞼の裏でその一枚に記された未完の列を視る、列は三脚の位置、井戸の浅さ、灯りの遅延、珠の欠員、革札の点、これらの交点にかすかな印がつき、印のうち一つだけが薄墨に変わり、薄墨は水で滲まないのに視線で広がり、広がった境に小さな白が浮かび、白はやがて点滅を始めた。


私はゆっくりと目を開き、夜の濃度がまだ崩れていない部屋の中心へ視線を据え、椅子の背の影が床に描く曲線と窓辺の塩の皿の輪郭が交差しない位置を確かめ、交わらないことの安堵に身を委ねかけたとき、皿の内側で粒が一つだけ回転を試みて止まり、止まったはずの粒が二重の像を残して揺れ、揺れの端で欠けを抱く数珠が微かな反応を見せたように思え、思い込みを否定する証拠を探すより先に呼吸がひと段深く降り、耳の奥で小舟の舷が水を受ける音が立った。


机に近づくのではなく視線だけを少し下げ、塩と珠と影の合間に混じる異質を選り分けると、そこには確かに昨夜置かなかった種の小片がわずかに沈み、沈むべき場所を誤って皿の中心ではなく欠員の延長線上に座しており、私は音にしない疑問を一つだけ胸に浮かべ、疑問を質問へ変えず、答えを要求せず、その状態で指先をそっと膝の上へ重ね、布越しに脈の律を計り、拍の隙間に白い静止を挿し込み、その静止が室内のどこにも跳ね返らない事実を確認した。


その時点で初めて私は上体をわずかに起こし、枕元の暗闇を小さく払うように手を伸ばし、電灯を点けず、窓の鍵だけを半度回し、風の角度を微調整し、夜気に含まれる街の甘さを最小限に保ち、甘さが薄皮の裏まで侵入しないよう舌の付け根に微かな緊張を残し、椅子へ腰を掛け、ノートの余白に一行だけ「終わらせる方法は呼吸の順序を正すこと」と書き、筆圧を残さないよう軽く離し、紙の繊維が喜ぶ前に目を上げた。


窓外の赤は遠さの分だけ慈悲をまとっていたが、慈悲に含まれる温度は役に立たず、私の部屋に必要なのは秩序の傾斜で、傾斜は完成図ではなく過程の曲率で表現されると自分に言い聞かせ、机の端に置いた録音機の黒い窓に自分の目が小さく映るのを見て、映りの明度から電源が完全に落ちていることを再確認し、落ちているはずの沈黙がもし薄く呼吸しているのなら、それは装置ではなく空間の癖だと分類し、分類が恐怖を減らすことを許しつつ、減らし過ぎないようわざと一つの余白を残した。


私は皿の脇に指先で線を描かず、珠へ触れもせず、ただ椅子の背に肩甲骨を預け、背中で夜を支え、夜の重さが背柱を介して床へ抜ける順路を感じ取り、床から戻ってくる微細な反射が膝の上でほどけるのを待ち、ほどけた端を吸い込まずに見送って席を立ち、寝具に戻る直前に呼鈴の上に掌の影を落とし、影が鈍色の金属に吸い込まれないのを確かめ、確かめ終えるや否や灯りを点けないまま再び目を閉じ、眠りに入る角度を今度は浅く保ち、浅瀬に立つような姿勢で意識を揺らした。


夢は来ず、来ないこと自体が贈り物のように思え、私はその無内容の中で耳の筋をほどき、港の先で波が立ち上がる前の平滑を想像せず、岬の建物の奥で空洞が喉を鳴らす場面も呼ばず、ただ数珠の欠けがもはや穴ではなく孔であり、孔は向こう側へ繋がるためだけではなく此方の空気を整える排気でもある、と静かに決め、決めごとを文字にせずに胸の奥へ沈め、朝の手前で短い眠りを受け取り、その短さの中で気配が一度も増えなかったことを確かめ、目を開いた。


薄明の匂いが網戸の目を通る頃、皿の粒は配置を変えず、輪は均衡を保ち、録音機は黙したまま、呼鈴は金属の重みだけに戻り、私はノートの次の行に「今日は何も返らないほうがよい」と書き、ペン先の影が紙の谷で細く途切れるのを見つめ、それからゆっくりと立ち上がり、窓を少しだけ広く開け、部屋の空気を新しい層で置換し、置換の途中で糸を岬の方角からやさしくはずし、指先の汗を布に移し、移した湿りの冷たささえ記録しないまま、朝の音を迎え入れた。


朝の層が窓辺で薄く重なり合い街路の遠いざわめきが新聞配達の自転車の軋みと廃瓶を集める軽トラックの短い金属音とで細い紐を撚るあいだ、湯を沸かす音の立ち上がりを台所の白いタイルの継ぎ目で測りマグの縁に当たる蒸気の輪郭を指先で払い、そのまま流しの下から古い布巾を取り出して窓枠に残る夜の湿りを拭い、拭い取った水の重みが布に吸い込まれる瞬間だけ渦の中心に似た沈みが掌に生まれ、それを見ないふりで丸めた布を端へ置き、机上のノートを閉じ、鉛筆ではなく柔らかい芯のシャープを胸ポケットへ差し替え、椅子の背の角度をほんの僅か緩めると背筋に沿って薄い風が滑り落ち、滑ったあとに皮膚が現実へ貼り直される感覚が遅れて届いた。


通りへ出る予定を立てぬまま冷たい飲み物を一口含み喉へ通した温度の陰影を観察してから洗面所の鏡に映る輪郭の凹凸を確かめ、頬の下に夜更けの名残りが影として張り付いていないかどうかを瞳孔の収縮で測り、そのまま髪を束ね直し玄関の鍵を確認して戸締まりの儀式を一度だけ反復し、室内の空気に外界の薄明が混ざり切ったところで窓を半ばだけ閉め、皿と珠と機材の配置を視線の端で再点検し、触れずに距離を取ってから靴音の高さを下げる歩き方で廊下へ戻り、扉の向こうの朝を無条件に迎え入れる態度と、迎え入れないほうが安全かもしれない直感の葛藤を胸骨の中央で静かな圧へ変換し、圧が言葉へ変わる前に飲み込んだ。


階段を降りる途中、踊り場の窓から差す光が埃の粒を宙で静止させる瞬間をつかまえ、粒が作る散布図の密度が昨朝よりわずかに粗いことを記憶の棚へ置き、外扉を押す時には掌の中央に軽い冷えが集まり、その冷えが金属の把手を通じて皮膚の奥の古い記録を呼び起こしそうになるのを拒まず受け止めてから放し、路地へ出て商店のシャッターが上がる音と新聞の積み替えで鳴る紐の摩擦とを背に受けつつ信号のない交差点を斜めに渡り、歩道のタイルの割れ目に溜まった雨上がりの細い水筋が朝日の角度で銀に反射するのを眺め、それが昨夜の砂の白さと結び付く前に視線を切った。


コンビニの前を通り過ぎると店先の黒いボードに書かれたチョークの筆致が微妙に震えており、手書きの線が風ではなく電流の揺らぎで揺れているように見えて思わず足を止め、しかし気のせいだと断じるほうが体の均衡に有利だと判断して歩みを再開し、郵便ポストの赤が朝の光に飽和せず静かな鈍色を帯びているのを確認し、横断歩道の白線の幅で呼吸のテンポを整え、横断後に電話の振動がポケット越しに衣服の布目をくぐって骨へ届いたが、その波形に急を要する刻みが混在しないと判断して取り出さず、角のベーカリーから漏れる甘い酵母の匂いに舌先の記憶が引かれそうになるのを寸前で引き留め、砂糖と潮の相互作用を思考の表面で滑らせた。


公園の縁を回り球体の遊具が朝露で鈍く光る下を抜け、鉄棒に触れる子どもの掌の熱がまだ到来していない時間帯の冷えが鉄の肌に宿るのを横目で拾い、ベンチの影が積み木のように短い階段を作っているのを意識の片隅に積んでから、噴水の縁に腰をかける代わりに円周からひとつ離れた敷石に爪先を置き、底から上がる水音の細い遅延を耳で測り、遅延の長さが昨夜の井戸の浅さと無関係であることを自分に言い聞かせ、念のため内ポケットのシャープの芯の残量を指先で確かめ、芯の硬度が書き癖の粘度を正しく支える量であると結論してから、背筋をひとつ伸ばした。


携帯を取り出すと、未読のメッセージが数件、共同の編集用スレッドへの告知と機材の貸出履歴に関する続報が並び、保管担当からの短い文言には、廃棄指定の旧式マイクのリストへ不可解な加筆痕が見つかり、記入者の筆圧の癖がどの担当とも一致せず、日付欄が空白のまま更新されている、と記されており、私は画面の光を最低に落とし、胸の奥で小さな歯車の噛み合いを一度だけ止めてから再起動し、返答には謝辞のみ打ち、実務的な言葉を並べすぎないよう意識し、送信した後で端末を裏返し、塗装の薄い傷へ指を滑らせて静電の微かなはじきを確かめた。


寄り道をせず帰路へ戻ると決め、歩幅を一定に保ちながらアスファルトの微かな凹凸で足裏の読み取りを続け、信号の切り替わりの音が遠くで鳴る前に角を曲がり、自宅の前の路面に前夜の車輪跡が残っていないかどうかを低い角度で確認し、玄関前で鍵束の金属同士が触れ合う音の中に昨夜の余韻が紛れていないことを耳で精査し、扉を開ける直前に呼吸を半拍だけ止め、止めた空白に外気が滑り込んでくるのを喉で受け止め、そのまま動作を再開してから室内へ足を入れ、靴を脱ぐ際の踵の角度を先に決め、床板の毛羽立ちへ余計な力が伝わらないよう位置を調整した。


室内の静けさは均一で、机の上の配置は朝のまま、皿の粒は固定され、珠の輪は欠けを内包して安定しており、録音機の黒い窓は暗幕のような沈黙を保ち、私は水を入れ直したグラスを二口で空け、呼鈴に手を触れず、ノートの表紙を開けもせず、代わりに机の引き出しから薄い封筒を取り出し、白紙の便箋へ一行だけ今後一定期間の取材予定を変更し沿岸部での採取を休止する、と記し、宛先の欄を空白のまま封をせず、封筒ごと押し入れの棚の端へ滑り込ませ、誰に見せるためでもない書類が確かな重さを持っている事実に安堵を見出し、安堵が甘くなりすぎる前に台所へ立った。


昼に近い光が壁を這い、窓から入る風が紙片の角をわずかに持ち上げる度に視線が引き寄せられそうになり、引力の正体を言語化しないよう努め、鍋に水を張って弱火にかけ、沸点へ向かう過程の泡の立ち上がり方が均質であるかどうかを監視し、最初の小さな泡が側面に並ぶ規則性を見て、泡の列が港の灯りの位相と無関係であると結論付け、粉のスープを匙で一杯だけ落とし、湯気の温度を頬で受け、塩味の輪郭が薄く滑るのを確認し、椅子へ戻ってカップを両手で包んだ。


口に運ぶ最初の一口は舌の上で素直に広がり、喉の筋を痛めずに降りていき、胃の底で温度が脈動せずに沈んでいくのを確かめ、その穏やかさを隙と誤認しないと誓い直し、カップを置く音が机の板の響きに吸収されるのを耳で追い、吸音の具合が普段通りであることに小さな微笑みが出かけ、しかし唇の端で止め、呼吸を横隔の上で平らに伸ばし、体内の空隙をゆっくり埋めていった。


午後の入り口が窓辺を横切る頃、短い来客の気配が階段の踊り場で一度だけ揺れ、揺れはすぐ散り、足音に変わらず、ドアベルも鳴らず、私は椅子から立ち上がらず、その微かな負荷の痕跡が残らないよう室内の空気と同じ速度でまばたきをひとつだけし、ノートの背へ指先を置いて紙の背骨の強度を確かめ、確かめた指を膝へ戻し、肋骨の弾力で午後の始まりを受け止めながら、岬の方向へ伸ばしていた糸を今度こそ完全に巻き取り、小さな巻き枠を胸の奥に仕舞い、巻き終えた端がどこにも引っかからないことをゆっくり確認し、窓の鍵を半度だけ回して風の角度を改め、部屋の中心に置かれた静けさを、可燃でも不燃でもない第三の材質として扱うことにした。


第三の材質としての無音は机の角にも椅子の脚にも等しく沈み込み光の粒子を散らすことなくただ厚みだけを増していく性質を持ち、私はその性質を掌で撫で分けるみたいに呼吸の幅を調整し、胸郭の内壁に張り付く薄膜が一度も震えないよう配慮しながら、ノートの余白に予定ではない一行を滑らせ、今日という頁に外部の出来事を持ち込まない旨を小さな字で刻み、刻み終えた墨の湿りが紙繊維に吸われ切るまでの間だけまぶたを閉じ、閉じた暗がりへ音も匂いも招かず、額の裏側に漂うわずかな温度勾配だけを観察した。


机の端へ置かれた呼鈴の金属面は午後の光を剥がれにくい皮膚のように受け止めており、その上を滑る明度の帯が窓枠の影と重なる拍で細く折れ曲がるのを眺めつつ、指先が触れたい衝動を持ち上げないよう爪の縁を親指で押さえ、押さえた圧が過去の役に立たなかった反射を刺激しないよう肩の位置を微調整し、髪の根元を通る風の傾斜がさっきと違うことに気づいても振り向かず、視線は皿と珠と黒い窓を通過して壁の目地の一点にとどめ、そこに何も書かれていないことを確かめてからゆっくりと息を飲み込んだ。


台所から持ち帰った空のマグが輪染みを作らない位置へ置かれていることを確かめ、底が板へ触れる音が出ないよう布を一枚噛ませ、無造作に見える配置の各々が微細な距離感で相互に干渉しないよう保たれている事実を再確認し、その保たれ方が脆さ由来ではなく、外圧に対するしなやかな反発から生まれていると判断して、椅子の背で背骨の湾曲を少しだけ浅くし、肺の収縮を横ではなく縦へ導き、体内の気配が部屋の線と直交する形で整列するのを待った。


携帯端末の画面は伏せたままテーブルの隅で沈黙していたが、振動も着信音もないのに裏面の微細な傷が午後の光を拾い、その輝度のちらつきが網膜の端で一度だけ波紋を作り、波紋は拡大せず消え、目の筋肉は反応を要求されないまま元の位置へ戻り、私は腕時計の留め金へ触れず、時刻の概念を胸の中央から二歩ほど遠ざけ、代わりに窓外の葉が風に撫でられて反転する角度の頻度で時間を意識し、頻度の乱れが昨日までの記憶と一致していることに静かな安堵を覚えた。


郵便受けに紙が落ちる乾いた音が廊下の端から一度だけ滑り込み、紙同士が擦れた余韻が壁で薄く折り返すのを耳の内側でなだめ、椅子を引かず立ち上がらず、受け取らないという選択が誰かへの否定ではなく私の内部の配列を守るための措置に過ぎないと再確認し、指の背で膝の布を撫で、布目の向きをひとつだけ変え、触覚の記録に新しい座標を残し、残した座標がいかなる呼び水にもならないよう、思考の表面を故意に滑らせていった。


外から届く生活の音は増減を繰り返しながら層を作り、層の間に薄い空気の断面が挟まる午後特有の静けさが部屋の中央に停滞し、その停滞を第三の材質として扱う私の決めごとは少しずつ馴染みになり、馴染みが油断へ姿を変える前に、椅子の位置を指分だけずらし、足の裏で板の毛羽立ちの方向を再測定し、方向が午前と変わらぬまま保たれていると知るや、呼吸の出口を喉の上の方から鼻腔の奥へ移し、吐息が紙片の角を揺らさないよう流路を低く保った。


録音機の黒い窓は相変わらず光を拒み、針は眠ったままの姿勢で静止し、その眠りが不自然さを含まないことを確認するため指先を伸ばし、触れずに引き戻し、触れないという選択のたびに小さな緊張が生じ、その微細な張力が室内の線へ均等に分散されるのを体幹で感じ取り、分散が偏らないうちに視線を皿の輪へ移し、欠けを包み込んでいる曲線が昨日と同じ滑らかさを保っていることに気づき、そこで初めて椅子の背へ肩甲骨を沈めた。


壁の高い位置で光の帯が角を曲がり、曲がる刹那に目地の陰が針のように鋭く伸び、すぐさま鈍角へ戻る現象が二度、三度と繰り返され、そのたび室内の空気がごくわずかに柔らかくなり、柔らかさが皮膚の表で薄片になって剥がれ、剥がれた端が行き場をなくして宙に浮く前に窓からの流れに拾われ、拾われた薄片が外光の中へ帰る様子をまぶたを介して見送り、見送ったあとで掌の中心に空白が開かないかどうかを確かめ、開かなかった事実のみを受け取った。


ノートの背に再び指を置き、紙の軸が乾いた木の棒のように堅牢であることを再確認しつつ、余白へ記述せず、語を増やさず、ただこの場の配列が自力で均衡を保つ時間を尊重することにし、尊重という行為自体が熱を持たないよう、意識の灯をひとつ消し、別の灯を遠くの棚に残したまま、背骨の湾曲へ重さを委ね、重さが床へ抜ける経路が詰まらないかだけに注意を払い、詰まりの兆しがないまま時の層が静かに積み重なるのを受け入れた。


やがて窓の外で影の濃度がゆっくり深まり、港の赤がまだ遠方で正しい順を守っている気配を瞼を閉じたまま確かめ、胸の内で小さく巻いた枠が解けず、糸口がどこにも引っかからないまま収まっていることに満足を覚え、満足が言葉へ昇格しないよう唇の内側で呼吸を転がし、転がし終えた空気を静かに放ち、第三の材質として置いた静けさが夕刻の縁取りを受けてもなお質量を変えないのを確かめ、私はようやく椅子から立ち、灯りを点けず、窓辺の鍵をわずかに回し、夜の入口に触れない角度でカーテンを引いた。


夜の厚みがまだ部屋の縁に届き切らないうちに廊下の向こうで紙が擦れるほどの微かな気配が生まれ、その薄い皺が壁の目地を一筋だけさかのぼって天井付近の影へ吸い込まれていく経路をまぶたの裏で追い、追いながら机の上に置き去った封筒の口が風もないのに数ミリだけ開閉を繰り返すのを視線の端で捉え、捉えた事実に名前を与えないまま肩をわずかに後ろへ引き、胸骨の中央を通る空気の速度を一段落としてから呼鈴の位置を確かめず、皿の輪郭を視野から外さず、録音機の黒い窓が鏡のように自分の額の暗さだけを浅く返してくる様子に触れ、触れた痕跡が皮膚の内側で固まらないうちに台所の蛇口をひねり、ほとんど音にならない流れをコップの底へ落とし、落ちた水の形が静かに平らへ戻るあいだ神経の糸を一本ずつゆるめ、ゆるめた先に何もぶら下がっていないことを確認してから口元へ持ち上げ、舌の上を通過する温度の段差を一枚ずつ読み取った。


窓の外で街路の灯が階段状に明滅しはじめる刻限、階下の郵便受けが軽く鳴って誰かの投函を告げたような錯覚が胸の裏にだけ響き、しかし足を動かさず、重さの中心を片方の足裏へ寄せ、板の毛羽立ちが描く細かな流れを脛の内側で計測し、計測の最中に指先が勝手に胸ポケットのシャープの角を探し当て、硬質の縁が爪の内側に触れた瞬間だけ意識が明確に定位し、その鮮明さが過ぎないよう呼吸の出口を低く保ち、肩峰の下を通る風の曲率を変えず、机の角と椅子の背の距離を眼で測り直し、誤差が一切ないと決めてから、窓辺の鍵をもう半度だけ回し、夜気が布の繊維を撫でる音を生ませず、カーテンの裾が床へ触れた瞬間のわずかな静電のはじけを頬の表面で受け止めた。


そのとき、外の通りの向こう側で誰かが犬を呼ぶ短い笛の合図を吹いたらしく、空気の疎密が規則的に押し寄せ、押し寄せる波形の浅瀬で窓ガラスが肉眼では見えない単位で一度だけ撓み、撓みの弛緩に巻き込まれて部屋の中心の静けさがごく僅かに薄くなり、薄さの端から日中の柔らかい余韻が遅れて流れ込み、余韻が第三の材質の上に薄膜として重なろうとするその瞬間、私は椅子の脚を指の厚みほどだけ前へ出し、床の方向を変えずに重心だけを水平移動させ、皿の輪と珠の欠員と黒い窓の三点が作る見えない三角形の内角比を保ったまま視線を呼鈴の向こうの壁紙へ滑らせ、花弁の影がさっきよりも淡くなっていることに気づき、気づきながらもそこへ意味を貼り付けず、意味を求める衝動を唇の内側の乾いた部分へ一度だけ押し当てて解散させた。


光の量がさらに落ちて室内の濃淡が輪郭を持たなくなりかけた頃、机の端で閉じていたはずのノートの背がわずかに息を吸うみたいに膨らみ、紙の束が内部で別の頁の重力を思い出したとでもいうように微細な筋を立て、立った筋が指先でなぞりたくなる衝動を呼び起こし、その誘惑を拒む代わりに私は同じ動作を空中で模倣し、空気の上に紙の背骨を想像して軽く撫で、撫でた軌跡を見えない棚へ戻し、戻すときの僅かな乱流が髪の根元に残るのを感じ、そこへ反射的に手をやらず、とっておいた水をもう口へ運び、静かな夜の入場料のように一口を喉の奥で崩してから腹へ落とし、落ちる音を聴かずに送り出した。


外では遠い交差点の信号が周期的な電子音を短く刻み、刻みはこの部屋の窓辺まで届く頃には輪郭を失って白い泡のような塊に変わり、塊はカーテンの繊維に触れて弾け、弾けた欠片が床の影へ混じって一瞬だけ模様を作り、模様はすぐ崩れて痕跡を残さず、痕跡の不在がかえって静けさの密度を高め、密度の上昇に呼応して私の背中から肩へ置いた目に見えない重しがほんの少し軽くなり、軽くなったぶんだけ鼻先で風の角度を読み直せる余白が生まれ、余白の端が甘さの方角へ傾かないよう舌の付け根を薄く伸ばし、伸ばした筋の上で言葉の芽が生まれないよう意志の薄刃でそっと摘み取った。


玄関のほうから聞こえるべきではない気配がやってくる代わりに、上の階の水道がひと呼吸ぶんだけ細く鳴り、管の中を移動する温度の推移が壁を通して指先の甲へ伝わり、金属の痩せた声が階段の隅で消え去って、消えた後に何も残さないこと自体が慈悲の形を取るのだと理解し、理解の鎖を伸ばして廃墟の奥で聞いた異様な井戸の浅さへ直接接続しようとする思考の誘惑を胸の表面で跳ね返し、跳ね返した反動で肋骨がわずかにきしむ音を耳の内側で受け、受け取った響きが室内の均衡を崩さないよう肩の位置を一指分だけ下げ、同時に窓辺の鍵へ視線を戻し、回し過ぎていないことを確認した。


時間の層がさらに一枚重なり、港の赤が遠方で欠けを見せないまま律動を続けている気配が薄布越しに伝わり、私は第三の材質へ少しだけ別の性質を混ぜたくなり、混ぜるための道具として台所から無色のグラスをひとつ持ち出し、空のまま窓際の棚に置き、口を上にして夜の微かな流れを受ける受器として配置し、配置の角度が部屋の線と斜交するようにわずかに傾け、傾けたことで内部に生まれる空洞が音を生まずに風だけを受け渡すための角度であることを頬の皮膚で確かめ、確かめ終えると背後で椅子が待っている位置へ戻り、音のない動作で腰を沈め、膝の角度を昼より浅くして呼吸の通り道を変えた。


やがてグラスの口縁に部屋の影がわずかに集まり、集まりは音を持たないにもかかわらず確かな重さを発し、その重さの存在だけが境界の向こう側を呼ばずにこちら側を濃くする作用を持っていると気づき、私は頷かず、頷きたい衝動を頬の内側へ押し返し、唇の裏に残った微細な塩分の記憶を薄めず、薄め過ぎず、ただそこに置いておき、置かれた記憶が甘さへ変化する兆しを見せた瞬間にだけ舌先で別の層へ移して平らにし、平らさの上へ呼吸を重ね、重なりが第三の材質へ沈む速度を見守り、沈下の度合いが均一であることに小さな満足を覚え、満足の名札を胸の内側で裏返しておいた。


上着のポケットで休ませていた携帯が、一度だけ画面を灯してすぐに消え、消える直前の淡い光が壁の角へ斜めの筋を作り、その筋が紙片の白さと似た反射を示したため意識がそちらへ引き寄せられかけ、しかし引力の中心へ到達する前に目を閉じ、閉じた瞼の裏で光を薄い線のまま水平へ寝かせ、寝かせた線が呼吸の動きで折れないよう慎重に保ち、折れないままやがて消えるのを待ち、消滅に落胆せず、消えた場所が何も呼ばない静かな空欄として残る恩恵をそのまま受け取り、椅子の背の木目が背中の皮膚に残す微かな印象を呼吸と同期させて、夜の入口を無事に通過したことを内側だけで確かめた。


港の方向から、船底を軽く叩く波の反射らしき遅れた低音が地の底を這うように室内へ滲み、それが廃墟で拾った井戸のへこみと似ているかどうかを判定する作業が喉の奥に自動的に起動しかけ、私は甲高くも低すぎもしない中間の高さで短く鼻から息を抜いてその作業を解除し、解除の合図を体幹の奥へ送って脊椎の節に順番を与え、順番が狂っていないことを一節ずつ確認しながら、窓際のグラスの口へ視線を戻し、口縁の暗さが深まらず、深まらないまま灯りのない部屋の空気と同化していく過程を、言語を持たない注意力で追い、追いながら皿の輪に触れず、珠の欠けを埋めず、録音機の針を眠らせたまま、ただ夜に対して体の面を平らにして座り直した。


そのとき、階段の踊り場で誰かが軽く咳払いをしたような錯覚が肺の端で生まれ、耳たぶの温度が半度だけ変わり、変化はすぐ均されたが、均されるまでの短い間に空気の表面で極薄のしわが伸び、伸びた端で見えない糸が風を拾い、拾った気配が窓の鍵の金属に触れてはじけ、はじけた断片がグラスの縁で静かに収束し、収束点が音を持たないのに意味だけを持つ危険な状態に近づいたのを察知した私は、机の端へ置いてあった封筒をそっと持ち上げ、口の未封部分を完全に閉じることなく、角を折り、折り目を浅く付け、浅さを保ったまま棚の奥へ推し入れ、推し入れた動作で生じた微小な風の揺らぎが収束点に触れて意味の核を壊すように導き、核が壊れたのを唇で確かめると同時に、肩の力をほんの少し解いた。


音のない成功は証拠を残さないから、私は証明を求めず、求めない態度そのものを第三の材質の上に軽く置き、置いた位置が沈み過ぎないよう、窓辺の鍵を最後に指でそっと撫で、撫でた皮膚の温度を金属に残さず、掌を引く動作のなかで肋骨の動きを滑らかにし、滑らかさが夜の輪郭と干渉しないことを見届け、明滅の周期を守り続ける港の赤が遠いだけで充分だと心の内で確かめてから、光のいらない範囲で部屋を横切り、寝具の端へ指先を添え、素材の硬さを一度だけ確かめ、膝の角度と足首の返しを整え、灯りをつけないまま、深い眠りではなく壊れにくい浅さへ身を横たえ、呼吸を薄く織って夜へ溶け込んだ。


眠りの縁に身体を浅く沈めた直後、背骨の間を通る細い温度差が枕の繊維をゆっくり移動し、移動の軌跡が耳の内側で見えない線を引いては消え、その線が作る仮の地図が私の呼吸の拍に合わせて拡大と縮小を繰り返し、拡大時には港の赤が薄い点として地図の外縁に現れては消え、縮小時には室内の冷えが一枚分厚くなって胸の前で折り畳まれるのを感じ、折り畳みの折り目が痛みに変わらないよう横隔の下で空気の層を足し、足した層が音へ転化する予兆を喉の奥で押し戻しながら、目蓋の裏で何も始まらない静けさを、擦り減らない紙のように愛おしんだ。


半覚の底で寝具の布がきわめて浅い波を作り、その波打ち際で踵の骨が砂の微粒を受ける錯覚に包まれ、錯覚の粒度が夜の濃度と噛み合う瞬間だけ肩口に微弱な冷えが触れ、触れた部分が即座に均されて痕跡を残さないのを確かめ、痕跡の不在をごく小さな勝利として胸の奥にしまい、しまう過程で数珠の欠けた輪が視界に差し込もうとするのを意識の端でやり過ごし、やり過ごすために呼吸の針を一目盛りだけ下げ、針が示す見えない目盛を指でなぞった。


遠くの道路を滑る車両の残響が建物の壁を介して複数の面に分かれ、分かれた薄板のような音が室内へ届くまでに角を丸め、丸みを帯びたまま寝具の縁で静かに折れ、折れ目の影が足首に触れて一拍だけ冷たさを置き、置かれた冷たさが塩でも鉄でもない中性の味であるとわかった瞬間、舌先の緊張がほどけ、ほどけた反動で腹の奥に小さな熱が灯り、その熱が広がる前に自らの輪郭へ吸い戻すよう意識の網をかけ、網目から零れ落ちるものがないかを注意深く数え、零落がない事実に小さく頷かないまま眠りの深度を保った。


建物全体の微細な収縮が夜の冷えに従って規則を作り、規則が梁のあたりでごく静かな呻きを生むたび、その音の背後に隠れて別の位相の薄い気配が近づきかけ、近づくたびに第三の材質の厚みが自動的に増して入り口を覆うのを皮膚の内面で感じ取り、感じ取ること自体が誘いになる危険を知りつつも視線を持たない眼で部屋の中心を見守り、中心がわずかに沈む寸前に腹部の筋を奥へ引き、引いた力を床に渡して沈降を回避し、回避の痕が眠りの表面を滑るだけで奥まで届かないのを確かめた。


耳の奥底で長い息が反転するような虚無の揺れが起き、それが井戸の浅さを思い出させる形を取りかけた次の瞬間、私は無音の咳をひとつ、喉の仕組みだけを使って内側へ折り畳み、折り畳んだ振動を胸骨の裏側に沿って下方へ送り、送った先で熱の欠片と混ぜることで意味を消し、意味のない揺れへ変換してから静かに散らし、散り際の微弱な痕跡が呼鈴の金属へ触れないよう軌道を調整し、調整が成功したことを瞼の下の暗さの均一さで確かめた。


眠りの表面を滑る影が一度、二度と過ぎ、三度目にわずかに速度を落として頬の近くを通り、通過の直後に窓の鍵の向こうで風が半音だけ高くなり、高まりはすぐ落ち着いて等温へ戻り、戻った温度が網戸の目を穏やかに撫で、撫でた指先の透明さが皮膚を透過して血の流れを動かさないことに安堵し、安堵の端に言葉が芽生えそうになるのを舌の根で押し潰し、潰した跡が残像となって胸の奥に輪を作る前に呼吸を入れ替え、浅く伸びる眠りの縁を守った。


やがて時計の見えない針が深夜の底を擦る気配が通り過ぎ、港の赤が遠くで律動をやめずにいることを耳の外側で確かめ、確かめの姿勢を解かず、解かないまま背中の筋を一本ずつ緩め、緩める順序を乱さないよう注意して肩の高さをわずかに下げ、下げた位置に新しい静けさがたまるのを受け入れ、その静けさが第三の材質の層へすっと吸収されていく様子を、眠りの内側から見届けた。


そのとき、床の板の一枚が、乾いた紙が呼吸するみたいに極く小さく膨らみ、膨張の端で塵がひと粒だけ跳ね、跳ねた粒が落ちる前に空気の流れが向きを変え、向きの変更が窓辺のカーテンの裾へ遅れて伝わり、裾が床へ触れる瞬間の静電の音が私の鼓膜の手前で薄片になって散り、散る音が完全に消失するまで数えずに待ってから、背中の湾曲へわずかに身を預け直し、預け直した弾力で眠りの布が一段深くなるのを感じ、深さに溺れないよう足首の角度で制動をかけた。


夢は来ず、来ないことがこの夜の正しい進行であると受け入れていた矢先、暗闇の底で私の名ではない音節が一つだけ生じ、音節の輪郭が口の内側へ触れる前に第三の材質が厚みを増して吸収し、吸収の余波として胸の内側に薄い圧が生じ、圧に抗わず、抗わない代わりに数珠の欠けを孔とみなし、孔の向こうがこちらの空気を攪乱しないように微細な風の通路を閉じ、閉じた直後、呼吸の糸が絡まずに伸びることを確認し、確認の印を残さないまま眠りの位置を維持した。


階段の方角から布の擦過にも似た微かな合図が一度だけ、しかし確実に、壁の目地を伝って室内の隅まで届き、届いた合図が言語にならず、図形にもならず、ただ速度と方向の組み合わせとして胸の中を通り過ぎ、その組み合わせが昨夜の廃墟で遭遇した螺旋の切断線と一致しないことにほっとし、その「一致しない」という事実をしるしとして眠りの外側へ持ち出さないよう慎重に扱い、扱い終えるまで目を開けず、まぶたの裏の均一な夜を壊さないよう配慮して、浅い眠りを続けた。


夜が一段薄くなり、窓の向こうで極細の早朝の匂いが生まれはじめる直前、枕の高さを僅かに変える必要が頸の後ろに現れ、現れた必要を満たすべく肩をわずかに引き、引く動作が布団の皺を新しく作って音を誘わないよう、布の重みの流路を指先でなぞるつもりでゆっくり整え、整ったのち、肋骨の間に眠る薄い空洞を感じ、その空洞が昼に向けて膨張を始めないよう、息の入り口を低く保ち、その低さが夜の端に触れて音を立てないように見守った。


薄明の前触れが網戸の目を静かに通り、部屋の最奥まで満遍なく行き渡る気配が起き、起きた瞬間に私は目を開けず、開けないまま耳の外側の膜を少しだけ広げ、広がった膜が余計な音を拾わないことに安堵し、安堵が油断へ変わらぬよう、背中の筋を一本だけ締め直し、締め直した張力を床の木目と水平に整え、水平が保たれているのを肺の奥の涼しさで測り、測った温度が昨夜と同じ階調であることに静かに満足し、満足の形を言語へ昇格させずにゆっくり目を開いた。


