桃を、晒す

dede

Princess's Request

 俺の好きな女の子がふんどしの男たちに囲まれている。


 囲っているふんどしの男たちは我先にと桃果ももかを呼ぶ。彼女に声を掛けて貰うために。母親に構って貰いたい子供みたいだなと思ったが、実際には厳ついおじさんであったり爽やかな男子高校生であったり、白髪の老人であったりと多岐にわたる。けれでも皆一様にふんどし姿だ。

 そんなふんどし姿の男たちに囲まれて桃果は笑顔だ。狂乱の最中さなか、優しい声音で男たちに告げる。


「みんな、揃ったね。さあ、じゃあ私にお尻を見せて」

「「「「おおおおおーっ!!」」」」


 俺の好きな女の子がふんどしの男たちに囲まれている。

 心配はしてない。

 けれどもその様子を俺は胡乱な目で見ていた。今年も。



 *** 11年前・5才 ***


「おじさん、おしりしてるね!」

「そうかい? 桃果ちゃん、ありがとよ」


 尻を褒められたおじさんは上機嫌に桃果に手を振ると、彼女と俺に飴を握らせて去って行った。ちなみに白髪の角刈りで皺の深い大柄なおじさんだった。


「……あのおしりはおしりなの?」

「そうだよ、りんご。みたらわかるでしょ?」


 そう当たり前のように桃果は言ってのけたけど、当時園児だった俺にはさっぱり分からなかった。あと、今でも大まかにしか分からない。

 この頃の俺と桃果は同じ保育園に通っていた。でもそんな仲が良かった訳でもない。顔見知り程度だった。それがたまたまこの日この時、秋祭りで偶然ばったり出くわして、二人並んで祭りの賑わいを眺めていた。

 それまで俺は桃果の事を普通の女の子だと思っていた。けれどもそれは間違いだったと、俺の目の前にいるこの女の子は他の子とは少し違う女の子だと知る事となった。

 保育園では少なくとも普通の子だった。年下の子の面倒見がよくてお姉さんぶる、他の子より少し友達の多い女の子だった。

 でも今はどうだろう。まず言ってる事が良く分からない。なぜ尻の話ばかりしてるんだろう。他の同じ年ぐらいの子達は数々の露店で遊ぶのに夢中だったり大人の担ぐ神輿に興奮していたけど、桃果は違った。

 目線よりも上にあるおじさんの尻ばかりを目で追っていた。確かにそこいらを法被にふんどしを締めたオジサンたちが練り歩いてるのは見目新しくて面白かった。腕白な男の子たちは「ケツまるだしー」とケタケタ笑っていた。でも違うのだ、隣りにいる桃果は。

 険しい表情で品定めするようにふんどしで締め上げられたオジサンたちの尻を目で追いかけている。たくさんの人が行き交う中、そして何やらブツブツと独り言を漏らしてる。そして時たま、お気に入りの尻を見つけると声を掛けて褒めている。

 正直幼心ながらこの隣りにいる女の子が訳が分からず恐かった。


倫吾りんご、お待たせ。そっちの子は保育園の友達かな?」


 だから用事を終えた親父が戻ってきた時はホッとしたものだった。


「うん、おなじほいくえんのこ」

「こんにちわ、しまもとももかです。……おしりじゃない」


 袴姿の親父を見て残念がる桃果。親父は苦笑いを浮かべて答える。


「私は、ね。ほら、神主だから……」

「おや、桐野さん。娘がどうかしましたか?」


 親父がどう説明しようか困ってるところに、桃果の父親も戻ってきた。親父があからさまにホッとしている。ちなみに桃果の父親は法被にふんどし、腹にはサラシを巻いて地下足袋を履いていた。日に焼けたくましい腕をしていて、筋肉質な体をしていた。尻の方はよく分からない。うちの親父とは大違いだ。


