しにがみ
後東間 架流
♧
「いらっしゃいませー」
金曜日の夕方、一人のお客さんが訪れた。
「こちらの席にどうぞ〜」
相談カウンターへ誘うと、女性はうつむきがちに座った。
「駅から遠くて、安くて、人があまり住んでいない物件はどれですか。」
「駅に近くて、安くて……?もう一度言ってくれますか?」
言ったそばから何かの猛烈な違和感を覚え、聞き返した。
「駅から遠くて、安くて、人があまり住んでいない物件はどれですか。」
こいつ何言ってるんだ?と思った。見た目から想像するにまだ三十代にも入ってないような女性が、人けが無い建物を選ぶ理由が想像もつかないし、そもそもそんな物件は不人気中の不人気、売れ残るようなものだからだ。
でもオーダーがそんな物件だから仕方がないと、あまり物を寄せ集めた冊子を持ってきた。防犯の面などからはお薦めできないとは思ったが、残り物を売ればノルマを達成できるという誘惑に負けて、何も聞けなかった。
「ここの物件などはどうでしょう?築じゅ……」
「却下で。別のところありますか?」
何故か一瞬で断られた。その理由がどこにあるのか聞きたかったが、断られたときにガラッと変わった雰囲気から余計なことは聞いてはいけないと言われているようで何もいえなかった。
「こちらの物件はどうでし……」
「そうですね…」
「この物件は……」
「駄目です」
どんどん重くなる雰囲気の中、このやり取りを何回続けたのだろうか。ふと気がつくと隣から後輩の中谷君がじっと見つめてきていることに気がついた。
「どうしたんだ」
「ちょっと先輩この物件をお勧めしてみてください。」
いつにもまして真剣な表情で言われたので、物件についてあまり詳しく見ずに彼女に見せた。
「こちらの物件はどうでしょう……?」
即答で断られるかと思ったがパンフレットをじっくり真剣に見つめていたかと思うと、
「この物件お願いします」
と、さっきまでのやりとりが嘘のように簡単に決めてしまった。
ちゃっかり者の中谷君はそれでは〜と勝手に僕の席を奪い、契約まで終わらした。
「ご成約おめでとうございます。誠にありがとうございましたー」
マニュアル通りの完璧なお見送りをこなすと、中谷君にバックヤードへ連れて行かれた。
「あんまりパンフレットを良く見れなかったんだけどあの物件はなんで良かったんだ?」
ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。パッと見た感じそこまで僕が勧めた物件と違わないのに。
「気になるなら断られた物件をマッピングしてみてください。まぁ、先輩は運が悪かったんですよ。俺は明日有給取るのでよろしくお願いします。」
そう一度に言い切ると、中谷君は新たなお客さんにいらっしゃいませ〜と言いにカウンターへ出ていった。
何故か中谷君の言葉に重みがあったが、言っていることの意味は全くもって理解できなかった。
※
翌日。俺は先輩に言った通り有給を取り、古びたアパートのドアを叩いていた。
住人は出てこない。が、メーターが回ってる。在宅ではあるはずだ。
ならば、と使わないでいればいいなと思って持ってきた鍵を回した。
ドアを開けると古びたワンルームの端っこで彼女が縮こまっていた。
「け、警察を呼びますよ!!!」
「呼べないはずだ、
彼女は怯えたように目を見開き、過呼吸気味に息をした。それに構わず俺は続けた。
「たぶん今頃は俺の先輩——そうそう、昨日最初に担当していた物腰が柔らかいやつだ——は死んでいるだろうさ。警察は原因不明とするだろう。わかるよな?お前のせいだ。」
俺が介入した時には多分もう既に感情の閾値を超えていた。だからこそ彼には平静を装うしかできなかった。
「私のせいじゃな……」
否定。たぶん数十年にも及ぶ彼女の人生の中で否定をすること、それが自己を守る最高の手段になっていたのだろう。
ただ、それでは駄目だ。
次の犠牲者を出さないためにも。
「お前を断罪するためにここに来たわけじゃない。ちなみに俺はお前の負の感情に対して耐性がある。」
いくつもの血の気が失せて百合のように蒼白になった顔が脳裏を横切る。そんな顔を見て、もし入れ替われたならと何度思ったのだろう。
「わかるよな?俺はお前を何十年もずーっと探していたんだ。お前を救うためだよ。ちょうど手がかりが途絶えた時にお前がうちの店に来たことにはびっくりしたさ。」
そういいながら俺は自分の気障な物言いに苦笑した。
「お前が先輩を殺してしまった原因は勧められた物件から、昔殺めてしまった人を思い出したからなんだろう?大丈夫、察しは付いてる。」
彼女はそうだ、と言うようにコクリと頷いた。
「とりあえず落ち着いたら連絡しろ。ここに番号を書いておく。」
紙を置くと、俺は踵を返した。
彼女は言葉を発しなかった。
しにがみ 後東間 架流 @Povo
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