卵やきを作る

出幌せほら

卵やきを作る


とりあえず、卵やきをつくろうと思った。


卵をキッチンの角にぶつけると茶碗ちゃわんの中に割って落とす。

白い茶碗ちゃわんの中に、黄身きみがたわんで落ちた。


菜箸さいばしで手早くかき混ぜる。

黄身きみ白身しろみは混ざり合って、透明とうめいとも黄色きいろともつかない液体になってきた。


表面ひょうめんに泡が浮かんでいる。

むしゃくしゃして、かき混ぜが雑になったせいだ。

けれど、かまっている余裕よゆうはない。


黄金色こがねいろをした卵液らんえきの中に出汁だしをどぽどぽと注いだ。これでいいだろう。


***********


__カクヨムに小説しょうせつ投稿とうこうしてから、何日たったことだろう。


星はついただろうか?

ハートはついただろうか?

気が付けば、そんなことばかり考えてしまう。

そして、そのたびに心がすさむ。


投稿しようと思ったきっかけは、米津玄師よねづけんしと藤本《ふじもと》タツキの対談だった。


藤本《ふじもと》タツキが初めて書いた連載をした時の年齢が自分の二年先だった。

冷汗のようなものが心臓を伝って落ちて行った。



とにかく何かしなくてはと思って、去年作ったアカウントに急いでログインした。

そして、一気に書き上げた。

ほとんど、衝動しょうどうだった。


物語を書くこと自体は好きで、いつもポメラに書いていた。

なんとなくできるんじゃないかとたかをくくっていた。


けれど、誰かに出すことは全然ちがう。

けれど、こんなに不安定ふあんていになったのは初めてだった。


書いている間、緊張で吐きそうだった。

自分の文章を誰かがみていると思うと、頭が一杯になった。

正しい文章が分からなくて、おなじようなところを何度も何度も書き直した。


初めて出した文章はボロボロで、自分でも消化不良しょうかふりょうだった。


でもスカッとしていた。


でも、きっと一歩踏み出しさえすれば、

世界はどこかで変わるんじゃないかと思っていた。


*********

泡の立ちすぎた卵液らんえきを、おいた。


ひとしきり卵を混ぜ終えると、葉ねぎを冷蔵庫れいぞうこから取り出した。

スーパーで半額はんがくで売っていたののだ。

包丁を落とすと、青いねぎのにおいがキッチンに広がった。小さく小さく切る。アイロンビーズのようながまな板の上に並んでいく。


ただ、細かく切ることだけを考えてさえいれば余計よけいなことを考えなくて済む。


ねぎを溶け切ったたまごの中に放り込む。

なぜか黄身きみのところばかりにねぎが密集みっしゅうする。均等な位置になるように、何度なんど何度なんど何度なんども卵をかき混ぜる。けれどもうまくいかない。


思わずため息が漏れた《もれた》。


__どうしていつもこうなるのだろう


菜箸さいばし茶碗ちゃわんの底を乱雑に叩いた。トンと鈍い音がして黄色の水面みなもが震えた。


******


初めて投稿とうこうした後、PVは二件で、評価はなにもついていなかった。


うそだと思った。


一歩勇気を出して踏み出したのに。なぜ結果が出ないのだろう。


頭の中でだったら自分はいくらだって英雄えいゆうになれた。


一作投稿とうこうすれば、飛ぶように付く星とハート。

コメント欄に並ぶ自分をほめたたえるレビュー。

あっという間にランキングの上位になり、書籍化しょせきか目前もくぜん


そんな妄想をしてワクワクしていた。


けど所詮しょせんは頭の中の出来事だった。


毎日、カクヨムにログインをして、真っ白な通知つうちを眺める時間が続いた。

最初のころはもっといい人がいいねをしてくれるんじゃないかと期待しながらログインしていた。

けれどいつしか、その頻度ひんども減って行った。


確かに、カクヨムに投稿とうこうしたことは確かに大きな一歩だった。

人前ひとまえ投稿とうこうすることはとても勇気のいる行動こうどうだった。


けれど、その一歩を、誰かが見ている訳ではなかった。


誰からも、見られていなかった。


**********


結局、ネギは最後まで黄身のところに集まったままだった。

もう、これはしょうがない。

気持ちを切り替えて別の作業さぎょうにうつる。


フライパンをコンロの上に置く。

火をかける。油をしくとフライパン全体にゆっくりと伸ばす。弱火にして少し待つ。


その間に、戸棚からパックのカツオぶしを取り出して急いで、卵液らんえきと混ぜ合わせた。最初はパサついていた鰹節かつおぶし卵液らんえきの中に混ざると、徐々じょじょにしめって濃い《こい》色になった。それをまた均等になるようにかき混ぜていく。


