饗宴の対価

天使猫茶/もぐてぃあす

砂漠の饗宴

 暑い。熱い。あつい。


 燃えるような砂漠の空気の中、旅人は一人で歩き続けていた。

 水はもう残り僅か。もはやこれまでかと、諦めの境地で前方に視線を向けた旅人の目は、遠くでゆらゆらと輪郭を揺らす街影を捕らえた。


 ああ、これで助かった。

 旅人は残る力を振り絞りその街へと向けて歩き始める。


 日が傾き、最後の光が砂漠を赤く染める頃になって旅人は街へとたどり着いた。

 街の通りには人影は見当たらず寂しい風景だったが、明かりの漏れる近くの家へと視線を向ければその中ではロウソク揺れる明かりの下、人々が笑いながらコップからなにか飲み物を呷っている。


 旅人はふらつく足で近くの家の入り口へとたどり着くと、息も絶え絶えでこう言った。


「水を、水を分けてはくれませんか? 金ならあります」

「おお、砂漠の中を歩いてきた旅人さんか! これは珍しい! 水ですか、どうぞどうぞ」


 家の主人は年齢の見当がつかない白い美しい顔を綻ばせてそう言うと、家人に言って水を持ってこさせて旅人へと手渡す。

 そして水を飲み下した旅人が礼を言うより前に主人は旅人を食卓へと案内した。そしてそこに並べられている豪華な料理を食べるようにとしきりに勧めてくる。

 そこまで世話になるわけにはいかないと首を振る旅人だったが、主人だけではなくその妻や息子と思われる人物たちもしきりに勧めるので旅人は恐縮しつつも食卓に着いた。


 彼らはみな一様に白い美しい顔に謎めいた笑みを浮かべ、どこか飢えたような目で旅人のことを見ていた。


 しかし旅人はそんなことには気が付かず、この街の人たちはみなこんなに親切なのだろうかとのんきなことを考えていた。



「代金はどれくらい払えばよろしいでしょうか?」


 食後に旅人はそう尋ねる。しかし主人は首を左右に振ると、今日はお疲れでしょうからまた明日その話はしましょうと答える。そしてよろしければ寝床も用意しますが、と申し出る。

 たしかに疲労が頂点に達している上に腹も膨れたことで眠気も押し寄せてきていた旅人はその申し出をありがたく受け入れた。



 翌日旅人は目を覚ますことはなかった。

 家人たちは彼の身体から血液を取り出す。そして彼を丁寧に埋葬すると、彼から取り出した「代金」を皆で楽しんだ。

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