第11話 風がやむころ、君とともに
冬の空は澄み渡り、丘の上から町を見下ろすと、紅葉はすでに霜に覆われ、静かに光を反射していた。風ノ丘は秋の思い出をすべて包み込み、悠を迎え入れる。
悠はゆっくりとベンチに腰を下ろし、胸の中でマフラーを抱き締めた。
十年前、紗月が編んでくれたマフラー。えんじ色の糸は今も柔らかく、指先で触れると、まるで彼女の手の温もりが蘇るようだった。
編み込まれたSとYの文字は、陽の光に透けると、かすかに揺らめきながら存在感を放つ。
——紗月はここにいる。形はなくても、確かにいる。
悠は目を閉じ、十年前に交わした言葉と笑顔を思い出す。
文化祭の帰り道、風に吹かれながらマフラーを巻き直してくれたあの瞬間、教室の窓から差し込む夕陽に照らされて、紗月はほんの少し照れくさそうに微笑んでいた。
胸が熱くなる。
悲しみはもう痛みではなく、心の奥で温かい想いに変わっている。
紗月の存在は風に、光に、記憶に宿り、悠の胸の中で生き続けているのだ。
風が頬を撫でる。
かすかに、風鈴の音が聞こえたような気がする。
耳を澄ますと、十年前の声が重なる。
笑い声、囁き声、そして小さな約束。
すべてが、今の自分に静かに力を与えてくれる。
悠は立ち上がり、祠の灯篭の前へ歩み寄った。
灯篭の小さな光は、冬の長い夜に備えて消えていたが、心の中では鮮やかに灯っている。
手を合わせ、静かに目を閉じる。
「紗月……ありがとう」
言葉は風に乗り、遠くへ消えていったが、胸の奥では確かに届いた。
陽が傾き、丘の草原を柔らかい光が染める。
風に揺れるマフラーの糸は、SとYの文字を優しく浮かび上がらせ、まるで紗月が微笑んでいるようだった。
悠はゆっくりと丘の道を下りながら、十年前の出来事を思い返す。
——マフラーを巻いてくれた日、教室で一緒に笑った日、小さな紙片に書いた想い出の言葉。
過去は遠くに去ったのではなく、静かに胸の中で重なり、今の自分を支えている。
丘の下まで来ると、町の灯りが小さく瞬き、喫茶〈灯〉の看板も冬の夜に備えて静かに光っていた。
悠は一息つき、手帳を取り出す。
十年前の二人の会話、紅葉の丘の記録、文化祭の思い出。
すべてが、紗月との時間の証であり、未来への導きでもある。
手帳を胸に抱き、悠は深呼吸する。
——過去を抱え、未来に歩むこと。
——紗月の灯りを胸に、誰かを想い、人生を生きること。
それこそが、十年を経た今、自分にできる最も大切なことだと、心の奥で確信する。
丘を下りながら、霜に光る落ち葉を踏む音が耳に心地よく響く。
冷たい空気の中でも、胸の奥は温かく、歩みは迷いなく前へ進む。
風ノ丘は、秋の記憶と冬の静寂を抱え、悠を優しく送り出してくれる。
風鈴の音が再びかすかに響く。
風の向こうから、紗月の笑顔と声がそっと届く。
——君は、ずっと僕とともにいる。
悠は微笑みながら歩き続ける。
過去の季節、紗月の灯り、そして冬の丘の静かな光。
すべてが重なり合い、悠の心の中で永遠に紗月を感じさせていた。
遠くの空には薄い雲が流れ、陽が町を包み込む。
悠は深呼吸し、歩みを止めずに前を見つめた。
——風がやむころ、君を想う。
その想いは、これからもずっと胸の中で輝き続ける。
終
風がやむころ、君を想う もちうさ @mochiusa01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます