見習い魔女の内緒話 〜えっ、これって禁忌だったのですか?〜
まさ
第1話 プロローグ ~竜族と少女~
地に倒れ伏した者たちは、両手足の指の数ほどはいるだろうか。
皆どこかしらに傷を負い、銀色の鎧や黒色のローブの隙間から赤い血潮を流している。
辛うじて立っているのは、肩で息をする兵士一人と、赤い刺繍が入った漆黒のローブをまとった若い女のみだ。
リンドヘルム王国の王都ロンドアより辺境の地に派遣された調査団は、事実上壊滅といっていい。
「マーカス様、貴方だけでもお逃げください! このままでは全員やられます!!」
必死の形相で懇願する兵士に、リリアン・マーカスは、その長い髪の色と同じ、深紅色の瞳を向けた。
「何を言うの。貴方たちをほうって逃げられるわけないでしょう! やられるなら、みんな一緒よ」
凛として地面を踏みしめ、先端に赤い宝玉があしらわれた杖を、空に向かって高々とかざす。
魔法使いにとって杖は己の魔力や固有の能力を強化するのみならず、時には身を守る
それが睨む先には、大きな影が4つあった。
全身が固い鱗で覆われ、背中で羽ばたくは幅広の翼。
真赤な炎のようにたぎる目玉を大地に向け、いびつに裂けた口からは鍵づめのような歯を無数にギラつかせる。
「なんでこんなところに
リリアンは驚きと畏怖とで膝が崩れそうになるのを、必死に耐えている。
天空を悠々と舞う竜は、この世界に存在する生物たちの頂点に君臨するといっても過言ではない。
その姿を目にすることは稀であり、これを倒す者などなお希少である。
今、リリアンの目の前にはそれが4体もいる。しかも……
「全身がライトブルーの鱗に覆われていて、並みの竜より二回りは大きい。伝承の通りなら、あれは
その名を口にするだけで、リリアンの身はすくむ。
その巨体に無数のきらめきをまとい、凍てつく冷気が白き実態となって、全身から湧き出でる。
最強といわれる竜族の中でも最も位の高い種族、それが頭上で口を開け、真っ赤な舌をのぞかせている。
「くっ……竜のブレスね。あれを食らったら一たまりもない。しかし……」
逃げ場ももはやない。
竜の息吹であるブレス、上位竜のそれは一撃で広大な森を焼き払い、凍りつかせ、跡形もなくなぎ倒すという。
しかも今ここで逃げれば、周りに横たわる仲間たちを見殺しにすることになる。
「やるしかないのね。どこまでやれるか分からないけれど」
魔物の討伐は、通常なら戦士や僧侶、魔法使いといった複数の職業の者がパーティーを組んでことに当たることが多い。
相手が竜ということになれば、全員Sランク以上の手練れで臨むことになるだろう。
いかに最精鋭の魔法使いであるリリアンでも、この数を相手に一人というのは、勇気を通り越して無謀という他ない。
それでも今は、悲壮なる決意を固める以外にはない。
リリアンが身構えると、にわかに大気がざわめく。
杖の先に最大限の魔力を集中させ、そして即座に呪文を解き放つ。
「
十字の形をした巨大な炎が空一面に立ち昇ると同時に、青氷竜の口から青く輝く息が放たれる。
炎は術者の髪と瞳を映したような深い紅蓮色、青氷竜の吐息は満天の星々のような瞬きを無数に帯びている。
両者は衝突して、凄まじい轟音と衝撃とともに霧散した。
脇にいた別の竜が、リリアンに襲いかかる。
極大魔法の行使によって直ぐには体の自由がきかないリリアンには、避ける術がない。
複数の竜たちを相手に強力な魔法を放ち続け、更に青氷竜のブレスを打ち消すために放った極大魔法の反動は、小さくないのだ。
(……だめ、やられる……)
死を覚悟した。
その刹那、背後から飛び出してくる影があった。
「
人影が叫ぶと巨大な氷の塊が幾重にも現出して、竜に向かって殺到する。
(あ、あれは……氷の上級魔法!? しかも無詠唱……??)