「ああ、島本さんトコのお子さんでしたか。息子がお世話になっております」

「いいえ、こちらこそ。今年のお祭りも盛況ですな」

「参加者が減ってきてると嘆くところが多い中、ありがたいことです」

「いつまでも続くと良いですね」


 親父とおじさんは目を細めて俺と桃果の頭をわしゃわしゃと撫でる。乱暴に撫でられた俺と桃果は頭をぐわんぐわんと左右に揺らした。

 桃果とおじさんと別れた後、俺は親父に尋ねた。


「おまつり、なくなっちゃうの?」


 親父はすぐに返事をせず俺を抱き上げた。するとさきほどまで見上げるばかりだった喧騒がよく見えるようになる。たくさんの人々の頭が目に入った。人だかりの中心には法被を着た男たちが、さらに中心には神輿があった。


「すぐには、なくならないさ」


 *** 10年前・6才 ***



「おじさん、今年もイイおしりだね!」

「そうかい? 桃果ちゃん、ありがとよ」


 小学生になった桃果だったがこの年の秋祭りもあいかわらずふんどしの尻を目で追い、よい尻を見つけては褒めていた。


「あー、おじさん。一年サボッてたでしょー?」

「む……わかるかい?」

「丸わかりだよ。前より形がくずれてるよー?」

「仕事が忙しくて運動がなかなか出来なくてだねぇ……」

「いいワケしてもおしりは変わらないよ?」

「はい……次は頑張ります」

「うん♪」


 ただ、この年から褒めるばかりでなく質が落ちた尻を注意するようになった。注意された側も身に覚えがあるらしく、素直に受け入れている。というか、驚くべきことに去年の尻を桃果は覚えていたらしい。俺は未だに前年の尻を覚えていないし、そもそも今年ですら誰がどんな尻だったか一致しない。

 この年からだろうか。桃果が秋祭りで注目され始めたのは。祭りに参加してるおじさん達が面白がって桃果に声を掛けるようになった。そして尻を見せると今年の尻はどうだったかと意見を求める。それに桃果は「なんか運動が偏ってるよー?」「生活が乱れてなかった?」「去年より仕上がってるね!」と的確に答えていく。

 桃果もたっぷりふんどしの尻を見れて満足そうだった。


「ももか、楽しい?」

「うん、すっごく! りんごもいっぱいおしり見れてよかったね」


 別に俺は男のふんどしの尻は嬉しくなかった。精々尻といっても色んな形があるんだなという感想を持つぐらいだった。でも。慣れてくると、たくさんのふんどしの尻を見れてはしゃいでる桃果を見ているのは面白くて、なんとなく秋祭りはいつも桃果の横にいるようになった。


 *** 3年前・13才 *** 中1


「見て見て倫吾! これ、すごいでしょ! 可愛いでしょ♪」

「な!?どうしたんだよ、その衣装?」


 この年の秋祭り、桃果は俺を見つけるなり駆けつけると、見せつけるように俺の目の前でくるりと一回りした。

 すると緋袴の裾がふわりと広がり、遅れて白衣の袖が、長い髪が、彼女の姿を追うように弧を描いて流れた。一周回りきってもう一度彼女が顔を見せると満面の笑顔で上機嫌だった。


「すごいでしょ、佐々木さんの奥さんが作ってくれたんだ。どう、似合う?」

「おお、島本どうしたん? 巫女さんの恰好でメッチャかわいいじゃん」


 そう褒めたのは俺ではなかった。


「あ、先輩。そうなんですよ、いいでしょ」

「うんうん。すっごい可愛い。似合ってる」

「へへへ」


 一瞬驚きと照れで俺が言葉に詰まってる間に通りかかった先輩の方が先に桃果を褒めてしまった。タイミングを逃し、なんと声を掛けていいか更に迷っていると他の人たちも集まってきてしまった。完全に機を逸してしまった。


「お? 今年はどうした? カワイイ恰好じゃないか」

「あ、皆さん! 今年もよろしくお願いします!」

「おう、今年も尻の感想を教えてくれや。お。そうだ、桐野さんよ」

「なんです?」


 よく見れば、法被・ふんどしの男たちに神職姿のうちの親父も混じっていた。おじさんは、クイッと親指で神輿を指差す。


「神輿に嬢ちゃん乗せてもいいかい?」

「いいですよ。でも危なくないようにして下さいね」


 親父はあっさりと許可を出す。むしろ親父の答えに桃果の方が驚いていた。


「いえ、さすがにダメでしょう? 大事な神輿に乗るなんて」

「構いませんよ? でも揺れますからちゃんと掴まっててくださいね。みなさんも気をつけてくださいよ?」


 するとふんどし姿の男たちは快活に笑う。


「あははは。任せてくださいよ、桐野さん」

「それに重たくなるんじゃ……」

「嬢ちゃんなんて軽いもんよ。俺たちの逞しい尻を知ってるだろ?」


 そこまで言われてようやく桃果は納得したらしく、緊張しながらも頷いた。そして俺の方に顔を向ける。


「行ってくるね、倫吾」

「ああ。落ちないようにな」

「うん、気をつける」


 桃果が神輿によじ登ると、「せーのっ!」と男たちは神輿を担ぎあげた。そして町中を練り歩いていく。徐々に余裕ができてきたのか、桃果は周囲に愛想よく手を振っていた。


「あーあ。いいな。俺も桃果ちゃん乗せた神輿担ぎてぇなぁ」


 そう言う先輩は悔しそうで、遠ざかっていく神輿を追い駆けていった。

 そんな遠ざかっていく神輿や先輩やギャラリーを、俺と親父は遠巻きに見ていた。


「でも本当に良かったのかよ?」

「何がです?」

「神輿に乗せて。それに巫女でもないのに巫女の恰好してるし」

「バイトの巫女だっているんです、別に着ていいじゃないですか。とても似合ってましたしね。そう思いませんか?」


 親父はこちらを見て、俺がどう答えるか待ち構えていた。親父のその態度が気に入らなくてとても返事をしたくなかったが、俺が何か言わないと話が進まなさそうだったので渋々、そっぽを向きながら


「……似合ってたよ」


 その返事に親父は笑みを深めて目線を神輿、そしてその上ではしゃぐ桃果に移した。そして話を続ける。


「……今年のお祭りも盛り上がりそうです」

「いつも通りだろ」


 親父は首を横に振った。


「近所のお祭りは違いますよ。ご近所付き合いが減って、地域のイベントに参加しない人が増えてるんです。でもありがたい事に、うちではみんな喜んで参加してくれてます。桃果ちゃんのおかげですね」