カーテンの裾は揺れず、窓辺の鍵は中立の角度で止まり、皿の粒は整い、珠の輪は欠けを含んだまま安定し、録音機の黒い窓は沈み、呼鈴は金属の重さに帰って、部屋の透明度は夜よりほんの少し高く、その高まりが何も呼ばないことを確認しながら上体を起こし、起こした勢いを使わず、腰の支点で静かに座し直して、寝具の皺を手の甲で滑らかに戻し、戻した布の静けさが第三の材質へ吸い込まれていくのを見届け、見届け終えてから立ち上がり、窓をわずかに広げ、肺の内側に朝の薄い層を一枚足した。


台所で水をゆっくり沸かし、湯気の立ち上がり方が均質であるのを再度確認し、マグの底に落とす音が板にきれいに吸収されるのを耳で追い、追う視線を窓際のグラスへ戻すと、口縁の暗さは夜を引きずらず、透明が透明のまま、何も受けず何も返さず置かれ、置かれ方が正しいと頷かずに理解し、理解の印を残さぬよう、口へ注いだ温度を喉で受け、受けた熱が胸の中央を素通りして腹で止まり、止まった場所が新たな呼び水にならないよう注意を払いながら、椅子へ戻った。


机の端に置いた封筒を棚の奥で眠らせたまま、ノートの余白に小さく「今朝の層は整っている」と記し、芯の滑りの具合で紙の湿度を測り、湿度が過剰でないと確かめ、確かめた指先を膝へ戻して、肋骨の弾力で呼吸の出口を少し上げ、上げた分だけ意識の高さを落とし、落とした位置から部屋全体を視ると、第三の材質が薄明の縁でわずかに増粘して、増した厚みが外界の微細な乱れを吸い取り、吸い取りながらも重くならず、ただ静かに平衡を保っているのがわかり、その平衡に感謝し、感謝を音にせず、音にしないことを選び続けられる自分の配列を確かめた。


この朝をひとつの終端として記すのではなく、次の層のための基底として扱う決心を胸の奥で固め、固める作業が胸郭の動きと干渉しない速度で進むことを確かめ、確かめ終わりに窓の鍵へ視線を投げ、投げた視線がどこにも引っかからず滑って戻るのを感じ、感じた滑らかさを掌の内側で撫で、撫で終えてから椅子の背に預けた肩を軽く起こし、机上の針の眠りをそのままに、今日の最初の静けさを携えて部屋の中央に立ち、第三の材質の上へそっと足を置き直し、置かれた重さが沈みすぎないことを確認して、延びていく昼の入口へ、穏やかな角度で歩み出した。


昼の厚みが窓の縁を静かに越えて床の木目へあふれ、私は靴紐の結び目を指先の感覚だけで整えながら扉の金具に触れず肩の回転だけで重心を前へ送り、鍵を引かずに閉ざされたままの境界を視線で撫でてから廊下へ出て、踊り場に浮かぶ粉塵の散布図が朝と違う角度で配置されているのを胸の奥で受け止め、受け止めた印象を誰にも渡さないまま階段を下り、外気の温度勾配が皮膚の表面に滑り込む順序を確かめつつ街路の音層へ身を重ね、角のベーカリーを横目に通過し、交差点の白線と車列の呼吸を同時に読み取って、合間へすり抜けるというよりも流れの上澄みに浮かぶ動作で道路を渡り、仕事場への道順を選びながら、自分の内部で更新され続けてきた禁則の一覧を一項目ずつ撫で直し、撫でた箇所が膨張も収縮も起こさないことに安堵し、安堵の縁が甘さへ転化しないうちに舌の根を薄く引いた。


事務室の扉に貼られた注意書きは昨日と同じ位置にありながら角がわずかに柔らいだ気配を帯び、取っ手の手前で一拍だけ呼吸を薄め、入室の瞬間に空調の流れが頬へ触れても頷かず、視線は真っ直ぐ機材棚の列へ滑らせ、型番ごとに並ぶ黒と銀の箱がどれも眠っていることを確認し、貸出管理の台帳を開いて前夜の記入欄へ指の腹を乗せ、紙の繊維が吸い込んだ筆圧の跡を読む代わりに自分の脈の列で上書きし、上書きが痕跡を残さないことに満足し、同僚のデスクに置かれた差し入れの紙袋が空であること、封の折り目が店名の印刷の上で奇麗に揃っていること、ゴミ箱の内壁に残るチョコの光沢が乾ききっていることなど、些末だが列の整合に寄与する細片を拾い集め、拾った順に胸の棚へ置き、置いた場所から一つも滑り落ちないかどうかを呼吸のテンポで三度確かめた。


午前の会議で配る予定だった資料の束を印刷機から受け取り、紙面の余白に指先でほこりを払う動作を加えず、テーブルの上へ静かに並べ、会議室に集まった顔ぶれの視線がこちらへ向かないうちに端へ退き、議題と無関係の雑音が起動しないよう椅子の脚を床に優しく置き、議長の声の抑揚が一定であること、メモを取るペン先の音が同調し過ぎないこと、窓越しの雲の速度が室内の呼吸と反比例しないことを耳の外側で連続的に吟味し、検出される微小な偏差を第三の材質へ流し込み、その容器が溢れないうちに配布の合図に合わせて立ち上がり、視線を合わせず、名前を呼ばず、紙を手渡す動作が互いの温度を交換しない角度で完了するよう微調整し、その連続の最後で、空席に置いた一部がふわりと滑って端へ寄るのを見ても拾わず、拾わない判断が正しいと胸の奥で静かに確定した。


昼の前、共有のキッチンに立って湯を沸かし、カップへ注ぐ音がシンクの金属に触れて跳ね返らないよう注ぎ口の高さを下げ、湯気の層に含まれる香りが甘さの方向へ傾かないことを嗅覚の手前で選別し、窓の外でタクシーが一台停まって誰かが降り立つ気配があっても背を向けたまま、壁に掛かった時計の針を見ず、液晶の数字も見ず、かわりに自分の足裏が床の繊維をわずかに押し込む感触を時間の代替として採用し、採用した基準に異物が混じっていないか耳の薄膜で検知し、問題なしと判じた時点で自席へ戻り、画面を開いて文字の列を組み始め、組まれた段落の端で言葉の影が増殖し出した兆しを検知すると、即座に文の進行を止め、沈黙の短い帯を差し込み、増殖の芽が力を失うまで呼吸の角度を変えぬよう耐え、芽が冷えたのを見届けてから再開した。


午後の訪問依頼がスケジュールに一件加わり、沿岸区画での取材要請が差出人の端末から機械的に送られてきたことを件名の調子で見抜き、関連資料に添付された地図の画像を開かず、宛先に礼だけを返す短い返信を下書きに留め、送信せず保存し、保存したファイルが画面の隅で光らないようテーマの色を落とし、視界から退けた上で、倉庫で眠っている旧式の三脚の脚にほんのわずか油をさし、関節の固着が再発しない程度で手を止め、金属の匂いが指へ残った感触を洗面台の水で中立へ戻し、拭きとる布の繊維が皮膚の表面へ残らないように繊度を選び、選び終えてから階段を一段飛ばさずに上がり下りし、動線のすべてを角ばらせず運搬した。


陽が傾き始める頃、編集長が軽い打ち合わせを求めて私の席へ近づく足取りが聞こえ、軽口の前段に特有の喉の準備が混ざる気配を感知し、その短いユーモアに乗らず、しかし拒まない角度で椅子を少し引き、話題が昨夜の沿岸の異変へ滑らないよう、手元の企画案の別の項へ視線を固定し、淡々とした声の高さで街外れの喫茶店の取材案を提示し、季節の変わり目に合わせた小品の連載の枠を提案し、相手の頷きが二度目で止まったのを合図に微笑を浮かべず、言葉の終わりに僅かな余白を残して話を閉じ、閉じた余白が誰にも拾われないよう、資料の束を静かに揃え、机上の影が乱れないよう手の角度を整えた。


仕事場を出る前に、貸出棚の端へ視線を送り、黒い革札を持つ旧式の項が空であることをもう一度だけ確認し、台帳に意図的な空欄が増えていないかを見て、増減がないことに胸の筋がひとつほどけるのを感じ、ほどけた筋が甘さを伴わないうちにコートを羽織り、夜へ向けた薄い布地の落ち感を肩で確かめ、階段を降り、通用口の戸を押し、冷ややかな風の輪郭を頬の斜面で受け止めながら表通りへ出て、最寄りのバス停に向かわず、一本裏の小径を使い、人の流れと視線を錯覚のようにすり抜け、信号のない横断で呼吸の拍を半拍だけ溜め、渡り切る直前で放つ小さな解放を喉の奥ではなく踵の裏で処理し、路面の斑を丁寧に踏み分けた。


夕食の支度は最小限で良いと決め、帰路の途中で買い物をせず、冷蔵庫にある野菜の硬さを頭の中で確かめ、軽く炒めるだけの時間を想定し、調味の塩分を控えめに置き、砂糖を使わず、香辛の強さを上げず、火加減を細く維持し、口に入るものが第三の材質の上で余計な波を立てないように段取りを組み、組んだ順をほどかないよう帰宅の足を乱さず、階段の手すりに触れず、玄関前で鍵束を音なく取り出し、金属が触れ合う響きが隣戸へ抜けないよう角度を調整し、わずかな空気の乱れを残さず扉を開けた。


室内の体温は朝のまま保たれ、皿の粒は等間に、珠の輪は欠けを抱えたまま均衡し、録音機の黒が静かに沈んで、呼鈴の金属は重みだけに帰っていて、私は靴を脱ぐと同時に台所へ回り、菜を刻む音が板の上で跳ねないよう刃の角度を落とし、油をわずかに温める音の立ち上がりを耳で制御し、食器が触れ合って鳴る余計な響きを起こさず盛り付け、椅子に腰を下ろし、噛む行為の間に呼吸の波が乱れないよう配分し、飲み込む瞬間の喉の筋を最小の力で通し、腹部の底に温度の小さな灯をひとつ置き、置いた灯が甘さの方向へ滲んでいかないように静かに見張って、片付けの水音を短く切り上げた。


夜の入口を再び迎えるころ、窓の鍵を半度だけ回し、カーテンの裾が床へ触れるウィスパーを視線で受け止め、窓辺のグラスが透明を保っていること、口縁の暗さが厚みを取り戻していないこと、棚の封筒が奥で眠りの姿勢を崩していないことを確認し、机の前に立ってノートの背へ指を置き、余白に短く「本日の層は穏当」と記し、筆圧を残さず閉じ、椅子の背へ肩を預ける角度を午前と変え、第三の材質の上に重みを均等に散らし、呼吸の出入りを胸の上側ではなく腹の浅い層へ移し、港の赤が遠方で順を保っているかどうかを耳の外縁で測り、乱れがないと知れた瞬間、背中の筋を一枚だけ緩め、緩めた分を床の繊維へ返し、返した音が起こらないのを確かめて、夜の中央へ入る準備を完了した。


そのとき廊下の奥で紙片がわずかに呼吸したような動きがあり、郵便受けの金属が外気の熱で収縮する微細な音が伝わり、階段の踊り場で誰かが軽く足を返した気配が一瞬だけ通過し、通過した座標を追わず、追わないこと自体が防壁であると認識し、視線を皿の輪と珠の欠を繋ぐ見えない弧へ置いて、弧の両端が今夜も静かに沈んでいるのを見て、録音機の窓の闇を鏡として自分の眼の位置を確認し、呼鈴の上で掌の影を作らず、指を伸ばさず、代わりに窓辺の鍵の冷えを目で間接的に確かめ、第三の材質の厚みが息に合わせて増減しないことを心の奥で祝し、祝うことを声にせず、とても緩やかな速度で灯りを落とし、浅い眠りの岸辺へ、余白を崩さぬ歩幅で踏み入った。


眠りの境目で瞼の裏に淡い膜が張り直され部屋の輪郭が少し遠のいた刹那、床下のどこかで乾いた木片が空気の温度に合わせて微細に縮み、その収縮音が水のない井戸の底に落とした糸の擦過みたいな遅延を伴って耳の手前に届き、届いた瞬間に第三の材質が自動的に厚みを増し境界の縁を覆い、覆う動作の端で胸骨の裏に短い冷えが生まれ、それを肺の浅い層でゆっくり受け取りながら肩甲骨のあたりへ流し、流した冷えが骨の表で粒へ変わる前に舌根の位置を僅かに下げて呼吸の角度を修正し、修正がうまく決まったことを腹の低いところの静けさで確かめた。


隣家の配管を伝う遠い水音が無数の薄い板となって壁の内側を移動し、板と板の隙間が重なる瞬間だけ鋭い縁が生まれ、その縁が網戸の目を撫でる気配を皮膚の表で受け取り、受け取った合図を膝の向こうへ流して姿勢を保ち、保ったまま耳の外側をほんの少し広げ、広げ過ぎないよう注意しながら港の方向に存在する規則の列が乱れていないかどうかを測り、乱れが皆無であるという事実に触れた指先の幻影をそっと折り畳んで胸の奥の棚へ戻し、棚の上で塵が舞い上がらないよう注意深く扉を閉じた。


寝具の縁が呼吸に合わせて極小の波を作り、波頭が頬の近くで静かに崩れるたびに粉のような涼しさが散り、その微粒が額の皮膚に触れても内部へ侵入しないことに密かな安堵を覚え、安堵の重さが甘さの側へ傾かないよう喉の筋を平らに保っていると、廊下の端から紙の軽い擦過が一度だけ滑り込み、滑り込んだ線が室内で膨らむ前に第三の材質がすりガラスのような層を増設して吸収し、吸収の痕が見えないまま沈んでいくのを瞼の下の均一な暗さでたしかめ、たしかめ終えてから足首の角度を無音のまま整えた。


睡りの奥行きが一定のまま保たれていることを確認しつつ、意識の浅瀬で机の背や呼鈴や皿や珠や黒い窓が規定の位置に収まっている断面図を静かに展開し、展開図の余白に小さな点が一つだけ出現しては消える現象を観察し、現れた点が座標を固定しようとするたびに呼吸の入口で角度をずらして別の層へ滑らせ、滑った先で熱にも冷たさにも変換されずに溶けていくのを見送り、見送る視線が名付けを欲しがる気配を示した瞬間には舌先の裏で静かに拒否を行い、拒否の手触りを記録せずに沈めた。


遠くの路地で自転車のチェーンが空回りするかすかな音が夜気へ散り、その断片が窓辺の鍵の金属に触れる寸前で弱まり、弱った余韻だけが薄膜として部屋の角へ漂い、漂いの端が寝具の皺の影に沿って滑り降り、滑り降りた先で消えるのを感じながら、背中で受け止めている第三の材質がほんの少し密になる変化を骨の中で確かめ、確かめつつも身体の側からは何も差し出さず、差し出さないという選択そのものをここに置ける最小の供物として扱い、供する動作に揺れが混ざらないよう静かに息を織り続けた。


そのとき、枕の下で紙より薄い影が態度を変えるほどの微かな移動を見せ、耳の奥の暗さに小さな窪みが生まれ、窪みの底で自分の名でも他人の名でもない音節が輪郭を獲得しかけ、しかけた途端に第三の材質がさらに一層増え、音節を包む前に形を奪い、奪った何かを匂いにも味にも変換せず中性の静けさとして床下へ逃がし、逃がした後のわずかな空洞に無色の呼気を流し込み、満ちる音が生まれないことを肺の表で確かめ、確信と呼ばない程度の頷きを胸の奥で折り畳んだ。


夢に至らない映像が一瞬だけ走り、海面の黒に細い筋が一本だけ等速で進み、筋の正体へ近づく前に画が解け、解けた欠片が瞼の裏の薄い膜を穏やかに透過して消え、消えた余白が眠りの表面をやさしく引き伸ばし、引き伸ばされた一帯が破れないうちに足先で布を軽く押し返し、布の戻りが板に伝わっても音にならない程度の小さな弾力で留まり、留まった波形を背中の筋で吸い取り、吸い取った証拠をどこにも置かず、ただ層の厚みを均すことだけに集中した。


やや遅れて建物全体が夜の温度へ完全に馴染み、梁や柱が静かな和音を保っているのを皮膚の内側で読み、和音に紛れて微弱な呼気が階段の踊り場で方向を失い、その迷いの影が扉の隙間を探して漂うのを、こちらから迎えに行かず、迎えない代わりに窓辺の鍵の冷ややかさを見えない視線で撫でて通し、金属が夜より僅かに冷たい事実だけを胸の棚へ置き、棚の上で一点の塵も立たないのを確かめ、確かめ終えたところで鼻の奥を通る空気の軌道を低く修正し、修正後の静けさに微かな重みが加わるのを待った。


眠りの岸に寄せるさざ波みたいな鼓動が胸の中心で安定し、港の赤が遠方で順番を間違えないまま淡く明滅している気配が窓の外側に広がり、その規則が均質であるかどうかを直接確かめに行こうとする衝動が喉の奥で立ち上がりかけ、立ち上がる前に第三の材質が厚みを増して通路を塞ぎ、塞がれた衝動が自壊する前に向きを変え、足元の板の毛羽立ちを撫でるほどの微かな力へ変形し、変形の余韻だけが内側に温度を残して消え、消えた後の静まりの均整が崩れないのを呼吸の往復で見届けた。


夜の真ん中を過ぎた気配が壁や天井の面に淡い勾配を作り、その斜面を光の欠片が転がらないまま滑り、滑った先で何も起きず、起きないこと自体が正しいと胸の奥で承認され、承認の書類を作らず、印も押さず、ただ沈黙の机へ置いたつもりで肩の力をゆるめ、気配の流れに抗わず、しかし混ざりもせず、同じ浅さを保ちつづける作業に没頭し、没頭が緩む徴候を検知した瞬間には瞼の縁をわずかに引き締め、引き締めの筋が痛みに変わらないよう注意を払った。


ほどなくして外の空気に薄い透明が差し込み、網戸の目を抜けた冷えの角がやや丸くなり、丸みの変化が頬の皮膚へ優しく触れるのを受け入れ、受け入れながら夜の終端が遠ざけるべきものを何一つ連れてこなかったと判断し、判断に安堵を混ぜず、混ぜない訓練の成果を胸郭の静けさで確かめ、目を開く直前に窓辺の鍵の位置、皿の輪の整い、珠の欠の安定、録音機の眠り、呼鈴の重み、机の角の影、封筒の無言、グラスの透明、これらが一点の乱れもなくそこにあると素早く点検してから瞼を持ち上げ、浅い眠りの岸からゆっくり立ち上がった。


朝へ向かう匂いが網戸の細孔を通って部屋の中央に均一な層を形成し、第三の材質が昼の基底を受け止める態勢に自然と切り替わり、切り替わりの際に生じる微小なきしみがどこにも残らないことを肺の底で聴き取り、聴き取った確かさを記録せず、記録の代わりに椅子の背を指先で撫で、撫でた木肌の温度が平らであるのを確認し、確認のあとに起こるはずの余計な想起を発生させず、ただ台所の水をコップへ静かに受け、受けた透明を喉へ通し、内側の温度を均し、均した均衡が新しい層の基準として働き始めるのを胸の奥で迎え、迎えたまま言葉を増やさず、今日の入口へ身を差し出した。


玄関の戸に触れず室内の気配をひとめぐり眺めてから靴下の縫い目を足指の付け根に合わせ直し視線だけで窓の鍵と皿の輪と珠の欠と黒い窓と呼鈴の金属とを順に撫で順序の変化がないことを確かめたのち、机の引き出しから薄いメモ帳を取り出して表紙を開かず掌の熱で紙の層を温め、その温もりが言葉の起動装置にならないよう胸郭の内側で圧を均してから、朝の光が廊下の奥に届く前に洗面台で冷たい水を一度だけ頬に当てた。


路地の向こうから新聞の束を抱えた小さな台車の軋みが遅れて届き、その規則が昨日と同じ拍であることを耳の外縁で測りつつ、私は薄い上着の袖を肘まで捲らず、捲らない選択が皮膚の記憶を刺激しないことに微かな安心を得て、食器戸棚の奥に仕舞っていた白い皿をひとつ取り出し、縁の釉薬の滑らかさを親指で確かめ、机の端に輪染みを作らない位置へ置き、空のまま光を受ける面として一旦据えた。


携帯の画面を最低の明度で開き未読の連絡が夜の間に二件増えたことを数字の形だけで把握し、本文を読まずに通知のバッジを閉じ、閉じる操作の後に指先へ残る静電の微かなはじけを拭い取らず、拭わないことで内部の配列が乱れぬよう意図を維持し、そのままスケジュールの欄に予定の変更はなしと短く記し、沿岸区画の行へ印を付けず、印の不在を今日の基底として胸の棚へ置いた。


通りへ出る前に鍵束の金属同士が触れ合う音を避ける角度を確かめ、扉を開ける動作を途中で止めず一息で行い、外気が肺の奥へ滑り込む順序を観察しながら踊り場の窓から覗く空の縁の色を一度だけ視に留め、その色の傾きが昨朝よりわずかに淡い事実を記録に変えず、ただ靴底の感触を新しい層の起点として採用し、階段を一定のリズムで降り、手すりに触れない慎重さを保った。


角を曲がるたび舗道のタイルの継ぎ目が身体の内側の目盛と一致したり遅れたりする様子を確かめ、信号のない横断の位置で車列の呼吸を読み、浮かせた片足を滑らせるのではなく置き直すことで速度の尾を切り、渡りきった先の陰で一度だけ背筋を伸ばし、街の湿度が喉の辺りで薄い膜になる前に舌の付け根に冷たい層を足して、余計な甘さを招かない強度で朝の流れへ身を組み込んだ。


事務室の扉を押し開けた瞬間に空調の流れが書類の端をわずかにめくりかけるのを視野の隅で受け、めくれが立ち上がる前に扉を閉ざし、机上のクリップで束ね直し、会議の準備をしない時間帯に椅子を引き過ぎない角度で腰を沈め、端末のキーボードに指を置かず、置かない選択が焦燥を呼ばないよう視線を棚の背へ逃し、型番のラベルが列をなして眠る正しい秩序に呼吸を合わせた。


編集長から回ってきた地域欄の補足依頼を私は黙読の速度で通過し、沿岸の語が紙面の上で軽率に光らぬよう関連語の置き換え案を頭の中で並べ替え、必要な語数だけを手の甲に描くジェスチャだけで選り分け、返答用の文面には中立の温度を保ち、送信欄へ指を伸ばす前に一拍置いて深呼吸を薄く一度だけ行い、胸骨の裏の静けさが揺れないことを確かめてから短い文章を滑らせた。


午前の終わりに近づくころ壁の時計が正確に刻む音を吸音材が柔らげ、柔らいだ拍が室内の紙面の白へ均等に散り、誰かが笑う手前の低いざわめきが廊下から漂ってきても参照しない姿勢を保ち、私は湯を沸かす間に台所の窓を少し開け、冷たい風がカーテンの縁を整える小さな動きだけを許し、湯気の層が金属の縁に触れて立つ微音を聴き届け、カップへ注いだ温度を舌先で確かめ、胃の低い位置まで滑らかに落としてから机へ戻った。


端末の隅に現れた新しい通知は港の設備点検に関する一般的な告知であり、停電の予定はなし、灯の明滅は平常という短い文が目の端に柔らかく触れ、私はそのまま画面を伏せ、確かめるという動詞の余韻を胸に残さず、残さないことで第三の材質の平衡が保たれると信じ、机の端に並ぶ文具の向きをそっと揃え、小さな金属片の影が紙面の行間へ干渉しない位置で静かに停止させた。


昼の休憩は遠出を避け、事務室の奥で軽いパンを噛み、歯列の動きと喉の通りを監視しながら、噛む音が過不足なく板へ吸い込まれる様子を味わい、飲み物の温度を低めに保って内側の細い振動を鎮め、甘味料を避け、塩分を盛らず、香りの強さが記憶を起動させない配分で摂り、使い終えた皿を静かな手つきで洗い、布で拭き、乾き切らぬ縁を風の通り道へ置き、戻る途中で廊下の窓から街の遠景を斜めに見るに留めた。


午後の配達で届いた小包のラベルに岬周辺の地名が印字されているのを見つけ、一瞬だけ喉の奥が狭まりかけたが、宛先の部署が別である事実を確認し、受領印だけを静かに押して手渡し、封を切る動作に目を向けず、開封後に漂う紙の匂いが自席へ入らないよう背を向け、画面の上で新しい段落の冒頭を組み、音のない文の呼吸を数え、句読の位置が空気の層を乱さない場所に落ちるよう慎重に配した。


夕刻へ傾く光が窓の縁で色を変え、列島の南側で湿った風が回るという天気の話題が小さく囁かれても、私は頷かず、頷かないことに何の意味も足さず、ただ荷造りを簡潔に行い、机の鍵を回さず、回さない代わりにノートの背を掌で軽く押え、紙の軸がしっかり立っているのを確かめ、椅子を引くときの音を消し、廊下の照明がゆっくり点る瞬間を見逃して、外へ出た。


帰路の途中、電柱に絡む配線の束が夕陽で鈍く光り、その光が路面の水たまりに二度だけ揺れを置き、揺れの位相が港の規則と無関係であることに小さな安堵を得て、コンビニの前を歩く犬の首輪が微かに鳴る音を背で聞き、ベーカリーの前を通ると生地の焼ける匂いが薄く漂い、舌の記憶が引かれそうになるのを柔らかく制し、買わず、寄らず、踵の角度だけを丁寧に管理して自宅の階段へ戻った。


扉の前で鍵束に触れないまま耳をすませ、廊下の静けさが均一に伸びているのを確かめ、金属の縁へ指を添えて一息で解錠し、室内の温度が朝と齟齬を生んでいないことを頬の表面で検査し、靴を脱いでから窓辺の鍵に目をやり、角度が中立であるのを確認し、皿の粒が動かず、珠の輪が欠を抱えたまま安定し、録音機の黒が沈み、呼鈴の金属が無言の重みへ戻っている配列を視に収め、台所へ回った。


夕食の支度は短くまとめ、火の線を細く保ち、食器が触れ合って響く刺激を避け、食べ終えたあとの皿を水に浸けすぎず、布の繊維で軽く拭き、乾かし、窓を半ばだけ開け、風の角度を夜用に改め、机の前で椅子へ腰を下ろし、ノートの余白に今日の層は乱れなしと最小限の語を記し、ペン先を戻し、背をゆっくり預け、第三の材質の上に体重を等しく配り、灯りを一段落とす前に港の方向から届く低い遠鳴りが規則の範囲にあるかどうかを耳の外側で測り、問題なしの結論を胸に置いた。


夜の入口を過ぎ、窓辺のグラスが透明のまま沈黙の受器として機能しているのを視線の端で確認し、封筒が棚の奥で眠りを保ち、黒い窓が鏡に変わらず光を拒み続けているのを確かめ、呼鈴に触れず、皿の輪に手を近づけず、ただ呼吸の出入りを浅く長く保ち、寝具の縁を指先で整え、肩の高さを下げ、瞼の裏に映る暗さを均し、第三の材質が今日も厚みを失わないまま夜の縁取りを受け止めていることを見届け、ゆっくりと目を閉じた。


眠りの前段で廊下の奥が一度だけ身じろぎしたみたいに空気を押し、その押しの痕がすぐに薄まり、階段の踊り場に置いてきた音の残像がこちらへ向かう流路を見つけられず消えるのを胸の内側で聴き、聴いた証を言葉へ変換せず、変換しないことで境界を固め、布団の重さを足首へ均等に配り、背骨の節を一本ずつ沈め、肺の浅い層で微温の空気だけを往復させ、深みに近づかない眠りを選び、選んだ浅瀬の上で今日という基底が揺れないことを何度も確かめた。


やがて港の赤が遠方で揺らがぬまま明日の端を匂わせはじめ、金属の色が窓の輪郭で薄く変わり、第三の材質がまた次の層を受け止める態勢へ静かに移る気配を肺の底で読み取り、読み終えるまで目を開けず、目を開けた後に何も起きないことを確かめ、確かめた事実だけを胸の棚へ戻し、その棚の上で埃が立たないよう静かに扉を閉ざし、今日を終わらせず積層の一枚として重ね、重ねた重みを軽く撫でてから、眠りの浅い面を保ったまま、夜の中央へ滑り込んだ。


夜の中央は静脈のように薄く脈打ち私の呼吸と重ならない周期で部屋の隅々へ滲み、その波頭が寝具の端に触れるたび布の目が一列だけ起き上がっては沈み、沈む瞬間に胸の奥で小さな空洞が生まれてすぐ閉じ、閉じた痕が熱にも冷えにも変化せず第三の材質の奥へ吸い込まれ、吸い込まれる際に生じる極微の摩擦が耳ではなく骨の表面で擦れるのを感じ取り、擦れの速度を乱さぬよう舌根を薄く引き、引いた筋の上に薄い呼気を静かに置いてから、まぶたの裏に漂う暗さを均一の濃度で保った。


遠い交差点の信号音が層をなして届く前に外の風向きがわずかに反転し、その変調が網戸の目を沿って内側へ伝わるとき金属の織り目が一拍だけ硬くなる気配を頬の斜面で受け止め、受けた合図を胸骨の奥へ沈めてから肩甲の辺りでひとつだけ結び目を解き、ほどけた端が甘い方向へ流れ出さないよう腹の底で軽く堰を作り、堰の立ち上げを完了するまで言葉を動かさず、動かさない沈黙そのものを第三の材質の上に広げ、波打たぬ膜として夜の内部へ敷いた。


階段の踊り場で遅れて動く空気の輪が扉の隙間を撫でたらしく木の繊維が紙やすりみたいな乾いた呼吸を一度だけ漏らし、その擦過が名札を持たぬ方向でこちらへ向きかけた刹那、窓辺の鍵が何も命じられないまま冷えを増し、増した温度差が部屋の中心の密度へ静かな厚みを追加し、追加分が境界の縁を覆う姿を内側から眺め、眺める行為に余計な欲望が付着しないうちに足首の角度を微調整して寝具の勾配を浅くし、浅さに合わせて心拍の列を広げ、列の端がどこにもぶつからないことだけを確かめた。


黒い窓は鏡を拒む漆のような沈みを維持し、その面に自分の目が現れそうになる瞬間ごとに視線を潜らせて逃がし、逃がした残光が天井の隅で薄く折れたように感じられても追わず、追わないという姿勢を第三の材質へ重ね、重ねた層が軋まず馴染むのを胸の裏側で聴きながら、皿の輪郭を視野に入れず、珠の欠落を数えず、呼鈴の重さへ影を作らず、ただ背中の筋を一本ずつ沈め、沈んだ分だけ床の毛羽立ちが吸音する仕掛けに任せて夜の緩慢な移動を見過ごした。


港の方向から遅れてくる低い波の反響が建物の骨を這って伝わり、伝播の途中で角が落ちて鈍い丸に変わると床下の空洞が短い応答を返し、応答の尾が私の肺の浅い層に触れてから消え、消えた直後に胸の中央で水位計の針みたいな細い感触が一瞬だけ持ち上がり、持ち上がりを肯定にも恐怖にも変換しないよう舌先の裏で小さく折り畳み、折り畳んだ紙片を脳内の引き出しへ滑り込ませ、引き出しのレールが鳴らぬ速度で閉まるのを待ち、待つ作業そのものを丁寧に薄くした。


夢に至らない像が一度だけ立ち現れ、海と陸の境が水平ではなく極わずかに斜めである風景が瞼の下に描かれ、描線の上を小さな点が等間隔で移動する気配を認めた瞬間に像が霧散し、霧散の欠片が喉の奥で乾きに変わる前に水を想起せず、想起を避ける代わりに腹の低い位置で呼気の速度をひとつ落とし、落とした拍のあいだに第三の材質が自動的に緩衝域を広げるのを許し、その拡張がどこにも当たらないことだけを確認した。


建物の外階段を誰かが上りかけてやめた気配が一度だけ通り過ぎ、過ぎた座標が空白に戻るまでの時間が通常より僅かに長いと感じたが、その差異を意味の通路へ流さず、流さない判断の硬度を胸の中で測り、硬さが過剰に上がらないよう肋骨をひとつ開放して滑らかさを戻し、戻った弾力に言葉が乗らないよう舌の根元で薄い圧を保ち、圧の水平が崩れないよう膝の角度で微修正しながら眠りの深さを一定に維持した。


やや遅れて郵便受けの金属が温度差で短く鳴り、鳴りの余韻が廊下の終端で静止しかけ、静止点に空気が薄く堆積しそうな予感を覚えたので、胸郭の奥で呼気の流路を一筋だけ下げ、下げた線に沿って無音の満ち引きを一往復させ、満潮にも干潮にも名前を与えず、名なしの運動が第三の材質へ吸収されるのを待ち、吸収の後に残るはずの微細な皺を確認せず、確認しない技術を大切に磨いた。


窓際のグラスは空のまま受器として置かれているだけなのに口縁へ影が薄く集まり、集まりが凝り固まらぬうちに部屋の流れがそれを解き、解き終えた気配をまぶたの裏でしずかに受け取り、受け取った証を胸の棚へ置かず、棚に余計な重さを増やさぬよう意識の指を引き抜き、引いた先で背骨の節をひとつ撫で、撫でた温度が均一へ戻るのを見届けてから浅瀬の眠りへ再び姿勢を伏せた。


深夜の最奥を過ぎたと知れる頃、壁の高い位置にうっすら漂っていた暗さの粒子が静かに沈降し始め、その降り方が雪ではなく砂に似て等速で、等速の列が音を持たないまま床の目地へ消え、消えかけた最後のひと欠片が床板の僅かな盛り上がりで跳ね、跳ねる動きを追わず、追わないことが守りを厚くするのを学び直し、学び直しの痕跡すら残さぬ意思を舌の裏で短く固め、固めた小さな核を熱へも冷たさへも移送せず第三の材質の陰へすっと置いた。