魔法の行使には、通常は呪文の詠唱を必要とする。
強力な魔法であればあるほど、それもまた長大になり、途中での失敗は許されなくなる。
それを必要としない無詠唱魔法は魔法界の至高の頂とされ、それができるのは王国でも最上位に位置する者たちだけだ。
頑強な精神力、高度な集中力、人知を超えた魔力量、そして魔法術式への深い理解、いくつもの障壁を超えた先に、それが待っている。
かくいうリリアンも、その中の一人ではあるのだが。
氷の集団は竜の身体をとらえて衝突し、更には全身を氷漬けにし、大気を揺さ振る大音響とともに地へと落下せしめた。
リリアンの目には、くすんだ色のフードを真深くかぶり、両の手を高く掲げた、小柄な姿が映った。
「あ、貴方は……」
言いかけたより早く、別の竜が降下を始め、大きく口を開く。
「くっ……また、ブレス……」
身構えてみても、先ほどの魔法で負った影響はまだ消え去ってはいない。
膝がガクガクと震えている。
「抑えられるか、果たして……」
使える魔力と体力を振り絞ろうとすると、クラリとして眼前が霞む。
「お願い、やめてえええええ!!!!!」
突然の咆哮が波動のように空を伝わり、リリアンの鼓膜を揺らす。
すると、上空にいる竜たちの動きも止まった。
(え? 何? 一体何が起こったの?)
リリアンは状況が理解できない。
「もうやめて! これ以上やったら、両方とも死んじゃうわ! だからお願い、もうやめましょう!!」
両手を大きく広げて立ちはだかる後ろ姿は、声からして女性のものだ。
しかも若い。
『ギャウワアア~~!!! ギャワウワワアア~~!!!』
叫んだ声に呼応するかのように、竜たちが鳴き声を上げる。
少女の声と竜のいななきが、幾度にもわたって交錯する。そして……
「あ、あの……貴方たち、竜の……卵を、獲らなかったですか……?」
「……は……?」
少女らしき人影に言われた意味が分からないリリアンは、返す言葉が見つからない。
「貴方たちが、卵を盗った。だから怒っているみたいです」
「な……なんですって……?」
竜は卵を産んで子孫を増やすが、その数は少ない。
上位竜ともなれば、百年に一個生まれるかどうかだという。
その希少価値から、数多の場所で破格の値段で取引されるという。
従ってそれを狙う命知らずの輩はごまんといるのだ。
「そんな物は知らないわ! それにそんなこと、どうして分かるの?」
「そこの、馬車の中を見ろって言ってます」
「え? え?」
2頭の馬がつながれた馬車は、無傷のままでそこにあった。
リリアンは半信半疑で中を覗いて確かめると、人の頭ほどの大きさで怪しく光る、楕円形の球体があった。
「もしかして、これなの?」
「竜さんたち、これでしょ!? 返すから、どうか許してあげて!!」
『ギャウワギャワギャガ!!!』
(な、なんなのこれ……? まるで、人間と竜とが、喋っているみたい……)
呆然と立ち尽くすだけのリリアンに、人影は言葉を続ける。
「卵を返せば、今回だけは助けてやる。今度また同じことをすれば、王都ロンドアを氷の彫刻に変えてやるって……」
リリアンの背中に、ゾワリと冷たい虫のような物が走る。
最上位の竜であれば、そんなことだって本当にできてしまうことが分かるから。
古からの言い伝えによれば、上位竜によって滅ぼされた街や村は、数知れない。
「わ、分かった。これは返すわ。でも私たちは、これを手に入れた記憶がないの。だから何故ここにあるのか分からないわ」
「卵を、貸して下さい」
人影は卵を受け取るとそれを地面に置き、1つ2つ声を上げた。
1体の竜が降下して鍵づめで卵を掴むと、4体とも瞬く間に空高くへと舞った。
『人間どもめ、この後に及んで小賢しいことを言う。その面白い小娘がおらなんだら、お前ら全員が氷漬けになるところだったのだぞ』
青氷竜が最後に残したいななきは、そんな意味をはらんでいたけれど、それは小柄な少女以外には理解ができなかった。
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(作者より御礼とご挨拶です)
数ある作品の中で本作に訪れて頂き、誠にありがとうございます。
まだまだ始まったばかりの本作ではありますが、少しでもお楽しみを頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
次の更新予定
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