「桃果の?」

「ええ。彼女の反応を毎年楽しみにしてる人が多いんですよ」

「へぇ」


 俺も親父に倣って、神輿に目を向ける。

 神輿を、楽しそうに観客が眺めてる。

 神輿を、ふんどしの男たちが楽しそうに担いでいる。

 それらを、神輿の上の桃果が楽しそうに眺めていた。

 と、見ていたら神輿の上の桃果と目があった。すると途端に不満そうに腕を振り上げると「来い来い」とジェスチャーする。まったく、やんちゃな巫女もいたもんだ。


「桃果に呼ばれたんで行ってくる」

「ああ。行っておいで」


 *** 1年前・15才 *** 中3


「どうよ、桃果ちゃん?」

「おお、遂に先輩も神輿デビューですね!」


 神輿が動き出す少し前、桃果と二人で話しているとふいに声を掛けられた。そちらを向くと、法被姿にふんどし姿をした先輩がどこか誇らしげに立っていた。


「うんうん、なかなか様になってますね」

「だろー?」


 そして桃果は後ろに回り込むと先輩のふんどしで締め上げられた尻を凝視していた。


「ふむふむ」

「け、結構じっくり見られるの恥ずかしいのな……」


 ちなみに桃果は去年も今年も巫女姿だ。でも毎年意匠が違っていて年々豪華になっている。今では佐々木さんの奥さんの巫女服もお祭りの見所として注目されてるらしい。


「いいお尻です。さすが野球部の元エース。でも偏りがありますね。踏ん張りは聞きそうですが、左右の動きに弱そうです。そちらも強化したらいいと思いますよ」

「手厳しいなぁ、桃果ちゃんは」

「将来有望なのは間違いないですよ。精進してください」

「神輿担ぐやつ、ブリーフィングするからそろそろ集まれ!」


 そんな話をしていたら神輿の方で召集が掛かった。


「呼ばれた。行ってくるね桃果ちゃん。また後で」


 そう言い残して先輩は去って行った。

 一方桃果はというと、俺の尻を覗き込んでいた。ちなみにふんどしではなく普通にジーパンだ。


「なに?」

「いや、おんなじ野球部だから倫吾の尻もあんな感じに育ってるのかなと」


 おもわず尻を手で隠す。


「おい、やめろ! 俺の尻を変な目で見るな!」

「だってー」

「……だいたいおんなじ野球部でも俺と先輩じゃ雲泥の差だっての。俺のはもっと貧相だよ」

「わかんないよ?」

「わかるね。俺の尻の事だ」

「あのね、倫吾。尻っていうのは……」

「桃果ちゃーーん。そろそろ神輿に乗ってくれねーか?」

「呼ばれてんぞ? ほら、行ってこいよ桃果」

「うん……。行ってくるよ、倫吾。また後で」


 桃果は不満そうにしつつもトタトタと神輿に駆けていく。近づくと、皆が温かい声で桃果を迎え入れた。「今年もカワイイね」とか「楽しみにしてた」といった声がこちらにも漏れ聞こえてくる。それらの声に笑顔で応えながら、桃果は神輿に登った。だいぶ慣れた動作だった。ふんどしの男たちは桃果を乗せた神輿を担ぎあげる。その中には先輩もいた。

 俺も桃果も毎年祭りに参加していたが、中学に入ってからは桃果はほとんど神輿の上にいるのであまり一緒にいられなくなった。神輿から降りた後の桃果の尻の品評会の時には何故か隣りに並ばされるのは謎だが。

 小学まではただ楽しかったのに。中学からお祭りの後に苛立つようになった。何故だろうと思ってたけど、さっき分かった。


 これ、独占欲だ。


 お祭りの間は桃果とずっと一緒にいられると思ってたんだ。そんな約束なんてないっていうのに。恥ずかしい。それに……桃果が可愛いとかすごいとか褒められる度にモヤモヤしてたのも。桃果が可愛いってのは俺だけが知ってればいい。注目なんて浴びなきゃいいんだと思ってしまう。

 でもこんな恥ずかしい、というかみっともなくてダサい事を誰にも相談できない。鬱屈した想いを抱えたまま、神輿に担がれる桃果を見送るのだった。そういえば、巫女姿もまだ一度も本人にカワイイって言えてなかったな。



 *** 1週間前・16才 *** 高1


「倫吾って、〇〇中だっけ?」


 休み時間に教室の自席に座っていたらクラスの女子3人に囲まれてそんな質問を投げかけられた。


「そうだが?」

「なあなあ、あそこのお祭り、ふんどしってマジ?」

「そうだが?」

「「「おお!」」」


 なぜか女子3人は沸いた。


「××先輩、参加するかな?」

「△△くんも、同中だよね!」

「□□くんは? □□くんもだよね!」

「たぶん参加するはず」

「「「おお!」」」


 聞けばうちの中学は運動部で活躍してる生徒が多いのだそうだ。原因については心当たりがある。桃果だ。あいつに褒めて欲しくて体を鍛えてる人間がうちの地域には多い。つくづく罪作りなヤツである。