十分じゅうぶん混ざったとわかってから、はしを取り出した。


菜箸はしかたまりのように、鰹節かつおぶしがこびりついている。

そのまま、茶碗のヘリにこすりつけて絡まった鰹節かつおぶしをぬぐい落とした。


フライパンから次第に音が立ち始めた。

チャンスだ。一気に強火にする。

そうして勢いよく、卵液らんえきをそこに注ぎ込んだ。


***********


カクヨムに投稿とうこうしたら絶対教えてねと言っていた友達がいた。


彼女も童話どうわ小説しょうせつ応募おうぼしていて、二人で互いの小説を見せ合ってはああでもないこーでもないと言い合っていた。


ある日、私は彼女に勇気が出ないから何一つ進まないんだといった。

すると彼女は私を真っすぐ見つめていった。


__いいよ。出してみなよ。まちがってもいいから投稿してみなよ。


きっと彼女がいなければ小説なんて書こうとはおもわなかったかもしれない。



期待を込めて、小説のURLを送るとすぐに返信が返ってきた


__小説、面白かったけどなんとなく緊張しすぎかな?と思ったよ


__なんとなく、ぎくしゃくしてた気がする


という返信が返ってきた。


思ったよりもずっと手厳しかった。

だけどしょうがない。

自分にも落ち度がある。


色々な気持ちをぐっとこらえて、ありがとうと返した。

もっともっと面白い話がかけるようがんばるね~と返した。



__参考になるかと思って


__AIで読み込ませてみたんだけどどうかな?


メールを打てなかった。


何かどす黒いものが喉の奥から出てきそうになった。


極力言葉を選んで丁寧に返したつもりだった。けれど、すぐに本人からの謝罪が返ってきた。


包丁買おうかと真剣に悩んだ。

だけど、人を殺す勇気も、その罪を背負う覚悟もない。

彼女の家に入ったところで、自分は笑って帰るだけだろう。


それはわかっている。


静かにパソコンから離れ、ぼんやりと帰り道の空を眺めた。


自分の夢や希望は、どうしてもこんなに遠いのだろう。


つかもうと願えば願うほど遠く遠くへ行く。


気持ちがどうしても入れ替えられない。


むしゃくしゃしたものが体の中に詰まっているみたいだ。


どうしても自分に優しくできない。


何もかもにいらだつ。


許せない。


憎い。




だからこそ、卵焼きを作ろうと思った。


*******


一気に茶碗をひっくり返すと、勢いよく卵液がフライパンに滑り落ちた。


じゅわ~~~


音を立てて卵が焼けていく。

フライパンにしいた卵液がぼこぼこと泡を立て盛り上がる。

鰹節とネギが、それに合わせて上下に揺れていた。

表面が徐々に白くなり、中心のほうにだまのような卵の汁が残った。


___私は卵焼きを作るのだ。もう、だれにも負けられない。

私の緊張も、私の至らなさも全部私のものだ。


ゆっくりとひっくり返していく途中で卵は破けて、まだ火の通っていない汁がこぼれる。だけどそれでいい。ゆっくりとフライ返しでひっくり返す。

表面には焼き色がついていた。


間違えても、醜くても、

こんな自分に優しくできるのはいつだって自分しかいない。



間違ってても恥ずかしくても、この場に出せた時点できっと違う。


悔しくて吐き出しそうでうまくいかないことばかりだけれど。


絶対にこの選択肢を後悔しない明日がいつかやってくる。


フライ返しを使って、卵焼きを最後まで、ひっくり返した。

なかなかいい出来だ。カナリアイエローの素肌に、アクセントのように焼き目がついて美しい。


フライ返しで小さく切り分けて、皿に盛りつけた。


陶器のさらに盛り付け、仕上げにゴマを振りかける。


黄色の花が咲いているみたいだ。

ところどころ、その表面には鰹節やネギが混ざって、いる


うまい。


けれども、すこししょっぱかった。

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