16.双珠が繋ぐから

 ラウスがゆっくりと目を開けたとき、頭の奥に、まだ重たい響きが残っていた。

 砂の匂い。温かい空気。

 そして――白い毛並みが、そばにあった。


「……シロ?」


 呼ぶと、白虎が小さくうなずいた。

 すでに巨大な姿ではなく、ラウスと並んで座れるほどの大きさに戻っている。

 その向こうでは、アシャが岩尾の肩を抱えていた。

 血は止まり、呼吸も落ち着いている。


「ケンゴー、動かないで。応急手当だけだから」

「残念ながら動こうとしても動けない」

 岩尾は薄く笑い、息を整える。

「……まったく、無茶するんだから」

「おたがいさまだろ?」

 岩尾の言葉に、アシャが目を細める。


 ラウスが近づき、岩尾の顔を覗き込む。

「生きてるな」

「当たり前だろ。まだ打ち上げしてねぇ」

 岩尾は笑いながら、ポケットから小さな珠を取り出した。

 白虎の宝珠が、淡い光を放っている。


「アシャにウイ=ムイの残骸から回収してもらった。こっちも無事だ」

「ラウスが壊したかと思って気が気じゃなかったわ」

「面目ない」


 笑いながら、アシャも胸元から、もう一つを見せる。

 双珠が揃った瞬間、ふたつの光がかすかに共鳴した。


「これが……白虎の牙」

 ラウスがつぶやくと、シロが頷いた。


「ひとつは、アシャが。もうひとつは――」

 白虎の瞳が、岩尾を見た。

「ワオにもっててほしい」

「わかってる」

 岩尾が深い目をして頷く。

 

「ラウスは、なんかなくしそう」

 シロが言う。

「なくさねぇよ!」

 即答するラウスに、アシャと岩尾が吹き出した。

 静かな砂の空洞に、久しぶりの笑い声が広がった。


 笑いの余韻が落ち着いたころ、

 アシャが思い出したように笑みを浮かべる。

「そういえば、ラウス。あんた、首ねっこ掴まれてたよ。シロに」

「……は?」

「シロにくわえられて、“がおー”って」

「うそつけ!」

「ホント。仔猫みたいに運ばれてた」

「ラウスはシロの仔猫」

 シロが誇らしげに言う。

 「猫じゃねぇ!!」

 ラウスの声が響き、三人の笑いが重なった。


 けれど――その笑いの中にも、別れの気配が漂っていた。


 岩尾は立ち上がれずに座ったまま、シロに言った。

「……悪いな。オレは、動けそうにない。帰らせてもらうよ」

「うん……シロ、わかってる。ワオ、かえる」

「またすぐ来るよ。一緒に寝よう。だからそんな顔すんな」

 シロのしょんぼりした頭を岩尾が優しくなでる。


 「うん。ワオ、かえす」

 シロが目を閉じると、柔らかな光が岩尾を包む。

「え、いますぐ? 速攻だな。あ、アシャ……」という岩尾の声が遠くなっていく。

 白い砂が風のように舞い上がり、光の粒がひとつの輪を描いた。

 やがて、その中に岩尾の姿は溶けていった。


「ケンゴー……いっちゃった」

「何か言いかけてたよな」

「シロ、いそぎすぎ? さみしいがいっぱいにならないうちにとおもって」

 

 アシャが白虎の宝珠をそっと握りしめる。

 静かな砂の空洞に、白い風が流れる。


「ラウスも、帰るんだね」

 アシャが言った。

 ラウスはうなずく。


「おまえは?」

「残る。シロがひとりにならないように」

 アシャは笑った。

「でも、双珠がある。いつだってつながってるから」


 シロもうなずく。

「ワオは、すぐよべる」

「あいつ、いつでも来るよ」

 ラウスが答える。

 それ以上、言葉はいらなかった。


 そのとき、

 空洞の天井を照らすように、金色の羽が降ってきた。


「お迎えっス!」

 軽やかな声。

 不死鳥ファルクが翼をはためかせながら現れた。

 炎の尾が、砂の上に金の軌跡を描く。


「白虎砂漠へは定期航路っスね!」

「便利だな、おまえ」

 ラウスが目を丸くする。


 ファルクの背に手をかけ、ラウスはひと息だけ深く吸った。

「行くよ。ありがとな、アシャ。シロ」


「うん。またね、仔猫」

「猫じゃねぇ!」


 ファルクの翼が広がり、砂が舞い上がる。

 白い世界が遠ざかる。

 アシャとシロの姿が小さくなっていく。


 空の上、風の音だけが耳を打つ。

 ラウスはしばらく無言だった。

 けれど胸の奥で、なにかが温かく灯っている。


「……“わお”って言葉、聞いたらさ」

 ぽつりとつぶやく。

「たぶん、あいつらのこと思い出すな」


 ファルクが笑うように羽音を鳴らした。

「そりゃあ、“わお”な旅でしたから!」


 ラウスは、なんだか冗談を返す気にもならず、空を眺めていた。

 白い砂漠の上を、風が渡る。

 ファルクもそれ以上何も言わず、空を滑るように飛んで行く。

 

 不死鳥の羽の起こす風の中で、

 遠く二つの宝珠が淡く光り、静かに呼応していた。

 

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ラウス・サーガ ―ヒグマ獣人と聖獣の宝珠― 緑山ひびき @midoriyama_hibiki

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