第5話 銀河飯テロ大戦

 オチ号が宇宙に飛び出して半年。

 最初の着陸地は、銀河の交易拠点「アストロ・デパ地下」。

 そこは百の惑星の市場が集まる、銀河最大の食の都――だったはずが、誰も食べていなかった。


 出迎えたのは人間そっくりだが、肌がやや青く、目が三つある商人。

「ようこそ地球の料理人たち。だが我々は食事をしない。味覚は進化の過程で捨てたのだ」

 船員たちは顔を見合わせた。

「食わない? それでどうやって生きてんだ?」

「香りを嗅いで満足するのだ」

「そんなの、生殺しじゃねぇか!」


 その瞬間、愚楽の弟子を名乗るシェフ見習い・カスミが叫んだ。

 「師匠の教えを思い出しました! “嗅いで満足するな、噛め!”」

 誰も止める間もなく、彼女は荷物室から巨大な卵を転がしてきた。

 直径二メートル。宇宙渡り鳥〈ギャラクシー・オオトリ〉の卵だ。

 中身は金色に輝き、ひび割れた殻から淡い光が漏れている。


「これで愚楽師匠の好物、スコッチエッグを作ります!」

「待てカスミ、それは爆発するやつだ!」

 すでに遅い。

 パン粉をまぶした瞬間、殻の静電場が活性化し、卵がふわりと浮いた。

 船員たちが慌てて掴もうとするが、ぐるぐる回転して止まらない。

 愚楽が通信でぼそりと言う。

「……油、熱しすぎんなよ」

 その声に合わせたように、卵は自らプラズマフライヤーへ突っ込み、

 宇宙に金色の光が走った。


 炸裂。

 スコッチエッグは小惑星ほどの大きさで焼き上がり、香ばしい匂いが銀河中に広がった。

 それが“銀河飯テロ”の開戦の合図となった。


 各星から苦情と感謝が同時に届く。

「香りが惑星の軌道をずらした!」

「うちの子どもが初めて“お腹すいた”と泣きました!」

「隣の恒星がよだれを垂らして膨張しました!」


 混乱の中、アストロ・デパ地下の長老が涙を流した。

「これが……味か……!」

 彼は一口食べて、突然笑い出した。

「我々の文明には、これが欠けていたのだ!」

 周囲の商人たちも次々と噛みしめ、笑いながら転げ回る。


 その勢いで、他の料理も次々投入された。

 真空タコ焼き、恒星焼きそば、ダークマター味噌汁、零重力ラーメン。

 なぜか全部、笑うと味が変わる。

 爆笑するたび、うまみが増す。


 愚楽は地球の屋台でその中継を眺め、ぼそりと言う。

「……宇宙が腹いっぱいになってどうすんだ」

 店主が笑う。

「師匠、いいじゃないですか。誰も争ってませんよ」

「いや、いずれ奪い合いが始まる。うまいものは、だいたい争いのもとだ」

「じゃあ、どうすれば?」

「おかわりを作りゃいい」


 その頃、銀河評議会は緊急招集されていた。

「地球の食文化は危険だ!」

「だが、美味い!」

「否、美味すぎる!」

「もはや止められん!」


 議場が大混乱に陥る中、厨房が設けられ、評議員たちは全員エプロン姿になった。

「討論を開始する前に、まず試食だ!」

 銀河史上初の“食べながら会議”である。


 結果――可決されたのはただ一行。

> 『地球料理を銀河標準に採用する』


 宇宙各地で、スコッチエッグ屋台が立ち並び、

 異星人たちが「アチチ」「ウマー」「マジ卵神!」と叫びながら並んだ。

 笑い声が銀河の彼方まで響き、

 通信衛星がそれを拾って“笑い波動”として拡散した。


 その波を観測した観測者たちは記録した。

> 『全銀河に同時共鳴。周波数:笑い。

  分類:平和的爆発。』


 地球の夜空がほんの少し明るくなった。

 愚楽は湯気の向こうを見上げ、にやりと笑う。

「……宇宙も、やっと飯の味がわかったか」

 店主が尋ねた。

「師匠、これで戦争は終わりですね?」

「いや、これからだ。どの星も腹が減る。

 笑う奴が増えりゃ、次は酒が欲しくなる」


 赤ちょうちんが風に揺れる。

 宇宙の果てまで届くような笑い声が、静かな夜空を震わせた。

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