「倫吾、今帰り?」


 放課後、靴箱に上履きを放り込んでると桃果から声を掛けられた。随分久しぶりに話した気がする。


「ああ。そっちも? 生徒会は?」

「試験期間中だからね、今日はないんだ。野球部も一緒だよね?」

「まあな。それじゃあな」

「え?」


 そんなやりとりをしてる間にスニーカーを履き終えたので玄関を出る。すると桃果も慌てて出てきて俺のすぐ後ろを歩いていた。

 同じ方角なのでおかしくはないのだが、別れの挨拶を済ませた後なのでなんか気まずくて、距離を取ろうと少し早歩きになる。

 すると、なぜか桃果の足を早めてついてきた。俺は足を止めて振り返る。


「なんで追い駆けてくるんだ?」

「そっちこそ、なんで逃げるの?」

「いや、一度挨拶した手前気まずいだろ?」

「勝手にさよなら言ったの、そっちでしょう? たまには一緒に帰ろうよ? 私は倫吾に話したいことが山ほどあるの」



「それでね、やっぱりっていいよね」

「まあ、確かに引き締まった感が出てるもんな」


 帰り道、延々と桃果の尻談義に付き合わされた。


「いやー、久しぶりにお尻の話がたくさん出来て満足満足」

「そんな話、俺じゃなくて学校の女子としてくれよ……」

「それがさ、誰々のお尻がって話まではするんだけどコアな話にはついてきてくれなくて」

「したのかよ。そして振り切っちゃったのかよ」

「やっぱ尻談義は倫吾としか出来ないよね」

「俺も男の尻に興味ないんだが!?」

「そう言う割には私の話についてこれるよね?」

「お前の英才教育の賜物だよ。俺だって尻の話、桃果としかしないから久しぶりだってーの」

「え、男子ってお尻かおっぱいの話しかしないんじゃないの?」

「しねーよ!? いや、お尻やおっぱいの話なんて男だって頻繁にしてねーんだよ!」

「あー、倫吾って腹割って話せる友達少なそうだもんね?」

「ケンカ売ってんのか?」

「尻は割れてるのにね?」

「ふざけてんのか! あと、そういう意味じゃ腹も割れてるからな!」

「おお、そうなんだ。……へへへ、やっぱり倫吾と話すの楽しいな」


 そう言って桃果は心底楽しそうに、無防備に笑った。


「ほんと、尻が好きだよな」

「うん」

「水泳部とか入ればよかったのに」

「んー、水着のお尻も悪くないんだけど。やっぱり男の尻を一番素敵に魅せるのはふんどしだと、私は思うんだよね」

「そういうもんか」

「うん。……秋祭り、来週だね。今年も倫吾は参加する?」

「……ああ。でも」

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね。当日、私の方もサプライズあるんだ。楽しみにしててよね? それじゃ、私こっちだから。じゃあ!」