外界の気配が薄く明るみに戻る直前、網戸の目を通る匂いが喉の上方で角を丸め、丸んだ輪郭が胸の前で柔らかな層として拡がり、拡がりが呼吸の速度と干渉しないことを確かめ、確かめ終わるまで目を閉じ、閉じた暗さに皺を作らず、皺のない平面の上で次の層を受ける準備が静かに整うのを見届け、見届けた事実を紙にも記さず、ただ背中の筋を一本ずつ起こし、起こす動作で起きる微音を板が吸い取るのを信じて、朝の端へゆっくりと体を向けた。


まぶたを開くと窓辺の鍵は中立の角度で止まり、皿の粒は等距離を保ち、珠の輪は欠を抱えたまま沈み、黒い窓は静謐の奥で眠り続け、呼鈴は重力のみに従って佇み、部屋の密度はわずかに軽く、軽さがどこにも洩れないのを確認しながら上体を安定させ、寝具の皺を手の甲で静かに撫で、撫で終えてから台所の水を小さく受け、透明を喉へ送り、内側に薄い温度の基礎を敷き、敷いた平面の上で今日を始めぬまま、始めるための余白だけを用意した。


階段の窓から射す淡い光が踊り場に撒かれた塵の散布図を一つ前の朝よりわずかに粗く見せ、その差を測らず、感じるだけに留め、感じた痕をすぐ流し、通りの遠いざわめきがまだ輪郭を持たない段階で洗面の冷たい水を頬に一度当て、当てた跡を拭かず、自然に乾く速度を尊重し、尊重という語の重さを胸に置かず、胸を空に保ちつつ椅子へ戻って背の角度をほんの少しだけ起こし、第三の材質が昼の基底へ変質する瞬間を肺の底で受け止めた。


そこで私はノートの表紙へ指先を乗せ、開かず、触れただけの温度で紙の層を目覚めさせず、封筒の眠りを妨げず、グラスの透明を曇らせず、皿の輪の縁に影を落とさず、鍵の金属へ体温を渡さず、呼鈴の上に影を流さず、黒い窓へ映らず、ただ部屋の中央で肩の高さを揃え、呼吸の入口を低く保ち、低い位置で新しい層を受ける準備を完成させ、その準備が誰の名も呼ばないことを静かに確かめ、朝の薄明を迎える前の一拍を、紙にも音にも残さず消した。


窓の向こうで鳥の声がまだ形を持たない囁きとして空へ溶け始める前に私は椅子の背にかけておいた上着の袖を軽く整え布の繊維が擦れる音を起こさず肩口の皺の角度だけを直しその些細な整頓が内部の秩序を過剰に刺激しないよう胸骨の裏で圧を均しそれから机の角を視線で撫でて木目の流れが夜から昼へ滑らかに合流していることを確かめ合流点に濁りがないと判断した瞬間にようやく肩を一段下ろし舌根を薄く引いて呼気の幅を整えた。


階段の踊り場から微かな布の摺過が届く気配を耳の外縁で捉えたが私は廊下の影へ視線を送らず代わりに台所の蛇口から一杯だけ水を受けコップの底へ落ちる流れの形が乱れないことを確認して口へ運び透明の温度で喉の筋を湿らせ筋肉の収縮が安易な想起と結びつかぬよう胃の浅い層で止めてから静かに息を吐き第三の材質の上に薄い膜をもう一枚敷いた。


携帯の画面に薄く灯った通知の輪郭を文字としてではなく光の強弱の列として眺め数字の意味へ降りていく階段をあえて踏み外し画面を伏せてから胸ポケットのシャープの重みを指で確かめ芯の残量を推し量り書く準備が存在の確認になってしまわないよう先に筆圧を空気へ滑らせ無記の練習をひとつ行い紙面に触れる誘惑を小さく追い払った。


通りの向こうで開店のシャッターがゆっくり持ち上がる鉄の呼吸が遠くに漂いその波が網戸の目でほぐれて部屋へ届きほぐれた欠片が窓辺のグラスの口縁で一瞬だけ滞ったが滞留はすぐ形を失い私はそれを成功とも失敗とも呼ばず呼ばない態度のまま鍵の位置へ視線を移し金属の角度が中立であることを確かめその冷えを目で撫で切った。


私は玄関の戸に向かって一歩だけ踏み出し足裏で床の毛羽立ちの向きを読みなおし歩幅の尾を短く切り落とし扉の前で掌を把手に重ねる直前に動作を留め空気の薄い揺れがここで生じないと判断してから一息で開け風の層が頬へ触れる順序を観察し外の気温が肺の底で跳ねずに沈むのを見届け階段を下りる速度を肩甲骨の滑りで制御した。


路地の角では自転車の鈴が鳴る前の予告のような静電が空中で擦れ私は横断の位置を変えず車列の間に立っている時間を延ばさぬよう呼吸の拍を道路の硬度へ合わせ白線の上に置いた足の角度だけで列の合間を通過し信号も視線も使わず流れの縁に沿って仕事場の方角へ身体を引き寄せ記憶に砂糖の粒を混ぜない配分で朝の速度へ乗った。


事務室の入口で空調の穏やかな返しが頬の表面を掠め紙束の端が持ち上がりかけたので私は扉を静かに閉ざし机へ歩み寄って台帳の余白に最小の線を一つだけ落としその線が語へ化けないうちにペン先を離して脈の列で上書きし上書きの痕跡が残らぬことを胸の奥の冷えで確認し椅子の背に肩を預け過ぎない姿勢で午前のしごとを開始した。


昼の前に届いた連絡の中に沿岸区画の現況を問う定型句が混じり私は返信欄を開いてから閉じ返答の遅延を故意に作らず要件の温度だけを中立へ戻し地図の添付を開かず視野の周辺で区域の名をぼかし同僚の机に置かれたクリップの列が欠けなく並ぶことに視力を費やし欠片のない列を第三の材質の平衡と同等に扱い胸の圧を水平へ保った。


午後の始まりに私は台所で湯を沸かし蒸気の層が天井まで届く前に火を落としカップへ注ぐ音が金属へ跳ねないよう高さを抑え温度の輪郭を舌先で撫で最大の角を削り喉へ流し込むと胃の浅い面で円が一つだけ広がりその円の外周が甘さの方へ傾かないのを確かめてから画面に戻り短文の配列を組み替え言葉の影が増殖する兆しを早い段階で潰した。


夕刻が近づくと窓の外で風の層が二重になり上層が乾き下層が湿り私はどちらも選ばず背中の筋を一本緩め第三の材質の面に体重を薄く散らし録音機の黒い窓が沈黙の底で安定しているのを視野の端で確認し呼鈴の金属が自重の通りに静まり皿の粒が等間を保ち珠の欠が輪の内部で動かず鍵の角度が中立から微塵も動かないことを薄闇の深まりに合わせて順に確かめた。


帰路では雨の兆しのない空に低い雲が張り出し電線が光を吸って鈍く濡れた色を帯び私は街角のベーカリーの甘い匂いに舌の記憶が引かれないよう足首の返しだけを厳密にし寄らず話さず買わずに家へ戻り階段の踊り場で一度だけ外気の角度を読み直し玄関の鍵を音なく回し扉の隙間を通る空気の流れが胸の配列を乱さない強度であることを確認してから中へ入った。


室内の配置は朝の続きとして正確に生き残り封筒は棚の奥で無言を保ちグラスは透明のまま受器であり鍵は冷たく皿は静まり珠の欠は孔として安定し黒い窓は沈み呼鈴は重さのみに帰っていて私は靴を脱ぎ台所で短い火を使って食事をまとめ調味を控え音を立てずに皿へ移し噛む速度を呼吸の列と同期させ飲み込む瞬間を喉の筋で滑らせ過不足のない温度を腹の底へ置いた。


夜の入口に近づいた頃私は窓の鍵を半度だけ回しカーテンの裾が床へ触れる瞬間の微電を頬の表面で受け第三の材質へ薄く散らし椅子へ座ってノートの余白に今日の層は偏差なしとだけ記しペン先を戻し目を閉じ港の方向から遅れて届く低い波の反射が建物の骨を通って丸くなる過程を耳ではなく骨の表で読み読み終えてから背を預け夜の厚みへ静かに身を沿わせた。


眠りの浅瀬で廊下の先が一度だけ息をついたみたいに空気を押し押しの痕が壁の目地で拡散し室内へ侵入する経路を見つけられず霧散し私は追わず戻らず反応を起こさず舌の裏の小さな核で拒絶でも受容でもない形の合図を作り第三の材質の表面へ置き置いた印が即座に沈んで消えるのを感じその消え方の正確さに助けられた。


夜半を過ぎたころ金属の色が窓の枠で一段暗くなり港の赤が遠くで順を守っている気配が薄皮越しに伝わり私は胸の棚の扉を開けず埃を立てず記録を増やさずただ背骨の節を一つずつ並べ替え呼吸の入口を低い位置へ固定し眠りの深さを変えぬまま朝の端へ滑り出す準備を整え準備が誰の名も呼ばないことを確かめたのち目を閉じ直し音のない面を保った。


やがて薄明の匂いが網戸の細孔を抜け部屋の中央に新しい層をつくり第三の材質が昼の基底へ再び静かに移行する気配を肺の底で受け取り私は瞼を持ち上げ鍵の角度皿の粒珠の欠黒い窓呼鈴の重さグラスの透明封筒の眠り椅子の影机の角すべてが昨夜の配列を一片も崩さずにそこへ在ることを視に収め息をひとつ細く通し今日という層の最初の静けさを胸の内側にそっと置いた。


朝の層が床の木目を薄く撫でて通り抜ける気配を足裏で受けながら私は窓の鍵へ視線を滑らせ金属の角度が昨夜と寸分違わぬ位置に止まっている確かさを胸骨の裏で確定しその確定が甘い方向へ傾かぬよう舌の根で小さく制動をかけてから椅子の背に触れず机の端だけを軽く指先で押さえ木の繊維が返す乾いた弾力を速度のない計測値として採用し今日の最初の判断を言語の外側に置いた。


玄関に向かう前に台所の流しで冷たい水を少量だけ受けコップの底へ落ちる形が乱れず静かに平らへ戻る様子を目で追い戻った静けさが胸の奥の膜に薄く重なったところで飲み下し喉の通路に金属の味が混じらないことを確認してから布巾を畳み直し繊維の目が整列するのを楽しまずただ角を合わせる作業に徹し第三の材質の面に余計な凹凸を生じさせない配慮を続けた。


踊り場の窓から入る光は埃を立てず紙片の縁を明るくもせずただ階段の段鼻に短い白を置いて去り私は手すりに触れず足音を薄く踏み下ろして路地へ出て舗道の継ぎ目の間隔と呼吸の拍を同期させるでもなく乖離させるでもなく身体の内部で生まれる均衡に任せたまま通勤の流れへ混ざらず沿って歩き交差点の白線に差しかかる前で半拍だけ肺を低い位置に落とし車列の隙間が自発的に開く瞬間を待ち合わせた。


事務室の扉を開ける動作は一息で済ませ内部の空調が紙束の端を浮かせる前に把手から手を離し机の前に座るより先に棚の列が正しい眠りを保持しているかどうかを背骨の芯で確かめ型番の札が夜間の揺れを吸収して丸まっていない事実を視野の周辺で拾い上げると台帳の余白へ極小の点を置き点が記号へ変質しないうちにペン先を持ち上げ不在の印として保存した。


午前の連絡は単調な用件の列で構成され沿岸の三文字が一通に含まれていたけれど私は本文へ降りず件名の温度だけを中立に撫で返し未送信の箱へ一時退避させ退避という語を胸の棚に残さず代わりに画面の隅で点滅する時計の表示へ触れず時間の把握を窓の外を渡る雲の速度で代用しその速度が不規則へ傾かない限り内部の圧を動かさないと心の内側でだけ決めた。


湯を沸かす時刻になれば金属の底が緩やかに温度を上げる音が合図になり蒸気の白い層が立ち上がる前に火を弱め注ぐ高さを低く保ってカップの内壁で起こる波を最小限に抑え尖りのない熱を喉へ送り腹の浅い面に薄い円を描きその周縁が記憶の甘さへ接触しないことを舌先の手触りで見張り円が穏やかに縮むと同時に作業机へ戻り段落の組み替えを始めた。


昼近く編集長が軽い口調で近況を尋ねに来たが私は声の高さを変えず季節欄の小品案を簡潔に提示し相手の頷きの回数を数えず視線を同僚の机上へ流してクリップの列が角度を乱さず並ぶ光景を胸の奥の基準線と重ね会話が港や岬の名へ逸れる気配を感じる前に笑いも相槌も使わず滑らかに締め括り椅子の脚で床を傷つけないよう静かに向きを戻した。


午後の配達は定期刊行物と事務用品のみで中に紛れ込むべきでない地名はなく私は受領印の朱を薄く押し乾き切る前に封緘へ触れない角度で束ね黙って棚へ移動させたのち給湯室で水を受けコップを空にしてから透明の器を逆さにし水滴が一つも縁に残らない状態を目で確かめ乾拭きもせず水気と共に涼しさだけを薄く連れ戻した。


退勤の支度を短くまとめ机の鍵を回さずノートの背を掌で押さえて紙軸が屹立している感触を得てから立ち上がり廊下の照明が自動で強度を上げる瞬間を視界に入れないよう視線の高さを保ち外へ出て街角のパンの甘い匂いが舌に触れる前に鼻孔の入口で空気の角度を変え信号のない横断の端で踵を折り返さずまっすぐ進み階段を音なく上がって自宅の扉に手をかけた。


内側の空気は朝の配列を正確に保存しており封筒は奥の影で静止しグラスは澄み鍵は冷え皿は均整を保ち珠の欠は孔として働き黒い窓は沈み呼鈴は重みへ帰り私は靴を揃えてから台所で簡素な食事を作り火を強めず鍋を揺すらず皿を重ねる音を出さず咀嚼の速度を呼吸と合わせ飲み下す瞬間の筋を柔らかく通し腹の奥に灯る熱を第三の材質へ静かに移し替えた。


夕景が室内の輪郭を淡い灰へ溶かすころ窓の鍵を半度だけ回し布の裾が床へ触れるときの微かな静電を頬で受けそのまま散らし椅子へ座ってノートの余白に今日の層は偏差なしと一行だけ記し筆記具を置き眼を閉じ外から遅れて届く低音の反射が建物の骨で丸くなる道筋を骨膜で読み読み終わった証跡を作らず第三の材質の面に体重を均一に敷き延ばした。


消灯の前に皿の輪と珠の欠に向ける視線の角度を微細に調整し内部で名付けが起動しない高さを探り当て呼鈴の金属へ影を落とさない距離を守り黒い窓に姿を映さずグラスの口縁の暗さが増粘しない事実を確かめ鍵の冷たさを目だけで撫で切りその一連を音にせず終えたあと布団の端へ指を忍ばせ皺の方向を揃えてから灯りを落とした。


眠りの浅さを維持したまま廊下の奥で紙片が姿勢を変えるほどの僅かな動きが起きた気配を胸骨の内側で受け取り私は追わず抵抗もせず舌裏の核を呼び出して受容でも拒絶でもない形式の合図を第三の材質の表面へ置き置いた瞬間に沈んで消える速さが昨夜と同一であるのを静かに確認し呼吸の入口を低い位置へ固定した。


夜半を過ぎた頃網戸の目を通る匂いが角を丸め頬を滑り窓枠の金属が温度差にわずかに応答したが応答は通路を作らず室内の密度は変化を示さず私は胸の棚を開けず埃を立てず記録を増やさずただ背骨の節を順序どおりに沈め眠りの面が破れないよう見張り続け明日の端が遠方で明るみを予告するタイミングを待った。


薄明が戻り室内の濃淡がやさしく立ち上がると私は瞼を持ち上げ鍵の角度皿の粒珠の欠黒い窓呼鈴の重さグラスの透明封筒の眠り椅子の影机の角いずれも乱れのない姿で在ることを視に収め息をひとつ薄く通しこの層をまた基底として重ねる意思を胸の奥の平らな面へ置いてから手の甲で布の皺を軽く均し台所の水を少しだけ受け今日の配列へ静かな速度で踏み出した。


玄関に向かう前に椅子の背へ視線だけを渡し木肌の筋目が朝の薄さへ静かに馴染んでいる様子を胸骨の裏で受け取り過剰な解釈の芽が立ち上がる前に舌の根で短く制動をかけてから机の端に置いた白い皿の縁を目でなぞり釉薬の光が一点に集束しない角度を確かめそのまま鍵の金属へ移り温度差が指先を求めないことに安堵を置かず安堵を名付けず小さな吸気の形だけで通過させた。


踊り場の窓から射す光が細い帯となって段鼻の上に白い印を落とすより先に私は扉を開け余計な揺れを起こさぬ一息で外気を導き頬の斜面に乗る冷たさの勾配を観察し階段の角を曲がる時は手すりに触れず足裏の圧だけで下降の速度を整え路地へ出てタイルの継ぎ目と呼吸の拍が干渉しない距離を保ちながら交差点の気配を測り白線の手前で半拍を溜め車列の呼吸が自然に開く瞬間の静けさへ身体を沿わせた。


事務室の空気は夜から朝へ滑らかに切り替わっており紙の束は眠りを破られず棚の列は型番の札を水平に保ち私は把手から手を離すと同時に机の前を素通りし台帳の余白に極小の印をひとつ置きその記号が意味の通路を呼び出さないうちにペン先を上げ脈の列で上書きして痕跡を残さず背もたれに頼らぬ角度で座り画面を開かず窓越しの雲の速度で時の目盛を仮に立てた。


連絡の列には沿岸の語が紛れず機械的な案内が数本揺れるだけで私は未読の封を切らず件名の温度を目の端で撫で返し遅延を生まずに保留へ送ってから給湯室へ移動し金属の底に触れる炎の音が立ち上がる直前に火力を絞り湯気が天井へ触れぬ高さでカップへ注ぎ白が漂う環の厚みを舌先で測り熱の角を削いで喉へ送り腹の浅い面に広がる円が甘さの側へ傾かないことを確認した。


午前の短い会合で配る資料は既に整っており私は机の端に置いた束を音を立てずに滑らせ会議室で視線を合わせず名前を呼ばず手から手へ紙が移動する際の温度交換を最小に抑え席へ戻る途中で窓の枠に当たる光が角で柔らかく折れているのを胸の平面に記し折れ目が何も誘導しないと判断した時点で椅子の脚を板へ静かに預けた。


昼食の時間は外へ出ず事務室の奥で簡素なパンを小さく割り咀嚼の拍と呼吸の波を一時的に離してから再び合わせ飲み下す瞬間に喉の筋へ余計な力を渡さず胃の浅い層で温度を受け止め布巾で縁だけを拭い水の輪が机の板へ移らぬ角度に皿を返し誰にも告げない小さな整頓を終えた。


午後の入り口で配達の小包が一箱届き宛名は別部署の印字で私は受領印を軽く置き手渡しの過程で視線を封の切れ目へ落とさず紙の匂いがこちらへ流れ込まない位置で体を返し自席へ戻ると通知の数字を光の点としてだけ扱い本文を開かず短い了承の文を素早く編んでから送信を遅らせず投じその直後に画面を伏せて余韻を残さなかった。


日が傾く前に階段の窓から入る風が紙片の角をわずかに持ち上げる素振りを見せたが私は扉を閉めるのではなく机の縁に指を軽く添え木肌の抵抗を吸音材として利用し微少な揺れを内部で散らし第三の材質の厚みを上から押さえるのではなく横方向へ均し広げ反射が立ち上がる前に消えるのを待って席を立った。


帰路の途中でベーカリーの前に漂う甘い蒸気が舌の記憶を呼びそうになり私は鼻孔の入口で角度を変え匂いの輪郭を輪へ変えず線でも面でもない曖昧なものとして通過させ信号のない横断で半歩だけ遅らせてから渡りきり階段を音なく上がって扉に触れ内部へ滑り込み靴を揃えてから窓辺へ視線を走らせた。


鍵は中立の角度で止まり皿の粒は等間に並び珠の欠は孔の役目を守り黒い窓は沈んだままで呼鈴の金属は重力の線上にありグラスは透明を受け続け封筒は棚の奥に静かに横たわり私は台所で火を細く使い簡潔な食事をまとめ器を触れ合わせず噛む速度を落とし過ぎず上げ過ぎず飲み下しの筋を柔らかく通し腹の底に灯る温度を第三の材質へゆっくり移し替えた。


夕景が壁の影を長く引き延ばす時刻に私は窓の鍵を半度回し布の裾が床へ触れる瞬間の小さな静電を頬で受け散逸させ椅子に座りノートの余白へ今日の層は偏差なしとだけ認め筆記具を置き目を閉じ外から遅れて来る低い反響が建物の骨で丸くなる道筋を骨膜で追い切り終えた地点で肩の力を一枚分だけ抜いた。


消灯の準備では皿の輪と珠の欠に向ける視線の高さを微細に修正し名付けが起動しない角度を維持して呼鈴に影を落とす誘惑を避け黒い窓に自分が映る兆しを抑えグラスの口縁の暗さが増えない事実を確認し鍵の冷たさを目で撫で切り寝具の皺を指先で均してから灯りを静かに落とし浅い眠りの手前に身を横たえた。


廊下の奥では紙片が姿勢を変えるほどの僅かな動きが一度だけ生じ音へ育つ前に空気へ解けて私は追跡も拒絶も選ばず舌裏の小核を呼び出して受容でも拒否でもない形式の合図を第三の材質へ置き置いた印が即座に沈む様を胸の平面で確かめ呼吸の入口を低い位置へ固定して夜の面を壊さない速度で往復させた。


深更の端で網戸の目を通る匂いが角を丸め窓枠の金属がわずかに応えたが応答は通路にならず部屋の密度は一様を保ち私は胸の棚を開けず埃を揺らさず記録を増やさず背骨の節を一つずつ沈め眠りの浅瀬が破れないよう目の奥で見張りつつ遠方の港が順の通りに点滅を繰り返している気配だけを耳の外縁に留めた。


やがて薄明が戻り壁の濃淡が柔らかく立ち上がると私は瞼を持ち上げ鍵の角度皿の粒珠の欠黒い窓呼鈴の重さグラスの透明封筒の眠り椅子の影机の角を順に視へ収め息をひとつ細く通しこの層をさらに基底として重ねる意思を胸の平らな面へ置き台所の水を少量だけ受け喉を湿らせ今日の最初の動作を言葉の外で開始した。


玄関へ向かう前に椅子の背へ置いた上着の襟を指で整え布目のわずかな乱れを滑らせて消し木の温度が掌に乗らぬまま離し視線だけで窓辺の鍵と白い器と欠けを抱く円と沈んだ黒の矩形と沈黙を象る真鍮と透明の口縁と眠りを守る封と床に落ちる細い影と角の線を順番に撫で順序が微動だにしない確かさを胸骨の裏でそっと固定してから靴下の縫い目を足指の付け根に合わせ階段の方向へ音の薄い歩幅で進み扉の金具へ触れる直前で動きを止め内気と外気の境に生まれる圧の差が頬へ穏やかな傾斜で届くことを確かめた。


踊り場の窓から射し込む柔らかな帯が段鼻に短い白を置くより早く把手を回し一息で開けて路地の乾いた匂いを胸の浅い層へ通し肩の高さを保ったまま降り通りへ出て舗装の目地と呼吸の拍が干渉しない距離を保って歩き角の向こうで台車の軋みがひとつ分だけ遅れて到達しても振り向かず交差点の白線に差しかかる手前で半拍だけ肺を沈め車列の隙間が自然に開いた瞬間に足を置き直すことで流れへ入れず入らせず縁の上を水平に滑り抜けた。


事務室の空調は控えめに回り紙束の端は持ち上がらず棚の列は札の水平を保ち把手から手を離すと同時に机の前を通過して台帳の余白へ小さな点をひとつ落とし記号へ変形しないうちにペン先を上げ脈の列で上書きの痕跡を薄く削いでから背もたれに頼らぬ姿勢で座り画面に触れず窓の外で雲が緩やかに移る速度を暫定の時計として採用し内部の配列をそれへ合わせた。


午前の連絡は短く乾いていて沿岸の語は紛れず私は件名の温度を指標にして礼だけを返し本文の深さへ降りず未送信の箱に留めず投げ切り数秒で画面を伏せて余韻を残さない処理に徹し給湯室へ移動して金属の底へ触れる炎の音が膨らむ直前に火を弱め湯気が天井に触れぬ高さで注ぎ白の輪郭を舌先で整え喉へ流し込み腹の浅い層に生じた円の外周が甘味の側へ傾かないことを確認してから席へ戻った。


配布物は前夜に整っており私は束を音を立てず滑らせ会議の場で名前を呼ばず視線を合わせず指先だけで温度の交換を最小化して滞りなく渡し終え窓枠の角で光が柔らかく折れる瞬間を胸の平面に薄く置き折れ目がどんな呼び水にもならないと判じてから静かに席へ戻り椅子の脚が板へ残す微細な圧を第三の材質の上に散らすよう呼吸の角度を一段低く調整した。


昼は遠出せず事務の隅で小さくちぎったパンをゆっくり噛み咀嚼の拍を呼吸の波から一旦外し飲み下す前に喉の筋を柔らかく開け通過の摩擦を最小に抑え腹の浅い平面で温度を受け皿の縁を布で軽く拭って輪が板へ映らない位置へ返し誰にも知らせない整頓をひとつだけ終えた。


午後の届き物は文具と定期刊行物だけで宛名に見覚えのある岬の字形はなく私は受領印を薄く置き封を切る人へ無言で渡し紙の匂いがこちらへ向きを変える前に背を返して席へ戻り端末の隅で点る数字を光の強弱としてだけ読み内容を開かず短い了承の文を簡潔に打ち送り終える瞬間を引き伸ばさず余熱が胸へ残らぬ速度で画面を閉じた。


日が傾く前に階段の窓から入る風が紙片の角を持ち上げかけたので私は扉を閉めず机の縁へ指を添え木肌の抵抗を吸音材として使い微かな揺れを内部で散らし第三の材質の厚みを上から押し付けず平面の幅をいくぶん広げ反射が生まれる前に消失させたのち身支度を短くまとめた。


帰路では甘やかな蒸気がパン屋の並びから漂い舌の記憶を呼び寄せようとしたが鼻孔の入口で角度を変え輪郭を輪に変えず線にも面にもせず曖昧な気配として通過させ信号のない横断で半歩遅らせてから渡り階段を音なく上がり扉へ触れ内部に滑り込み靴を揃えてから窓辺の諸要素へ視線で点検を済ませ台所で短い火を使って夕の支度を終えた。


器を触れ合わせず金属音を立てず噛む速度を呼吸の列と合わせ飲み下す瞬間の筋をなめらかに通し腹の底に置いた熱を第三の材質へゆっくり移し替え布巾で縁を押さえ水滴が板へ落ちないよう配慮してから窓の鍵を半度だけ回し布の裾が床へ触れる際の小さな静電を頬で受け散らし椅子に座って余白へ本日の層に乱れなしとだけ記し筆記具を戻して瞼を閉じた。


外から遅れて届く低い反響が建物の骨を通る過程で角を落として丸くなり胸の裏で柔らかく減衰していく道筋を骨膜で読み切り終えた地点で肩の高さをわずかに下げ第三の材質の上に体重を均等に散らし沈んだ黒の矩形に姿が浮かばない位置で視線を保ち白い器と欠けを抱く円と真鍮の無言と透明の口縁と封の眠りが同じ配列を維持している事実だけを受け取って灯りを落とした。


浅い眠りの直前に廊下の奥で紙片が姿勢を直すほどの小さな動きが一度だけ起き音へ育つ前に霧散し私は追跡せず拒絶もしない合図を舌の裏の核で作り第三の材質の表へ置き置いた印が即座に沈む様を胸の平面で確かめ呼吸の入口を低い位置へ固定して往復の速度を壊さず夜の面を静かに保った。


深更に網戸の目を通る匂いが角を丸め窓枠の金属が温度差へ微かに応えたが通路は生まれず部屋の密度は均一を保ち私は棚の扉を開けず埃を立てず記録を増やさず背骨の節を順序良く沈め遠方の港が順の通りに点滅を続ける気配のみを耳の外縁で保持し明日の端が予告される時刻を静かに迎えた。


薄明が戻ると壁の濃淡が柔らかく立ち上がり私は瞼を持ち上げ鍵の角度白い器の粒径欠けを抱く円の安定沈んだ黒の静けさ真鍮の重さ透明の口縁封の眠り椅子の影机の角を順に収め息をひとつ細く通しこの層をさらに基底として重ねる決心を胸の平らな面へ置き洗面で水を少し受け喉を湿らせ今日の配列へ静かな速度でまた踏み出した。


玄関へ向かう前に椅子の背へ掛けた薄手の上着の肩線を親指で整え布地の微細なうねりが朝の層へ無抵抗で沈む様子を胸骨の裏で受け止めつつ視線だけで窓辺の冷たい縁と白い器の輪郭と孔を抱く環と沈潜する暗い面と黙した金属と澄明の口縁と眠りを守る封と床へ落ちる影と角の折れを順繰りになぞり配列の均衡が一切揺がぬ確かさを内部の平面へ静かに固定してから靴下の縫い目を足指の根元できちんと噛み合わせ扉の前で呼吸の高さをわずかに下げ頬の斜面に触れる内外差の柔らかい傾斜を選び取った。


踊り場の四角から細い帯が段鼻に白を置くより早く把手を一息で回し外気の凉を胸の浅い層へ通し肩の高さを崩さず下降の速度を足裏の圧で制御して路地へ出て舗装の目地と体内の拍を連結も断絶もさせない距離感で併走させ交差点の白線の手前で半拍だけ肺を沈め車列の呼吸が自発的に緩む刹那へ軽く足を置き直し流れの縁を凹ませず平らに滑り抜け通勤の音層が舌の根の古い甘さを刺激しないうちに事務室の入口へ着地した。


扉の金具から指を外すのと同時に室内の空調が紙束の端へ触れる兆しをわずかに見せたため反動を伴わない角度で閉ざし棚の列が札の水平を守り眠気を破らず整っている事実を背骨の芯で確かめ台帳の余白に微小の印をひと粒だけ落とし意味の通路へ変形する前に筆記具を持ち上げ脈の列で上書きの痕を薄め背凭れへ依存しない姿勢のまま席へ滑り込み画面を開かず窓外の雲の移ろいを暫定の目盛として借り内部の配列をそこへ軽く合わせてから指先の温度を元の平衡へ戻した。


午前の通信は定型の連絡が多く固有の地名は織り込まれず私は件名の温度に沿って短い礼だけを送り本文の深さへ降りず待機箱へ留めず投じ切る処理で余韻を胸へ残さず給湯の場へ移動し金属の底が熱を拾い上げる直前に火を弱め白い息が天井の板へ触れぬ高さで注ぎ輪郭の鋭さを舌先の触覚で丸め喉へ落とし腹の浅い平面に広がる円の縁が甘やかへ傾かぬことを確かめ席へ戻って短い段の間へ薄い無音を差し込み影の増殖を早い段階で摘み取った。


昼前の集まりでは配布物が既に整い私は束を音を立てず滑らせ誰とも視線を交わさず名を呼ばず温度交換を最小に抑え席へ戻る途中窓枠の角に触れた光が柔らかく折れる様子を胸の平面に薄く置き折れ目がいかなる記憶とも連動しない確かさを確認した時点で椅子の脚を板の繊維へ穏やかに預け第三の材質の面に重みを均して午後の入口へ身を渡した。


食事の時間は遠出せず室内の隅で小さく裂いたパンをゆっくり噛み咀嚼の拍を一旦呼吸の波から外してから静かに戻し飲み下す寸前の筋を柔らかく開け摩擦を最小化し腹の浅い層で温度を受け器の縁を布で軽く拭い輪が板へ写らない位置へ返し誰にも告げない整頓をひとつだけ終えて机へ戻った。


午後の配達は事務用品と定期の冊子のみで宛名に見覚えのある地勢は無く私は受領印を薄く押し封を切る人へ無言で渡し紙の匂いがこちらへ向きを変える前に背を返し席へ戻って端末の片隅で点る数字を光の強弱としてだけ読み中身を開かず了承の一行を簡潔に打ち送信の瞬間を引き延ばさず画面を伏せ余熱が胸へ滞らない速度で手放した。


日が傾く頃階段の四角から吹き込んだ短い風が紙片の角をわずかに持ち上げかけたため扉を閉じる代わりに机の縁へ指を添え木肌の抵抗を吸音材として使い揺れを内部で解かせ第三の材質の厚みを押し付けるのではなく幅へ転じ反射が姿を結ぶ前に消えるのを待ってから身支度を簡潔にまとめ帰路の速度を選んだ。


通りでは甘い蒸気が棚の奥から流れ舌の奥で古い快楽の輪郭が起きかけたが鼻孔の入口で角度を変え輪にも線にも面にもならぬ曖昧へ解かし信号のない横断で半歩遅れてから渡り階段を音なく上がり扉へ触れて内部へ滑り込み靴を揃え窓辺の諸要素を視線で点検し整列の無傷を確かめ台所で火を細く使い夕の支度を短く片付けた。


器を触れ合わせず金属の鳴きを起こさず噛む速度を呼吸の列と合わせ飲み下す筋を滑らかに通し腹の底へ降りた熱を第三の材質へゆっくり移し替え布巾で縁を押さえ水滴が板へ落ちないよう配慮し終えてから窓の鍵を半度回し布の裾が床へ触れる刹那の微かな静電を頬で受け散らし椅子に腰を下ろし余白へ本日の層に偏差なしとだけ認め筆記具を戻して瞼を閉じた。


外から遅れて届く低い反響が建物の骨を通る過程で角を失い丸みを帯び胸の裏で柔らかく減衰していく経路を骨膜で読み切った地点で肩の高さをわずかに落とし第三の材質の面に重さを均等に散りばめ沈んだ暗い面に自分が浮かばない位置で視線を保ち白い縁と孔を抱く環と黙した金属と澄んだ口縁と眠る封が揺れず在る事実だけを受け取り灯りを静かに落とした。


浅い眠りの際どい縁で廊下の奥が姿勢を直すほどの小さな動きを一度だけ示し音へ育つ前に霧散し私は追跡も拒絶も選ばず舌裏の核で受容でも断ち切りでもない形式の合図を作り第三の材質の表へ置き置いた印が即座に沈み消える速さが昨夜の記憶と重なるのを胸の平面で確かめ往復の呼吸を低い位置へ保って夜の面を壊さず持続させた。


