第6話 銀河法廷オチ

 ――銀河が笑いすぎた。


 どの星も腹を抱え、仕事も議論も進まない。

 恒星評議会の議長が開会を宣言しようとして笑い出し、

 裁判長がツッコミ役を買って出るという異常事態。


 そんな中で出されたのが、たった一枚の召喚状だった。

 宛名は――「地球代表・愚楽」。

 罪状:銀河的秩序の崩壊(ただし面白い)。


 屋台のカウンターでラーメンをすすっていた愚楽は、

 背後に光の輪が現れるのを見てため息をついた。

「……また呼ばれたか。飯の途中なんだがな」

 次の瞬間、視界が白く染まり、気づけば巨大な円形議場に立っていた。

 無数の議員たちが並んでいる。姿は人間に似ているが、

 肌の色が赤、青、金、なぜか透明までいる。全員がフォークを持っていた。


 裁判長らしき人物が立ち上がる。

「地球人、愚楽。貴殿は“馬鹿教”という宗教を銀河に拡散し、

  秩序と胃袋の平穏を乱した疑いがある!」

「拡散? 俺は屋台でメシ食ってただけだ」

「では、この聖典に記された十か条は何だ!」


 議員たちが掲げたのは、あの『馬鹿教大聖典(初版)』。

 ただし表紙には「銀河版・改訂∞版」と書かれ、分厚さは百科事典級になっている。

 愚楽は眉をひそめた。

「おい、誰だ勝手に続刊出したのは」

 裁判長が読み上げる。

「第十七条、“宇宙を笑わせろ、さもなくば絶食”。

 第二十三条、“ラーメンの湯気は神の息”。

 第四十二条、“スコッチエッグこそ銀河の核”――!」

 議場にどよめきが走る。


 愚楽は苦笑した。

「あいつら……また盛ったな」

「つまり貴様は、この銀河的飯テロの教祖だと認めるのだな!」

「いや、俺はただの食いしん坊だ。

  勝手に信じた奴らが勝手に太っただけだろ」

「だが貴様は死なない!」

 議場がざわつく。

「地球では不老不死の存在として崇拝され、千年を生きたという!」

「千年どころじゃねぇな。

 でもな――長生きは特技じゃない。暇つぶしだ」


 議員たちは顔を見合わせた。

「暇つぶし……?」

「そうだ。長く生きてると、世界が何度も真面目になっては疲れていく。

 そのたびに誰かが笑いを忘れる。

 俺はただ、それを拾ってるだけだ」

 議場が静まり返った。


 そこへ、銀河評議会の食堂主任が走り込んできた。

「すみません、スコッチエッグが足りません!」

「なにぃ!」

 議員たちが総立ちになり、

「これでは議論が進まぬ!」「笑いが減衰する!」と大騒ぎ。


 愚楽が肩をすくめた。

「な、言ったろ。笑いと飯は同じだ。足りなくなると喧嘩になる」

 裁判長が叫ぶ。

「ではどうすれば平穏が保てる!」

 愚楽はポケットから割り箸を取り出し、

 堂々とこう言い放った。


「おかわりを作れ。

 そして笑え。焦がしたら、また笑え。

 それで全部うまくいく。」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、議場のどこかで「ぷっ」と笑いが漏れた。

 それが連鎖し、笑いの波が広がる。

 赤い者も青い者も、透明な者まで腹を抱え、

 涙を流して笑っていた。


「ははは! 馬鹿だ、だが美味い!」

「罪を問う必要などない! 彼こそ銀河のツッコミ神だ!」

「おかわりを作れ。まさに至言!」


 裁判長は木槌を叩いた。

「判決――被告、無罪。

 ただし今後も笑いの維持管理責任を負うこと!」

「維持管理って……俺、管理職かよ」


 議場を出ると、星々の光が一斉に瞬いた。

 愚楽はその眩しさに目を細め、ぽつりとつぶやく。

「笑いの火ってのは、一度つくと消えねぇもんだな。

 まあ、もう少し付き合ってやるか――このバカでうまい宇宙に」


 彼が屋台に戻ると、スープの湯気が立ち上っていた。

 店主が尋ねる。

「師匠、銀河の裁判はどうでした?」

「うまかったよ」

「……何がです?」

「判決もスコッチエッグもな」


 その夜、地球の空は笑うように揺らめき、

 星々が一斉に金色の光を放った。

 誰もが知らぬ間に、銀河はひとつのオチを共有していた。

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