第7話 永遠の馬鹿 銀河の果てで笑う
銀河飯テロ大戦から、どれほどの時が経ったのだろう。
年月の概念すら、もう誰も気にしなくなっていた。
星々のあいだで争いは消えた。
国境も宗教も滅び、どの文明もただ一つの合言葉を残した。
> 「飯を食って笑え。」
それだけで十分だった。
科学者たちは公式発表でこう述べた。
「宇宙エネルギーの源は笑いである。」
そして、ほんの数秒後に笑い出した。
もはや誰も、世界を管理しようとしない。
法も教義も意味を失い、AIの評議会すら湯気のように消えた。
それでも星は回り、畑は実り、人々は飯を作り、
夜になれば空を見上げて笑った。
各地の街角や惑星の広場には、古びた書が飾られている。
『馬鹿教大聖典(第∞版)』。
ただし、ページは誰にも開かれない。
読まなくても、みんな内容を知っていた。
「笑え」「食え」「寝ろ」――それだけで生きていけた。
愚楽はひとり、宇宙船でも馬でもなく、
なぜか徒歩で星々を渡っていた。
重力も距離も、彼にとってはもう意味がない。
千年を越えて生きた身体は、もはや年も取らない。
腹は減るが、焦らない。
笑いながら歩けば、いつかどこかに飯がある。
小さな惑星の食堂で、青い肌の子どもが笑っていた。
愚楽は席に座り、注文した。
「スコッチエッグ、あるか?」
少年がうなずく。
「うちの星じゃ、みんなそれ食べてるんだ」
出てきた皿の上には、黄金の卵が輝いていた。
黄身がふるえ、まるで恒星のように温かい。
愚楽は一口食べて、目を細めた。
「……味、ちょっと変わったな」
「みんな、師匠のレシピって言ってます」
「俺は教えてねぇぞ」
「でも、笑って作るとこうなるって」
愚楽は笑った。
「そりゃ本物だ」
外に出ると、銀河がひとつの大きな川のように流れていた。
遠くの星々が、まるで人々の笑顔のようにまたたいている。
誰も争わず、誰も支配しない。
文明の境界は溶け、
“賢さ”の積み上げてきた壁が、すべて湯気のように消えていた。
愚楽は立ち止まり、静かに空を見上げた。
「賢さが宇宙を作った。
けど、馬鹿さが宇宙を守る。
俺は永遠の馬鹿だ。
だから、まだ生きてる。」
誰に言うでもなく、独り言のように。
その言葉は風に乗り、星々の間を漂っていった。
どこかの惑星で、誰かが料理を始めた。
フライパンの中で油がはぜ、
銀河の果てで“箸の音”が響く。
それはまるで、宇宙そのものが笑いながら食卓についたようだった。
愚楽は微笑み、湯気の中に消えていった。
永遠の馬鹿2 馬鹿教と宇宙へ編 火浦マリ @marihiura100
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