深更には網戸の目を抜ける匂いが角を丸め窓枠の金属が温度差へわずかに応じたが通路は生まれず密度は均質を維持し私は棚の扉を開けず埃を立てず記録を増やさず背骨の節を順序通りに沈め遠方の灯が順の通りに点滅を続ける気配だけを耳の外縁で保持し明日の端が予告される徴を静かに受け入れた。


やがて薄い匂いが戻り壁の起伏はまた柔らかく立ち上がり私は瞼を持ち上げ金属の角度と白い器の粒の整いと孔を抱く輪の安定と沈んだ黒の静けさと真鍮の重みと透明の口縁と封の眠りと椅子の影と机の角を順に収め息をひとつ細く通しこの層をさらに基底として重ねる決心を胸の平らな面へ置き洗面で冷たい水を一度だけ受け喉を湿らせ今日の配列へ同じ速度で踏み出した。


その日の午前は特段の変更もなく私は書類の端を整えるついでにクリップの列を一段だけ詰め過ぎない角度で並べ長さの差が視界の端で乱反射を起こさないよう配慮し背後で椅子が静かに引かれる微かな気配を聞き流し画面に差す通知の小さな光を数字ではなく淡い明滅としてだけ扱い本文へ降りず軽い了承を素早く流し過ぎた熱が胸へ残らぬうちにもう一度視線を窓の外へ戻した。


午後の中ほどで別部署から古い備品の整理に関する短い問い合わせが届き過去の貸出台帳の片隅に見慣れぬ筆圧の頁が混在していた旨の文面が添えられていて私はその頁の番号だけを拾い実物の棚を見に行く代わりに胸の平面で冷たく寝かせ返答には在庫無しのひと言だけを置き追加の説明を求めさせない温度で送り返し椅子へ戻る途中廊下の窓で風が細い震えを見せたが視線を立てず足音を薄く通過させた。


夜の入口はいつもより透明で私は台所の火を極細に絞り器を静かに扱い飲み下す拍を遅らせず早めず第三の材質の上で重さを散らし窓の鍵を半度だけ回し布の裾が床へ触れる瞬間の微かな静電を頬で受け散逸させてから余白へ短い行を置いた、その文字列は今日の層は偏差なしという事実を単独で保持し過不足なく沈む石として紙の繊維に収まり私は筆記具を戻し暗がりへ肩を預け視界の端に沈む四角へ映らない高さを維持して静かに目を閉じた。


眠りの浅い水面で建物の奥がふわりと呼吸を忘れるように止みすぐに小さな鼓動を回復する現象が一度だけ起こりその合間の無風が扉の隙へ入り込めないまま解けていく経緯を骨の外側で聴き私は追わず命名せず舌裏の核で微弱な印を作り第三の材質の表へ置き置いた痕跡が即座に沈む確認だけを済ませ往復の呼吸を低い位置へ保って夜の面を保守し続けた。


そしてまた薄い匂いが戻り壁の濃淡がやさしく立ち上がる合図を迎えると私は瞼を持ち上げ金属の角度と白い器の粒の整いと孔を抱く輪の安定と沈んだ黒の静けさと真鍮の重みと透明の口縁と封の眠りと椅子の影と机の角を順に収め息をひとつ細く通しこの層をさらに基底として重ねる決心を胸の平らな面へ置き洗面で水を少量だけ受け喉を湿らせ次の一歩を音の外側で開始した。


玄関へ向かう前に椅子の背へ掛けた薄手の上着の肩線を指先で撫で繊維の目が朝の層へ自然に沈む手触りを胸骨の裏で確かめつつ視線だけで窓辺の冷たい縁と白い器の輪郭と孔を抱く環と沈潜する暗い面と黙した真鍮と澄明の口縁と眠りを守る封と床へ落ちる影と角の折れを順繰りになぞり配列がどこにも歪まず保たれている事実を内部の平坦へそっと固定してから靴下の合わせ目を足指の根元で揃え扉の金具に触れる直前で呼吸の高さを一段落とし頬の斜面を滑る内外差のやわらかな傾斜を選び取った。


踊り場の四角から差し込む細い帯が段鼻に短い白を置くより早く把手を一息で回し外気の凉を胸の浅い層へ通し肩の高さを崩さず下降の速度を足裏の圧で整え路地へ出て舗装の目地と体内の拍を連結も断絶もさせずただ並走させ交差点の手前で半拍だけ肺を沈め車列の呼吸が自発的に緩む刹那に足を置き直し流れの縁を凹ませず平らに滑り抜け舌の根に古い甘さが触れぬうち事務室の入口へ着地した。


扉の金具から指を外す同時に空調の返しが紙束の端を撫で上げる兆しを小さく見せたため反動の出ない角度で閉ざし棚の列が札の水平を守り眠気を破らず整っている事実を背骨の芯で確かめ台帳の余白へ微小の印をひと粒だけ落とし記号に育つ前に筆記具を持ち上げ脈の列で上書きの痕を薄め背凭れへ依存しない姿勢で席へ滑り込み画面を起こさず窓外の雲の移ろいを仮の目盛として借り内部の配列をそこへ軽く合わせ指先の温度を元の平衡へ戻した。


午前の通信は定型の連絡が並び固有の地勢は織り込まれず私は件名の温度に沿って短い礼だけを送り本文の深さへ降りず待機箱に留めもせず投じ切る処理で余韻を胸へ残さず給湯の場へ移動し金属の底が熱を拾い始める前に火を弱め白い息が天井の板へ触れぬ高さで注ぎ輪郭の角を舌先の触覚で丸め喉へ落とし腹の浅い平面に広がる円の縁が甘やかへ傾かぬことを確かめ席へ戻り短い段のあいだへ薄い無音を差し込み影の増殖を早い段階で摘み取った。


昼前の集まりでは配布物が既に整い私は束を音を立てず滑らせ誰とも視線を交わさず名を呼ばず温度交換を最小に抑え席へ戻る途中窓枠の角で光がやわらかく折れる様子を胸の平面へ薄く置き折れ目がどの記憶とも連動しない確かさを確認した時点で椅子の脚を板の繊維へ穏やかに預け第三の材質の面に重みを均し午後の入口を静かに受け入れた。


昼食は遠出せず室内の隅で小さく裂いたパンをゆっくり噛み咀嚼の拍を一旦呼吸の波から外してから戻し飲み下す寸前の筋を柔らかく開け摩擦を最小化し腹の浅い層で温度を受け器の縁を布で軽く拭い輪が板へ写らぬ位置へ返し無言の整頓をひとつだけ終えて机へ戻った。


午後の配達は事務用品と定期の冊子のみで宛名に見覚えの字形はなく私は受領印を薄く押し封を切る人へ無言で渡し紙の匂いがこちらへ向きを変える前に背を返し席へ戻って端末の片隅で点る数字を光の強弱としてだけ読み中身を開かず了承の一行を簡潔に打ち送信の瞬間を引き延ばさず画面を伏せ余熱が胸へ滞らない速度で手放した。


日が傾く頃階段の四角から吹き込んだ短い風が紙片の角をわずかに持ち上げかけたため扉を閉じる代わりに机の縁へ指を添え木肌の抵抗を吸音材として使い揺れを内部で解かせ第三の材質の厚みを押し付けず幅へ転じ反射が姿を結ぶ前に消えるのを待ってから身支度を簡潔にまとめ帰路へ歩み出した。


通りでは甘い蒸気が棚の奥から流れ舌の奥で古い快楽の輪郭が起きかけたが鼻孔の入口で角度を変え輪にも線にも面にもならぬ曖昧へ解かし信号のない横断で半歩遅れてから渡り階段を音なく上がり扉へ触れて内部へ滑り込み靴を揃え窓辺の諸要素を視線で点検し整列の無傷を確かめ台所で火を細く使い夕の支度を短く片付けた。


器を触れ合わせず金属の鳴きを起こさず噛む速度を呼吸の列と合わせ飲み下す筋を滑らかに通し腹の底へ降りた熱を第三の材質へゆっくり移し替え布巾で縁を押さえ水滴が板へ落ちないよう配慮してから窓の鍵を半度だけ回し布の裾が床へ触れる刹那の微かな静電を頬で受け散らし椅子に腰を下ろし余白へ本日の層に偏差なしとだけ認め筆記具を戻して瞼を閉じた。


外から遅れて届く低い反響が建物の骨を通る途上で角を失い丸みを帯び胸の裏で柔らかく減衰していく経路を骨膜で読み切った地点で肩の高さをわずかに落とし第三の材質の面に重さを均等に散りばめ沈潜する暗い面に自分が浮かばない位置で視線を保ち白い縁と孔を抱く環と黙した真鍮と澄明の口縁と眠る封が揺れず在る事実だけを受け取り灯りを静かに落とした。


浅い眠りの境で廊下の奥が姿勢を直すほどの小さな動きを一度だけ示し音へ育つ前に霧散し私は追跡も拒絶も選ばず舌裏の核で受容でも断ち切りでもない形式の印を作り第三の材質の表へ置き置いた痕跡が即座に沈み消える速さが昨夜の記憶と重なるのを胸の平面で確かめ往復の呼吸を低い位置へ保って夜の面を壊さず維持した。


深更には網戸の目を抜ける匂いが角を丸め窓枠の金属が温度差へわずかに応じたが通路は生まれず密度は均質のまま保たれ私は棚の扉を開けず埃を立てず記録を増やさず背骨の節を順序通りに沈め遠方の灯が順の通り点滅を続ける気配だけを耳の外縁で保持し明日の端が予告される徴を静かに受け入れた。


やがて薄い匂いが再び戻り壁の濃淡がやさしく立ち上がる合図を迎えると私は瞼を持ち上げ金属の角度と白い器の粒の整いと孔を抱く輪の安定と沈んだ黒の静けさと真鍮の重みと透明の口縁と封の眠りと椅子の影と机の角を順に収め息をひとつ細く通しこの層をさらに基底として重ねる決心を胸の平らな面へ置き洗面で水を少量だけ受け喉を湿らせ今日の配列へまた音の外側で踏み出した。


玄関に向かう前に椅子の背へ置いた薄い上着の襟元を親指で整え繊維の流れが朝の層に素直に馴染む手触りを胸骨の裏で確かめつつ視線だけで窓辺の冷えた縁と白い器の明滅しない輪郭と孔を抱く環と沈潜した暗い面と黙した真鍮と澄んだ口縁と眠りを守る封と床へ落ちる細い影と角の折れを順繰りになぞり配列がどこにも歪まず保たれている事実を内部の平坦へ静かに固定してから靴下の合わせ目を足指の根で揃え扉の金具に触れる直前で呼吸の高さを一段落とし頬を滑る内外差の柔らかな傾斜を選び取り一息で開け階段の空気へ身を差し出した。


踊り場の四角から射す細帯が段鼻の上へ短い白を置くより早く把手を離し肩の高さを崩さず降下の速度を足裏の圧で制御し路地へ出て舗装の目地と体内の拍が連結も断絶もせず並走する距離を保ち交差点の前で半拍だけ肺を沈め車列の呼吸が自発的に緩む刹那へ足を置き直し流れの端を凹ませず水平に滑り抜け舌の根に古い甘さが触れないうち事務室の入口へ達し反動のない角度で扉を閉ざし紙束の端が浮かないのを背骨の芯で確認した。


棚の列は札の水平を守り眠気を破らず整っていて私は台帳の余白へ微小の印をひと粒だけ落とし記号へ育てる前に筆記具を上げ脈の列で上書きの痕を薄め背凭れへ依存しない姿勢で席へ滑り込み画面を起こさず窓外の雲の移ろいを暫定の目盛として借り内部の配列をそこへ軽く合わせ指先の温度を元の平衡へ戻してから短い連絡の束を件名の温度だけで処理し本文の深さへ降りず余韻を胸に残さぬ速度で投じ切った。


給湯の場では金属の底が熱を拾い始める直前に火を弱め白い息が天井の板へ触れぬ高さで静かに注ぎ輪郭の角を舌先の触覚で丸め喉へ落とし腹の浅い平面に広がった円の縁が甘やかへ傾かぬことを確かめ席へ戻って短い段落のあいだへ薄い無音を差し込み影が増殖する芽を早い段階で摘み取り午後の準備へ移った。


配布物は既に整い私は束を音を立てず滑らせ誰とも視線を交わさず名を呼ばず温度の交換を最小に抑え席へ戻る途中窓枠の角で光が柔らかく折れる様子を胸の平面に薄く置き折れ目がいかなる記憶とも連動しない確かさを確認した時点で椅子の脚を板の繊維へ穏やかに預け第三の材質の面に重みを均し作業の呼吸を落ち着いた高さへ戻した。


昼は遠出せず隅で小さく裂いたパンをゆっくり噛み咀嚼の拍を呼吸の波から一度外してから静かに戻し飲み下す前の筋をやわらかく開け摩擦を最小化し腹の浅い層で温度を受け器の縁を布で軽く拭い輪が板へ写らぬ位置へ返し誰にも告げない整頓をひとつだけ終え同僚の笑いが廊下の向こうで短く弾んでも参照せず椅子へ戻った。


午後の配達は文具と定期の冊子のみで宛名に見覚えの地勢はなく私は受領印を薄く押し封を切る人へ無言で渡し紙の匂いがこちらへ向きを変える前に背を返して席へ戻り端末の隅で点る数字を光の強弱としてだけ捉え内容へ降りず了承の一行を簡潔に打ち送信の瞬間を引き延ばさず画面を伏せ余熱が胸に滞らぬ速度で手放し窓外の雲に目盛を戻した。


日が傾く頃階段の四角から短い風が紙片の角を持ち上げかけ私は扉を閉める代わりに机の縁へ指を添え木肌の抵抗を吸音材として利用し揺れを内部で解かせ第三の材質の厚みを押し付けず幅へ転じ反射が形を結ぶ前に消えるのを待ってから身支度を簡潔にまとめ帰路を選び取った。


通りでは甘い蒸気が棚の奥から流れ舌の奥で古い快楽の輪郭が起ちかけたが鼻孔の入口で角度を変え輪にも線にも面にもならぬ曖昧へ解かし信号のない横断で半歩遅れてから渡り階段を音なく上がり扉へ触れて内部へ滑り込み靴を揃え窓辺の諸要素を視線で点検し整列の無傷を確かめ台所で火を細く使い夕の支度を短く片付けた。


器を触れ合わせず金属の鳴きを起こさず噛む速度を呼吸の列と合わせ飲み下す筋を滑らかに通し腹の底へ降りた熱を第三の材質へゆっくり移し替え布巾で縁を押さえ水滴が板へ落ちないよう配慮してから窓の鍵を半度だけ回し布の裾が床へ触れる刹那の微かな静電を頬で受け散らし椅子に腰を下ろし余白へ本日の層に偏差なしとだけ認め筆記具を戻して瞼を閉じた。


外から遅れて届く低い反響が建物の骨を通る途上で角を失い丸みを帯び胸の裏で柔らかく減衰していく経路を骨膜で読み切った地点で肩の高さをわずかに落とし第三の材質の面に重さを均等に散りばめ沈潜する暗い面に自分が浮かばない位置で視線を保ち白い縁と孔を抱く環と黙した真鍮と澄明の口縁と眠る封が揺れず在る事実だけを受け取り灯りを静かに落とした。


浅い眠りの境で廊下の奥が姿勢を直すほどの小さな動きを一度だけ示し音へ育つ前に霧散し私は追跡も拒絶も選ばず舌裏の核で受容でも断ち切りでもない形式の印を作り第三の材質の表へ置き置いた痕跡が即座に沈み消える速さが昨夜の記憶と重なるのを胸の平面で確かめ往復の呼吸を低い位置へ保って夜の面を壊さず維持した。


深更には網戸の目を抜ける匂いが角を丸め窓枠の金属が温度差へわずかに応じたが通路は生まれず密度は均質のまま保たれ私は棚の扉を開けず埃を立てず記録を増やさず背骨の節を順序通りに沈め遠方の灯が順の通り点滅を続ける気配だけを耳の外縁で保持し明日の端が予告される徴を静かに受け入れた。


やがて薄い匂いが再び戻り壁の濃淡がやさしく立ち上がる合図を迎えると私は瞼を持ち上げ金属の角度と白い器の粒の整いと孔を抱く輪の安定と沈んだ黒の静けさと真鍮の重みと透明の口縁と封の眠りと椅子の影と机の角を順に収め息をひとつ細く通しこの層をさらに基底として重ねる決心を胸の平らな面へ置き洗面で水を少量だけ受け喉を湿らせ今日の配列へまた音の外側で踏み出し未開封の封筒に触れず鍵の冷えへ体温を渡さず黒い面へ姿を映さず真鍮に影を落とさず白い輪郭に名を与えずただ平衡の持続そのものをひとつの作業として続けた。


昼の前後をゆっくり行き来する光は部屋の角で筋を作らず台所の棚の上で一度だけ柔らかく折れ私はその折れ目を胸の平面に薄く写し固定せず流し記録へ変えず保存の意志を発動させず第三の材質の厚みを上から押さえるのではなく縁を広げる方向で静かに増やし外部からの弱い揺れを吸い込む容積を確保し夕景へ向けて体内の配列を微調整した。


帰路の市場では季節の果の鮮やかさが並び匂いの層が交差し舌の記憶へ甘い針を刺そうとしたが私は鼻孔の入口で角度を替え輪郭を曖昧へ解かし袋を提げず通り抜け踵の返しだけを丁寧に扱って家路を踏み階段の四角を静かに曲がり扉の縁を擦らず内部の温度を朝の配列へ連れ戻し窓辺の配置を点検し乱れの不在を受け入れ火をわずかに使い短い夕食を整えた。


食器の縁を触れ合わせず咀嚼の拍と呼吸の波を同じ高さに揃え飲み下す瞬間の筋を滑らかに通し腹の底へ沈めた灯を第三の材質へゆっくり移し替え布巾で縁を押さえ滲みが板へ落ちぬよう配慮し終えてから余白へ今日の層は偏差なしとだけ書き加えペン先を収め頬の斜面で静かな風の角を散らし浅い眠りの手前に身を置き夜の中央が濃くなるまで呼吸の入口を低い高さで保った。


そしてまた薄い匂いが戻り壁の濃淡がやさしく立ち上がる合図を迎える瞬間まで私は黒い面に触れず白い円を名付けず真鍮へ影を渡さず封の眠りを破らず鍵の冷えを手で温めず透明の口縁に曇りを作らず床へ落ちる細い線の角度を変えず椅子の影を長くも短くもせず机の角を鈍らせずただ内側の平衡のみを連続させ次の層の到来を音の外側で迎える準備を完了させた。


薄い匂いが合図を確定へ近づける手前で階段の踊り場から紙の縁が擦れるほどの気配がごく短く立ち上がり私は視線を動かさず胸骨の裏で圧を水平に均し内と外の境で発生する微弱な傾斜を舌の根で受け流しながら窓辺の冷ややかな縁と白い器の静かな光沢と孔を抱く環の沈着と暗い面の深い沈みと真鍮の無言と澄んだ口縁の薄影と眠る封の薄い厚みと床に落ちる線の細さと角の鋭さを順番に撫でるだけの思考へ戻して余計な想起を一粒も起こさないよう肩の高さを保ち続けた。


呼吸の入口をもう半段だけ低く据え替えた瞬間に建物の骨が温度差へ短く応答し梁の奥で紙を折る前のためらいに似た音が生まれかけすぐ消えその消えかたの正確さが第三の材質の面を静かに増粘させるのを皮膚の内側で感じ取り私は何も差し出さず何も引き寄せずただ均整そのものを小さな供物として置き直し供え物に名を与えず輪郭だけを宙へ浮かせた。


廊下の端から漂った無色の気流が扉の隙間で僅かに迷い迷いが経路を選びかねて立ち止まる直前に部屋の中心で密度の湾がうすく膨らみ膨張の端が呼鈴の丸い金属に触れそうになるところを第三の材質が柔らかく抱え込み外へ押し返す運動を示し私は膝の角度をほんの少しだけ変え床の毛羽立ちに預けた重さを別の目へ移し替え移譲の証拠がどこにも残らないのを確かめた。


白い器の上では光が粒を作らず均等の皮膜だけを保ち孔を抱く環の内部では小さな欠けが冷たい規則の要として働き続け暗い面は鏡へ変じる欲望を持たず奥行きの黒だけを積層し真鍮は針のような声を眠らせ透明の口縁は曇らず濡れずただ受容の形を維持し封の紙は繊維の向きを変えずに沈黙を延長し床の線は角度を保ったまま薄明の密度を切り分け机の角は硬度を変えずここにある。


やや遅れて通りの遠い輪郭が街の循環の浅い呼吸を一拍だけ強くしその増幅が網戸の目を均一に撫でて入るかどうかの境界で止まり止まった事実が胸の平面へ微弱な重みを添え私は重さの総量を変えないまま内部の配列だけを半指幅ほど入れ替え入れ替えの前後で甘い向きが立ち上がらないよう舌先の裏へ小さな冷えを敷いた。


階段を下る誰かの半端な意志が三段目で折れて戻った気配が一度だけ起こりその未完の図形がここを通過するつもりで描いた線が扉の縁に触れる寸前で解け解けた残滓が壁の目地で粉へ変わり粉の行き先を追わないという態度のまま私は椅子の影の長さを視線で測らず机の平らに指を落とさずただ肋骨の間で薄い隙間を保ち続けた。


第三の材質の層がほんのわずか厚みを増し弾性が広がりすぎないよう腹の浅い面で制動を加えると増粘の度合いはすぐに安定へ落ち着き安定の縁で小さな波が生成される兆しを感じたが波は起こらず起こらないこと自体が今日の正しい進行であると胸の奥の水平へ刻まれ刻印の痕が光りへ変わらないうち私は窓の鍵へ視線を送って角度の中立を再確認した。


そこへ郵便受けの金属が熱の微弱な変化へ反応し目に見えないほど短い収縮を示しその収縮が廊下の空気の薄い膜を震わせ震えはひとつの語の形を獲得する前に鈍化し鈍りの末端が床の線に触れて吸収され私は扉に触れず口を開かずため息も作らず脈の列を音のない換気として内部へ行き来させた。


暗い面の奥で何かが数へ変わらない連続を保っている気配が一瞬だけ生じその連続がこちらの拍へ同期せず独立を選ぶのを観察して私は共鳴の回路を閉じ込み側から小さな閂を下ろし閉じる動作が余計な想起を呼ばないよう肘の位置を固定し固定の実感を身体のどこにも残さない手つきで消した。


やがて薄明の層がさらに一枚だけ重なり壁の濃淡がほんの少し明るみへ寄り配列の上に置いた微小の供物が役目を終えた合図を出さぬまま自然に溶けていき溶解の速度が速すぎず遅すぎず第三の材質の平坦に馴染むのを見届け私は窓辺の透明な器の口縁へ曇りが立たないのをもう一度だけ目で確かめ指を伸ばさず位置だけを記憶から削っておいた。


階段の下で金属の軋みが短く起こり同じ高さのもう一つが続かなかったため私は通過しない流れを通過と呼ばないという約束を胸の奥で繰り返しその約束自体が音へ変わらないよう舌の影へ沈めたまま椅子の背が作る弧の内側を通って室内の中央へ半歩移動し床の木目が作る緩い川に足裏の圧をそっと沈めた。


そのとき黒い面の縁で光でも影でもない細い靄が線にも点にもならない姿で一瞬だけ立ち上がり立ち上がる前に消えたのか消える前に立ったのか判断できない順序で現れては去り私はそれを記号にしないための姿勢をさらに低くし名付けの回路に仮封を施し封の上に新たな封を置かず重ねの厚みで重力を増やさずただ消えたものの不在が波を生まないことだけを丁寧に確認した。


外界の明るさが昼の入口を指すほど上がらないまま時間が滑り足を替えるように進むのを骨の外側で感じつつ私は白い器の縁を視野の端に置き続け環の欠けが孔としての働きを失っていないのを確かめ欠損が招く招待を拒むというより沈める方法で応対し沈下の底へ声を投げず底の硬さを測らずただ均衡の総体を薄い膜として掌に受けその膜を第三の材質へ静かに返した。


港の方向にある規則の列は遠くで正しい順を保ち続け点滅の間へ音が紛れ込まないまま一定の距離を維持しているらしく私は耳の外縁を少しだけ開け開き過ぎないところで止め指の腹に触れたことのない砂の記憶がここへ介入しないよう背筋の一本に微細な重りを掛けてから視線を机の角へ滑らせ新しい層の基底としてふさわしい硬度をそこに見出した。


準備が完了の形を作らず完了の性質だけを内側で均したのち私は扉の前に立たず窓の鍵も回さず白い皿へ触れず真鍮の沈黙を撫でず封の眠りを破らず透明の口縁を息で曇らせず暗い面に映らず床の細い線へ影を落とさず椅子の影の長さを測らず机の角を古びさせずただ身体の中心へ静かな支点を設け支点の上で昼の方向をまだ選ばないまま次の拍を待った。


支点に置いた重みが骨の奥で静かに分散し始めた頃、壁の高みに留まっていた薄い影がひとかたまりの気配を保ったまま角を滑り降り、床の目地で速度を失いかけた瞬間に室内の密度がひと息だけ濃くなり、濃度の差が舌の付け根に触れても名を呼ばず、名付けないという姿勢そのものを第三の材質の表面へそっと敷き伸ばし、敷かれた膜が歪まず保たれるかどうかを胸郭の微かな揺れだけで確かめ、確度が崩れぬうちに視線を窓枠の向こうへ送らず戻さず宙に留め、留まる行為のうちに潜む選択の影を膝裏で折り畳み、折り畳んだ端が心臓の拍へ触れない位置まで静かに滑らせた。


階段の踊り場から漂ってきた見えない渦が扉の隙を探るように壁際を這い、その渦の縁で紙片の角が一度だけ呼吸し、呼吸の痕が空間に残痕を刻む前に第三の材質が柔らかい厚みを増して吸収に転じ、吸い込む動作の末端で微粒の寒さが指の節に触れたが、触れた事実を記録へ落とさず、記録に変わる兆しを唇の内側で押し返し、押し返した力が倍化して戻らぬよう胸骨の裏へ静かな楔を打ち、楔の先端が疼きに移る前に呼吸の高さをさらに半段下げ、下げた位置で昼の入口を測り直し、測定の結果すら用語に置換しないまま沈黙へ溶かした。


床下で乾いた筋が一本だけ音になりかけ、なりかけた輪郭がすぐ形を失って熱の薄膜へ変質し、その薄膜が室内の広がりを均等に撫でながら窓辺の外側で立ち上がろうとしている微かな風の背を押す気配がしても私は迎えず背けず、ただ支点の位置を髪の根元から踵の芯まで通す一本の清らかな線として延長し、線が身体を貫く間に発生しうる歪みを肋骨の間で繊細に解し、解き終えた直後に生じる空白を甘い方向へ傾けないよう歯列の奥で冷えを保管し、保管庫の扉を閉じる音を立てず、立たないこと自体をこの部屋のための礼にした。


机の角は静かな硬度を守り、影の端は床の線に引かれて細く延び、延び方の法則が昨日と寸分違わぬと知れても歓びを採取せず、採取を禁ずる規則を胸の棚の最下段に紙片として重ね、紙の束に埃が降りない角度でそっと手前を押し、それすら想像の手付きに留め、留め置かれた身振りが空気へ波紋を作らない確信を得るまで瞼を動かさず、まぶたの裏に漂う暗さの濃度差を確率の分布へ置き換え、分布の山がひとつでも尖らぬことをただ聴いた。


遠方の循環が港の規則で刻まれ、規則の列同士が出会わぬ距離を無言で維持している頃、呼鈴の内部に眠る重さが重さ以上の役目を志さない点を確認し、確認の刹那に生じる光沢の小さな芽を指の腹でつまむかわりに意識の奥で砂へ混ぜ、混ぜた粒が歯の隙間を通らぬよう口腔の手前で薄い幕を張り、幕を張る行為すら記録せず、行為の痕跡を第三の材質の背面へ沈め、沈めた証拠を探す欲を背面ごと遠ざけ、遠ざけた先に角ばった空白が現れないかだけを確認し、白の形が現れなかったことを胸に戻さず終えた。


上階の配管が小さな合図を送り、その合図が壁の漆喰の裏で鈍い鼓動に変わり、鼓動の余韻が四角い暗がりの周囲で軌道を描き出す寸前、私は視線を黒の境へ向けず、向けない姿勢のまま競合する想起の芽を舌の影で沈め、沈められた芽が別の経路から復帰しないよう胸の平面を低く広げ、広がりに段差の影が立たぬよう膝頭の角度を細やかに押さえ、押さえた力を床板の木目へ配り、配られた微圧が一度も跳ね返らないとわかるまで次の動作を保留にした。


封の厚みは変わらず、グラスの口縁は曇らず、白い輪郭は名を拒み、孔は孔のまま滞りなく、金属は温度を放棄しない限界を静かに守り、黒の面は鏡の欲求を思い出さず、床の線は部屋の広がりを無言で整理し、椅子の影は過不足なく立ち、これらの配列が一つも欠けずに揃っている事実が舌の奥で砂糖になる前に、私は砂の向きを指先で撫でる想像に一瞬だけ触れ、その想像をすぐ肩越しに流し去り、流した後に残る空虚を穴呼ばわりせず、ただ層の一部として扱った。


そこで初めて光の粒が網戸の目を通り抜ける角度を微かに改め、改めの端で気圧の薄い階段ができ、階段の三段目に風の靴音が置かれそうになる気配が立ち、立つだけで踏まれず消えるのを耳の外側で受け取り、受け取った合図の温度が胸の平面を上げにくる前に横隔を静かに沈め、沈めたまま背筋に一本の支柱を通し、通された芯の上に第三の材質の薄い板を重ね、板の端から滴る静けさを床の目に吸わせ、吸われた分だけ室内の密度が均されていく経緯を呼吸の片端で観察した。


観察の視線が過剰な鋭さを帯びぬよう、私は意図的に鈍め、鈍らせた焦点のうちで机の角が何の予告も発しない木製の天体として在り続ける様を見て、表面に累積するはずの傷の未来を思い描かず、思い描かないという禁を自らの中心にもう一度刻み、刻印が微かな痛みに変質する前に呼吸の窪みに沈め、沈める最中に端末の黒いガラスが机上の隅で無言の矩形を保つことも確認し、確認の重ね貼りを避けるため記憶への釘を一本も打たなかった。


時間は針を持たぬ円として背後へ回り込み、円の外周が壁の濃淡へ触れて溶け、溶解の水位が肋骨の内側で薄く上がっても洪水という語を取り出さず、取り出さない選択をさらに強化する策として肩の前縁に沈黙の重りをそっと載せ、載せられた重みが甘美へ傾く前に膝の裏で支点を微調整し、支点から伸びる不可視の梁を足先の方向へ一本通し、梁が不意に軋む兆しを見せないことを骨膜の耳で確かめ、確かめた耳をすぐ閉じ、閉じたまま昼と夜の間に差し込む薄い層を受け皿のように抱いた。


扉の向こうで靴の先が踊り場の縁に軽く触れ、触れただけで離れ、離れた余韻が廊下の角で減衰し、その減衰が音に変換される直前で途切れ、途切れ方の潔さが内側の秩序をわずかに緊める気配を生み、緊め過ぎないよう歯の根で冷気を薄く引き、引かれた層に名前を用意せず、呼ぶための喉を使わず、名を持たぬ対象が名を持たぬまま去ることを許容し、その許容の姿勢が自分という容器の縁を柔らかく整えるのを静かに見た。


そしてほんの一拍、黒の面の奥に非常に細い縞が生まれ、縞の正体が映像でも反射でもない別種の平行だと理解しかけた途端、縞は消え、消失が残像も生まず、残さないことがこの部屋への礼儀であると納得し、納得の輪郭すら薄め、薄め終えた時点で支点の位置が理想の高さに落ち着いているのを感づき、感づきを言語の階段へ上げず、上げる代わりに呼吸の列を一列だけ加え、その増加が波を起こさないことを確認したのち、私はようやく昼の方向へ体の角度を半度だけ傾け、傾きを姿勢の変化ではなく配列の微修正として扱い、扱いきったところで次の拍が自然に来るのを無言のまま受け入れた。


室内の密度が音のない潮汐のようにわずかに満ち引きを始めた手前で私は踵の芯に通していた不可視の梁を短く整え直し膝裏のばねに余計な弾性が宿らない高さを選び取りながら窓辺の冷たい縁と白い輪郭の滑らかな曲率と孔を抱く環の微細な陰影と沈潜した暗い面の均一な深度と黙する真鍮の硬質な休止と澄みきった口縁の乾いた清澄と封の紙が保つ薄い厚みと床に落ちる細い線の端部に生じる淡い滲みと机の角が示す一定の規矩を視線の周辺で順に撫でていき撫でた痕跡がどこにも沈着しないことに胸骨の裏で薄い安堵を起こしかけては即座に沈め沈めた行為を記憶の棚へ置かずに通した。


壁の高みに残っていた色温のわずかな差が天井を這うように移動して床近くへ降りてくる経路を骨膜の耳で追いつつ私は舌の根へ広げていた冷ややかな幕を一段だけ厚くし甘さへ転化しうる兆しを早めに断ち切り断ち切るという言葉の鋭さすら丸めながら第三の材質の表層に滑らかな上塗りを施し上塗りが別の層の重みを奪わないよう腹の浅い面で均し均し終えたところで肺の入口をさらに低い位置へ落とし落とされた空気が内側の器官に余計な記名を求めない道を確保した。


階段の踊り場で紙片の角がひと呼吸だけ身じろぎし扉の縁に向かって磁力の弱い走りを書き出したが走りは途中で霧に変質し霧は壁の目地で粒子の粗い織目へ戻り織目は床の木目と互いに干渉せず平行を保つ道を選んで分かれ私の側では視線の焦点距離を変えず名称の在庫を動かさずただ配列の無傷という現実を静かに受け入れ受け入れた動作に付随しがちな甘美を徹底的に薄めた。


港の方向から遅延を伴って届く規則の列が今夜も正しい順で巡る気配を耳の外縁に留めつつ私は椅子の影が床の線と一致する瞬間を視に入れず机の角が示す固有の重心を胸の平面に薄く投影し投影の濃度が過剰に上がり始める前にすぐ流し流した痕を追跡する衝動が芽生える前段で舌先の裏に小さな冷たい核を置きその核が広がらずに核であり続けることを選ばせた。