 そう早口で一方的に話し切って別れの挨拶まで言い切ると、こちらを見向きもせず慌てた様子で手を振ると帰路を駆けて行った。


 *** 今・16才 *** 高1




「え、なんで!?」


 俺を見つけた桃果の第一声はそれだった。


「なんで? なんでなんでなんで? なんで!?」


 納得がいかないようで、何度も繰り返した。


「なんでふんどし姿じゃないの!?」


 ちなみに今の俺の姿は袴に単、つまり神職の恰好だ。


「今年は親父のサポート役なんだよ」


 直前にぎっくり腰なんてやらかしちまうんだもんなぁ。儀式はもちろん親父にやって貰わないといけないのだが、代理ができるものは全部俺である。いい迷惑だ。


「~~~~~~っ」


 未だ納得がいかない表情の桃果だが、どうしようもない。一方桃果の恰好だが、巫女服より更にグレードアップして、今年は変則的な和服のお姫様みたいな格好である。


「今年は巫女服じゃなくてお姫様なんだ?」

「……そうだよ、今年は佐々木さんの奥さんと呉服屋のおばあちゃんが張り切ってくれたんだ。どう? この衣装、かわ」

「おお、超可愛いじゃん! どうしたの桃果ちゃん」


 先輩がやってきて、桃果の服を褒めた。


「倫吾くん、ちょっといいかい?」


 一方俺の方は警察の人に呼ばれた。たぶん、路上警備の話だろう。


「わりぃ、行ってくる」

「……うん」

「まるで桃果ちゃん、本当のお姫様みたいだね!」


 不満そうだったけど桃果は静かに俺を送り出した。先輩は桃果を絶賛してる。そんな中、△△も□□が法被にふんどしという出で立ちで桃果の元にやってきた。

 心中穏やかではなかったが、その気持ちを押し殺して親父の代わりを果たしに行く。秋祭りを失敗させる訳にはいかないのだ、桃果が楽しみにしてるんだから。

 それにそもそも。人に見せれるほど、大した尻もしてない。誰も期待してないさと、この時ばかりはその事実がとても慰めとなった。




「お。桐野じゃん。へぇ、なにその恰好。ちょっとイイんだけど? でもふんどしじゃないんだ?」


 ようやく手が空いたので神輿を追いかけてきたところ、この間のクラスの女子3人組に声を掛けられた。ちなみに神輿はとっくに出てしまっていて、目の前を神輿が通過してる。


「俺はサポート役だから。それより××先輩とか、△△とか□□とか見なくていいの?」


 俺は神輿の方を指差す。


「え、マジ? 担いでるの!?ちょっと人混み多くて近づけないんよ」

「だったら神輿が終わった後で声掛ければ? 結構知り合いと話したり写真撮ったりしてるから問題ない筈」

「え、マジ?」

「マジマジ。夕方に神社がゴールだから」

「マジ助かるわー。ありがとね」


 感謝の言葉と共に俺の手を握るとブンブン振り回した。


「いいって。まあ、よければ今後もうちのお祭り遊びにきてよ」

「うんうん、結構楽しいし来年も来るよー」


 まあ、あいつら初めて神輿を担いでヘトヘトになってなければいいのだけどなどと思いながら神輿の方に目を向けたら、なぜかこちらを凝視していたらしい笑顔の桃果と目が合った。




 その後、親父の代わりを果たすべく、また忙しく奔走していた。ようやく俺もお役目ごめんになった頃にはすっかり祭りも終わっていた。神輿もとっくに神社についてるし、観客は帰路につき始めていた。

 間違いなくこれまでで一番忙しいお祭りだった。のほほんと過ごしてるように見えて毎年親父は裏でこんな事をしてたのか。少しだけ、親父に敬意が……いや、まあ、ほんの少しだけだけど。

 でも、なんとか今年も無事秋祭りを終える事ができた。ホッとした気持ちに包まれて、ああ、きっと親父は毎年この気持ちを味わってたんだなと知る。そしてそれは、きっと祖父もだったし、その先代もだったし、もっと以前もだったんだろう。……いつまで続くんだろう。父の代か。俺の代か。それとももっと先か。脈々と受け継がれたものだから、途切れさせたくはないけども、いずれ終わるものでもある。せめて自分の目の黒いうちは終わらせまいと思うと、確かに。桃果にはいくら感謝しても足りない気がした。

 それで、その、この祭りの姫さまたる桃果はというと。


「おい、倫吾。お前、姫さんに何かしたか?」


 仕事を終えて神社に戻り桃果を探していると、まず神輿を担いでいたおじさん達に呼び止められた。

 

「何もしてないですよ。ってか、桃果がどうしたんです?」

「めっちゃ不機嫌だったぞ? 10年来のつきあいだがこんなに不機嫌なの初めてだよ」

「ええ? だとしても俺は関係ないですって」

「関係ないはずないだろ? 心当たりあるだろ?」

「ないですよ。そもそも今朝少し会っただけですし。他の事が原因でしょ?」


「それだよバカっ!!」

「んなっ!?」

「いいか? 何でもいいから謝れ! そして褒めとけ! 姫さん褒めるトコたくさんあるんだから褒めるのなんて簡単だろ。いいか、人生の先輩としてのアドバイスだ、わかったな?」

