夜明けとともに

『あっ魔女様!』

『マリアンも一緒だ!』


 工房に帰ると、留守番を任せていた子供たちが一斉に駆け寄ってきた。というより直線軌道で飛びついてきた。


『おかえりマリアン!』

『大丈夫? 怪我とかしてない?』

『リボンがちょっと焦げてる。焚き火に当たっちゃったの?』


 口々に心配を告げる子供たちに、マリアンは目を回しながらも『大丈夫』とか細い声で答えた。家族からさえ得られなかった純粋な心配を受けて、どう答えればいいかわからず素っ気ない答え方になってしまったが、子供たちは気にした様子もなく中に引きずり込む勢いでマリアンを迎え入れている。


「さあ皆、全員揃ったからパーティの続きをしよう」

『やったー!!』


 魔女がパチンと一つ指を鳴らすと、ソファセットの周囲が一瞬で祝祭の飾り付けでいっぱいになった。中にろうそくが入ったカボチャのランタンに、ドライフラワーの花かごやリース、皆の好きな色と柄のリボンと白い円形レースで飾ったお菓子皿にはクッキーやケーキ、チョコレートなどがたっぷり乗っている。

 飲み物は葡萄酒を模したジュースの他に紅茶や冷たい水、溶けない氷もある。

 早速お菓子に飛びつく子供たち。

 一方でマリアンは、怖ず怖ずと空のコップを差し出して魔女を見上げた。


『魔女様、ぼく、氷の入ったお水がほしい』

「もちろん」


 魔女は水差しから冷たい水をコップに入れると、氷を一つ落とした。

 大事そうに両手で持ち、マリアンは水を一口飲む。あの日、あの夜、どれほど渇望してももらえなかった、たった一杯の水だ。熱くて苦しくて、生きたまま体が焼けていくような感覚だった。

 それがいま、やっと癒えた気がした。


『……おいしい』


 お菓子にはしゃいでいた子供たちも、思わず手を止めてマリアンの様子を見守っていた。ただの水であんなにもしあわせそうに思えるなんて、マリアンの身にいったいなにがあったのだろう。そう思いつつも、軽々しく訊ける雰囲気でないことくらいは理解できる。自分たちだって、死んだときの話はあまりしたくない。たとえ一瞬でも凄く痛かったし、逆に長く苦しい思いをした子もいる。

 だから代わりに、子供たちは別のことを尋ねることにした。


『ねえ、マリアンもお菓子食べようよ』

『マリアンはなにが好きなの? 魔女様は全部用意してるって言ってたし、この中にあるよね?』


 ギルベルタの好きなイチゴジャム入りのカップケーキ。コルネリアの好きなお花を閉じ込めたオレンジとレモンのゼリー。アマーリエの好きなチョコチップクッキー。ディートリヒの好きなアイシングクッキー。シュテファンの好きなチョコドーナツ。そして、マリアンの好きなラズベリー入りチョコレート。


『ラズベリーが好きなの?』

『おいしいよね、甘酸っぱくて。あたしも好き』

『へえ、おれはあんまりだなあ』

『シュテファンのドーナツ、滅ッ茶苦茶甘いもんね』

『いいじゃん、お菓子なんだから甘くて』

『悪いとは言ってないわよ』


 ギルベルタとシュテファンに挟まれる形で、マリアンもお菓子に手を伸ばす。

 ラズベリー入りのチョコレートはマリアンにとって、唯一といっていいしあわせな思い出に結びつくお菓子だった。近所に住む友人がわけてくれた一粒のおやつ。彼にとっては大したことではなかったかもしれないが、両親から「どうせすぐ熱を出して全部吐いちゃうんだから」とお菓子の類いをもらえなかったマリアンにとって、あの一粒は大袈裟ではなく一生に一度きりのお菓子との出会いだった。

 ビター寄りのチョコレートの中に、とろりとしたラズベリージャムが入った、少し大人の味のチョコレートだ。


『おいしい。やっぱり、ぼくはこれが好き』

『わかるわあ。あたしもこれが一番だもの』


 ギルベルタの手にはストロベリージャムのカップケーキがある。

 中にジャムを閉じ込めたプレーンのカップケーキで、お好みでホイップクリームやチョコレートソースをつけて食べる。


『わたしはこれが一番好きよ』

『わたしはこれ! ママが作るとちょっと焦げ臭いんだけど、そこがいいの』


 エディブルフラワーで可愛らしく飾られたオレンジとレモンのゼリーを手にして、コルネリアが微笑む。その横では街でもらってきた端の焦げたクッキーを大事そうに持ったアマーリエが「見てここ」と、黒く縁取られた焦げ部分を愛しそうに見つめている。魔女の焼いたクッキーにはない、家族の象徴だ。

 思い思いにお菓子を食べて、雑談に花を咲かせる。今宵だけは夜更かししても叱る大人はいない。夜は魔女とお化けの時間だから。

 そうして賑やかに過ごして、夜が更けて、やがて夜明けが近付いてきた頃。

 遠くで、一番鶏が高く鳴く声がした。


「時間だね」


 魔女の声で、子供たちも手を止めた。

 高い位置にある採光窓から見える空が、僅かに白んできている。


『うん……残念』

『楽しい時間ってあっという間だねー』

『ほんと。もっとこうしていたかったなあ』

『魔女様、ありがとう。お菓子、おいしかった』

『ねこちゃんもまたね』


 名残を惜しみながらも、子供たちは口々にお礼を言う。

 うれしかった。こんなにたくさんのお菓子は初めて見た。苦しくない夜を過ごせてしあわせだった。最期に一目でも家族に会えて良かった。ありがとう。

 子供たちの声が重なりながらも、徐々に淡くとけていく。


『さよなら、魔女様』


 そして、朝の光が工房に差し込んだとき。

 カボチャのランタンお化けたちは皆、ただの空っぽのランタンになっていた。


「次は、お菓子を配る側にもなれるといいね」


 魔女の願いを唯一聞き届けた子猫は、肩に乗って頬にすり寄りながら「ぴゃあ」と高い声で一つ鳴いた。

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魔女と子猫のランタン工房 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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