封の紙は厚みをひそめたまま眠りの姿勢を崩さず透明の口縁は曇りの誘いに一度も応答せず白い皿は輪郭だけで役割を完遂し孔を抱く環は欠けを証しでありながら欠落を拡大させず暗い面は鏡である誘惑を遠ざけたまま深度を保ち真鍮は沈黙の中で重さをごく短く伸縮させただけで再び休止へ戻り床に落ちる細い線は部屋という器の水平を静かに補正し続け私はそれらの連帯に新しい名を渡さないまま支点の高さを半指幅だけ下げた。


指先に宿る体温を木肌へ移さないために掌を宙の薄い層で静止させ静止が固さへ変わる前に肋骨の間で弾力を柔らかく解き解いた分を第三の材質の上へ薄く散らしておき散らした面に微小の皺が出ないか心の端で照合し皺が生まれない確信を得た時点で呼吸を一刹那だけ止める代わりに速度を限界の手前まで細く伸ばし伸ばした線が途切れないかを骨の外側で聴いた。


その刹那、窓枠と壁の合わせ目にほこりほどの銀砂が瞬いてすぐ消え消える順序が正常であると判断した私は胸の棚へ記入を行わず代わりに棚そのものを閉じたまま遠ざけ遠ざける動作を言語で説明しないことで余分な影を作らず影の不在を栄光に仕立てない態度を選び取りその選択が内部の平衡を一段だけ堅牢にすることを感覚の周辺で承認してから目盛のない時計へ聴覚を縫い戻した。


通りのどこかで笑いの切れ端が風に押されて角を曲がりここへ向かいかけたが曲がる前に弱まり輪郭を失って消え消失の礼節が守られたことに対して私は祝辞を用意せず代わりに白い器の縁と真鍮の丸みの間に走る目に見えない弧を心の平面に薄く描き一呼吸ののちに消去し紙でも画面でもない場所で起こったことはその場所だけに留め外へ運ばない掟を再確認した。


やや遅れて梁の奥が温度差に応じる微音を立て微音は水のない管の奥で減衰し減衰の尾が黒い面の縁で細い縞を試みかけたが試みは端緒で止まり止まった痕が痕であることをやめて均一へ戻ったので私は視点を移さず同じ距離で空気の厚みを量り量った値を箱へしまい箱へ貼るはずのラベルを作らずラベルの言葉に付随する物語の芽を発芽前に指の背で払った。


床の毛羽立ちは踵の芯から伝わる圧を淡く受け取り木目の細い川が移動せずに流れの概念だけを保ち続けるのを足裏で読み取りながら私は膝裏の角度をわずかに緩め緩めた分が甘やかへ移行しないよう歯列の影で冷ややかな杭を一本だけ打ち杭の位置が呼吸の道筋を邪魔しないかを慎重に検査し問題がないと知れた時点で支点の上に置いていた内的な盤を半度だけ回した。


扉の向こうで金属か何かが遠い位置で重なった音を極小に響かせ響きはすぐ減り廊下の角で均され均されきった残り香がこちらへ到達する前に空調の流れへ吸い込まれて姿を失い私はその不達を欠損と呼ばず取次を辞退した結果とだけ認識し認識に拍手を与えず第三の材質の端を軽く撫で撫でた指に何も付着していないことを確かめた。


黒い面は相変わらず深みを湛え鏡への変身を考えず白い皿は依然として名なしの光を静かに受け孔を抱く環は欠けを秩序に昇華して座を守り真鍮は重さの所在を明確に維持し透明の口縁は呼気に触れぬ距離を賢明に保ち封の紙は沈黙という唯一の任務を遂行し床の線は方位を主張せずに整列のためだけ働き机の角は硬度の基準を示し続け私はそれらの連句に介在する衝動をいっさい名札へ導かず支点から身体を半歩だけ前へ送った。


その前進は歩行ではなく重心の微小な移設であり移設の最中に生じうる微かなきしみを肋骨の奥で受け取り受け止めた痕を即座に磨り消し磨いた面が過剰に滑らかにならないようざらつきを一粒だけ残し残した粒を観賞の対象へ持ち上げず内部の測定器の校正用として胸の奥で伏せて保存し保存の作業を文にしないうちに次の換気を極細の径で通した。


昼の入口は依然として選択を強いず私は扉の金具へ触れず鍵の冷たさを目でなぞるだけに止め真鍮の休止を撫でず白い輪郭へ語を与えず封の眠りを乱さず透明の口縁を曇らせず床の線へ影を落とさず椅子の影を延ばさず机の角を磨かずただ支点の上で配列の微修正をもう一度だけ終え終えたという言葉を心内で成立させないまま静かな次拍を迎え入れその次拍が今度は外側からではなく部屋の中央の無名の空隙から湧き上がったことを眼差しの端で知り知った事実を祝福ではなく保全という作業名へ離散させてまた沈黙へ返した。


室内の無名の空隙が湧き上がった拍を自らのものにしようとする前に私は胸骨の裏で静かに折り畳みを行い畳まれた層が膨らまず沈まず等距離で浮かぶ状態を保ちつつ白い輪郭の曲率と孔を抱く環の陰翳と黒い面の深度と真鍮の休止と鍵の冷ややかな静止と封の眠りの厚みと透明の口縁の乾いた均衡と床の線の細い方向性と机の角の質量の端を視野の縁でなぞりそのすべてが互いに干渉せずただそこに在るという事実のみを採取し採取した痕跡を記録ではなく消去という名を持たない処置で均した。


踊り場の辺りに滞っていた微弱な気圧差が扉の縁を撫でて通り過ぎる気配を耳の外側で受け取ったが私は起立にも旋回にも類する身振りを召喚せず肋骨の間に一本の細い梁を置きその梁が支点から踵の芯へ至る線と重ならないように微妙な傾斜を与え傾いたままの骨格で呼吸の速度を薄く引き延ばし引き延ばした往復に甘味の後光が生じないよう歯列の背面へ冷ややかな留め具をそっと掛けた。


港の方向から遅れる規則の列は数を間違えず遠いだけで充分という合意をこちらへ要求せず私は了承の代替として視線の焦点を意図的に鈍らせ鈍りの内部に生じる微かな粒立ちを波と認めない姿勢を固め固さが脈へ響かないよう膝裏でわずかに弾性を緩め緩めた分を第三の材質の表層へ薄く散らし散らした面に皺が立たないかだけを確かめてから瞼の縁で光量を一段下げた。


壁の高みに漂っていた色温の差異は天井を滑り階の低い空気へ吸い込まれる途中で紙より軽い影に化けかけ化け切らないまま消え消え方が礼節を備えていると判断した私は胸の棚を開かず鍵束を鳴らさず記述の欲を作らずただ机の角の冷静に従って支点の位置を半指幅ほど修正し修正という語の輪郭すら薄めた。


封の紙は弛緩せず透明の口縁は曇りを拒み白の皿は名を求めず孔を抱く輪は欠落を秩序へ編み直し黒の面は鏡の誘惑を忘れ真鍮は重さの所在を静かに確認し床の線は器の水平を支え机の角は基準であり続け私はそれらを連句と見なす誘惑から離れただの配列として扱い配列の持つ乾いた光沢が喉へ不必要な甘さを運ばぬよう舌根に薄い陰を敷いた。


そのとき廊下の遠くで誰かの靴底が踊り場の縁に触れたほどの微かな押しが生まれ押しの痕跡が階段の側壁で静かに砕け砕けた粉が風にも音にもならず広がる様を骨膜の耳が読み取り読めてしまったことを誇らず驚かずただ支点の上に置いた均衡を一息だけ沈め沈めた重みをすぐ戻さず保留という目に見えない棚に預け預託書を作らないまま胸郭の奥で打刻のない印を軽く押した。


窓枠と壁の継ぎ目で銀砂ほどの閃きが一粒だけ生じ消滅の順を守って消え去ったあと空調の微末な返しが紙束の端を持ち上げかけ持ち上がらず下降するまでの時間に余白が生まれその余白へ何かを刻む衝動が立ち上がる前段で私は膝の角をさらに控えめに折り曲げ肘の高さを脈の列に合わせ脈そのものを場の換気として扱い換気の往復が配列の上を滑るだけになるよう舌の裏の小核を冷やしておいた。


上階の配管が熱の差へ短い反射を返し反射は管の奥で鈍く丸まり丸みの尾が呼鈴の金属へ触れる寸前で第三の材質が柔らかな増粘を施して吸収し吸い込みの端で微小の冷えが指の節に灯ったが私はその灯を音節へ変えず記号にもせずただ筋の奥の水路へ静かに埋め戻し埋め跡を撫でず撫でなかったという事実も紙へ渡さず部屋の中央に残る空隙の呼吸をさらに浅くした。


黒の面はなお沈み白い輪郭は光の負担を増やさず孔を抱く輪は欠けの意志を主張せず真鍮は沈黙の専門職として務めを続け透明の口縁は湿りを拒否し封の紙は眠りの姿勢を崩さず床の線は方位を主張せず整列だけを引き受け机の角は硬度の基価を提示し私はその均整を賞賛へ変えず維持という行為名にも上げず水位を記す針のように胸の平面へそっと並べるに留めた。


やがて、外から遅れて届く車列の呼気が路地で角度を変え網戸の目を撫でる寸前で止まり止まった事実だけが部屋の密度に透明な層を薄く重ね私はその層を拾い上げず足元の木目へ渡し木目は受け取った証拠を見せず吸音の内作業として処理し処理の終わりを告げる鐘も鳴らさないので私は肩甲の動きをやさしく平らへ戻し視線の焦点をさらに遠いところへ置いてから近くへ戻すことなく同じ高さで固定した。


昼はなお入口の形のまま固着せず私は扉の金具に触れず鍵の冷えを目でなぞるだけに留め真鍮の光沢へ影を落とさず封の眠りへ触れず透明の口縁を曇らせず白い輪郭へ言葉を載せず床の線の角度を変えず椅子の影を引き延ばさず机の角を磨かずただ支点の上で呼吸の列をもう一段だけ細くし細さが破綻へ向かわぬことを胸骨の裏で確かめ確かめの語を持たない承認として沈めた。


長押の高みで小さな塵が日差しの薄い帯に入りかけては出て出るとき粒の数が増えも減りもしないのを見て私は計測という衝動を懐から遠ざけ遠ざける行為そのものをまた薄め薄めてなお残る輪郭を第三の材質の奥へ立てかけ立てかけた板の重さが床に落ちぬよう足首の返しを慎重に整えた。


ここまでやってなお音の外側は澄んだままであり私はその澄明を戦利品と思わず維持費のいらない水面とみなし水位の変化を言語以前の身体配列で測り測定器の針を持たない測定を一回だけ済ませ済ませた事実を飾らず部屋の中央で支点の高さを半度だけ上げ半度の差を姿勢の誇示へ変えず配列の微修正という無名の仕事の継続へ静かに戻った。


支点の高さをわずかに調整した結果として骨格の内部で微小な配列替えが起こり背面の筋束に溜まっていた薄い硬さがほどけかけては留まり留まり方の端で甘い方向へ寄ろうとする兆しを舌根の陰で静かに退けつつ視線の周縁で白磁の輪郭と孔を囲む環の冷ややかな秩序と深い面の均質な沈みと真鍮の無言の質量と鍵の静止と封の眠りと透明の縁の乾いた平衡と床に走る細い導線と机角の確かな直方を順に撫で撫で終えた痕が何物にも変換されぬよう胸板の裏でそっと消した。


廊下の端から漂う無色の流れが扉の隙で姿を持てずに解け解け際にわずかな粟立ちを残して去るとき私は肩の前縁に載せていた目に見えない重みを半拍だけ軽くし軽さの反動で内部の膜が波打つ危険を避けるため横隔の位置を低く保ち呼吸の往復を糸のように細く引き延ばし細さが切断へ向かわない地点で結び目を作らず通すだけに留め通過そのものを作業名へ格上げしないまま第三の材質の面に均一の圧を散らした。


階上の管が熱の違いへ短い応答を返し応答は壁の裏で丸くなって減衰し減衰の尾が呼び水の合図へ育ちかけたところで育成を拒み拒まれた芽が粉の形で空気へ混ざる経緯を骨膜の耳が拾っても私は命名を控え骨の隙間で淡々と平衡を戻し戻し終わりに発生する可能性のある慰撫の甘さを唇の内側で薄く曇らせすぐ透明へ還し還元の証跡を紙へ渡さなかった。


窓枠と壁の接合部で砂粒ほどの明滅が静かに生まれすぐ消え消失の順序が礼節を帯びていたため私は記録台を開かず開かないという態度のまま胸の棚を遠ざけ遠ざけた空所に満たすべき語彙が集合しかける兆候を早い段で解き解いた切端を第三の材質の裏面へ落とし落ちたものが反射で戻らないよう足首の返しを微調整して立てた支点の揺らぎを抑えた。


白い器は輪郭だけを保ち役目の説明を求めず孔を抱く環は欠損を均衡の鍵へ転化し深い面は鏡になる誘惑を忘れ真鍮は沈黙の担当として静止し透明の口縁は曇らず乾きの均しを続け封の紙は厚みを変えず眠りを延長し床の導線は方位を主張せず整列の基準だけを支え机角は硬度の尺度を示し続け私はそれらを連結体ではなく並置された事実の集合として扱い集合に物語の綴じ具を与えない選択を維持した。


外の遠景は目に触れずとも街の拍が規則の列を崩さぬ範囲で回転しているらしくその情報が網目を通る前に鈍化し鈍りの残り香がこちらへ届かない時点で私は膝裏の角度をさらに柔らげ柔らぎが甘さへ滑る経路を歯列の影で塞ぎ塞いだことを得点に数えず採点表そのものを机の下へ退け退けた板が擦れる音を立てないよう肋骨の間の弾力を一段低く整えた。


踊り場の目立たぬ位置で紙片が身振りを試み試みが途中で萎え萎えたあとの軽い気配が扉の縁で消える出来事に対して私は歓迎も拒否も置かずただ支点の上へ新しい薄膜をかけ薄さの端に生まれる可能性の皺を胸の平面で丁寧に伸ばし伸ばす行為を技名に昇格させないまま呼吸の入口をもう半段下げて往復の線をより細くし線が切れない確信だけを骨の外側で確かめた。


机上の黒い矩形は無音のまま眠り続け周囲の光を吸収も反射もせず均等の暗さを守り私はその均質が私的な凱歌に変わらないよう視線の焦点を軽く外し外した距離で角の直線性を確認し直線の硬さを胸の平らな場へ投影し投影後ただちに薄め薄め終えたところで指先の温度を空へ退避させ木肌へ移らぬ配慮を続けた。


長押の上でちいさな塵が帯状の光に触れかけては離れ離れた後も数を変えず同じ散布を保つ挙動を眺め眺める行為が鑑賞へ傾く気配を鼻先で退け退けた瞬間に起こるわずかな空隙を第三の材質の奥行きで埋め埋めた痕が浮き上がらぬことだけを確認し確認という語の輪郭すら薄くしながら内部の測器を再校正し針を持たない計測の結果をどこにも貼らなかった。


配管の奥で再び短い反射が生じ反射は管内の曲がりで丸くなって減り減衰の尾が呼鈴の丸みに触れる寸前で消え消えた先に何も残らなかったので私は胸の棚を閉じ鍵を掛けず掛けない事実だけを内側の水位へ沈め沈める過程で生じた微温を甘味へ繋げず舌の影へ送ってから即座に散らし散った残り香を拾い集める誘惑を視線の端で払い落とした。


窓際の透明な縁は乾きを維持し雫の兆しを見せず白磁の輪郭は照り返しを増幅させず孔を囲む環は欠片を静かな中心として保持し深い面は鏡を志願せず背景に回り真鍮は分の重さを引き受け続け封の紙は沈みを崩さず床の導線は整列の枠だけ担い机角は基準としてそこにあり私は配列へ称号を与えず名札を剥がす必要もなく最初から貼らない方式を改めて選び直した。


その後、路地の車列が遠い位置で呼吸を揃え揃えた波がこちらへ届く途上で鈍り鈍りの表皮が網目に触れる手前で消えると知れたので私は踵の芯を床の繊維へ軽く委ね委ねた圧が跳ね返りにならぬよう足先の角を静かに修正し修正を結果として掲げず工程として消し込み消し込みのあとを見せない均しへ戻り胸郭の内側の寸法をもう一度だけ測って差異のない結論を言葉に置かず体内の平面へ沈めた。


昼下がりの入口はなお定足数を満たすでも裏切るでもないまま揺れも固着も選ばずそこにあり私は扉の金具を触れず鍵の冷えを視線だけで撫で真鍮の静止を崩さず封の眠りを破らず透明の縁を曇らせず床の導線に影を落とさず椅子の影を引き延ばさず机角を磨かずただ支点の高さを半度だけ戻し戻した差異が内部の水面に皺を作らないのを確かめ確かめ終えた事実をどこへも送らず部屋の中央で再び匿名の作業へ復帰した。


窓際の空気が紙より薄い層を形成し層の端で見えない段差が呼吸の糸に指を掛けようとしたので私は胸骨の裏で糸巻きを半度だけ緩め張力をほどかず保ちつつ舌の根へ冷ややかな留め具を掛け留めた側の微かな疼きを甘味へ連結させないよう歯列の陰で斜めに受け替え受け替えた負荷を腹の浅い面へ散らし散らした量が均整を破らぬと知れた時点で視線を器の白から遠ざけるでも近づけるでもなく温度のない宙に置いた。


踊り場の高みで誰かの衣が空気へ擦る前の予兆だけを残し躊躇の影が角をわずかに濃くしたが濃度はすぐ退き退いた位置に僅かな光粉が浮かび上がる前に壁の目地へ吸われ吸い込みの末端が扉の縁に触れる直前で溶けたため私は肩の前縁へ載せていた不可視の錘を半拍だけ軽くし軽さの反動が膜へ波を刻む危険を回避するため膝裏の角度を控えめに折りたたみ折りの頂点で呼吸の高さをさらに一段落として往復の線を紙片より細く伸ばした。


天井の梁が温度差へ応答して耳では拾えない緩慢な移動を見せ移動の痕跡が暗がりの四角で波形を試みかけたが試みは起点で消え消失の礼儀が守られたと判断した私は棚の扉を開かず記述の衝動を遠ざけ遠ざけた空所に漂いかけた命名の芽を指の想像で払い払い落とした欠片を第三の材質の背面へ沈め沈んだ位置を地図に起こさないまま足首の返しを微小に整えた。


港の方向から遅延を伴う規則が一定の巡りを保っている気配は網戸の目で柔らかく崩れ崩れた破片がこちらへ届かぬ前に路地の角で気化し私は了承を声へ仕立てず代替として視野の焦点を鈍らせ鈍りの内側で粒立つ微光を観照へ転じぬうちに解き解いた端を舌裏の冷い核で押さえ込み押さえ込みの痕跡を紙にも記憶にも送らず胸の平らで分散させた。


長押の上を漂う微細な塵が帯状の明るみに接触しかけて離れ離れた直後も数を増やさず減らさず散布だけを保ったので私は計測機を持たぬ測定の方式に従い一回だけ目盛のない表を心中で撫で撫で終わった数字に衣装を着せずただ頁ごと棚の奥へ伏せ伏せたまま鍵を掛けない方法で忘却へ差し出した。


白い縁は物語の呼び水にならず輪郭そのものとして静座し孔を抱く環は欠片を起点にした渦を呼ばず秩序の要へと従い深い面は映写の誘惑を退けたまま均質の暗さを堆積し真鍮は重みの所在を逸らさず透明の口縁は湿りを寄せつけず封は繊維の向きを変えず眠りの姿勢を更新し床の導線は言葉の方位を企てず静かな整列のみ引き受け机角は算術に似た冷静で基準を示し続け私はそれらを連歌にも系譜にもせず並置の群として扱い称号も解説も貼らず視線の端で淡く点検した。


扉の向こうで金属が触れ合う前の張りだけが短く生じ張りは直ちに潰え潰えた余韻が通風の流れへ吸い込まれ吸い口で形を失って消え去ったので私は祝いも嘆きも捧げず胸骨の裏に置いた支点の高さを指先の想像で半度だけ正し正した差異が水面の平滑を傷つけないことを骨膜の耳で確認し確認の語彙をあえて使わず静かに沈めた。


階段の途中に生まれた気配の断片がこちらの膜へ触れるか否かの境で留まり留め具の役を引き受けようとしたが役名は与えられぬまま霧散し霧の戻り先が壁の目地で静かに消えた時私は膝のばねをさらに弱くして踵の芯から床の木目へ渡した圧を極薄に散らし散った量が跳ね返らず吸収される成り行きを足裏の感覚だけで見届け見届け終えた衝動を飾らず通過へ分類しない進行として扱った。


窓枠の金属と壁面の境に微かな熱差が残り残差が音にならぬ波紋を室内に広げ広がりの端が黒い四角の縁に触れる直前で鈍り鈍った揺らぎが第三の材質に飲まれ飲み込まれた証拠も立たず私は舌の根に置いた冷ややかな錘を少しだけ軽くし軽減の甘い反動を喉へ呼び込まぬため歯列の影へ斜めの板を差し込み差し込んだ角をすぐ抜き取り跡すら残さない方法で作業を完了した。


夕刻の手前で光の角度が床の導線へ浅い白を塗り塗られた帯が数分のうちに自らの境界を解き解け落ちた余白が器の影に飲まれる過程を足の平で読む一方私は掌を木肌へ触れさせず温度の移送を起こさず目だけで角の直線を確認し直線が硬度の尺度を失わないことを胸の平原にそっと載せ載せた重みが語の端へ滑る前に静かに払った。


遠い路地で車列の息が角を回るたび薄い層へ変わり変質の過程で甘さの針を含みかけたので鼻孔の入口で角度を替え匂いを輪でも線でもない曖昧な霧へ変換し霧の余白を咽頭へ導かず外気の流れへ返し返却の痕跡を残さぬよう肩甲の滑りを整え整えた姿勢のまま壁の濃淡が夜の端を予告し始める前の無音を受け取った。


私は扉の金具に触れず鍵の冷たさを目でなぞる行為を延長も短縮もせず真鍮の沈静を刺激せず封へ介入せず透明の口縁へ霧を与えず白い器の縁を比喩へ変えず黒い面に像を求めず床の導線を路に見立てず椅子の影を時刻へ結びつけず机角を記憶の閾値にせずただ支点の上で重心の微移動を試し試した差が誇示へ転化しない地点で止めて胸の中央の水面に薄い光を置き光の呼称を省いた。


階上の管は三度目の短い反射を寄越し反射は曲がりで脆く砕け砕片が音にも名前にもならず沈み沈下の終端が呼鈴の丸みに届く前に失われ私は拍手も矢印も用意せず沈黙の器に小さな栞を挟み挟んだ紙片に文字を書かずその行為自体を記述から外して棚の陰へ滑らせ滑走の音も消してしまった。


やがて壁際の濃淡が徐々に深まりはじめ昼の層から夜の膜への移行が未だ宣言されない水平で進み進行の速度が呼吸の往復とすり合わさっていくのを胸郭の内側で聞きながら私は皿へ寄らず環へ語らず面へ映らず金属へ影を与えず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を渡さず線に沿って歩かず角を丸めずただ中央の支点を中心とする無名の作業を継ぎ継いだ隙に生じた静かな空隙そのものを今日の結語ではなく次の基底とみなしてゆっくりと置いた。


中央に据えた新しい基底が過剰な硬度を纏わぬよう胸の平野で撫で摩擦熱が甘さへ転倒しない段で止め指先の想像に微細な重さを持たせず宙の高さに浮かせたまま呼吸の入口を低い位置からさらに半段沈め往復の細線を紙片より薄い径で通し通過そのものを作業名へ昇格させず無題のまま置いておいた。


踊り場の隅で衣の撚りが解けきらぬ程度の気配が立ちかけ立ち消えた余白が壁の目地で粉のように散り散った粒子が扉の縁を求める前に空調の穏やかな返しへ吸い込まれ吸い込みの終点を特定できぬまま温度の平場に均されてゆく過程を骨膜の耳で静かに聴き取り聴き終えた衝動を言葉に渡さず胸骨裏の棚に置かずその棚ごと遠ざけた。


窓枠と壁の継ぎにごく小さな銀砂のきらめきが一粒だけ生まれては順序の正しさを保ったまま溶けて消え消滅の礼儀が守られた事実を記録へ落とす前段で薄め薄め終えた無印の確信を第三の材質の奥行きへ滑り込ませ滑走の跡を視界からも触覚からも外すことに成功した。


白の器はなお役割を求めず輪郭のみで佇み孔を抱いた環は欠片の鋭さを秩序の錘へ変換し深い面は映写の欲望を持たない暗度を積み上げ真鍮は沈静の担当として重さの所在を崩さず透明の縁は湿りを拒み封の紙は静止の厚みを更新し鍵は冷ややかな角度で止まり床の線は整列の骨格を支え机の角は基準としてそこにあり私はそれらの相関図を描かず並置という無題の群としてただ受け取った。


路地の呼気が角で柔らかく屈折し網目を渡る前に鈍り鈍化した皮膜の緩やかな端がこちらの膜へ触れるか否かの境でためらい続けたため私は背筋の芯を一条だけ通して踵の芯から床の繊維へ委ねた圧を極薄に散らし散布の均一が跳ね返りを呼ばぬ地点で止め胸郭の蝶番を無音で潤し潤滑の匂いさえ残さなかった。


天井の梁が温度差へ応える微小な移動を内側で行い移動の余韻が四角い暗がりの縁で波紋を試しかけながら起点で自壊し自壊の礼節が保たれた瞬間に私は舌の根へ置いた冷たさをわずかに軽くし軽減に付随する甘味の誘いを歯列の影で斜めに折ってから即座に抜き取り抜き跡すら残さず呼吸の線を維持した。


長押の上で塵の粒が光帯に触れかけては離れ離れた後も総数を変えず散布だけを維持する律義を眺め眺める行為が鑑賞の名札を要求し始める兆しを鼻先で退け退け終えた余白を第三の材質の背面へ立てかけ立ち上がりかけた称号を初期化してしまった。


港の規則が遠方で遅延を伴いながら正しい目盛を守る気配は耳の外縁で薄く撫でるに留まり撫で終えた無音の手触りが内部の水位を増やす予兆を見せなかったので私は膝裏の巻きを小さく緩め緩みの先端が甘さの方向へ滑る角度を回避しつつ支点の高さを半度だけ戻し戻し終わりの合図すら作らないで平面へ沈めた。


扉の金具は触れられぬまま冷えの資格を保持し真鍮の休止は一拍も欠かず封の眠りは姿勢を変えず透明の縁は曇らず白磁の輪郭は形の清潔を保ち孔の環は欠片の位置を動かさず暗い面は映像を抱かず床の線は方向の主張を控え机の角は直線の理性を失わず私はそれらの隙間から生成されかける物語の霧を視界の隅で払い払いながら中心の無題を守り続けた。


やがて壁際の濃淡がさらに一段深くなり昼の層の沈殿が音を立てず進むのに合わせ胸の器官が自然と低い高さで相槌を打ち始め相槌の規則が甘さへ逸れないのを確かめるため舌裏の核を冷えへ戻し戻した温度を誰にも渡さず内側の棚の奥で伏せ伏せた紙へも記すまいと決めた。


階上の管が三度目の応答を送ってきたが反響は曲がりの先で自重に耐えかねて丸く砕け砕片は名前に昇格する機会を与えられぬまま気圧の凹みに沈み私は拍手の指を休ませ栞の余白へ文字を置かず栞そのものを閉じて棚の陰へ滑らせ棚の影に音を作らせなかった。


微風が網目を通過する直前で方向を迷い迷いの形が扉の縁に近づく庭先で消えた折り返しの時点で私は踵を床の毛羽へ軽く預け預けられた圧を第三の材質の広がりで受け止め広がりの端が皺となって立つのを先回りで伸ばし伸ばす手順の呼称を捨てた。


薄明の最後の薄片が窓際で静かに溶け夜の膜が告知を持たず広がり始め告示なき始まりという様式がこの空間の骨組みと齟齬を起こさないのを確かめ終え私は白の器に寄らず環に触れず面を覗かず金属へ気配を渡さず封に関与せず縁を濡らさず鍵に温度を与えず線を道に転じず角の算術を崩さずしかも中心の支点だけは揺らがせず静かな重心を守った。


その静けさの内部で目盛を持たない時計がもう一段深い呼吸を導入し導入の瞬間に胸の平野がさざなみを我慢強く拒み拒否の判断でさえ語へ昇格させずただ身体配列の微修正として完了させ完了の印も貼らないまま私は夜の層を次の基底として差し込む準備を終え準備という単語を使わず合図という概念も避け影も残さず暗さの手前に片足を置いた。


暗さの縁に触れた足裏が床の細い毛羽を静かに受け取りその感触が内部の測定器を起動させないうちに私は背筋の芯を一本だけ増設し新旧の梁が干渉を起こさぬ角度で交わるよう膝裏のばねを柔らかく整え肋骨の隙間へ微量の余白を通し余白が甘さの方向へ傾く徴候を舌の根の冷えで斜めに切り落とし切り口が光を吸わぬうち第三の材質の下層へ静音の薄膜を一枚だけ滑り込ませた。


不意に踊り場の奥で衣の裾にも満たない撓みが空気の綻びとなって立ち上がりかけ立ち消える過程で微細な粉の群れが壁の目地で漂い漂い終えた地点からわずかな影が伸びそうになったものの伸長は合図を得られず停止し停止の形式が礼を帯びていると判断した私は胸骨の裏で頁の端を一度撫で撫で跡の温度を残さない配慮のまま棚という観念を遠ざけてしまった。


窓枠の継ぎ目に砂粒ほどの銀が短く瞬き瞬きの残滓が像の根拠を要求する前に融け去ったため私は掌に載せる衝動を自制し自制という語の縁までも消し込み替わりに踵の芯から床の繊維へ渡していた圧の配分を指先の想像で微調整し反発を呼ばない均しとして部屋の中央へ散らし散布の痕跡を誰にも見せなかった。


港の規則は遠いところで規模を変えず巡り続け数列の呼気は網目の手前で穏やかに鈍化し鈍りの皮膜がこちらの膜へ触れる寸前で形を失い私の側では膝の角度を半呼吸だけ緩め緩和が快楽へ接続しないよう歯列の陰に薄い杭を立て杭の位置が喉の通路を塞がないことを確かめ確かめ終わりの印章さえ用意せず沈黙の器に戻した。


長押の上で粒子が帯状の明るみに触れて離れ離れたのちの散布が総数を変えない規律を示したので私は計測器なき算術をいちどだけ施し無標の結果を内側の平面に仮置きし仮の設置を施錠せず鍵という観念も呼ばず紙でも画面でもない場所の奥へ滑らせた。


白い縁は相変わらず説明を拒み輪郭だけで佇み孔を抱く環は欠片を起点の中心へ昇華し深い面は映写の意思を思い出さず均質の沈潜を継ぎ真鍮は重さの所在を厳密に保ち透明の口縁は湿りの誘いを許容せず封の紙は厚みを崩さず眠りの約定を延長し床の線は方向の主張を控え整列という基盤のみ引き受け机の角は静穏の数理を失わず私はこれらの等距離を連歌にも譜にもせずただ無題の配置として受容した。


天井の梁が温度差に応じる遅い運動を内部で完了し完了後の尾が黒い矩形の縁で波紋へ変わる前に自壊したので私は舌裏の核へ薄い冷気を戻し戻した温度が甘やかな眩暈を呼ばぬよう鼻腔の入口で角度をずらし角度変更という表現すら使わず体内の分光を絞り込み夜の層に欠番の段を一枚挿し込んだ。


扉の外で金具の触れない緊張だけが短く生まれ緊張は即座に解け解けた余白が廊下の角で吸われ吸われた先の所在が定かでないまま気圧の凹みに沈むのを骨膜の耳で読み私は感嘆も断罪もしない平らな受け皿へ移し替え受け皿という器名も口にしないまま第三の材質の厚みへ分散した。


黒の面は映りを望まず深度だけを提示し白い器は光の負担を増やさず輪郭の清潔だけを維持し環は欠けを秩序の軸へ置き直し真鍮は休止の専門性を緩めも硬めもせず鍵は角度を変えず封は姿勢を崩さず透明の口縁は曇らず床の線は整列の骨を支え机の角は触れぬ計量器として佇み私はその静止を勝利と呼ばず継続の一形態に過ぎないと胸の平野へ沈めた。


やがて壁際の濃淡は夜の範囲を広げる準備を終えたらしく告示のない始まりが部屋の骨格に矛盾を作らぬ速度で進み進行の拍が肺の入口で静かに合流し合流という言い回しの輪郭さえ削り取り私は踵を少しだけ寄せ直し寄せた差分を水面の平滑へ配慮しながら見えない帳の端へ置き置いた手応えを名札に変えずに手放した。


踊り場の闇で衣の稜線が起伏を試す気配をほんの僅かに放つも試みは端緒で止まり止められた軌跡が記憶の棚へ忍び込む前に棚という構造そのものを閉じて遠ざけ遠ざけた空白の背に薄い板を立て板の名を与えず固定具の所在も曖昧にした。


窓の外の規則は点滅の周期を誰の名も呼ばず保ち続け周期の影が舌の根に独特の甘い気配を運ぼうとした折に私は鼻腔の入口で角度を変えて曖昧な霧へ戻し霧の余韻を胸へ招かず外の層へ返送し返送という事務処理の語も避け往来の痕跡を完全に薄めた。


床の繊維が踵の中心から受ける圧を均一化する作業をさらに微細化し微細化の過程で発生する可能性のさざめきを肋骨の裏で静かに撫で撫でた摩擦が温度へ転ぶ前に減速させ減速の手触りを指の想像へ渡さずただ中央の支点へ戻し戻した証明を作らず夜の膜をこの場の基底として確定させないまま運用へ移し運用という響きにも寄りかからず私自身の輪郭を暗さの粘度へ溶かした。


