彼の言葉が好きだった。彼の書く字が好きだった。そして、月が綺麗だった

 何もかもが美しい。使われている言葉が、それを紡ぐ作中人物の心が、二人の心の中にある想いが、全てがとにかく美しい。

 一人の女性が、恋人へと向けて綴った手紙。
 「紙の本の匂い」についてのこだわり。そして、彼がしたためた文章についての感慨。
 彼と過ごした時間と、その時その場所にしかない「空気」についての想い。

 「彼女」がいかに「彼」と過ごす時間を大事に想い、その一瞬一瞬を強く心に刻んできたのかが鮮明に伝わってきます。
 大切な人と過ごした時間を五感でしっかりと感じ取り、それを何度も何度も反芻し、一つの言葉へと練り上げて行ったに違いない。

 「月が綺麗」という言葉。「彼」の発する言葉の数々を愛していた彼女。

 その言葉は飴玉のように甘く、口の中で静かに溶けて広がっていく。

 何度も何度も読み返したくなる、静かに、それでいて強く心に響いてくる作品でした。

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