「え、なんで?」

「返事はっ!」

「うっす!」


 そうして人生の先輩たちは「健闘を祈る!」と言い残して、逞しい尻を振りながら帰って行った。案外尻に敷かれてるのかもしれない。

 とはいえ、やっぱり俺は関係ないと思うんだけどなぁ。そう思いつつも、どのみち会うつもりだったので、まだ帰っていない事を祈りつつ俺は境内で桃果の姿を探した。


ジャリ……


「……倫吾?」

「おう、お疲れさん」


 砂利を踏みしめた俺の足音で桃果は顔を上げた。桃果は賽銭箱の前に腰掛けていた。今も御姫様の恰好のままだったが、表情は暗い。俺の姿を確認すると、すぐに目を伏せた。そして何も話さない。

 俺は無言のままの桃果の隣りに座る。やがて彼女はボソリと言った。


「今年のお祭り、ちっとも楽しくなかった」

「そうなのか?」


 彼女はコクリと頷く。


「今年のお祭りは、きっと今までにないぐらいに楽しい事になるって期待してたのに。蓋を開けてみたら今までで一番最低だったよ」

「なんで? いつもと同じだったろ?」

「全然違うよ!」


 彼女は立ち上がると声を荒げる。


「今年こそは、こんな可愛い格好だから倫吾から可愛いって言って貰えると思ったのに話しすらろくにできないし!

 倫吾のふんどし姿が遂に観れると思ったのにふんどししてないし!

 そのくせ倫吾、他の女の子と話してるし!

 そもそもちっともいないし!」

「……かわいいよ」

「全然気持ちがこもってない!」


 なけなしの勇気を振り絞って言った言葉はバッサリ切り捨てられた。座っている俺からは立ってる桃果の後ろ姿しか見えず、どんな表情をしてるか分からなかった。


「本当に可愛いって思ってるって」

「うそだ!」

「いつも可愛いと思ってるよ」

「適当! おざなり!」

「……もう言わない方がいいか?」

「……もっと言って」

「桃果はかわいいよ。今日の御姫様の恰好もよく似合ってる。……今日散々言われただろ?」

「倫吾からは聞いてない」

「桃果は可愛いよ」


 桃果が振り返った。


「倫吾、真っ赤だ」

「褒め慣れてないんだよ」

「へへへ」


 どうしてこうも素直に本音を晒す事ができないんだろうか、俺は。どう思われるか、どうしてこうも心配してしまうのか。元々大した人間では、大した尻をした男でもないというのに。恥をかいたところで、減る様な評判なんてものもなかろうに。

 そう思ったら、急に決心がついた。


「……ホントに大したもんじゃないからな?」

「え?」


 往生際悪く一言前置きを挟んで俺は立ち上がると、袴を縛っていた腰紐を解く。そして単を脱ぎ捨て、袴を脱ぎ捨てた。残ったのはふんどし一丁だけである。そして俺は腕を組んで桃果に背中を向ける。


「これで満足か?」

「え? え? え? えぇっっっ!?」


 元々手が空いたら途中からでも神輿を担ぐ気ではいたのだ。忙しくてそれどころじゃなかったけど。だから下はふんどしだった。

 さて、桃果は俺のふんどしにどんな反応を示すだろうか。

 しかし予想外なことに桃果は俺に近寄ると、着物の袖ですっと俺の尻を隠した。


「どうした、桃果? やっぱ貧相だったか?」

「……て」

「え?」

「服、着てッ!!!!!」


その言葉に随分と凹まされた。


「そんなにダメだったか……」

「違うの」


 見ると、真っ赤な顔をした桃果が目を泳がせていた。


「誰にも見せたくないの。だから、服を着て?」

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