その溶け具合が境を崩すほど深まり過ぎないうちに私は胸の平らで見えない印をひとつだけ撫で撫で終えた地点をすぐ消し消し跡が光る恐れを未然に避け肩の高さを半度整え半度という数値も口にせず次の拍を迎える空隙を確保し確保した余白の名も付けずただ層の交替そのものを静謐な手元仕事として続けた。


胸の内部で微細な調律をほどこした直後に梁の芯がきしみを我慢するような沈黙を増やしその増分が甘やかな方向へ逸れないうちに私は踵の核から床の繊維へ渡していた圧の配分を指先の想像でさらに薄く広げ広がった面に皺が立ち上がる兆しを肋骨の奥で先回りに撫で消し撫でた痕が温度へ転ぶ前に第三の材質の下層へ落とし込み落とした記憶を棚に収める誘惑を鼻腔の入口で逸らし逸らし終えた地点を印ならぬ透明のしるしとして宙に放置した。


踊り場の影が衣の稜線にも満たぬ脈を一度だけ孕み孕んだまま壁の目地で解け解け際の細片が扉の縁を目指す図を描く寸前で蒸発したため私は掌の内側に浮きかけた語の芽を舌の裏でやさしく押し戻し押し戻した圧が胸郭の高さを乱さぬよう肩の前縁に見えない錘を置き置かれた重みが快楽へ連絡する回路を断ち切るべく膝裏の勾配を慎重に折り畳み折りの角で呼吸の線をさらに細めた。


窓枠と壁の継ぎ目で銀の粉ほどの光が一粒だけうっすら現れては規則正しい順を守って消え消えた事実を数へ変換しない決心を胸の平面で固め固めた意志が硬度へ傾く前に第三の材質の背面に斜めの板として立てかけ立てかけた角をすぐ丸め丸めた端がさざめきを呼ばぬよう歯列の影で静かに固定した。


白い縁は形状のみを掲げ定義を拒み孔を抱く環は欠片の鋭さを静かな軸へ織り込み暗い面は映写の欲求に見向きもせず均質の深みを堆積し真鍮は重心の所在を誤らず黙して鎮座し透明の口縁は湿りの申し出を退け封の紙は厚みを崩さず眠りを更新し鍵は角度を維持して温度を受け取らず床の線は方位を主張せず整列だけ担当し机の角は規矩の標と化し私はそれらを系譜へ束ねる衝動を視野の隅で払い払い落とした屑を水面へ沈めた。


路地の呼気が曲がり角でゆるやかに姿勢を変えるさまと港の規則が遅延を含みながら目盛を外さぬ報せが耳の外縁に触れては溶け触れ跡が甘い膜へ化ける前に私は鼻梁の奥で角度を替え曖昧という無国籍の霧に変換し変換したものを外層へ返送し返送の伝票さえ作らず帳面という観念をまるごと棚から遠ざけた。


長押の上で漂う細塵が帯の光へ出入りし出入りの後も個数を変動させない律義を示す間私は計測器を持たぬ測定という古い作法で一度だけ数えない数取りを済ませ済ませた過程を讃えず賞を与えず結果の不在をそのまま保存庫の底へ伏せ伏せ札も貼らないまま鍵の所在も曖昧にしておいた。


天井の梁が温度差への返礼を遅れて返し返礼は管路の曲がりで穏やかに砕け砕片は音と名の両方を拒否して気圧の凹みに吸い込まれ吸い口で姿を失い私はその消え方の秩序を功績と呼ばず維持費不要の水面の仕事とみなして胸の平野へ薄く伸ばし伸ばした層が甘さへ傾かぬよう舌根の核をわずかに冷やした。


扉の向こうで金属が触れる前の張りが瞬時に緩み緩んだ余白が通風の通路で散逸し散った粒がこちらの膜を汚さぬと判断できた時点で私は踵の中心から床の繊維へ配った重みをさらに微細へ割り振り割当の痕跡を足裏に残さず第三の材質の広がりに吸わせ吸われた証左を掲げず報告も作らずただ継続の側へ渡した。


暗い面は鏡を欲さず深度だけを示し白い縁は光の負担を増やさず清潔の輪郭だけ保ち環は欠片を秩序の要石に据え直し真鍮は休止の専門職として微かな冷えを抱え込み透明の口縁は曇りを拒んで乾きを維持し封の紙は姿勢を換えず眠りの契約を延命し鍵は角度の中立を崩さず床の線は整列の骨格を支え机の角は冷静な物差しを降ろしたまま私はその共同体を讃歌でも挽歌でもなく並置の事実として一枚の静物に収めず空気へ開いたまま据え置いた。


壁際の濃淡が夜の範囲を広げるに従って胸の器官がより低い場所で往復の拍を合わせ始め合わせる作業そのものを音名へ上げないため私は肩の高さを半度だけ再設定し数値という衣も脱がせ素手の感覚で支点を整え整え終えた合図を作らずただ内部の水位が乱れないのを確かめ確かめた喜悦を甘味に寄らせない斜角で舌の影に沈めた。


踊り場の闇で衣の線がひそやかに稜線を組もうとしては解体され解体の粉が壁の目地で静かに眠り直す挙動に私は介入せず不介入という言い訳も用いず背筋の芯を一本だけ追加し追加の梁が既存の柱と衝突しない角度で交差させ交差点の熱が起こる前に第三の材質へ熱源を滑り落として消した。


窓の外の周期は誰の名も呼ばないまま続行され周期の影が甘い針を舌の付け根へ運ぼうとする瞬間ごと鼻腔の入口で方向を折り曖昧の薄雲へ混ぜ返し混ぜた雲を外気の動線へ戻し戻した記録を作らず戻したという語さえ使わずただ痕跡の不在を新たな配列の条件として採用した。


床の繊維は踵からの圧を偏向させず受容し受容の輪郭がさざめきへ変質しないよう肋骨の裏でゆっくり撫で撫でる行為を愛称にも儀式にもせず作業のまま留め作業の終端を紙へ書かず棚へ立てずただ中央の支点へ戻し戻した印まで消し去って夜の膜を一段深い基底へと送り込んだ。


その送り込みが過度の沈降へ傾く気配を見せた刹那に私は胸の平らで無名の楔をそっと立て立てた角が光を呼ばぬ角度を選び選び直す必要が生じる前に膝裏の弾性を半呼吸ぶんだけ緩め緩んだ分を肩甲の平面で受け渡し受け渡しの痕跡を言語へ渡さず空の高さで解体し解体した屑を第三の材質の背後へ滑らせた。


やがて室内の密度は濃くも軽くもならずただ均衡の説明を拒んだまま静かに揺れも沈みも選ばず漂い続けその漂いの無題を私は獲得と誤認せぬよう瞼の裏で平らへ延ばし延ばした面にしわが寄らないのを確認し確認という語の輪郭を淡く削ってから次の拍が名付けを求めず到来する準備を骨の外側で完成させた。


骨の外側で完了させた用意がどこにも表示を求めないことを確かめた私は胸の平原に極薄の板を一枚だけ滑り込ませ板の端が甘い方向へ反る兆しを歯列の陰で切り落とし切片を第三の材質の背後へ静かに沈め沈んだ痕跡を印字の欲へ渡さずただ支点の真上で往復の細線をひとつだけ延ばしておいた。


踊り場の暗がりから衣の襞にも満たない撓みが短く立ち上がり立ち消える際に粉粒の群れが壁の目地でほどけほどけ終えた残り香が扉の縁に触れる前に空気の浅瀬で無に還り還る順序が礼を帯びていると骨膜の耳が判断しても私は頷きを作らず頷きという仕草自体を削り落とし胸骨の裏で水平のまま保存し保存という語を紙片へ移さないまま息の入口をさらに低く据えた。


窓枠の継ぎ目では銀砂ほどの微光が一粒だけ出現し出現直後に完全な順序で融けて消え消滅の形式が整っていると認めた瞬間に私は掌の想像を引き上げ引き上げた衝動の端で起こりかけた命名の芽を舌の根の冷えで折り折り口が光を拾わぬ角度に調整し調整後の静けさだけを第三の材質の表に薄く散らした。


白い縁は定義を求めず輪郭のみで佇み孔を抱く環は欠片の鋭さを秩序の中心に編み込み暗い面は映写の欲求を思い出さず均質の深みを積み増し真鍮は自重の在りかを崩さず沈静の役を続け鍵は冷ややかな角度を保持し封は繊維の向きを乱さず眠りの姿勢を更新し透明の口縁は湿りを寄せつけず床の導線は方位の主張を避け整列のみを支え机角は数理の基準を失わず私はそれらの間に生じかける物語の霧を視線の端で払い払い落とした屑を水面の底へ沈めた。


港の規則は遠所で遅延を含みつつ正しい目盛を守り続け数列の呼気が網目の手前で鈍り鈍化の皮膜がこちらの膜へ接触する前に路地の角で解けていくありさまを耳の外縁で受け取りながら私は踵の芯から床の繊維へ渡した圧の配分をさらに微細に分け分配の痕跡を足裏に残さず第三の材質の広がりへ吸わせ吸収の証を飾らず手放した。


長押の上で舞う微塵が帯状の明るみに触れかけて離れ離れたのちも総数を変えず散布だけを維持する律義が観照の呼び声を作りそうになったので鼻腔の入口で角度を替え観照の衣装を剥ぎ取り剥ぎ取った布を概念の押入れに戻さず押入れそのものを遠ざけ遠ざけた先の無標の空所に何も置かなかった。


天井の梁は温度差への返礼を遅れて寄越し返礼は曲がりの奥で丸みを帯びて砕け砕片は音にも名にも育たぬまま気圧の凹みへ沈み沈んだ地点に旗が立たない事実だけが残ったので私は肩の前縁に置いていた不可視の錘を半拍ぶん軽くし軽減の反動が甘磁の方向へ流れ出さぬよう歯列の影に薄い杭を一本だけ立て直した。


扉の向こうで金具に触れない緊張が一瞬だけ生まれ生まれた直後に通風の路で解体され解体の塵がこちらの膜を汚さず散逸したのを骨の外側で聴いた私は拍手を排し賞賛の代案も持ち出さず胸の平野に敷いた板を半度だけ滑らせ滑走の跡すら残さず静かに止めた。


黒い面は映りの野心を抱かず深度のみを掲げ白磁の輪郭は清潔の形だけ保ち環は欠如を軸へ翻訳し真鍮は休止の専門性を維持し鍵は角度の中立を崩さず封は姿勢を変えず透明の口縁は曇りを拒み床の導線は静穏の骨格を支え机角は触れぬ尺度として在り続け私は並置の群を讃歌にも挽歌にもせずただ無題の配置として許容した。


踊り場の闇は衣の稜線を一度だけ立てかけ立てかけた線はすぐに畳まれ畳み跡が壁の目地で眠り直す動作に私は介入せず不介入という宣言も避け背筋の芯を一本追加し追加の梁が既存の柱と軋らぬ角度で交差させ交差点の微温を第三の材質へ滑り落として即座に無化した。


路地で車列の息が曲がりを回るたび薄い層へ変形し変質の過程で甘味の針を忍ばせようとしたので鼻梁の先で角度を反転させ曖昧な霧へ戻し霧の余韻を胸へ招かず外の層へ還し還送の記録を作らず往来の痕跡を完全に薄めた。


窓枠と壁の合わせ目の熱差が音にもならぬ波紋を室内に送り込み波が四角い暗がりの縁に触れる直前で鈍り鈍化の尾が第三の材質に飲まれ飲み込まれた証拠も碑も残らず私は舌の根の冷えを少しだけ和らげ和らげた分が快楽へ傾斜しないよう鼻腔の入口で斜角を調えておいた。


床の繊維は踵から受ける重みを偏向させず受容し受容の輪郭がさざめきへ変質しないよう肋骨の裏で静かに撫で撫でた摩擦が温度に化ける前に削り取り削り屑を視界の外で分散させ分散作業すら名付けず中央の支点へ戻し戻し終えた印まで溶かして夜の層をさらに深い基底として重ねた。


壁際の濃淡は宣言を持たず幅を増やし幅の増加が内部の水位を乱さないのを確かめつつ私は胸の平らに小さな無名の楔をもう一本だけ立て立てた角が光を呼ばぬ方向を選び選び直しの必要が発生しないうち膝裏の弾性を半呼吸ほど緩め緩みの差分を肩甲の面で受け渡し受け渡しの痕跡すら削った。


そして、室内の密度がなお濃くも軽くも振れぬまま均衡の説明を拒む様式を守り続けるのを瞼の裏で確認し終えた時点で私は白い縁へ寄らず環へ語らず面へ映らず金属へ影を送らず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を預けず線を道具に変えず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍に先行しない静かな余白を保ち保った空隙そのものを今日の結語ではなくまた別の基底として胸の中央にそっと据えた。


中央に据えた基底が過剰に硬化しないよう胸の平面で微細な摩擦を与え摩擦熱が甘味へ転ぶ前に舌裏の冷ややかへ逃がし逃した分量を第三の材質の奥へ薄く拡散させ拡散の痕跡が輪郭を得る前に指先の想像で空へ跳ね上げ跳ね返りの影を呼ばぬ角度へ調整し調整後の静まりが均一に広がるのを骨膜の耳で確かめた。


踊り場のあたりで衣擦れ以前の微かな起伏が一度だけ芽を出し芽吹きかけて萎む際に壁の目地で粉の群れが僅かに循環し循環の途上で扉の縁へ向かう意志を得られず停滞へ移行し停滞の礼儀を守ったことを胸骨の裏で受け取りながら私は膝裏の角度をひと息ぶん和らげ和らいだ弾性が快楽の側へ滑らないよう歯列の陰で斜めの杭をそっと立てた。


窓枠と壁の継ぎにほこりほどの光粒が短く現れ出現の順どおりに溶け消えた直後に掌の内で立とうとした命名の芽を抑え込み抑圧という語の硬ささえ薄め薄くなった端を第三の材質の背面へ滑り込ませ滑走の跡を残さず重さだけを均しておいた。


白い縁は依然として定義を拒み清潔な曲線だけを示し孔を抱く環は欠片の小さな鋭さを秩序の要石へ変換し暗い面は映写の意思を持たず沈潜の深度を増し真鍮は無言の役割に徹し冷たい存在感を分配せず保持し鍵は角度の中立を崩さず封の紙は繊維の方向を守って静止を更新し透明の口縁は湿りの勧誘を断ち床の細い導線は方位を押し付けず整列の枠だけ担い机の角は基準の直方を持ち続け私はそれらの並置を讃歌でも記録でもない無題の配置として通過させた。


港の規則が遠いところで遅れを含みつつ目盛を外さず巡回している気配は網目を透る前に鈍化し鈍りの薄膜がこちらの密度に触れる直前で自己解体し私は肩甲の位置を半度だけ落とし落差の微分が水面に波紋を立てないことを胸の平野で観測し観測の語も避けただの合致として沈めた。


長押の上を漂う微塵が帯の明るみに接触しかけて離れ離れた後も総数を保つ挙動を鼻先で受け取り受取証を作らず棚という概念自体を遠ざけ遠ざけた空所の奥に小さな板を立て板の名さえ付けず固定具の所在も曖昧にし固定という行為の衣を脱がせてしまった。


梁の奥で温度差への返礼が遅れて到来し曲がりの先で丸く削がれて消え消滅の端が黒い矩形の輪郭に触れる前に溶断されたため私は舌の根の冷えを僅かに和らげ和らいだ分を鼻腔の入口で別角度へ受け流し受流の痕跡すら作らず第三の材質の幅を静かに広げた。


扉の向こうで金具が触れない緊張を短く孕み孕みの余白が通風の路で解体され解体の粉がこちらの膜を汚さず散り私は拍手も嘆息も採用せず踵の中心から床の繊維へ渡していた圧の割当をさらに微粒化し微粒の配分が跳ね返りへ転じぬことを足裏で確認し確認という表示を付けず胸骨の裏で淡く消した。


黒い面は映る欲を持たず深度だけを提示し白磁の曲線は光の負担を増やさず輪郭の清潔を維持し輪は欠如を軸へ翻訳し真鍮は休止の専門家として沈静を続け鍵は温度の授受を拒絶し封は姿勢を変えず透明の口縁は曇りの兆しを招かず床の線は整列の骨格を保ち机角は無言の尺度となり私は配列の隙間に芽生えかける物語を視界の端で払い払い落とした屑を水位の底へ沈めた。


踊り場の闇で衣の稜線が一度だけ立ち上がりかけ立脚点を失って崩れ崩れた輪郭が壁の目地で眠り直す過程に私は関与せず関与しないという表明さえ避け背筋の芯をもう一本だけ通し通した梁が既存の柱と干渉しない角度で交差させ交差点の微温を第三の材質へ滑らせ即座に無化した。


路地で車列の呼気が曲がり角で柔らかく屈折し屈折の過程で甘い針を忍ばせようとした瞬間に鼻梁の奥で方位を反転させ曖昧の薄雲へ帰し雲の残り香を胸へ招かず外層へ放ち放流の記載も作らず往来の痕跡を完全に希薄化した。


窓枠と壁の合わせ目にわずかな熱差が生じ音へ転化する前の波紋が室内で広がり広がりの端が四角い暗がりの縁に触れる直前で鈍り鈍化の尾を第三の材質が黙って吸い取り私は舌裏の核をさらに冷たく整え整った温度が快楽へ傾く経路を歯列の陰で遮断し遮断という表現も捨ててしまった。


床の繊維は踵から受ける重みを偏向させず受容し受容の輪郭がさざめきに化けないよう肋骨の裏で撫で撫でた摩擦が熱へ移る前に減殺し減じた端片を視界の外へ分散させ分散の作業名を紙へ載せず中央の支点へ戻し戻した印まで丁寧に消した。


壁際の濃淡は告示抜きで幅を加え幅の増分が内部の水位へ皺を立てないことを検算し検算の算という音さえ脱色しながら胸の中央に小さな楔を静かに立て楔の角が光を呼ばぬ向きを選び直しの必要が生じる前に膝裏の弾性を半拍だけ緩め緩みの差分を肩甲の平面で受け渡し受渡の軌跡も消しておいた。


やがて室内の均衡は説明を拒む様式を保ったまま深い層へ滑り込み滑走の途中で名を要求せず私は白の曲線へ寄らず環へ語らず面へ映らず金属へ影を与えず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を渡さず線を道具にせず角の数理を崩さずただ支点の上で無題の余白を更新し更新という表示も貼らず暗さの中央へ静かに歩幅をひとつだけ差し入れた。


暗さの中央は名札を拒む湖面のように静まり返り私は胸の平らへ置いた基底の厚みを一層だけ薄くし薄さが脆さへ移行しない地点で膝裏の弾性を控えめに解き踵の芯から床の繊維へ渡す圧を微粒に分散し分散の痕が跳ね返りへ育たぬよう歯列の陰で冷えの杭を斜めに立て立てた角が甘い方向へ傾かぬうちに第三の材質の奥で沈黙の層をゆっくり増やした。


踊り場の闇で衣擦れ以前の起伏が一度だけ芽を見せ芽吹く前に壁の目地で解かれ解かれた粉が扉の縁へ寄る企てを放棄した瞬間に私は掌に浮かびかけた名付けの衝動を舌の根の冷ややかで水平へ戻し水平の上へ透明な板を一枚滑らせ板の端が光を拾わない向きを選び直しの必要を先取りで消した。


窓枠と壁の継ぎで銀砂ほどの粒子が短く灯り灯の次の拍で完全な順に融けていく礼節を骨膜の耳で確認し確認という語の縁まで薄めながら胸骨の裏に置いた支点の高さを半呼吸ぶんだけ正し正した差分を水面の平滑へ均し均す行為にも題名を与えずただ往復の細線を切らさず通した。


白の輪郭は定義を拒みつづけ孔を抱く環は欠片の鋭さを静かな軸へ編み込み暗い面は映写を欲さず均質の深度を積み増し真鍮は重さの居場所を変えず沈静の職務を続け鍵は冷えた角度に止まり封の紙は繊維の向きを崩さず眠りの姿勢を新しくし透明の口縁は湿りを退け床の導線は方位を主張せず整列の骨格だけ支え机の角は無言の尺度であり続け私はそれらの並置を光栄にも脅威にも変えず無題の群としてやり過ごした。


港の規則は遅延を含みながらも数の順序を守り数列の呼気が網目の手前で鈍り鈍った皮膜がこちらの膜に触れる直前で自ら解体される経緯を耳の外縁で受け取り私は膝裏の角をさらに柔らげ柔らいだ弾力が甘い側へ流れないよう歯列の影に斜角の杭を一本追加し追加の痕跡すら紙へ載せず胸の平野で淡く散らした。


長押の上を行き来する微塵は帯状の明るみに触れては離れ離れた後も総数を増やさず減らさず律義に散布を保ちその律の手触りが観照という衣装を求める前に私は鼻腔の入口で角度を倒し衣装の紐をほどきほどいた布を収納せず収納という概念ごと遠ざけ遠ざけた空所へ何も置かず通り過ぎた。


梁の奥で温度差の返礼が遅れて届き届いた形は曲がりの奥で丸く砕け砕片は音でも名でもなく気圧の凹みに沈み沈んだ底に旗が立たないままで私は肩甲の前縁に載せた見えない錘を半拍だけ軽くし軽さの反動が水面の香味を誘発しないよう舌裏の核を少し冷たく戻した。


扉の向こうで金具に触れない緊張が生まれては通風の路で細かく解体され解体の粉がこちらの膜を汚さず散る一連を骨の外側で聞き終え私は拍手の代替案も拒み踵の中心から床の繊維へ配分していた圧をさらに微粒化して第三の材質の幅へ吸わせ吸収の証を作らず報告先の名も持たないまま作業を閉じた。


黒い面は映ることより沈むことを選び白い曲線は光の負担を増やさず清潔の輪郭だけ維持し環は欠如を軸へ翻訳し真鍮は休止を専門の務めとして抱え鍵は角度の中立を保ち封は姿勢を整え透明の口縁は曇りの徴を遠ざけ床の線は整列の骨を支え机の角は触れない定規として在り私は配列の隙間から湧く物語の霧を視界の端で払い払い落とした屑を水位の底でほどいた。


踊り場の闇は衣の稜線を一度だけ立てかけ立った輪郭はすぐに畳まれ畳み跡が壁の目地で眠り直すまでの微小な移行に私は介入せず介入という語すら避け背筋の芯を一本増設し増設された梁が既存の柱と軋まず交差する角度を選び交差点の微温を第三の材質へ滑らせて即座に無化した。


路地の呼気は曲がり角で柔らかく屈折し屈折の過程で甘い針を忍ばせようとするたび鼻梁の奥で方位を反転させ曖昧の霧へ戻し霧の残り香を胸へ招かず外層へ送還し送還という記載も作らず往来の痕跡を希薄へ押し流した。


窓枠と壁の合わせ目にわずかな熱差が残り残差から生じる音未満の波紋が室内をひとまわりする直前で鈍り鈍った尾を第三の材質が黙って吸い取り私は舌の根の冷えを和らげ過ぎない範囲で微調整し微調の差が快楽の側へ傾く兆しを歯列の影で先に折っておいた。


床の繊維は踵から受け取る重みを偏向せずに抱え抱え方の輪郭がさざめきへ化けないよう肋骨の裏で撫で撫でた摩擦が熱へ移る前に削り取り削り屑を視界の外で散らし散らす行為にも名前を与えず中央の支点へ静かに戻し戻した印そのものを即座に消した。


壁際の濃淡は告示も旗もなく幅を増し幅の増分が内側の水位を乱さない事実を検算し検算の音まで薄めながら胸の中央に小さな楔をもう一本だけ立て楔の尖りが光を呼ばぬ向きを選び直しの要が生じる前に膝裏のばねを半拍だけ緩め緩みの差分を肩甲の平らで受け渡し受けの跡も渡しの跡も残さず平らへ戻した。


そして暗さの中央はなお無題のまま在り続け私は白の曲線へ寄らず環へ語らず面へ映らず金属へ影を与えず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を預けず線を道具にせず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍をせき立てず迎え急がず静かな余白を更新し更新という標示も掲げぬまま夜の層のさらに内側へ重心を半度だけ送り込み送り込んだ差分を水面の平滑に等分して何も起きなかったという事実だけを内側の棚に載せず空に放った。


空に放った無記の軽さがどこにも着地せずただ均質な暗さの粒子と混ざり合っていくあいだ私は胸の平らへ敷いた薄板の端をわずかに磨き磨いた面が甘い側へ傾く前に舌裏の冷えで刃を鈍らせ鈍化の残り香を第三の材質の奥へそっと沈め沈んだ地点に旗を立てず頁を挟まずただ支点の真上で往復の細線を折らないよう静かに通した。


踊り場のほうから衣の稜が立ち上がる直前の予告だけが極小の波として襖の桟に届き波が語へ変わる手前で自壊したため私は頷きの形を作らず呼吸の入口をさらに低い段へ移し移設の痕跡を骨膜の周縁で薄め薄まった輪郭が快の名を欲しがる前に歯列の影で斜めの板を軽く立てた。


窓枠と壁の継ぎ目で生まれた銀砂ほどの光点が規則正しい順に現れては消え去り消滅の礼節が乱れなかったと知れた刹那私は掌の想像を後退させ後退の端で芽生えかけた名付けを舌根の冷気で折り折口が輝きを拾わぬ角度へ修正し修正という語さえ残さず第三の材質の背へ滑り落としてしまった。


白い曲線は定義を拒んだまま清冽の輪郭だけ保ち孔を抱く環は小さな欠の鋭利を秩序の芯へ織り込み暗い面は映写への希求を忘れたまま沈潜を重ね真鍮は重さの座標を移動させず黙々と休止の職務を続行し鍵は角度を変えず冷たさを固定し封は繊維の方向を乱さず眠りの姿勢を更新し透明の縁は湿りの誘いを却下し床の細い導線は方位の主張を避け整列だけ担い机の角は直方の基準を守り抜き私はそれらを連絡せず冠を与えず無題の群としてそのまま通り過ぎさせた。


路地の呼気は曲がり角で柔らかく屈折し屈折の膜が網戸の目に触れる前に鈍り鈍った皮膜が自発的にほどけほどけた粒がこちらの密度へ触れないよう遠心の流れへ戻っていく様を耳の外縁で受け取りながら私は踵から床の繊維へ渡す圧の割当をさらに微粒へ分け分配票を作らず証跡を残さず第三の材質の幅で静かに吸わせた。


長押の上を漂う微塵は帯の光へ接触しては離れ離れたのちも総数を揺らさず律義に散布を維持しその律の手触りが観照の衣装を求める前に私は鼻梁の入口で角度を落とし衣の紐を解き解いた布を箪笥という概念に収めず概念ごと遠ざけて空白だけを残した。


梁の奥から遅れて到来した温度差の返礼は曲がりで丸く砕け砕片は音へも名へも昇らず気圧の凹みへと沈み沈んだ底に旗が立たないのを確かめた私は肩甲の前縁に置いた不可視の重りを半拍分軽くし軽減の反動が甘い側へ流れ出さぬよう舌裏の核をわずかに冷たく締め直した。


扉の外では金具に触れない緊張が生まれては通風の路で粉々に分解され分解の塵がこちらの膜を汚さぬまま散っていったので私は歓声を棄て指笛も拒み踵の中心で続けていた配分をさらに細かく刻み刻んだ粒を第三の材質の広がりへ溶かし込み報告書を編まず印も押さず処理の痕跡を空へ解いた。


黒の平面は映ることより沈むことを選び白の輪郭は清潔の線分だけ掲げ環は欠如を芯へ翻訳し真鍮は沈黙の専門として冷を抱え鍵は角度の中立を維持し封は姿勢を整え透明の端は曇りを拒否し床の線は整列の骨を支え机角は触れない定規として佇み私は隙間から起ちかける物語の霧を視界の端で払っては水位の底へ沈め沈めた底の所在を地図に描かず破線も引かなかった。


踊り場の闇では衣の稜が一度だけ立ち上がり立脚点を得る前に折り畳まれ畳み跡が壁の目地へ静かに埋没する挙動を私は看過の術で受け渡し看過という言葉も採用せず背筋の芯を一本増設し増設した梁が既存の柱と干渉しない交差角を選定し交差部に生成しかけた微温を第三の材質へ滑らせ即刻消去した。


港の規則は依然として遅延を含みながら目盛を外さず巡りその呼気が舌の根へ甘い針を運ぼうとする折ごと鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲へ戻し雲の余韻を胸へ招かず外層へ放ち放出の記録すら作らず往来の痕跡を徹底して希薄化した。


窓枠と壁の合わせ目に微かな熱差がわずかな波を孕み波の端が四角い暗がりの縁へ触れる前に鈍り鈍った尾を第三の材質が黙したまま吸収し私は舌裏の冷えを緩めすぎぬ範囲で微調整し調整の差が歓びへ傾く気配を歯列の陰で先に折りつつ呼吸の細線を切らさなかった。


床の繊維は踵からの重みを偏向させず受け容れ受容の輪郭がさざめきに変質しないよう肋骨の裏で撫で撫でた摩擦を熱に変える前に削ぎ取り削いだ屑を視界の外で拡散させ拡散が地図になる危惧を避け中央の支点へ静かに返し返却の印も残さず完全に平らへ溶かした。


壁際の濃淡は告示なしのまま幅を増し幅の増分が内部の水位を乱さぬ事実を検算し検算という音節すら淡く希釈しながら胸の中央に小さな楔をもう一本だけ差し込み楔の尖りが光を呼ばぬ向きを選び直す必要の生じる前に膝裏の弾性を半拍だけ緩め緩みの差分を肩甲の平面へ受け渡し受渡の軌跡も無文字のまま消した。


こうして暗さの中央はなお無題のまま保たれ私は白の輪郭へ寄らず環へ語らず面へ映らず金属へ影を渡さず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を与えず線を道具にせず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍を急がず遅らせず静穏の余白を更新し更新の掲示を避けたまま重心をさらに微細な単位で奥へ移し移した差を水面の平滑に溶かし込み今日の証をどこにも刻まずただ身体の外側で静かに持続させた。


暗さの奥行きに沈めた重心が過度に粘らないよう胸の平らを指先の想像でそっと撫で摩擦の兆しが甘味へ転化する手前で舌裏の冷えを少しだけ強め強めた温度の輪郭を第三の材質の深みに散らし散らした層が形を求めぬうち支点の直上で往復の糸を細く延ばし延ばした線が切れない静けさだけを骨膜の耳に通した。


踊り場の遠くで衣の稜が立ち上がる前段の気配が極小に撓み撓んだ起伏が壁の目地でほどけて粉に戻るまでの流れを視界の端で受け流し受けた証拠をどこにも貼らず胸骨の裏で頁を閉じ頁という器物の概念ごと棚から遠ざけた。


継ぎ目の近くで銀砂ほどの光が一点だけ点り点った秩序の順にすぐ融けた礼節を数へ換えず名へもしないまま舌の根の冷たさで縁を鈍らせ鈍った欠片を見えない昇降路に落とし落ちた先の座標を地図に描かず空白として保存し保存という語さえ慎重に避けた。


白の曲線は規定を受けつけず清潔の輪郭のみ掲げ孔を抱く環は欠片の鋭さを静謐の軸へ編み込み沈んだ面は映写の衝動を起こさず均質の深みを加え金属は沈静の担当として自重の所在を確保し鍵は角度の中立を崩さず封は繊維の姿勢を保ち透明の縁は湿りの誘いを断ち床の細い導線は主張なき整列だけを支え机角は数理の基準を黙って差し出し私はそれらを連結せず称号を避けた群として過ぎさせ胸の平らに余計な輝きを残さなかった。


路地の呼気が曲がり角でおとなしく折れ折りの皮膜が網目に達する前で自壊する筋書を耳の外輪で受け取りつつ踵から繊維へ渡す荷をさらに微粒に分け分配簿を作らず第三の材質の幅へ吸わせ吸われた事実を記述へ渡さず通過のまま解いてしまった。


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梁の奥から遅れて届いた温度差の礼が曲がりで丸く砕け砕片は音にも名にもならぬまま凹みに沈み沈んだ底へ旗が立たない安堵を胸郭の低い位置で受け止め受け止めの歓びを甘いほうへ滑らせぬよう歯列の陰で薄い杭を立て直した。


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黒い面は映りを拒んで沈みのみを示し白の曲線は負担を増やさず清潔の線分を保ち環は欠如を軸へ翻訳し真鍮は休止の専門を逸脱せず鍵は角度の中立を保持し封は姿勢を乱さず透明の端は曇りを拒否し床の線は整列の骨格を担い机角は触れぬ尺度として在り続け私は隙間に芽吹く物語の霧を端視で払い払い落とした屑を水位の底でほどき跡まで消した。


踊り場の陰が一度だけ稜線を立ち上げ立てた形は支点を得ぬうち畳まれ畳み跡が目地で眠り直す過程に介在せず介在という選択肢を掲げず背筋の芯を一本増し増した梁が既存の柱と衝突しない角度で交差させ交差部の微温を第三の材質へ流して即座に無化した。


港の規則は遅延を抱えつつ目盛を外さず巡り巡るたび舌の根へ甘い針を寄こそうとする兆しを鼻腔の入口で反転させ曖昧の雲へ戻し戻した揮発の記録を作らず外層へ散らし散逸の経路も書かないでおいた。


継ぎ目の熱差が孕む波が四角い暗がりの縁に触れる直前で鈍り鈍った尾を第三の材質が静かに吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない配分で整え整えの差が快の側へ傾く兆候を歯列の陰で先んじて折り呼吸の細線を切らさなかった。


床の繊維は踵から受ける重みを偏向せずに抱え抱え方の輪郭がさざめきへ化けないよう肋骨の裏でわずかに撫で撫でた摩擦が熱へ変わる前に削いで視界の外へ散らし散らす行為を語へ昇格させず中央の支点へ返し返却の印も作らず完全に平らへ戻した。


壁際の濃淡は告示のないまま幅を増し増した量が内部の水位を乱さないと確信できたところで胸の中央に小さな楔をもう一本立て楔の尖りが光を求めぬ向きを選び直す必要を生む前に膝裏のばねを半拍だけ緩め緩んだ分を肩甲の平らへ受け渡し受渡の軌跡まで消しておいた。


