第57話 澪のマスコットフィギュア②


 ーーまずい。


「あれー? 雪はね用のスコップ、ここに置いといたはずなんだがなあ……」


 職員のおじさんは辺りを見回し、首を傾げながら去っていった。

 私は雪はねスコップにまたがり、その様子を数メートル頭上から息を殺して見送った。

 危なかった……。


 私はオオワシの元へ、そっと飛んで近づいていく。

 間近で見るオオワシは想像以上に大きく、威圧感があった。

 その鋭い眼光に、おじけづいてしまう。

 どうしようかと悩んでいると、オオワシは大きく翼を広げ、飛び立ってしまった。


「あ、待って!」


 私は必死にその後を追いかける。

 帯広の市街地がどんどん遠ざかっていく。冷たい風が容赦なく体を打ちつけ、指先の感覚がなくなってきた。

 記録会での澪さんの出番が、刻一刻と近づいてくる。


(もう、やめようか)


 べつに澪さんがどうなろうと、私の知ったことじゃない。みのりちゃんのライバルなんだから。


 ーーでも。


 脳裏に浮かんだのは、あの時の澪さんの、涙ぐんで助けを求めるような瞳。

 やっぱり、放っておけない。


 私は意を決して、追跡を再開した。

 とはいえ、どうやって取り返せばいいのかは分からない。

 追い続けること数十分。眼下に足寄の街並みが見えてきた。


 ダメだ。これ以上帯広から離れたら間に合わない。

 その時、秋告精の言葉が頭をよぎった。


『古の魔女は、己の使い魔にまたがり、大空を駆ける者もおったとな』


 ……やるしかない!


 私はスコップのスピードを上げ、オオワシの真上に出ると、意を決してその大きな背中へ飛び移った。


「!?」


 驚いたオオワシが急降下する。

 私は必死に羽毛にしがみついた。

 オオワシと一つになるイメージを思い浮かべる。

 すると、不思議なことに、荒々しかった飛行がすうっと安定した。


 そうして帯広の森へと戻っていく。

 十勝オーバルに着くと、オオワシは私を振り落とすようにして飛び去っていった。


 私は急いで会場の中へ駆け込んだ。

 ちょうど澪さんがリンクへ出ようとしているところだった。


「氷室さん!」


 私は彼女の腕を掴む。


「はあ……はあ……これ……!」


 凍える手でポケットから白熊のフィギュアを取り出す。

 寒さで顔も手も真っ赤になった私を見て、澪さんは驚いたように目を見開いた。

 そして次の瞬間、思わずといった感じで私をぎゅっと抱きしめた。


「……ありがとう」


 小さな、小さな声。

 フィギュアを胸に抱きしめると、大事そうにカバンにしまい、決意に満ちた顔でリンクへ出て行った。


 その日の澪さんの滑りは神がかっていた。

 自己ベストを更新する完璧な滑り。

 続くみのりちゃんも素晴らしかったが、またしても澪さんには一歩及ばなかった。


 ***


「……あかり。さっき、澪と何かあった?」


 レース後。着替えを終えてエントランスホールに出てきたみのりちゃんが、不思議そうに尋ねた。

 私が一連の出来事を話すと、みのりちゃんは一瞬だけ驚いた顔をした。


「……そっか。そんなことがあったんだ」

「怒ってる?」

「全然。だって、ベストのあいつに勝たないと意味ないっしょ!」


 その潔い言葉が、とてもみのりちゃんらしかった。


 そこへ瑞樹学園の集団が通りかかった。

 澪さんが私たちを見つけ、一人立ち止まる。


「雪村さん、今日のところはお礼を言っておくわ。でも残念ね。畑中さんが唯一勝てるチャンスだったのに」


 憎まれ口を叩いて去っていく澪さん。


「な、何よ、あれ!」


 ぷんぷん怒るみのりちゃん。

 でも私は、そんな二人を見て、なぜかにやにやと笑みがこぼれるのを止められなかった。


「どうしたの、あかり?」

「ううん、別に」


 私は知ってしまったのだ。

 あのフィギュアを通して、澪さんの秘密の想いを。


 小学生の頃の澪さん。

 初めて出場したスケートの大会。

 そこで、他を圧倒する同い年の女の子の滑りに心を奪われた。


 その女の子――みのりちゃんがバッグにつけていた白熊のマスコット。

 同じものが欲しくて、何度も何度もガチャを回し、お小遣いを全部使ってようやく手に入れた時の、あの飛び上がらんばかりの喜び。


 澪さんはずっと、みのりちゃんに憧れていた。

 そしてその憧れは、いつしか強い強いライバル心に変わっていった。

 ライバルでいられる間は、自分のことを誰よりも意識してもらえるから。


 いつか、二人が本当の意味で笑い合える日が来るといいな。

 私はそんなことを思いながら、熱気に満ちた冬のリンクを後にした。


 ーー足寄町にある、松山千春の実家のガレージに飾られた似顔絵パネルが、空から落ちてきたスコップで破壊されたとニュースで知ったのは、その日の夜のことだった。

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魔女見習いの女子高生、十勝のゲストハウスでスローライフしながら修行に励みます @tama_kawasaki

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