第4話「エンディング」

「お待たせしました。本日は『ヤガミ・ケバブバーガー』です。こちらはカフェラテ、シナモン多めの北山さん仕様です」


 元は『イスケンデル・ケバブ』という。これはメフメットオール・イスケンデル・エフェンディという料理人が考案した料理だ。ブルサの名物料理となっている。


 丸パンピデの上にバターと炒めた羊肉をのせ、パンチの効いたチリソースをかける。その上にもう一枚パンを被せて完成だ。付け合わせとして、クリームチーズとヨーグルトを混ぜたクリームを添えるのがだ。


 カフェラテはコーヒーを淹れる段階でシナモン、カルダモンを共に入れた本場仕様。シナモンを少し多めにしてあるのが彼女のお気に入りだ。


「うっひょ〜! アタシこれめっちゃ好きなんスよ! ヨーグルトが案外合うし〜! いただきま〜す!」


 北山さんは先日の憔悴も嘘のように、がつがつとヤガミ・ケバブバーガーを食べ進めていく。


 廃墟ビルの一件から数日経った。テロ組織ブラック・フラッグの構成員九名を逮捕。内一名は死亡。二、三日テレビで報道されたが、今はもう情報の波に呑まれ泡沫となって消えた。


 そして影響は私たちにも。私は元より、被害者であった北山さんもダウンしていた。そのため彼女から『ご飯食べたいっス!』と連絡が来るまで店を閉めていたのだ。


 ……私自身、こうも早く営業再開するとは思ってなかったが。


「それはよかった。ささやかですが、お詫びみたいなものですよ。いざこざに巻き込んでしまいましたから」


 その背中を見る限り、とても拉致されたとは思えない。人質待遇であり怪我もなかったのは不幸中の幸いだった。彼女が休んでいたのは精神的な疲弊だったのだろう。


 私はと言うと、それなりに重傷であった。能見に紹介された医者曰く、全治三ヶ月くらいだったそうだ。

 いくら閑古鳥の鳴く店とはいえ、そんなに店を空けるわけにもいかない。裂傷の縫合と銃創の処置だけ受け、店に戻った。


 私は、この子に謝らなければならない。


「北山さん、本当に申し訳ありません」


 口いっぱいにケバブを頬張りながら振り向く彼女に、私は頭を下げる。


「んぇ? なんスか急に」


「戦闘の巻き添えを食ったでしょう。私の引きずっていた因縁のせいで、知らなくてもいいこと、見なくてもいいものを見せてしまった」


 激しい戦闘。その光景は命のやり取りに身を置く傭兵ですら、フラッシュバックする。


 彼女は人が死ぬ瞬間を見てしまっている。


 シンビルが撃った大男だ。私がもう少し早く来ていれば、彼もキチンと法の裁きを受けられていただろう。

 テロリストがその志に殉じるのは勝手だ。だが、その死が北山さんの中に残る必要はなかったはずだ。そんなのが心に積もっても、ロクなことになりはしないのだから。


「もし、ここで働くのが嫌になったなら遠慮なく言ってください。あなたにはその権利があり、私はそれを受け入れる義務がある」


 顔をあげない。正直、合わす顔もないというのが私の思うところだ。


「──あ! そうだ忘れてた。アタシからもいいっスか、これ!」


 肩を叩かれ、顔をあげると北山さんから手のひら大の小包を手渡される。

 それはプレゼント用のリボンラッピングがされた、可愛らしい物だった。

 四十路に渡すにはファンシーが過ぎる気するが、北山さんのセンスだろう。


「んふー。んまぁ〜あれっス! 日頃のお礼ってヤツっスよ。開けてください」


「これは……」


 中から出てきたのは三本のダーツ。バレルはピンク色に輝き、赤いフライトにはダイヤやハートが浮かぶ。


「ほら、アタシが怒らせちゃって矢上さん壊しちゃったじゃないですか。そのお詫びと〜、この前の感謝を込めてっス!」


 そんなこと覚えていたのか。バイト先の店長を怒らせたことが先に来て、誘拐騒ぎのほうがオマケとして扱われていることについ笑ってしまう。


「つーか気にすることじゃないっスよ? だって別に矢上さんのせいで誘拐されたわけでもないし、むしろ死ぬとこだったのを助けてくれたじゃないっスか」


 北山さんは笑いながらそう続ける。

 詭弁だ。そんなのは結果論で、元はシンビルとの決着をつけていない私のせいでこうなっているのに。


「あとそもそも暗くてよくわかんなかったっス! 今でも夢だったんじゃないかな、って思うくらい実感ないですし」


 彼女は長い間目隠しをされていたんだ。きっと、その目には一部始終といかずとも戦闘が映っていたことだろう。


 なのに、なのに北山さんは言ってくれるのか?


「ってなわけで、これからもよろしくオナシャス! 店長!」


 今度は北山さんが頭を下げる。こんな私に向かって、まだ"店長"と呼んでくれる。

 そんなバイトの心意気を、無碍にはできない。


「──えぇ。ありがとうございます」


 箱から可愛らしいダーツを一本取り出す。どこか頼りないシャフトを指の腹で撫で、そのバレルを軽く握る。


 矢を放つには力はいらない。


 今日も私は、矢を投げる。


 ここは『すのうどろっぷ』。神居市に店を構える、少しメニューの変わった喫茶店だ。

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雪の降る町 一畳一間 @itijo_kazuma

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