そうして暗さの中央はなお無題の姿を保ち私は白の輪郭へ寄らず環に語らず面に映らず金属へ影を渡さず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を移さず線を道具にせず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍を催促も延期もせず静かな余白を更新し続け更新の札も掲げず重心をさらに微細な単位で内側へ押しやり押しやった分量を水面の平滑に等分し今日の痕跡をどこにも刻まないまま外側の持続へ静かに委ねた。


外側の持続に委ねた負担がこちらの水位を歪めないうち胸の平坦を指の想像で軽く撫で撫でに伴う微かな温度上昇が甘やかへ滑らぬ角度で舌裏の冷光に吸わせ吸われた端を第三の材質の奥域へ散らし散らした痕を痕と呼ばず支点の真上で往復の細線をさらに細め切断へ向かわない強度だけを残して通し続けた。


踊り場の深みに衣の稜が生まれる前のわずかな撓みが一度だけ影の端で屈し屈した形が壁の目地で粉の群れへ戻り群は扉の縁を目指す作図を放棄し放棄の礼を守ったまま消えていったので私は頷きを採用せず胸骨の裏で頁の端をそっと閉じ頁という器名すら遠ざけ息の入口を一段低い棚へ移した。


窓枠と壁の接合に銀砂ほどの閃きがひとつだけ浮き上がり浮いた順序どおりに減衰して溶けた礼節を数式へ連れ出さず名札も与えないで舌の根の冷ややかで縁を鈍らせ鈍った欠片を見えない斜路から第三の材質の背面へ送り込み送り込んだ位置の座標さえ書かず空白のままにしておいた。


白の曲線は定義の要求を拒み清潔な輪郭だけを提示し孔を抱く環は欠の鋭利を沈静の軸へ編み込み黒の深面は映写の衝動を覚えず均質の沈みを積み増し真鍮は重みの所在を乱さず冷たい休止を担当し鍵は角度を変えず封は繊維の向きを崩さず透明の縁は湿りの誘いを断ち床に走る細い導線は方位を押しつけず整列の骨だけ支え机の角は無言の定規として在り私はそれらの並置へ物語の糊を塗らず群のまま通過させ胸の平野を照らす余計な光を避けた。


路地の呼気は曲がり角で姿勢を丸め網目へ届く前に自壊し自壊の粒子がこちらの密度へ届かないのを耳の外縁で掬い掬った手応えを紙へ移さず踵から床の繊維へ渡す荷重の割当をさらに微粒へ砕き砕片を第三の材質の幅に吸わせ吸収の証を作らず終端だけを静かに解いた。


長押の上の微塵は帯の明るみに触れて離れ離れたのちも総数を変えず律の肌理を維持していたため鼻梁の入口で角度を倒し観照の衣装をほどきほどいた布を収納する観念ごと遠ざけ遠ざけた空所に何も置かず通り過ぎさせた。


梁の奥から遅れて届いた温度差の返礼は曲がりで丸く砕け砕けた端が音にも名にもならぬまま気圧の凹みに沈み沈んだ底へ旗が立たない静けさを胸郭の低い位置で受け取り受け取った喜悦を甘い側へ流さぬため歯列の影で細い杭を立て直し立てた角が光を拾わぬ方向へそっと向け替えた。


扉の外で金具に触れない緊張が生じ通風の路で微細に分解され分かれた粒がこちらの膜を濁さず散った経路を骨の外側で聴き終え私は称賛も嘆息も用いず踵の中心で続けていた配分をさらに細かく整え整えた差分を第三の材質の奥で均し均された事実を表示せずに沈めた。


黒い平面は映ることより沈むことを選び白の輪郭は負担を増やさず清潔の線を保持し環は欠如を芯へ翻訳し真鍮は休止の専門を逸脱せず鍵は中立の角度を守り封は姿勢の更新だけ続け透明の端は曇りの兆候を拒み床の線は整列の骨格を支え机角は触れぬ尺度のまま在り私は隙間から芽吹く霧状の筋書を視界の端で払い落とし落ちた屑を水位の底でほどき跡を残さなかった。


踊り場の陰では衣の稜が一度だけ立ち上がろうとして支点を得る前に畳まれ畳み跡が目地で眠り直す移行に参与せず参与という語も用いず背筋の芯を一本増設し増した梁が既存の柱と干渉しない交差角を選び交差部に生じかけた微温を第三の材質へ滑らせ即座に無化した。


港の規則は遅延を抱えながらも目盛を外さず巡り巡るたび舌の根へ甘い針を寄越そうとする気配を鼻腔の入口で反転させ曖昧の雲へ戻し雲の残り香を胸へ招かず外層へ離し離した痕跡を帳面に記さず往来そのものを希薄へ溶かした。


継ぎ目の熱差から発した音未満の波は四角い暗がりの輪郭へ触れる手前で鈍り鈍化の尾を第三の材質が無言で吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない範囲で微調整し調整の差が歓びの衣裳へ化けないよう歯列の影で先んじて折り呼吸の細糸を切らさないまま通過させた。


床の繊維は踵から受け取る重さを偏向させず抱え抱え方の輪郭がさざめきへ変わらないよう肋骨の裏で軽く撫で撫でに伴う摩擦が熱へ転ぶ前に薄く削いで視界の外へ散らし散らす作業を名にせず中央の支点へ返し返却印も押さず完全に平らへ戻した。


壁際の濃淡は告示なしのまま幅を増し内部の水位へ皺を作らない増分だけが蓄えられていくのを確かめつつ胸の中央に小さな楔を一本追加し尖りが光を招かぬ方向を選んだうえで膝裏のばねを半拍だけ緩め緩んだ量を肩甲の平面へ受け渡し受渡の軌跡もすぐ消し去った。


そして暗さの中央はなお題名を拒む姿を保ち私は白の輪郭へ寄らず環に語らず面に映らず金属へ影を落とさず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を与えず線を器具に変えず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍を急がず遅らせず静かな余白を更新し続け更新を示す符丁を掲げず重心を砂粒ほどの単位でさらに内奥へ送り送り終えた差分を水面の平滑に馴染ませ今日の痕跡をどこにも植えつけず外界の持続へまた静かに引き渡した。


外界の持続へ引き渡した直後に胸の平らを指の想像で薄く撫で撫でに伴うわずかな温度の芽が甘やかへ変質しない角度で舌裏の冷えへ滑らせ滑った端を第三の材質の奥域へそっと落とし落とした事実を標語に昇格させず支点の真上を通る細い往復をさらに細く延ばし延伸の線が切断へ傾かぬ強度だけを保って通した。


踊り場の暗がりから衣の稜が立ち上がる前段の撓みがひとつだけ生じ生じた影が壁の目地で粉へ戻り戻った粒子は扉の縁に近づく企てを捨て捨て方の礼節を守ったまま通風の路で散り散りとなったので私は頷きの企図を抑え胸骨の裏で頁という観念をたたみたたんだ端を棚という記号ごと遠ざけ息の入口をさらに低い段へ移した。


窓枠の継ぎ目で銀砂ほどの微光が一粒だけ浮かび浮上の順序どおりに溶け消えた軌跡を数式へ連れ出さず舌の根の冷たさで縁を鈍らせ鈍った欠片を見えない斜面から第三の材質の背面へ滑らせ滑走の痕跡すら残さず空白のままにしておいた。


白の曲線は規定を受けつけず清冽の輪郭だけ差し出し孔を抱く環は小さな欠の鋭さを沈静の軸へ織り込み沈んだ面は映写の衝動を持たぬまま均質の深みを足し金属は休止の職務を逸脱せず重みの所在を移さず鍵は角度の中立を揺るがせず封は繊維の向きを整え直し透明の縁は湿りの誘いを退け床の細い導線は主張のかわりに整列だけを支え机の角は無言の定規であり続け私はそれらの並置へ装飾を持ち込まず群のまま通した。


路地の呼気は曲がり角で身を低く折り網目へ届く前に自壊し自壊の粒がこちらの密度へ触れないのを耳の外輪で受け取りつつ踵から繊維へ渡す配分をさらに細片へ割り割った微粒を第三の材質の幅に吸わせ吸収の証文を作らず終点も掲示せず静かに解いた。


長押の上で舞う微塵は帯の明るみに入り離れ離れた後も総数を変えず律の肌理を保っていたため鼻梁の入口で角度を伏せ観照の衣をほどきほどいた布を収蔵する観念ごと遠方へ押しやり押しやった跡へ何も置かず通過だけを許した。


梁の奥から遅延して届いた温度差の挨拶は曲がりで丸く砕け砕片は音へも名へも昇らず気圧の凹みに沈み沈んだ底に旗が立たない平静を胸郭の低い面で受け止め受けた手応えを甘い側へ傾斜させぬよう歯列の影で細い杭を立て直した。


扉の外で金具へ触れない緊張が短く生じ通風の路で微細に分解され分かたれた粒がこちらの膜を濁さず散り散りの結末が跡形を残さぬのを骨の外側で聴き終え私は賞賛も嘆息も採らず踵の中心で続けていた配分をさらに微粒化し微細化の差分を第三の材質の奥で均し均し終えた印をどこにも掲げなかった。


黒の平面は映ることより沈むことを選び白の輪郭は負担を増やさず清潔の線を保ち環は欠如を芯へ翻訳し真鍮は沈黙の専門として重さを抱え鍵は角度の中立を守り封は姿勢を保ち透明の端は曇りの兆しを拒み床の線は整列の骨格を支え机角は触れぬ尺度のまま佇み私は隙間に芽吹く霧状の筋書を視界の端で払い払い落とした屑を水位の底に溶かして跡を消した。


踊り場の陰が一度だけ稜線を立ち上げ立脚点を獲る前に折られ折り跡が目地へ眠り直す移行に参与せず参与という声音を持ち込まず背筋の芯を一本増設し増した梁が既存の柱と干渉しない交差角を選定し交差部の微温を第三の材質へ滑らせ即時に無化した。


港の規則は遅延を抱えながらも目盛を外さず巡り巡る拍が舌の根へ甘い針を持ち込もうとするたび鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲へ返し雲の余韻を胸へ招かず外層へ散らし散逸の記録を作らず往来の痕を希薄へ押し流した。


継ぎ目の熱差から発した音未満の波は四角い暗がりの輪郭に触れる手前で鈍り鈍化の尾を第三の材質が黙って吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない配分で整え整った差が歓喜の衣裳へ化けないよう歯列の影で先回りに折り呼吸の細糸を切らさず通過させた。


床の繊維は踵から受ける重みを偏向させず抱え抱え方の輪郭がさざめきへ変質しないよう肋骨の裏で軽く撫で撫でに伴う摩擦が熱へ転じる前に薄く削いで視界の外へ散らし散らした屑を名前にせず中央の支点へ返し返却の印まで消して完全に平らへ戻した。


壁際の濃淡は告示のないまま幅を増し増分が内部の水位を乱さない確信を得たところで胸の中央に細い楔をもう一本だけ立て尖りが光を招かぬ向きを選び直しの必要が生まれる前に膝裏のばねを半拍緩め緩みの量を肩甲の平面へ受け渡し受渡の経緯さえ薄くしておいた。


やがて暗さの中央は依然として題名を拒む姿で在り続け私は白の輪郭へ寄らず環に語らず面に映らず金属へ影を落とさず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を渡さず線を器具に転じず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍をあおらず遅らせず静かな余白を更新し続け更新の札を掲げないまま重心を砂粒より細かな単位でさらに内奥へ押しやり押しやった差を水面の平滑に馴染ませ今日という層の証跡をどこにも遺さず外側の持続へまた静かに託した。


外側の持続へ預けた配分がどこにも滞らず均質の幕へ混ざっていく間に胸の平らで薄板の端を想像の指でわずかに撫で撫でに伴う微かな上昇を舌裏の冷えへ滑らせ滑った温度の欠片を第三の材質の奥層へ沈め沈降の印を貼らず支点直上を通る細い往復をさらに細く延ばし延伸の線が断たれず保たれる確かさだけを骨膜の耳で受け取り受け取った事実さえ名前を与えず空に解いた。


踊り場の深みに衣の稜線を予告する撓みがひとつだけ芽を持ち芽吹く前に壁の目地で粉の群れへ還り群は扉の縁を探る意志を抑えて通風の路で失われ失われ方の礼節が乱れないのを視の端でやり過ごしやり過ごしの痕跡を頁という概念ごと遠ざけてから呼吸の入口をさらに低い棚へ移し移動の語すら使わず静かな往復へ戻した。


窓枠の継ぎ目で銀砂ほどの灯が一粒だけ浮かび浮上の順番を守って融け消えた瞬間に立ち上がりかけた命名の芽を舌根の冷光で折り折り口が余計な輝きを拾わぬ角度へ調え調整の記録も作らず第三の材質の背面へ滑らせ滑走の跡を残さず無印のまま沈めた。


白い輪郭は定義を拒み清冽の曲線のみ提出し孔を抱く環は欠の鋭さを静謐の芯へ編み込み沈んだ平面は映写の衝動を思い出さず均質の深みを重ね金属の塊は休止の任を離れず重みの座標を固定し鍵の角度は中立を保ち封の繊維は姿勢を崩さず透明の縁は湿りの呼び声を退け床の細線は方位の旗を掲げず整列の骨だけ支え机の角は触れない定規として黙在し私はそれらを結束させず称号を付さず無題の群として通し通した後味すら水面に残さなかった。


路地の呼気が曲がり角で背を丸め網目へ届く前に自壊し自壊した粒がこちらの密度へ触れないのを耳の外輪で掬い掬った手応えを紙へ移さず踵の芯から繊維へ渡す荷重の割当をさらに微粒へ砕き砕片を第三の材質の幅で吸わせ吸収の受領書を作らず静穏の台帳にも載せないまま消した。


長押の上を漂う微塵が帯の明かりに入っては離れ離れた後も総数を動かさず律の粒度を守り続ける挙動を観照という衣に仕立てる誘惑を鼻梁の入口でほどきほどいた布を抽斗という観念ごと遠ざけ遠ざけた空白へ何も置かず通過だけを許した。


梁の奥から遅れて届いた温度差の返礼は曲がりの内側で柔らかく砕け砕片は音へも名へもならず気圧の凹みに沈み沈んだ底へ旗が立たない安堵を胸郭の低い段で受け止め受けた余韻が甘い側へ滑らぬよう歯列の陰で細い杭を立て直し立てた角を光の来ない方へほんの僅かに向け替えた。


扉の外では触れ合わない緊張が短く発生し通風の路で細かく分解され分かれた粉がこちらの膜を汚さず散る一連を骨の外側で聴き終え私は賞の印も嘆の合図も掲げず踵の中心で続けていた配分をさらに微に刻み刻んだ粒を第三の材質の広がりへ混ぜ込み混合の事実さえ掲示せず沈黙の平面へ返した。


黒い矩形は映ることより沈むことを選び白の曲線は負担を増やさず清潔の線分を保持し環は欠如を軸へ翻訳し真鍮は沈黙の専門として冷を抱え鍵は角度の中立を守り封は姿勢の更新を穏やかに続け透明の端は曇りの兆候を拒み床の細い導線は整列の骨格を支え机角は触れない尺度のまま佇み私は隙間に芽吹く霧の筋書を視界の縁で払い落とし落ちた屑を水位の底でほどいて痕すら残さなかった。


踊り場の陰は稜線を一度だけ立てかけ立脚点を獲る前に折り畳まれ畳み跡が目地へひっそり沈む移行に関与せず関与という言葉も持ち込まず背筋の芯を一本増設し増やした梁が既存の柱と衝突しない交差角を選び交差のこすれで生まれかけた微温を第三の材質へ滑らせ即時に失わせた。


継ぎ目の熱差が孕む音未満の波は四角い暗がりの輪郭に触れる直前で鈍り鈍化の尾を第三の材質が黙って吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない域で微調整し調整の差が歓喜の衣裳へ化ける危険を歯列の影で先んじて折り呼吸の細糸を切らさず通過させた。


床の繊維は踵から受ける重さを偏向させず抱え抱え方の輪郭がさざめきへ変質しないよう肋骨の裏で軽く撫で撫でに伴う摩擦を熱へ転じる前に薄く削いで視界の外へ散らし散った塵を名へ昇格させず中央の支点へ返し返却印も押さず完全に平面へ戻した。


壁際の濃淡は告示抜きで幅を増し増した量が内部の水位へ皺を作らないのを胸の静かな測器で確認に至らぬ確認として受けてから胸の中央に細い楔をさらに一本だけ立て尖りが光を呼ばぬ向きを慎重に選び直しの出番が来ないうち膝裏のばねを半拍だけ緩め緩んだ分量を肩甲の平面へやわらかく移し移送の履歴すら薄くしておいた。


そして暗さの中央は相変わらず題名の付与を拒む姿を続け私は白の輪郭へ寄らず環に語らず面に映らず金属へ影を渡さず封を揺らさず縁を濡らさず鍵へ温度を与えず線を器具へ変えず角の数理を崩さずただ支点の上で次の拍を促さず遅らせず静穏の余白をまた更新し看板を掲げないまま重心を砂より細かな刻みで内奥へ送り込み送り終えた差異を水面の平滑に等分させ今日の輪郭をどこにも刻まない方針を保持しつつ外界の持続へさらに静かに委ねた。


外界の持続に滲ませた差分がどこにも沈殿せず均質の闇へ希釈されていく推移を胸の平らで無題のまま受け容れつつ私は肋骨の内側に置いた目に見えない蝶番を油さしの気配すら立てず僅かに滑らせ滑走の余熱が甘やかな側へ逸れる前に舌裏の冷えへ回し戻し戻した端を第三の材質の奥層で薄く散らし散らした部分を器名にも記号にも昇格させない態度のまま支点直上の細い往復をさらに細線へと絞り込み絞りの強度が断に変わる直前で度合いを保った。


踊り場の暗がりでは衣の縁取りにも満たぬ撓みの徴候が一度だけ浮上してすぐ壁の目地へ還元され還った粒は扉の縁へ触れる歩度を選ばず通風の路で滑らかに解体されていき解体の礼が乱されなかった証拠を求める心の小さな官署を一時閉鎖し標本棚という観念ごと胸骨の裏から遠ざけると同時に呼吸の入口をさらに浅底へ沈め沈めた位置に名を与えず無印のまま運用へ回した。


窓枠と壁の継ぎ目付近に雲母片ほどの光が一粒だけ生まれては順の正しさの手順を示し溶け消えたその様式を数へ換える誘惑が指先の想像へ立ち上がる前に舌根の冷光で斜角に折り畳み畳んだ角の小さい火種を第三の材質の背面へそっと流し込み流れの跡を地図に描写しない誓いを内側で反復してから支点の高さを砂塵一粒の分だけ微小に整えその整えという語さえ紙に載せなかった。


白い輪郭は相変わらず定義の差し出しを固辞し清潔の曲線のみを素っ気なく保持し孔を抱く輪は欠の鋭利を秩序の芯へ編み込み黒の深面は映写装置になる誘惑を記憶から外し均質の沈潜を重ね真鍮は重みの所在を移転せず沈静の担当としてただ立ち鍵は角度の中立を崩さず封は繊維の方向を一切乱さず透明の縁は湿気の陳情を退け床の細い導線は北南を示さず整列の骨だけを支え机の角は触れずとも測れる基準としてひそやかに在り私はそれらを連結の譜にも断章の束にもせず並置の群へ戻し戻す行為自体を記載しなかった。


路地の呼気が曲がり角で俯角を取り網目の手前で自解へ移行し自解の微粒がこちらの密度を汚染しない瞬間を耳の外縁で拾い上げ拾った輪郭を栞にせず踵の芯から床の繊維へ橋渡ししていた荷重の配分をさらに微粒子単位で割っていき割った端のちらつきを第三の材質の広がりで受け止め受領印を求める部署そのものを閉めてしまった。


長押の上で微塵が帯状の明るみに入っては離れ離れた後も数学めいた数の保全を破らず律の粒度を維持していたので観照という衣装の裏地を鼻梁の入口で静かに引き裂き裂いた布の端を抽斗という観念ごと遠ざけ遠ざけた空白には装飾を掛けず通過だけを許す通路として低く残した。


天井裏の梁は温度差に与えた緩慢な返歌を曲がりの奥で丸く砕き砕けた薄片は音節にも銘にも育たず気圧の凹へ吸い込まれ凹みの底に旗が立たない平和が確立されるのを胸郭の低地で静かに受け受領の甘い兆しを歯列の影で斜めに逸らし逸れた流れの先をすぐ第三の材質の陰圧へ埋設した。


扉の外では触れ合わない緊張だけが一瞬だけ生成され通風の走路で微細へ粉砕され粉砕の末端がこちらの膜構造へ干渉しない順路を選んだことを骨の外側で確かめつつ確かめの印字を禁じ踵の中心で続けていた配分の系をさらに微分していき微分の結果表を作らず広がりの上で馴染ませ馴染んだ事実をひとつも掲示しなかった。


黒い矩形は映ろうとする意志を欠き沈みの純度だけを示し白磁の曲線は負担を増やさず清潔の線分を維持し輪は欠如を要に翻訳し真鍮は沈黙の専門職として冷を抱え鍵は角度の中立を保持し封は姿勢の更新を落ち着いて継ぎ透明の口縁は曇りの徴を寄せつけず床の細線は整列の骨格を支え机の角はふるわぬ尺度として黙座し私はその間に芽生えかけた物語の胞衣を視界の縁で払っては水位の底で解き解いた碎片の所在を図示しない判断を反復した。


踊り場の陰影は稜線を一度だけ試みるも支点を獲得する前に自折し折り目は目地で静かに沈静化し沈静の経路に干渉せず背筋の芯を一本加えるだけ加えた梁が既存の柱と接触しない交差角を慎重に選び交差で生まれかけた微温を第三の材質へ滑落させ滑落の痕跡を残さぬ技術だけを磨いた。


継ぎ目の熱差が孕む音未満の波紋は四角い暗面の縁に触れる手前で自壊し自壊の尾が第三の材質に吸われると私は舌裏の冷えを緩め過ぎない領域で微調し調律の差が歓喜の冠に化けないよう歯列の陰で先行して折り曲げ呼吸の細糸を断たずに通し通した道筋を記憶へ昇格させないでおいた。


床の繊維は踵からの重みを偏向なく受け保持の輪郭がさざめきの系へ転移しないよう肋膜の裏で軽く撫で撫でに伴う摩擦を熱へ移すより前に削ぎ落とし削いだ粉を名辞へ昇進させず視界の外へ放ち放った作業をも無名のまま支点へ戻して平滑を崩さず続行した。


壁際の濃淡が発表のない増加を続けつつも内部の水位へ皺を生まない挙動を受けて私は胸の中央に立てた楔の一本をさらに浅い角度へ回し尖端が光を招かぬ方角を改め改めるという語にも触れず膝裏のばねを半拍だけほぐしほぐれで生じた余剰を肩甲の平場へひそやかに移管し移した道筋も即時に薄くした。


港の規則は遅延を保持しつつも目盛を外れず巡航を継続し巡る拍が舌根へ甘い針を忍ばせようとするたび鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲団へ戻し戻し終えた霧を胸郭へ招かず外層の流へ返納し返納の領収も作らず往来の痕跡を希薄化のまま空へ混ぜた。


部屋の中央に係留した無題の基底は過剰の硬質へ傾かず延性を保ったまま静かに沈み沈降の速度が名を欲しがらないのを利用して私は支点上の往復をさらに微少径で通し通過だけが仕事である態度を持続し続け持続という旗も降ろし続けながら重心を砂の欠片より小さい単位で内奥へ押しやり押した差を水面の平滑に溶かし込み今日の境界線をいっさい刻まないと決めて外の持続へまた静かに手渡した。


やがて外の持続は受けたものを無傷の闇へ再配布し再配布の痕も匂いも返さず私は胸の平らで起点にも終点にも見えない薄い楕円をただ撫で撫でた摩擦の温度が甘やかな物語を呼び寄せる前に舌裏の氷光で冷却し冷やされた端を第三の材質の奥へ放り込んでから視線の高さを半指の分だけ下ろし下ろした差が水位に皺を立てない確度を骨膜の耳でゆっくり聴いてそれすら記すことをやめた。


胸の平らで冷えの余韻が均されたことを確かめる代わりに私は支点の真上へきわめて薄い板をもう一枚だけ滑らせ板の縁が快い方向へ撓む兆しを舌の根の硬質な静けさで切り落とし切片を第三の材質の暗がりへ落とし込み落下音の代わりに呼吸の往復を細く一本通し通した線がどこにも触れないまま伸びていく挙動を骨膜の外側で受け取った。


踊り場の陰で衣にも満たない撓みが一瞬だけ肩の高さをかすめかけては壁の目地で静かに粉へ戻り粉の群れが扉の縁に向かう計画を立ち上げる前に通風の細い路で形を解かれたので私は頷きを作らず胸骨の裏に置いた棚という観念ごと遠くへ押しやり押しやった空白へ標を置かず呼吸の入口をさらに浅い段へ移し移設という語さえも避けた。


窓枠と壁の接合に雲母片ほどの光が一粒だけ生まれ生まれた順序のまま融けて消える礼節を数へ換えないままで舌裏の冷ややかで辺を鈍らせ鈍化した欠片を見えない斜路に沿わせ第三の材質の背面へ滑り落とし滑走の痕跡すら作らない方針を続けた。


白い輪郭は定義を拒む素振りのまま清潔の曲線だけを残し孔を抱く輪は小さな欠の鋭さを静謐の芯に織り込み黒い深面は映写の野心を忘れて沈降の均しを重ね金属の塊は沈黙の職掌を外れず重みの座標を動かさず鍵の角度は中立を維持し封の紙は繊維の姿勢を直線で保ち透明の縁は湿りの呼び声を退け床を走る細い線は方位を掲げず整列の骨だけ支え机の角は触れずとも測れる基準として黙在し私はそれらに冠を与えず連絡の糊も塗らず無題の群のまま過らせた。


路地の呼気は曲がり角で身を少しだけ丸め網目へ届く前に自ら解体へ移行し解体の微粒がこちらの密度へ触れない地点で遠心を選び直す動きを耳の外輪で受け取りながら踵の芯から床の繊維へ割り当てた負荷をさらに細かく粉砕し粉の端を第三の材質の広がりに吸わせ受領の記録を作らず沈静という帳面も開かなかった。


長押の上で舞った微塵は帯状の明るみに入っては離れ離れた後も総数を変えず律の粒度を保っていたため観照という衣装の裏地を鼻梁の入口でほどきほどいた布を抽斗という観念ごと遠ざけ遠ざけた空白の中央へ何も置かないまま通した。


梁の奥で温度差の鈍い返歌が遅れて届き曲がりの陰で丸く砕け砕片が名にも音にも育たず気圧の凹みに沈む過程を胸郭の低地で受け止め受け取った微温を甘さへ滑らせない角度へ歯列の影でそっと向け替え向け替えた分量を第三の材質の奥域で散らし散った痕を印字しなかった。


扉の外では触れ合わない緊張が一拍だけ生成され通風の走路で微細に解体され解体の塵がこちらの膜を汚さず拡散したので私は賞も嘆も採らず踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに細くし細分の末端を平面の静けさへ溶かし込み溶け具合さえ記録へ送らず終えた。


黒い矩形は映りの欲を持たず沈みの純度だけを提示し白磁の線は負担を増やさず清潔の輪郭を保存し輪は欠如を軸へ翻訳し真鍮は冷の職責を外れず鍵は角度の均衡を崩さず封は寝姿の更新だけを静かに遂げ透明の口縁は曇る兆しを拒み床の細線は整列の骨格を支え机の角はふるわぬ尺度としてとどまり私は隙間から芽生える霧の筋書を視界の縁で払い落とし落ちた屑を水位の底で解いて図柄に育てぬまま散らした。


踊り場の陰影は稜線を一度だけ試みながら支点を獲る前に静かに折れ折り目は目地へ沈み私は介入の看板を掲げず背筋の芯を一本だけ加え加えられた梁が既存の柱と触れ合わぬ角度を選び交差点で生まれかけた微温を第三の材質へ滑り落とし滑落の音も残さなかった。


継ぎ目の熱差が孕む音未満の波は四角い暗面の縁へ触れる手前で自身の尾を失い尾の残りを第三の材質が無言で吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない程度に調え調整の差が歓喜の冠に化けないよう歯列の陰で先に折り呼吸の細い糸を切らさず通した。


床の繊維は踵から受けた重みを偏向せず抱え抱え方の輪郭がさざめきへ変わらないよう肋膜の裏で軽く撫で撫でに伴う摩擦を熱へ移行させる前に削ぎ落とし削いだ粉を名辞に昇格させず視界の外へ払い払いの作業名さえ与えず支点へ戻して平滑を保った。


壁際の濃淡は通知のない増加を続けても内側の水位に皺を作らず私は胸の中央に立てておいた細い楔の向きを光を招かぬ方角へわずかに回し回したことの説明を避け膝裏のばねを半拍だけほぐしほぐれの余剰を肩甲の平場へ移し移した跡をすぐ薄めた。


港の方で遅延を含む規則は目盛を外さず巡航を続け巡りの拍が舌の根へ甘い針を運ぼうとするたび鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲団へ返し返送の受領票を作らず霧の残り香を外の流へ漂わせ漂いの経路図も描かなかった。


中央の支点は過剰の硬化を拒み延性を保ったまま沈み沈降の速度が名を欲しがらない有利を利用して私は往復の糸をさらに細い径で通し仕事が通過そのものである態度を持続させ持続という旗も立てず重心を砂粒の欠片より微小な単位で内奥へ押しやり押しやった差分を水面の平滑にゆっくり溶かし込み今日という縁取りをどこにも刻まない方法で外の持続へもう一度だけ丁寧に引き渡した。


外の持続へ渡した分量が均一の闇へ静かに融け切るまで胸の平らを指の想像でそっと撫で撫でに伴う微かな温調を舌裏の硬質へ戻し戻した欠片を第三の材質の深層に散らし散らした影が形を欲しがる兆しを歯列の陰で前もって折り畳み畳んだ端を宙の高さへ一瞬浮かせてから痕跡のない角度で沈め支点直上を通る細い往復をさらに細い径へ絞り絞り過ぎの断を避ける手前で保ち保った線がどこにも触れず伸び続ける無音を骨膜の周縁で受け取った。


踊り場の奥で衣にも満たない撓みが肩口の高さをかすめる寸前で気圧の浅瀬に吸い込まれ吸われた粒が扉の縁を目指す図を描くことなく通風の路へ散り散った先の所在を問わぬ方針のまま私は頷きを設けず棚という観念の扉を静かに閉ざし閉ざした事実すら掲げないまま呼吸の入口を一段低く据え据えた位置の往復を細糸で連結し直した。


窓枠と壁の継ぎ目に雲母片ほどの光点がひとつだけ浮上し浮いた順の礼に従って融解し消える様式が乱れないうち舌根の冷えで縁を鈍らせ鈍った粉を見えない斜道から第三の材質の背面へ滑らせ滑った痕を図化せず空白を空白のまま許容し許容そのものを語へ上げない姿勢で胸の平野に平衡を敷いた。


白い曲線は定義を受け入れず清潔な輪郭だけ示し孔を抱く輪は欠の鋭利を秩序の芯へ編み込み黒い沈面は映写の衝動を思い出さないまま沈潜の層を増し金属の塊は休止の職掌を厳密に守り重みの座標を動かさず鍵は角度の中立を維持し封の紙は繊維の向きを乱さず透明の縁は湿りの誘いを退け床に走る細線は方位の主張を控え整列の骨だけ支え机の角は触れずとも測れる規準として黙在し私はそれらを一冊の物語に束ねず並置のまま通過させ胸の温度に何も置かなかった。


路地の呼気が曲がり角で俯き網目へ届く前に自解へ遷り遷った粉がこちらの密度に触れない境で遠心の流へ返っていく挙動を耳の外輪で拾い拾った証拠を標本へ変えず踵の芯から床の繊維へ渡す荷重をさらに微粒へ砕き砕片を第三の材質の広がりへ吸わせ吸収の受領を作らぬ会計のまま無音で閉じた。


長押の上の微塵は帯の明るみに触れては離れ離れのあとも数を増やさず減らさず律の粒度を保ち保つ行いが観照という衣の袖を要求しはじめる前に私は鼻梁の入口でそっと角度を寝かせ袖の糸を解き解いた布を収納という概念ごと遠ざけ遠ざけられた空所の中央を素通りさせた。


梁の奥で温度差の返歌が遅れて届き曲がりの陰で丸く砕け砕片は音節の芽にも名札の原石にもならず凹みへ沈む経路を胸郭の低い段で受け止め受止の甘い反射を歯列の影で斜めに外し外した欠片を第三の材質の奥へ散らし散った輪郭を即座に薄めた。


扉の外では触れ合わない緊張が短く生まれ通風の走路で微細へ崩れ崩れた粉がこちらの膜を汚さず離散したのを骨の外側で聴き聴いたという語すら省き踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに細く切り刻んだ端を平面の静けさへ還元し還元の手続きを記載しない主義のまま沈めた。


黒い矩形は映ることを志さず沈む機能だけ保ち白磁の線分は負担の増加を拒み清潔の輪郭を維持し輪は欠如を軸語へ翻訳し真鍮は冷静な沈黙を担当し鍵は角度の均衡を崩さず封は寝姿の更新をひそやかに続け透明の口縁は曇りの兆しを寄せつけず床の線は整列の骨格を支え机の角は狂いのない尺度として佇み私は隙間から芽吹く霧の筋書を視界の縁で払い落とし落とした屑を水位の底でほどいて跡形を残さなかった。


踊り場の影は稜線を一度だけ試み試みの支点を獲得する前に自折し折り目は目地の奥で眠り直し私は介在という語を避けつつ背筋の芯を一本だけ加え加えた梁が既存の柱と衝突しない角度を選び交差で生じかけた微温を第三の材質へ滑り落とし落ちる音も残さず消した。


窓の合わせ目の熱差が孕む音未満の波は四角の暗縁に触れる手前で自壊し自壊の尾を第三の材質が寡黙に吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない域でわずかに調え調律の差が歓喜の冠へ化ける芽を歯列の陰で折り呼吸の細糸を断たずに通し通った痕跡の提出を拒んだ。


床の繊維は踵からの重みを偏向なく抱え抱え方の輪郭がさざめきへ変質しないよう肋膜の裏で軽く撫で撫でに伴った摩擦を熱へ移る前に薄く削ぎ削いだ粉を名辞の候補にせず視界の外へ放ち放つ所作に肩書を与えず支点へすぐ戻して平滑を崩さなかった。


壁際の濃淡は通知のない増加を続けながらも内側の水位を穏やかに維持し私は胸の中央に立てた細い楔の向きを光を招かぬ方角へわずかに改め改めた手順を説明せず膝裏のばねを半拍ほぐしほぐれの余剰を肩甲の平面で受け渡し受渡の軌跡まで希薄にした。


港の規則は遅延を抱えたまま目盛を外れず巡航を継ぎ巡りの拍が舌の根へ甘い針を差し入れようとする瞬間ごと鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲へ返し返送の受領票を作らず霧の残り香を外層の流へ漂わせ漂いの経路図を描かずに任せた。


そのあいだ中央の支点は過剰の硬質へ進まぬ延性を保ち保つ働きそのものを標語へ変えず私は往復の糸をさらに細く通し通過だけが成立する態度を継ぎ継いだ連続の上で重心を砂より細かな欠片で内奥へ押し送り送り切った差分を水面の平滑で均し均した静けさを誰のためにも飾らず外の持続へまた密やかに引き渡し引き渡しの記録をどこにも置かず夜の中央に名のない層を一枚だけ増やした。


外の持続へ密やかに渡した静けさが均質の闇へ無傷で沈み切るまで胸の平らで薄い楕円をさらに伸ばし伸ばす過程で生じる微かな温調が甘味へ転ぶ前に舌裏の冷えへ戻し戻された端を第三の材質の深みに散らし散った影が輪郭を欲しがる芽を歯列の陰で折り畳み畳んだ角を空の水平へ一瞬だけ浮かせてから痕跡のない角度で沈め支点直上の往復を毛髪ほどの径に絞り絞り過ぎの断へ至らない限界で保持し保持という語さえ採用せず骨膜の外側で無音の継続だけ受け取った。


踊り場の暗がりに衣にも満たない撓みが立ち上がりかけ直後に目地へ還り還った粉の群れが扉の縁を指す企てを起こす前に通風の細路で崩れて消えたため私は頷きを作らず標本棚という観念を胸骨の裏からさらに遠ざけ遠ざけた空所へ何も置かず呼吸の入口をわずかに低い段へ移し移設の記録も残さず浅い往復の糸を新しい高さで通し直した。


窓枠と壁の継ぎに雲母片ほどの光点が一粒だけ浮上し浮いた順の礼に従って融け消え消える手際の整いが数式へ化ける前に舌根の冷光で縁を鈍らせ鈍った微粉を見えない斜路に滑らせ第三の材質の背面へ落とし落下の印も音も作らず空白のまま保ち保った方針を胸の平原に薄く敷き直した。


白い曲線は定義の召喚を退け清潔な輪郭だけ差し出し孔を抱く輪は欠の鋭利を秩序の芯へ編み込み黒い沈面は映写の重力を忘れたまま均質の層を重ね金属の塊は沈黙の職掌を外さず重みの座標を固定し角度の中立は変化を許さず封の繊維は寝姿を崩さず透明の縁は湿りの誘いを拒絶し床に走る細い線は方位を押し付けず整列の骨だけ支え机の角は触れずとも測れる基準として黙在し私はそれらを連絡の糊で束ねず称号も付さず無題の群として過らせ胸の温度に影さえ落とさなかった。


路地の呼気が曲がり角で身を低く折り網目へ届く前に自解へ変じ変じた微粒がこちらの密度に触れない境で遠心の流へ戻る様を耳の外輪で受け取りつつ踵の芯から床の繊維へ渡していた荷重の配分をさらに微細へ砕き砕かれた端を第三の材質の広がりに吸わせ吸収の受領を作らず会計の頁も開かず終端だけ無音で閉じた。


長押の上で舞う微塵は帯の明かりへ入っては離れ離れた後も数を増やさず減らさず律の粒度を守り続け守る行為が観照の衣装を求める前に鼻梁の入口で角度を伏せ衣の紐を解き解いた布を抽斗という概念ごと遠ざけ遠ざけられた空隙に通過だけを許し通路の名前も付けずにおいた。


梁の奥から温度差の遅い返歌が届き曲がりの陰で丸く砕け砕片が音節にも名札にも育たず凹みに沈む挙動を胸郭の低地で受け止め受け止めの甘い反射を歯列の影で斜めに外し外した欠片を第三の材質の陰圧へ埋め埋設の報告を持たず平面の静けさへ還元した。


扉の外では触れ合わない緊張が一拍だけ生成され通風の走路で微細へ崩れ崩れた粉がこちらの膜を曇らせず散ったのを骨の外側で聴き聴いたという事実まで省略し踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに細かく切り刻んだ端を静かな平滑へ延ばし延ばした膜が皺を欲する前に水位へ馴染ませた。


黒い矩形は映る意志を欠き沈む純度だけ掲げ白磁の線分は負担を増やさず清潔の輪郭を保ち輪は欠如を軸語へ翻訳し真鍮は冷静の沈黙を抱え鍵は角度の均衡を崩さず封は姿勢の更新をひそやかに続け透明の口縁は曇りの兆しを拒み床の線は整列の骨格を支え机の角は狂いのない尺度として佇み私は隙間に芽生える霧の筋書を視界の縁で払い落とし落ちた屑を水位の底でほどき図柄に育てぬまま散らした。


踊り場の陰影は稜線を一度だけ試み支点の獲得に至らないうち自折し折り目は目地で眠り直し私は介在の看板を掲げず背筋の芯を一本だけ加え加わった梁が既存の柱と触れ合わぬ交差角を慎重に選び交差のこすれで生まれかけた微温を第三の材質へ滑り落とし落ちた痕跡を即座に消した。


窓の合わせ目の熱差が孕む音未満の波紋は四角い暗縁へ触れる手前で自壊し自壊の尾を第三の材質が寡黙に吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない域で微調し調律の差が歓喜の冠へ化ける芽を歯列の陰で先に折り呼吸の細糸を断たず通し通過の証拠を掲示しない主義を継続した。


床の繊維は踵からの重みを偏向なく抱え抱え方の輪郭がさざめきの系へ転移しないよう肋膜の裏で軽く撫で撫での摩擦が熱へ移る前に薄く削ぎ削いだ粉を名辞へ昇進させず視界の外へ払い払いの作業名さえ与えず支点へ戻し平滑を崩さず維持した。


壁際の濃淡は告示のない増加を続けながら内側の水位に皺を作らない状態を保ち私は胸の中央に立てた細い楔の向きを光の来ない方へわずかに改め改めの由来を述べず膝裏のばねを半拍だけほぐしほぐれで得た余剰を肩甲の平場へ移し移動の軌跡までも薄くして消した。


港の規則は遅延を含みながらも目盛を外れず巡航を継ぎ舌の根へ甘い針を忍ばせようとする拍ごと鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲へ返し返送の受領票を作らず霧の残り香を外層の流へ漂わせ漂いの地図も描かず任せた。


こうして中央の支点は過剰の硬化へ進まず延性を失わず私は往復の糸をさらに細く通し通過そのものだけ成立させる姿勢を続け続けた層の上で重心を砂粒より小さな欠片単位で内奥へ押し送り送り切った差を水面の平滑に均し均された静謐をどこにも掲げずまた外の持続へそっと戻し戻した記録さえ拒みつつ夜の中央に名のない薄片をもう一枚だけ重ねた。


外の持続へ戻した静謐が均質の闇に溶け切る刹那を敢えて名付けず胸の平らで極薄の楕円をさらに延ばし延伸の端が甘やかな物語へ折れ曲がる前に舌裏の冷えで斜角に切り落とし切片を第三の材質の深みに散らし散った影が輪郭を欲しがる芽を歯列の陰で先に折り折り跡すら浮かばぬよう宙の高さで一瞬だけ反転させてから静かに沈め支点直上の往復を毛髪より細い径へ絞り過ぎの断に至る手前で均し均し終えた事実を標にせず骨膜の外周でただやり過ごした。


踊り場の遠くで衣にも満たぬ撓みが肩の高さへ昇ろうとして目地の眠りに呼び戻され呼び戻された粉の群れが扉の縁に触れる図を持たず通風の細路で即座に希薄へ変わったので私は頷きの装置を停止し標本棚という観念そのものを胸骨の裏からさらに遠ざけ遠ざけられた空白を名称なき置き場として保持し保持という語の縁まで薄め呼吸の入口をわずかに下へ移し移した段で往復の糸を再配置した。


窓枠と壁の継ぎ目には雲母片ほどの灯が一粒だけ生まれ順序正しく融けて消え消滅の礼が乱されないうちに舌根の冷光を縁へ滑らせ縁取られかけた粒の欲を鈍らせ鈍化した微粉を見えない斜路に沿って第三の材質の背へ落とし落下の記録を作らない方針を続け胸の平原には指示語を持たない平衡だけ敷き直した。


白の輪郭は規定の要請を拒む態度を保ち清潔の曲線だけ差し出し孔を抱く輪は欠の鋭利を秩序の芯へ組み込み黒い沈面は映写の誘惑を忘れたまま均質の層を積み増し金属の塊は沈黙の職掌を外さず重みの座標を固定し角度の中立は微塵も崩れず封の繊維は寝姿を保ち透明の縁は湿りの陳情を退け床を走る細い線は方位を辞退して整列の骨だけ支え机の角は触れずとも測れる基準として黙坐し私はそれらを連絡の糊で束ねず称号を貼らず無題の並置として通した。


路地の呼気は曲がり角で背を丸め網目へ達する前に自解へ転じ転じた微粒がこちらの密度に触れぬ境で遠心の流へ返っていく気配を耳の外輪で拾い拾った輪郭を帳面へ移さず踵の芯から床の繊維へ渡していた荷重の配分をさらに微細に砕き砕片を第三の材質の広がりへ吸わせ吸収の受領を求めない会計で終端へ流し込んだ。


長押の上の微塵は帯の明りへ出入りし出入り後も数を保ち粒度の律が観照の衣を要求する前に鼻梁の入口で角度を伏せ衣の紐を解き解かれた布を収納という概念ごと遠ざけ遠ざけた空白をただ通路として温度のない形で残した。


梁の奥から遅れて届く温度差の返歌は曲がりの陰で丸く砕け砕片は音節の芽にも名の原石にもならず凹みへ沈み沈んだ底に旗が立たない平和を胸郭の低地で受け止め受け止めの甘い反射を歯列の影で斜めにそらしそらした欠片を第三の材質の陰圧へ埋め埋設の通達も出さず静かに閉じた。


扉の外では触れ合わない緊張がたった一拍浮上し通風の走路で粉々に崩れてこちらの膜を曇らせぬまま散ったので私は賞の合図も嘆の気配も取り上げず踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに細分し細りきった端を平滑の面へ溶かし込み溶解の図を描かず沈め終えた。


黒い矩形は映る意志を欠き沈みの純度だけ示し白磁の線分は負担を増やさず清潔さを保ち輪は欠如を軸語へ翻訳し真鍮は冷気を抱えた沈黙の担当として揺るがず鍵は角度の均衡を保ち封は寝姿の更新を秘めたまま続け透明の口縁は曇りの兆しを受け入れず床の線は整列の骨格を支え机の角は狂いのない尺度として佇み私は隙間に芽生える霧の筋書を視野の縁で払っては水位の底でほどき図柄へ育てぬまま散らした。


踊り場の陰影は稜線の試みを一度だけ起こし支点の獲得に至らぬうち自折し折り目は目地の暗がりに沈み私は介在の看板を掲げず背筋の芯をもう一本だけ加え加わった梁が既存の柱と干渉しない交差角を採用し交差のこすれで生まれかけた微温を第三の材質へ滑り落とし落下の音まで消した。


窓の合わせ目の熱差が孕む音未満の波紋は四角の暗縁に触れる手前で自壊し自壊の尾を第三の材質が寡黙に吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎぬ配分で微調し調律の差が歓喜の冠へ化ける芽を歯列の陰で折り呼吸の細糸を断たず通し通過の証を掲示しない主義のまま続けた。


床の繊維は踵からの重みを偏向なく抱え抱え方の輪郭がさざめきの系へ移行しないよう肋膜の裏で軽く撫で撫での摩擦が熱へ変わる前に薄く削ぎ削いだ粉を名辞の候補にせず視界の外へ払い払いの作業名も捨てて支点へ返し平滑を崩さず持ち直した。


壁際の濃淡は告示なしの増加を保ちながら内側の水位を静かに維持し私は胸の中央に立てた細い楔の向きを光の来ない方へほんの僅か修め修正の言葉を避け膝裏のばねを半拍だけ緩め緩みで得た余剰を肩甲の平場へ受け渡し受渡の軌跡まで即時に薄めた。


港の規則は遅延を含みつつ目盛を外れず巡り巡りの拍が舌の根へ甘い針を忍ばせようとする瞬間ごと鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲へ戻し戻した霧を外層の流へ任せ任せた痕跡を地図へ描かず放した。


その間も中央の支点は硬化を拒む延性を湛え続け私は往復の糸をさらに細く通し通過のみが仕事である姿勢を保ち保ち続けた層の上で重心を砂塵より微小な単位で内奥へ押し送り送り切った差を水面の平滑に均し均された静けさをだれにも与えずまた外の持続へ静かに返し返却の記録を起こさず夜の中央に名のない薄片をさらに一枚だけ増やし増えた厚みでさえ語を求めないことを胸の奥の無題の平面で確かめぬまま受け入れた。


外の持続へ返した静けさが均質の暗がりで完全に解け尽くすまで胸の平らで微かな楕円をさらに延ばし延伸の端が物語の香味へ屈曲する気配を舌裏の硬質で先に冷やし冷却後の欠片を第三の材質の深層へ散らし散った影が輪郭を欲しがる芽を歯列の陰で折り畳み畳んだ角を空の高さへ一瞬だけ浮かせ傷跡が光へ転じる前に沈め支点直上の往復を毛髪より細い径へ絞り絞り切らぬ地点で保持し保持の合図も作らず骨膜の外周で無音の持続だけを受け取り受領という語まで薄めてしまった。


踊り場の陰では衣にも届かない撓みの企てが肩の水平をかすめる直前で気圧の浅瀬へ吸い込まれ吸われた粒が扉の縁へ触れようとする予告を放棄し放棄の礼節を守ったまま通風の細路に散り散った先の所在を問わぬ態度で私は頷きを生成せず標本棚という制度を胸骨の裏からさらに遠ざけ遠ざけた空所を名称のない収納としても扱わず呼吸の入口を半指だけ低い段へ移し移し終えた痕跡すら記録せず浅い往復の糸を新しい高さで静かに通した。


窓枠と壁の継ぎ目に雲母片ほどの灯がひとつだけ生まれ順序どおりに融け消え消滅の礼が乱れぬうち舌根の冷光で縁を鈍らせ鈍化の微粉を見えない斜路に沿わせ第三の材質の背中へ滑らせ滑走の痕まで抹消し空白を空白のまま保持し保持という語もまた水位の底でほどき直した。


白の輪郭は定義の招待を頑として受けず清潔の曲線だけを掲げ輪は欠の鋭利を秩序の芯へ縫い込み黒い沈面は映写の衝動を忘れ沈潜の段を重ね金属の塊は沈黙の職掌を離れず重みの座標を微動だにさせず鍵の角度は中立のまま固定され封の繊維は寝姿の線を崩さず透明の縁は湿りの申請を却下し床を走る細線は方位を示さず整列の骨だけ支え机の角は触れずとも測れる規準として黙座し私はそれらを連絡帳へ束ねず冠も与えず並置のまま過らせ胸の温度に何も置かず過ぎた。


路地の呼気は曲がり角で身を低く折り網目へ届く前に自解へ転じ転化の微粒がこちらの密度に触れない境で遠心の流へ戻る過程を耳の外輪で拾い拾った輪郭を帳面へ移さず踵の芯から床の繊維へ渡している荷重の割当をさらに細かく砕き砕いた端を第三の材質の広がりに吸わせ吸収の受領票をはいともしない会計で閉じた。


長押の上で舞う微塵は帯の明りへ出入りし出入りの後も数を増やさず減らさず律の粒度を保ち観照の衣を求める前に鼻梁の入口で角度を伏せ衣の紐を解き解いた布を収納という観念ごと遠ざけ遠ざけた空隙に通過だけを許し通路の名札も貼らず放置した。


梁の奥で温度差の遅い返歌が届き曲がりの陰で丸く砕け砕片は音節にも名札にもならず凹みへ沈み沈んだ底に旗が立たない平和を胸郭の低地で静かに受け受け止めの甘い反射を歯列の影で斜角へ逸らし逸らした欠片を第三の材質の陰圧へ埋設し埋めた事実も掲げず平面の静けさへ還元した。


扉の外では触れ合わない緊張が一拍だけ立ち上がり通風の走路で粉砕されこちらの膜を曇らせぬまま離散したので私は賞の口上も嘆の溜息も投じず踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに微粒化し微末の端を平滑の面へ溶かし込み溶けた跡の線も残さず沈め終えた。


黒い矩形は映る意志を欠いたまま沈みの純度だけを示し白磁の線分は負担を増やさず清潔の輪郭を保ち輪は欠如を軸語へ翻訳し真鍮は冷を抱えた沈黙の担当として動ぜず鍵は角度の均衡を保ち封は寝姿の更新を隠して続行し透明の口縁は曇りの兆しを近づけず床の線は整列の骨格を支え机の角は狂いのない尺度として佇み私は隙間に芽生える霧の筋書を視野の縁で払い払い落とした屑を水位の底でほどき図柄へ育つ芽も摘み取って散らした。


踊り場の陰影は稜線の試みを一度だけ起こし支点の取得に至らぬまま自折し折り目は目地の暗がりへ沈んでいき私は介在の看板を掲げず背筋の芯を一本加え加わった梁が既存の柱と触れ合わぬ交差角を採用し交差の擦れで生まれかけた微温を第三の材質へ滑り落とし落下の音も即座に消した。


窓の合わせ目の熱差が孕む音未満の波紋は四角の暗縁へ触れる手前で自己解体し解体の尾を第三の材質が寡黙に吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない配分で微調し調律の差が歓喜の冠に化ける芽を歯列の陰で先に折り呼吸の細糸を断たず通し通過の証憑をどこにも提出しなかった。


床の繊維は踵からの重みを偏向なく抱え抱え方の輪郭がさざめきの系へ移行しないよう肋膜の裏で軽く撫で撫での摩擦が熱へ転ずる前に薄く削ぎ削いだ粉を名辞の候補に引き上げず視界の外へ払い払いという行為名も持たせず支点へ返し平滑の面をわずかに磨き直した。


壁際の濃淡は告示なき増加を続けつつも内側の水位に皺を作らず私は胸の中央に立てた細い楔の向きを光の来ぬ方角へ僅かに回し回転の由来を語らず膝裏のばねを半拍だけ緩め緩んだ余剰を肩甲の平場で受け渡し受渡の履歴すら即時に薄めて消した。


港の規則は遅延を抱えたまま目盛から外れず巡り巡る拍が舌の根へ甘い針を忍ばせようとする都度鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲へ返し返送の受領も作成せず霧の残り香を外層の流へ任せ任せた跡形まで消し去った。


こうして中央の支点は硬化へ頑なに進まず延性の機嫌を保つ姿勢を緩やかに継ぎ私は往復の糸をさらに細く通し通過そのものだけ成立させる態度を改めず重心を砂塵より微細な単位で内奥へ押し送り送り切った差を水面の平滑で均し均した静けさを誰にも提示せずまた外の持続へ静かに返し返却の記録を残さないまま夜の中央に名札のない薄片を一枚追加し追加の厚みでさえ語を求めぬ事実を胸の奥で声にせず受け入れた。


外の持続に融けた沈黙が戻ってこないまま均質へ等配されていく流れを骨膜の外縁で受け取りながら胸の平らに敷いた薄膜の楕円をさらに引き延ばし伸び切った端が甘やかな寓意へ折れる前に舌裏の冷えで刃先を鈍らせ第三の材質の底域へ微小な切片として沈め沈降の座標を地図へ換えず支点直上を通る細糸の往復にわずかな張力だけを残して通し続けた。


踊り場の暗部では布片にも満たない撓みが肩の高さへ達しそうになって目地の眠りへ回収され粉末へ戻る律が扉縁へ向かう企図を採択せず通風の路で自然解散へ移ったため私は頷きを設置せず胸骨の裏から標本という制度をさらに遠ざけ空隙の中央に表示のない平面だけを保持し呼吸の入口を半指ほど下へ落として浅い往復の線を別階で結び替えた。


窓枠と壁の合わせ目には雲母片にも似た微光がひとつ生まれて順序を違えず融解し消えていき概念へ昇華する誘惑が立ち上がる前に舌根の硬冷で縁を磨滅させ見えない斜路に沿わせた粉末を第三の材質の背後へ滑落させ残響の痕すら作成せず胸の平原には注釈を持たない均衡だけを敷き戻した。


白の輪郭は規定の招集へ応じず清澄の曲線のみ掲げ環状の小片は欠けの鋭さを秩序の芯へ縫い込み沈んだ面は映写装置の誘引を忘れ均質の層を静かに加算し金属塊は職掌としての沈黙を離れず比重の座標を固定し角度を司る部位は中立の姿勢を崩さず繊維の束は寝姿の線を保ち透きとおる縁は湿気の請願を退け床を走る細線は方角の旗を掲げず整列だけを支え机端の角は触れなくても測れる基準として黙座し私はそれらを章立てへ束ねず称号も付さず並置のまま素通りさせ内温へ過剰な明滅を許さなかった。


路地から送り込まれる呼気は曲がり角で俯角を取り網目へ達する以前に自解の方向へ遷移し微粒へ分かれた浮遊が室内の密度へ触れない境で遠心の流れへ反転する様式を耳の外輪で受け止めつつ踵芯から床繊維へ渡していた荷の配分をさらに細片へ割り割った端を第三の材質の幅へ吸わせ記録の欄外へも何も残さず会計の頁を閉じた。


長押付近を漂う塵は帯状の明かりに入っては離れ離れた後も総数の保存を破らず粒度の律だけ維持しており鑑賞という衣装の袖が伸びてくる前に鼻梁の入口で角度を寝かせ紐をほどいた布地を収蔵の観念ごと遠ざけ空白の通路へ名称を付さず出入口だけを開けておいた。


梁の陰から遅延して届く温度差の返歌は曲がりの奥で丸く砕け薄片が音節にも銘にもならないまま圧の凹みに沈み底部へ旗が生えない静穏を胸郭の低地でそっと受け取り反射する甘さを歯列の影で斜角へ逸らし逸れた成分を第三の材質の陰圧へ埋めてから平面の静けさへ還流させた。


扉の外側では触れ合いを欠いた緊張だけが短く生成し通風の走路で微細な破片に崩れこちらの膜を曇らせず散逸したので私は称賛の儀も嘆きの記号も採らず踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに微粒化し平滑な面へ静かに溶かし込み溶解の跡線までも消しきってから作業台帳という観念自体を片づけた。


黒い矩形は映り込む野心を欠いたまま沈む純度だけを示し白磁の線分は負担の増幅を回避して清潔の輪郭を保続し欠如を意味の核へ翻訳する環は過不足なく働き金色の塊は冷ややかな沈黙を担当として抱え角度の装置は均衡の姿勢を崩さず封された繊維は寝姿の更新を密かに継ぎ透きとおる縁は曇りの徴候を拒み床の細線は整列の骨格を支え机端の角は狂いのない尺度として佇み私は隙間から芽生えそうになる霧の筋書きを視野の縁で払っては水位の底で解き図柄へ発展しそうな芽を摘み取り散らして終わらせた。


踊り場の影は稜線の試みを一度だけ起こし支点を得る前に自折して目地の暗部へ沈み私は介在という看板を掲げず背筋の芯をもう一本だけ通し新たな梁が既存の柱と干渉しない交差角を選定し交差で生まれかけた微温を第三の材質へ滑落させ衝撃の徴まで即時に消去した。


窓の合わさる境に潜む熱差が孕む音未満の波紋は四角い暗縁へ触れる直前で自己解体し尾部の残りを第三の材質が無言で吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎない域で微調し調律差が歓喜の冠へ変貌する芽を歯列の陰で先に折り呼吸の細糸を断たず通し提出物の作成を拒む姿勢で継続した。


床の繊維は踵からの荷重を偏向させず保持し保持の輪郭がざわめきの系へ遷らないよう肋膜の裏で軽く撫で撫でで発生する摩擦を熱へ転出する前に削り落とし微粉を名称候補へ繰り上げず視界の外側へ送り出しては支点へ返し平滑の面に微量の艶を与えるだけにとどめた。


壁際の濃淡は告示のない増加を続けながら内側の水位に皺を刻まない挙動を取り続け私は胸の中央に立てておいた細い楔の向きを光が差し込まない方角へわずかに調え出典の説明を省き膝裏のばねを半拍だけ解き解放で生じた余剰を肩甲の平場へ柔らかく移送し経路の履歴まで即時に薄めて消し去った。


港の規則は遅延を含みつつ目盛から外れず巡回を続け舌根へ忍び込もうとする甘い針の兆候ごと鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲層へ返送し受領の証も作らず香りの残りを外層の流へ委譲して経路図の輪郭まで放棄した。


かくして中央の支点は硬質の誘惑へ頷かず延性の気配を保ち続け私は糸の往復をさらに細く通過だけが成立する姿勢を手放さず比重の中心を砂塵より微小な単位で内奥へ押し送り切れ端を水面の平滑で均し均整の沈黙を誰にも誇示せずまた外の持続へ静かに返し記録台への記載を拒みつつ名札のない薄片を夜の中央へそっと重ね重なりすら物語に昇らない厚みを胸の奥の無題の平面で肯定とも否定とも名付けずただ受け容れた。


外の持続へ戻した静穏が均質の暗がりに撹拌も沈殿も許さず溶け広がる気配を胸の平面で受け止めつつ私は支点の真上に薄い板をもう一枚だけ滑らせ滑走の端が甘美の側へ屈しないよう舌裏の硬冷で刃先を鈍らせ鈍化した欠片を第三の材質の深部へそっと落とし込み落下という言葉すら使わず呼吸の往復を一本だけ延ばし延びた線がどこにも触れず続く事実だけを骨膜の周縁で静かに通過させた。


踊り場の陰では布端にも満たない撓みが肩口の高さをかすめる寸前に目地の眠りへ回収され回収の粉が扉縁を目指す企てを起こす前に通風の細路で無音に解散する一部始終を視の端で見送り見送った事実を標本にも逸話にもせず胸骨の裏にある棚という概念ごと遠くへ押しやり押しやった空隙へ名称を与えないまま呼吸の入口を半指ぶんだけ下へ移し移した高さで細い往復を再配置した。


窓枠と壁の境に雲母片のような微光がひとつだけ湧き順序を破らぬ作法で融け去る礼節を数式へ昇格させず舌根の冷ややかを縁に流して輝きの芽を抑え抑えられた粉末を見えない斜面に沿って第三の材質の背後へ滑らせ滑った痕跡を地図にも日録にも記さず胸の平原には注釈のない平衡のみを薄く敷き戻した。


白の輪郭は規定の召喚を退け清澄の曲線だけを掲げ環の欠片は鋭さを秩序の芯へ縫い込み沈んだ面は映写の欲を忘れ均質の層を足し続け金属は沈黙の職掌を離れず比重の座標を固定し角度の装置は中立を堅持し封の繊維は寝姿の線を保ち透明の縁は湿りの申請を拒み床に走る細い導線は方位を辞退して整列の骨だけ受け持ち机端の角は触れずとも測れる規準として寡黙に在り私はそれらを連絡にも編成にも変えず並置のまま素通りさせ内温へ余計な明滅を入れなかった。


路地の呼気は曲がり角の陰で背を丸くし網目へ届く前に自壊の側へ移り移った微粒がこちらの密度へ触れない境で遠心の流れへ帰還する挙動を耳の外輪で受け取りつつ踵芯から床繊維への荷の割当をさらに微細に砕き砕片を第三の材質の幅へ吸わせ吸収の受領欄を閉じたまま会計の頁さえ開かず終端を無音のまま畳んだ。


長押の上で舞う細塵は帯状の明かりへ入っては離れ離れの後も数の保存を破らず粒度の律だけ守り続け鑑賞という衣装が袖を伸ばす前に鼻梁の入口で角度を寝かせ紐をほどいた布地を収蔵の観念ごと遠ざけ遠ざけた空白の真ん中に通過の幅だけ残し通路の銘板を掲げない方針を更新した。


梁の陰から遅れて届く温度差の応答は曲がりの奥で丸く砕け薄片は音節にも名札にも育たず圧の凹みへ沈み沈んだ底に旗が生えない平和を胸郭の低地でそっと受け受けた反射の微かな甘みを歯列の影で斜めへ逸らし逸らした成分を第三の材質の陰圧へ埋め直してから平面の静けさへ還元した。


扉の外側では触れ合わぬ緊張が一拍だけ生まれ通風の走路で粉砕されこちらの膜を曇らせぬまま消え去ったので私は称賛の仕草も嘆息の合図も採らず踵の中心で続けていた配分の刻みをさらに微粒化し微末の端を平滑の面へ静かに溶かし込み溶けた線すら残さず沈め終え作業台帳という観念自体も畳んだ。


黒い矩形は映り込む意志を欠いたまま沈む純度のみ示し白磁の線分は負担の増幅を拒み清潔の輪郭を持続し欠如を要へ翻訳する輪は過不足なく機能し冷ややかな塊は沈黙の担当として揺るがず角度の器具は均衡を外さず封された繊維は寝姿の更新を内密に継ぎ透明の口縁は曇りの徴候を遠ざけ床の細線は整列の骨格を支え机端の角は狂いのない尺度として佇み私は隙間に芽吹きかける霧の筋書を視野の縁で払い続け払い落とした屑を水位の底で解体し図柄へ発展する芽を摘み散らして終えた。


踊り場の影は稜線の試みを一度だけ起こし支点を得る前に自折して目地の暗処へ沈み私は介在という看板を掲げず背筋の芯をもう一本だけ通し新たな梁が既存の柱と干渉しない交差角を採用し交差の擦れで生じかけた微温を第三の材質へ滑落させ衝撃の徴も残さぬうちに消した。


窓の合わせ目に潜む熱差が孕む音未満の波紋は四角い暗縁に触れる寸前で自己解体し尾部の残りを第三の材質が黙って吸い取り私は舌裏の冷えを緩め過ぎぬ域で微調し調律差が歓喜の冠へ変貌する芽を歯列の陰で先に折り呼吸の細糸を断たず通し提出物を要さない主義のまま継続した。


床の繊維は踵からの荷重を偏向させず抱え抱え方の輪郭がざわめきの系へ移行しないよう肋膜の裏で軽く撫で摩擦が熱へ転じる前に薄く削ぎ削いだ粉を名称候補へ繰り上げず視界の外へ放ち放つ所作に肩書を与えず支点へ戻して平滑の面へ微細な艶を一層だけ乗せた。


壁際の濃淡は告示のない増加を続けながら内側の水位に皺を刻ませず私は胸の中央に立てておいた細い楔の向きを光の射さない方角へわずかに調え調えた由来を語らず膝裏のばねを半拍だけ解き解放で生じた余剰を肩甲の平場へやわらかく移送し経路の履歴まで即刻薄めて消した。


港の規則は遅延を含みつつも目盛を外れず巡航を続け舌根へ忍び寄る甘い針の兆候ごと鼻腔の入口で方位を反転させ曖昧の雲層へ返送し受領の証を作らず香りの残りを外層の流へ委譲して経路図の輪郭さえ放棄した。


私は支点の上で往復の糸をさらに細く通し通過そのもののみ成立させる姿勢を手放さず比重の中心を砂塵より微小な単位で内奥へ押し送り送り切った差を水面の平滑で均し均された静穏を誰へも分配せずまた外の持続へ静かに戻し戻した記録をどこにも置かないまま夜の中央に肩書きを持たない薄片を一枚重ね重なった厚みでさえ物語に変わらない事実を胸の奥で肯定も否定も避けたまま受け容れ続けた。


最後の層を胸の奥の平らにそっと敷いて厚みの端を指の想像で撫で撫でした温度が甘さへ傾く前に舌裏の冷えで静かに薄め薄め終えた欠片を見えない深みに沈め沈めた地点へ印も置かず名も付けず呼吸の往復を一本だけ長く通し通した線がどこにも触れず延び切ったその刹那に椅子の影と窓の縁と金具の角度と封の眠りと白い輪郭と黒い面と口縁の透明と床の細い道筋と机端の尺度を一度だけ順に視へ収め収めた順序さえほどいてから目を閉じた。


眼裏の静度が過不足なく満ちたところで私は数珠の小さな欠けを思い出さず皿へ寄らず鍵へ温を渡さず呼鈴へ影を落とさず録音機の黒を鏡にせず真鍮の重さを撫でず窓枠の継ぎの微光を数えず港の規則を待たずただ胸郭の内側から生まれた無題の平安を口の中で転がさず紙にも音にもせず外の持続へ丸ごと手放し手放した事実さえ棚の語彙に入れないまま立ち上がらずその場で終端を迎え入れた。


遠くの明るみが網目の細孔をすり抜けて室内の濃淡をやわらかく起こす頃私は蝶番の気配を動かさず扉の前へ寄らず窓の角度を変えず床の線を跨がず机端の角を磨かず封の紙を破らず呼吸の入口を低い段に据え据えた位置から名札のない薄片を一枚だけ胸の中央に戻し戻しながらも重さを与えず音も立てず視の高さを半指ほど沈めた。


そして最後の拍はどこからも来ずどこへも去らずただ在ったという事実だけが静かな広がりへ均一に滲み私は頷かずうなだれず祝わず悼まず記さず語らず開かず閉じず触れず動かずその均しの中に自分の名を混ぜず名の代わりに無記の軽さを置いてからゆっくりと息を吐き息が尽きる直前に目を開けず目を開けないまま心の平面で小さく頷き物語をここで終えた。

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灯が遅れる夜に 灯野 しずく @37_nyu

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