猟犬
二ノ前はじめ@ninomaehajime
猟犬
妻とのあいだには子を
不妊治療の
どうすれば良かったのだろう。もっと別の未来があっただろうか。
仕事帰りに駅のホームを下りたところで、鼻の先を白い蝶がかすめた。
その羽ばたきに一瞬目を奪われ、他の降車する客に背中を押された。人の波に押し流される形で振り仰ぐと、夕空に蝶の形をした空白が飛翔していた。
駅を出て帰路に
破れたごみ袋の腐臭か、
思わず顔をしかめていると、盛り上がった緑色のネットの下で野良犬が振り返る。細かな網目の向こうで
不意に、野良犬は上目遣いで夕焼け空を仰ぐ。そのあいだにこの場から離れることにした。どうにも得体が知れない。早足で革靴を鳴らす。背中にあの濁った眼差しが張りついている気がした。
ごみ捨て場から離れて、足を緩めた。たかが野良犬一匹に何をあたふたとしているのだろう。小さい子供が噛みつかれては大変だ。保健所に連絡するべきかもしれない。
思案していると、生け垣の向こうで
その中に妻の笑顔を
今にして思えば、ありもしない夢に
自宅がある道から外れて、山の方角へと向かった。そのあいだにも白い蝶は数を増し、幻影の中で妻の声が
『もうすぐ五か月、この子の名前を決めるのは、まだ気が早いかしら』
膨らみが目立ち始めたお腹を撫でて、彼女は言った。まだ希望を抱いていた頃は、男の子にしろ女の子にしろ、どういう名前にしようかと妻と冗談交じりに話し合った。
住宅街の外れまで来ると、家並みが途絶えていた。黒い
『あなたの子よ』
白い蝶が
不意に
その獣の形をした影は、眼前の白い子供に飛びかかっていた。細い首筋に牙を突き立てて、喉を噛み千切る。人の形を成していた輪郭は散り散りとなり、空白の蝶が一斉に夕空へと飛び立った。
夢から覚めた心地で、黒い影を
あの濁った瞳に立ち尽くす自分の姿を映し、一切の関心をなくした様子で立ち去った。
猟犬 二ノ前はじめ@ninomaehajime @ninomaehajime
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