短編小説|正義と影

Popon

冒頭

ある楽曲をもとに広がった物語。

旋律に導かれるように、ページをめくるたび新しい景色が立ち上がる――それが「香味文学」です。



***



波が静かに崩れ、砂の上に薄い線を残す。

陽は高く、空は澄みきっていた。

光は音もなく降りそそぎ、碧を抱いた広がりを撫でていく。

手前では淡い青が揺れ、奥へ進むほど、深い色が静かに沈んでいった。

男は砂の上に立ち、遠くを見つめている。

浜の端では黒い細葉が風に鳴り、

岩のあいだから弾けた泡が、割れた欠片を濡らしていく。

風の切れ間で、舌先を濡らすような細い音がした。

水の面を渡りながら、淡く消えていく。






街は夜の底で、まだ熱を帯びていた。

信号が変わるたび、ガラスの壁が瞬きを繰り返す。

通りを行き交う人々の表情は、光に照らされるたび、わずかに変わって見えた。

ざわめきと足音、スマホの通知音が重なり、夜はどこまでも浅い。


男はビルの奥のエレベーターに乗り、慣れた指で階数を押す。

扉が開くと、空気がわずかに温度を変えた。

氷の割れる音、会話、低く流れる音楽。

それらが混ざり合い、狭い空間を満たしている。


男は奥の扉を開け、静かな一室に入った。

壁は深い色の布地で覆われ、天井から小さな照明が下がっている。

外の喧騒は遮られ、空気清浄機の低い唸りだけが続いていた。


テーブルの向かいに、端末を持った店長が座っている。


「半期の売り上げ、少し落ちています。法改正の影響が出ているのかもしれません」


落ち着いた声の奥に、かすかな迷いがあった。


男は電子タバコをくわえ、静かに吐き出した。

薄い煙がすぐに溶けて消える。


「欲なんてものは法律で止まるようなものじゃない。形を変えて流れていくものを、俺たちはほんの少し整えるだけだ。」


店長は端末を閉じ、短く頷いた。

何かを言いかけて口を閉ざす。






沈黙の中で、互いの視線が宙に浮いていた。


そのとき、着信音が静寂を破った。

男は指先で携帯を取り、画面を一瞥してから耳に当てた。


顎で軽く合図を送ると、店長が立ち上がり、一礼して部屋を出た。

扉の閉まる音が、厚い空気の中に沈んでいく。


『——下がってるって聞いたぞ。』


掠れた声が受話口から落ちてくる。


男は何も言わず、視線を落としたまま頷いた。


『余計なことは考えるな。結果だけ見せろ。』


短い間。

通話が途切れ、電子音が残った。


男は携帯をテーブルに置き、電子タバコを手に取った。

薄く煙を吐き、静まり返った空気の中でしばらく動かなかった。



***



※この作品は冒頭部分のみを掲載しています。

続きはnoteにて公開中です。

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